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善法寺くんに会うのが少し恥ずかしかった。あんな風に人前で泣いたのは一体何年振りだろう。
だからといって約束をしてしまったので、待ち合わせの場所に行かないわけにもいかなかった。
待ち合わせ場所である正門前にはもう善法寺くんが待っていた。
「名前さん、」
名前を呼ばれてその後続くであろう言葉は発せられなかった。
……やっぱり似合わなかったかな。
今着ているのは、何の知識もない私でもわかるぐらい上等な着物だった。これは勿論、私のではない。山本シナ先生のだ。『善法寺くんと町に行くんでしょう?綺麗にしてあげるわね。』と着付けられ、髪も綺麗に結ってくれた。何処で誰に聞いたのかわからないが、もしかしたら私達の会話を聞いていたのかもしれない。此処には忍しかいないのだから、何処に誰が潜んでいるかわからないのだから……と考えたら妙に納得してしまった。
「似合わない、ですよね。」
こんな上等な着物が私に似合うわけがない。山本シナ先生のような美人で笑顔が綺麗な人だったら似合うのだろう。
ところが善法寺くんは首を振ったのだ。
「そんな事ないです!とても似合ってます……!」
慌てて言う彼の言葉を少しは信じても良いのだろうか。シナ先生程ではなくても、少しくらい……似合っていたら良い、な。
「あれ、名前さん。伊作くんとお出かけですか?」
出門表にサイン下さい、と小松田くんがやって来た。
善法寺くんは既に書いたようで、その隣に私の名前を並べた。
「いやぁ、僕知らなかったなぁ。名前さんと伊作くんが恋仲だったなんて。」
「ち、違いますから!」
善法寺くんは顔を真っ赤にして否定した。
……最近こんな事よくあるなぁ。善法寺くんに彼女とか居たら申し訳ないな。
「名前さん、行きましょう!」
小松田くんから逃げるように善法寺くんは私の手を握り、学園の門を潜り抜けた。
握る手が、やけに温かく感じた。
20100319
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