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Please teach me

「あちー…」
休み時間。
額から滲み出た汗はぱたぱたと床に落ちる。
俺は窓際の席に座り、Yシャツの襟を掴んで揺らし、制服の中に風を送り込んでいた。
カーテンをしめても入り込んでくる日差しが容赦なく体温を上げる。
普段からきちんと校則を守っているけど、さすがにこの日ばかりはYシャツの第三ボタンまで外さずにはいられなかった。
「ウソップ、暑いって言うから暑くなんだぜ?」
近くにいたクラスメートがからかい口調で声をかけてくる。
そのまま席を立って、前の席に腰を掛けた。
「どうしろって言うんだよ…」
「だから、『寒いーマジ寒い超寒いー』って言ってたら涼しくなるから」
「訳わかんねえよ」
ツッコミを入れて2人で笑っていると、どこからか足音が聞こえてきた。
来る。
そう感じた途端、教室に親友が飛び込んできた。
ガタンガタンと周りの机にぶつかりながら俺の所に駆け寄ってくる。
「ウソップ!祭り行こう!」
「はぁ?」
クラスメートであり親友であるルフィの唐突で自己中心的な発言に、思わず気の抜けた返事をしてしまった。
するとルフィの眉間には皺が寄り、明らかに不機嫌な顔になる。
慌てて気を取り直し、理由を聞くと、
よくぞ聞いてくれたとばかりに咳払いをし、机の上に一枚の紙切れをのせた。
俺と同時にクラスメートが紙切れを覗き込み、そこに並べられた文字を読み上げた。
「"夏の文化祭り"」
「文化祭り?」
この町独特の文化を伝えるとともに観光地にすることを目的とした祭りらしいが、内容は普通の夏祭りと大して変わらないらしい。
何でまた…とため息をつこうとした瞬間、両肩をがしっと掴まれる。
「町の特産品がたくさん出るんだ!肉が出るんだって!なっ、行こう!ダブルデート!」
「なっ…!」
結局食べ物かとつっこむ前に問題点に気づき、顔をしかめる。
いや、本来なら問題はないのだ。
2人きりで話しているのなら。
案の定クラスメートは食いついてくる。
「えっ何、お前ら彼女いんの!?ルフィはまだ解るけど、ウソップに彼女って意外だな!お前って女の子に
頼られるって言うより頼るイメージがあるし」
「あはは…」
笑って誤魔化そうとしたが、そうもいかないらしい。
彼は俺の"彼女"の容姿や性格を聞き出そうと必死になっていた。
俺の彼女、否、彼氏はサンジという奴で、昨年生徒会長だった。
ちなみにルフィの恋人はサンジを三年間支えてきた「副生徒会長」のゾロだ。
さすがに「元生徒会長と付き合ってます」なんて言えず、一人であたふたしていると、ルフィが何かを
思い付いたようにぱっと顔を上げた。
刹那。
「あのな、ウソップの恋人は――」
「わー!!!ルフィっ!!!」
慌てて口を塞ぐ。
彼は視線で
「祭りに行くと言え」
と訴えてきた。
祭りに行くことを了承しなければサンジの正体をバラされると言うわけだ。
俺は半ば自棄になりながら
「解ったよ行けばいいんだろ!?」
と叫んでいた。
後悔しても後の祭りで、ルフィは万歳をしてから来たときと同じように騒がしく教室を出ていった。
「何だよウソップ、恥ずかしがることねえのに。なぁ、今度紹介してよ」
クラスメートはにやにやと嫌な笑みを見せながらこっちを見ていた。
「あ、あぁ、ここ今度な」
上手く誤魔化せたかは解らないが、先程より体温が上がって暑くなったのは確かだった。


俺は、ほんの少しの可能性というものを信じていた。
ルフィが置いていったチラシをサンジに見せ、事情を話す。
別に行きたくない訳じゃねえけど…
みんなで騒ぐのも嫌いじゃないけど。
一番の理由は、面倒だからだ。
サンジの顔を見つめて、明らかに嫌な顔をして行きたくないアピール。
しかしサンジは、チラシじいっと見つめて、ニヤッと意味ありげな笑みを見せた。
「これ、夏休み入ってすぐだろ。この日なら仕事も休みだからよ、マリモと一緒ってのが気に食わねぇが、たまにはいいだろ」
「…ま、マジ?」
俺は最後の救いの手が遠ざかっていくのを感じた。

