2 ◆ 「ねえ…院長サン、何歳なの?」 女性の甘ったるい声が、マッサージを続ける刹那を撫でる。 刹那は一瞬手を休めると、口端に薄く笑みを湛えて答えた。 「23だ。どうだ、肩は痛くないか。」 「うん、大丈夫ー へぇ、もっと若いかと思ったぁ!ねえねえ彼女はいるのぉ?」 刹那は気付かれない様に軽く嘆息すると、また笑顔のマスクを顔に貼付けた。 「秘密だな、よし、治療は完了だ。お疲れ様。」 もう終わりー?と、名残惜しげに刹那の白衣の裾を掴む手を、やんわりと解いて器具の片付けを行う。 まだ今週は始まったばかりだ。 ◆ 本日分の仕事を終え、刹那は受付の引き出しを開けると、予約台帳を取り出した。 1ヶ月先まで真っ黒のスケジュール。自分の何がいいのか、思いの外リピーターが多い。 彼は胸のポケットに差したボールペンを手に取ると、その多忙なスケジュールのうちの、比較的最近の予約に大きくバツ印をつけた。 急遽キャンセルが入ったのだ。 やっと一日休める、と安堵の溜息を吐いた刹那に、平穏を台無しにする音が響いた。 ――ピピピピピピ 電話の着信を告げるアラームに、彼の表情が曇る。刹那は軽く舌打ちをし、通話ボタンをプッシュした。 「お電話ありがとうございます、エステサロンEXIAです」 『すみません、予約を入れたいんですが。』 若い男の声に、刹那は眉をひそめた。基本的に男性のマッサージの方が疲労度が増すからだ。 「申し訳ありませんが、予約が一杯ですので、一ヶ月待ちになるかと…」 『えー困るなあ、追加料金払ってもいいけど。出来るだけ早くして貰いたいんだよな。』 しばしの逡巡ののち、刹那は意を決したように受信機を握った。 これで折角の休みは無くなった。 「でしたら、○月○日の××時にお越し下さい。では、お名前をよろしいでしょうか。」 『ニール・ディランディだ』 これが二人が交わした最初の言葉だった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |