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06




イノセンスの放つ激しい風が、追い出そう、吐き出そうと襲いかかってくるさまに、体内の病原菌を排除しようとしているようだとクライサは思った。
しかし、せっかくここまで来たのだ、そうはさせない。
襲う豪風に抗うように氷釧の力で全身を覆い、かつスーマンのイノセンスを破壊しようと力を放つ。

「スーマン……仲間を裏切ってまで生きたいと望んだなら、少しはあたしに協力しろ……!!」

望め。
生きたい、生き延びたいと。
死にたくないと、イノセンスを拒め。

「じゃなきゃ、首輪つけてでも連れ帰ってやるから…!」

イノセンスの寄生した右腕を切り離す。
あるいは、イノセンスそのものを破壊する。
迷いはなかった。
片腕がなくても生きていける。
生きたいと、あんなに強く望んでいたスーマンなら、きっと。

「……っくぅ…!!」

正面からこちらを押し返すようだった風の動きが変わった。
クライサの身体を包み込むように巻き、押し潰すように迫ってくる。
ミシミシと骨の軋む音がする。
苦しい。
なるほど、追い出すのが難しいと悟って殺しにきたか。
まったく、病み上がりだというのに無茶をさせる。

「イノセンス……」

右腕に纏っていた赤い帯状の鋼鉄が、クライサの呼びかけに応じて腕を離れ、彼女の身体を風から守るように球体状に包み込んだ。
両手を差し出し、スーマンのイノセンスに向けて、大きく息を吸う。
本当にとんでもない無茶だが、やるしかない。

「発動最大限……開放!!」

瞬間、赤い閃光がクライサを包み、スーマンの内(なか)を浸食する。
豪風を弾き、猛スピードで生成された氷が彼のイノセンスにぶつかって激しい光を生み出した。
眼球を貫くような、眩いそれに伏せた目をゆっくりと開けた時、淡い光の中を漂う男の姿を発見した。

「スーマン!」

声に反応して、ゆるゆると瞼が持ち上がる。
スーマンは暫し微睡んだような様子を見せたが、ふとクライサに顔を向け、彼女の姿を視界に収めた。

「…エクソ…シスト……」

その表情は、呪われろ、死んでしまえと告げてきた時のそれではない。
彼本来の表情なのだ。
クライサは安堵に深く息を吐き、彼の元へ向かうべく宙を蹴った。

「クライサ・リミスクっていうの。はじめまして」

「クライサ……リミスク……」

握手を、と伸ばした手を、スーマンは握ってはくれなかった。
どうしたのかと問おうとしたクライサが口を開く前に、彼の頬を一筋、涙が零れ落ちる。
目を瞠った。

「私を呼んでくれていたのは、君だったんだな。生きたいのだろう、と呼びかけ続けてくれたのは」

「スーマン……」

「生きたい…生きたかった。家族に会いたかったんだ……」

彼の頬をぼろぼろと涙が伝っては落ちていく。
かける言葉が見つけられなかった。
──予感、していたのかもしれない。

「申し訳ない」

スーマンが涙に濡れた顔で微笑んだ、その瞬間。



────コチン、



無情な時の針が、終焉を指した。





【H24/01/20】

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