この時、俺はまだ知らなかった。
ルフィが隠している事実を、
サンジの意味深な笑みの理由を。


会場はすごく綺麗な所だった。
山と海が同時に見えて、
山の中に消えようとする日の光が海に反射して輝いていて、
思わず見とれてしまった。
もう一度自分の着ている浴衣を見る。
サンジが選んでくれた浴衣は水色の生地に紺のトンボのデザインだった。
それを着た俺に
「よく似合ってんじゃねえか」
って笑って言ってくれたサンジ。
青い無地の浴衣がサンジのイメージにぴったりと当てはまってて、かっこよかった。
ゾロ先輩の浴衣は濃い緑で、赤い帯で締めてある。
胸元が大きく開いていて逞しい胸筋が見えていて、サンジと同じくらいかっこよかった。
ルフィの紺の浴衣は意外と似合ってる。
「よし、んじゃ行くか」
「迷子になるなよ、クソマリモ」
「誰がなるか、ぐる眉。てめえこそはぐれんじゃねえぞ」
「てめえにゃ言われたくねぇよ!」
「ち、ちょっと…!」
放って置けばこのまま大喧嘩を始めそうだったから、周りの人のことも考えて止めた。
すでに祭りは始まっていて、
屋台が並び、人工的な光が夜を照らす。
もちろんルフィはおおはしゃぎだった。
一人でどっかに行こうとするのをゾロ先輩が追いかけて行っちまうから、
そこにはサンジと俺が取り残されて。
「まぁ、別行動もいいだろ」
サンジがタバコを取り出して火をつける。
それをくわえながら呆れたように呟いた。
しばらく屋台を見てまわったけど、サンジと2人きりっていうのが気になって、始終ドキドキしてた。
はぐれるといけないからって手を繋ぐことを提案されたけど、俺にそんな恥ずかしいことを、しかも
こんな人混みのなかでできる筈もなく、思わず断ったら、サンジはそれ以上言ってこなかった。
不意に、頭上で爆発音が響く。
見上げると花火が鮮やかに花を咲かせていた。
見たことないような大きな花火で、すげえ綺麗で、
しばらく見惚れていた。「すげぇ…こんなでかい花火、俺初めてだ」
呟いて地上に視線を戻して初めて、
「…あれ……?」
サンジの姿が見えないことに気づいた。
辺りを見回しても見慣れた金髪は見えなくて、頭が冷たくなっていく。
うそ…………はぐれちまった…
連絡を取ろうと慌てて携帯を取り出したけど、画面は真っ暗で。
充電をするのを忘れていたことに今更ながら気付いた。
何だか嫌な予感がして、走り出す。
あの輝く金色が見えないことに、俺はただならぬ不安を感じた。

「はぁ…はぁ…っ」
悪いことって言うのは立て続けに起こるもんで。
「うそだろ…」
いつの間にか人混みは消えていて、今は人一人いない。
屋台の光もなくなって、あるのは街灯の冷たい光と

目の前には長い階段。
鳥居があるから神社か何かだろう。

「…」
早く戻らないと。

そう思うのに。
何故だか俺は、


石段を登り始めていた。

「…っ」

意識は、はっきりしてる。
足だけが勝手に動いてるみたいで。
恐怖って、限度を越えると涙も出なくなるんだ。
ついに、境内に足を踏み入れる。
すると急に足が自由になって、俺はそこに立ち尽くした。

「何だよ、ここ…」
神社と言っていいかも解らないほど、そこは煤けていた。
賽銭箱には埃が被っていて、御鈴も綱が千切れて地面に転がっている。
足下には雑草が好き放題生えていて。
厭に冷たい風が背中を撫でた。

帰りたい。
なのに、


帰れない。

足がすくむ。

嫌だ。
嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ


頭ばかりがぐるぐるとまわって、体に信号が流れてこない。
『…て……』

「ひ…っ!」

首筋を、何かが撫でた。
風ではない、確かに弾力のある、
けど氷のように冷たい何か。
『…て…』
「ぃ、ぃや――…っ」
「ウソップ!!」
「ぎゃああぁぁぁぁっ!!!」
途端に腕を掴まれて叫び声を上げると、後ろにいた人物がびくっと肩を震わせたのが解った。
あ、あれ…?
この金色の髪――…
「さん、じ…」

そこにはずっと見たかった顔があった。
サンジは額に汗を浮かべて心配そうに顔を覗き込んでくる。
しかしその顔は一気に怒気を含んだ表情に変わった。
「…っの、馬鹿野郎っ!!」
「!?」
「どれだけ心配したと思ってんだ!急に居なくなるし携帯は繋がらねぇし…っ!探しに来てみりゃ
こんな場所まで来やがって!!ルフィ達も必死になって探し回ってんだよ!だいたい――――」

