03 屋敷を発つ準備を終え、クライサは一人、アルバートの元に挨拶に行った(ラビと神田は既に済ませたらしい。行ってこいと背中を押された)。 昨晩、彼とラミアンは、ミスティから屋敷を離れる事を伝えられたのだそうた。 そして彼女が、クライサ達に感謝していたと、アルバートは言った。 「あなた方がいらっしゃる前の晩、ミスティ様はおっしゃっていました」 客人が来ると。 私の呪縛を解いてくれる人が来ると。 漸く、楽になれると。 「……あたし達は何もしてない」 教団で調べれば、イノセンスの力を制御する方法がわかったかもしれない。 もう少し慎重に動いていれば、伯爵に気付かれなかったかもしれない。 もっと早く着いていれば、ミスティは殺されなかったかもしれない。 (ほら、結局あたしは) 長い時を生き過ぎた彼女を、休ませてやるつもりは一切なかったのだ。 彼女を永遠という苦しみから解き放ったラミアンを憎む始末。 「結果的に、ミスティを救ったのはラミアンだったんだ」 それがどういう形であれ、彼女を縛っていたものを消し去ったのはラミアンだった。 彼女に死を与えたのは、他でもない、伯爵の命に従ったアクマだったのだ。 「あたしが感謝される理由なんて、無いんだよ」 「いいえ」 肩に手を置かれて、顔を上げた。 眼鏡の向こうの黒と目が合う。 悲しげに微笑んだミスティのそれに似た、穏やかな色をした双眸と。 「リミスク様、あなたがこうしてミスティ様のために泣いて下さる事が、あの方の救いになるんですよ」 「……なに、それ」 アルバートの手が頬に触れ、涙を拭うように動かされた。 だが『泣けない』クライサが涙を流せる筈がなく、彼の手を濡らす事はない。 それでもアルバートは、ただ微笑んでいた。 [*前へ][次へ#] |