サンジの言葉がピタッと止まった。
俺もビックリした。
だって、
サンジの顔を見たら何だか安心して…
気付いたら、サンジの足下に座り込んで泣いていた。
「…サンジ…っこわ、か…っ!」
「…どうした?何かあったのか…?」
しゃがんで目線を合わせてくれるサンジ。
頭を優しく撫でてくれた。
「わかん、ねえ…っ」
ただひたすら涙をぼろぼろ流して泣く俺を、サンジはそっと抱き締めてくれた。
「確かに気味悪ぃ所だな…早く帰ってルフィ達に連絡するか。ウソップ、立てるか?」

俺は家に帰るまでずっと泣きっぱなしだったけど、サンジは俺に気を遣ってゆっくりと歩いてくれた。
サンジが淹れてくれたミルクで、漸く落ち着くことができた。
サンジが俺を探してたとき、サンジは俺が全速力で走ってるのを見つけたらしい。
追いかけて行ったらあの神社についたそうだ。
けど、そこから先のサンジの話は食い違っていた。
サンジは俺が目的を持って歩いていたように見えたから、急に立ち止まったのを奇妙に思って何度も俺の名前を叫んだという。
でもあの時聞こえたのは冷たい風の音と、
「…っ!」
「ウソップ?」
思い出さなきゃよかったと思うのと、
もしかしたらサンジのイタズラかもしれないと言う気持ちが混ざり合う。
「…っサンジ、俺の名前なんて一回も呼ばなかっただろ!女の人の声真似して、俺を脅かそうとしてるんだよなっ!?
首に触ったのもサンジだろ!?」
頼む。
そうだって言って笑ってくれ。
当たり前だろって、
笑い飛ばして。
「何言ってんだ…?女の人?元々低い声で女の人の声真似なんかできねぇし…首になんて指一本触れてねぇぜ?」
「う、嘘だっ」
「てめえに嘘ついて何の利益があんだよ」

頭ん中が混乱して、
何が何だか解らなくて…
ただただ、恐怖に体が震えた。また涙が溢れてきた。
状況を理解してくれたのか、サンジがぎゅっと抱き締めてくれた。
サンジの胸の中は暖かくて、少しだけ安心できた。


「ウソップ、俺風呂借りるな」
不意に体を離されて、急に不安になる。
「サンジ…一緒に風呂入ろ…?」
立ち上がったサンジを見上げて言うと、彼はクスッと笑った。
「俺は構わねぇけど、一緒に入ったらウソップに何するかわかんねぇぞ」
「う…」
俺は思わず俯いてしまった。
サンジが俺を求めてるのは知ってた。
サンジは大人だから、俺が嫌がるのを知って我慢してくれてるけど、理性というものがいつ崩れるかわかんねえから怖い。
サンジは一旦座って目線を合わせると、長い指を俺の髪に絡ませた。
「怖かったらルフィにでも電話かけてろ」
「…うん…」
サンジは俺の額にちゅっとキスをしてから部屋を出ていった。

一人きりの部屋ほど、静かな場所はない。
最初は、ルフィがゾロ先輩の家に泊まるって言ってたのを思い出して、迷惑をかけたくないと思って我慢してたけど、
その時間はすごく長く感じて、
結局我慢しきれなくて、携帯を手に取った。
刹那。
「っ…!?」
神社で感じた、冷たい風が背を撫でる。
全身が冷えていく感じがした。
サンジ。
「――」
助けを呼びたかったのに、声が出なかった。
ぱくぱくと開閉する口から涎が垂れる。
それを拭うことすら叶わなかった。
『…て』
か細い声が耳に入り込む。
体が氷に包まれているようで。
サンジののんびりとした声を遠くに感じながら、俺の意識は遠退いていった。

その日、夢を見た。


俺はいつの間にかあの神社の境内にいて。
けど、嫌な風も吹いていない。
賽銭箱も綺麗で、御鈴も天井からぶら下がっていた。
雑草も散らばるように生えているだけ。
賽銭箱の隣に、女の子が座っていた。
膝を抱えて、顔を埋めて、
よく見ると体を震わせて泣いている。
俺はその子がすごく気になって、
近づいて、
どうしたの、って

「……が…んだ、の……」
「え?」
聞き取れない。

彼女が震える声で必死に伝えようとしていると
突然
御鈴が
縄が

ぐわりと揺れて

ガランガラン…
さっきまでしっかりしていた筈の御鈴の縄が、切れて

俺の前に、
転がってきて、
「…さんが……だの……」



「おい、ウソップ!!」


目の前に、俺の腕を掴んで叫ぶ、サンジの姿があった。

「っはぁ…はぁ…サン、ジ…?」
窓の外は明るい。
何でかは解らないけど、俺の息はきれていた。
「大丈夫か…?お前すげぇ魘されてたぜ…?」
「っ…!」
まただ。
風が背中を、
急に、中心部が、
熱くなる。
意思とは裏腹に、もぞもぞと手が動き始める。
嫌だ。
でも俺の手は言うことを聞いてくれなくて、
「サンジ…っ」
「ん?どうした?」
サンジの声が優しい。
俺の視界は涙でぼやけた。
「頼む…っ出てっ…て、くれ」
こんな姿、サンジに見られたくない。
「…は…?」
心配そうな表情が少し歪む。
そうしている間にも、俺の手はかけ布団の中で自身を弄りだしていた。
「ひぁ…っんぅ…っ」
「ウソップ…?やっぱりまだ具合悪ぃのか…?」
違う。
違うんだ。
すると、サンジの眉が訝しげに寄って、
突如、掛布団が剥がされた。
「ッ!!」
さらけ出される、痴態。
みっともなく足を拡げて自身を握る姿を
「…ウソップ…?」
「っ…!みっ見る、なぁ…っ」
それでも手は止まらなくて、
どうしていいかも解らなくて、
ただ、目の前で立ち尽くすサンジから目をそらした。もう、終りだ。
そう思った瞬間。
サンジがベッドの上に上ってきて、俺の手をそっと退かした。
「ふぇ……っサンジ…?」
泣きじゃくる俺の涙を拭って、何も言わずに自身を口にくわえた。
「ひゃぁ…っ!」
背中を駆け上がる甘い痺れが、やがて全身に伝わる。
「ぁあ…ぅ、はぁ、あっ、んゃぁあっ、さん、じぃ…っ!」
サンジが軽く歯を立てた瞬間、俺は耐えきれずに口の中に白濁液を吐き出してしまっていた。
「はぁ、はぁ…っ」
「ウソップ…お前ん中…入れてもいいか…?」
サンジの声が、

すごく色っぽい。
「あ…サ、ンジ…」
顔が近づいてきて、キスをする。
最初は触れるだけ。
それから、深く。
サンジの舌が口内で暴れるから、達したばかりの中心部はまた膨らみ始めて。
体内に指が侵入してきて、
初めての感覚に、最初はどうしていいかわからなかった。
口を離すと、サンジは俺の耳元で低い声で喋る。
「何か今日のウソップ、すげぇエロい…」
「ひ、んぅ…く…っぅ…!」
その声にすら反応してしまって、びくびくと体を震わせる。
ぐちぐちと響く卑猥な水音も脳裏を侵していった。
3本の指がすんなりと出入り出来るようになると、サンジはズボンのベルトを外して自分のを取り出した。
「…入れるぞ」
「ッ!ひぐ…っ」
押し拡げられるような、
引き千切られるような、
そんな痛みが襲う。
溢れる涙をサンジは一滴も漏らさず指で拭ってくれて、
深呼吸をしろと言われて言う通りにしたら、少しだけ楽になった。
俺が落ち着いたのを見計らって動き出すサンジ。
何度も出し入れを繰り返していると、だんだんと痛みは薄れていった。
「んゃ…あ、はっ、はぅ、あっ、んあぁ…っ!」
サンジが奥を突く度に声が漏れる。
ある一点を突くと、より強い電流が流れたみたいに背中が浮いた。
「んゃぁぁッ!!やだ、そこ…っあぁん…っ!」
嫌だって言ったのに、サンジはそこばかり突くから、俺はあっけなく2度目の射精をした。
一瞬遅れてサンジも俺の中に精を吐き出した。
すぅ…
「…っ!」
サンジが自身を抜くのと、
背中が冷たくなるのはほぼ同時だった。
横たわったままサンジを見上げる。
「…い」
「ん?どうした?」
サンジの鮮やかな金色が、
ぼんやりと輪郭を失っていく。
「……嫌い。大嫌い…お前なんか大嫌いだ」
俺の口から、ゆっくりと紡がれる言葉。
サンジが目を見開いたのが解った。
「ウソップ…?」
嫌い…?
誰が、
誰を、嫌いだって?
「嫌いだ…嫌いだ嫌いだ大っ嫌いだ…」
何度も何度も。
嫌いだと、
俺じゃない誰かが言った。
サンジの顔がみるみる絶望に歪んでいく。
違うって言いたいのに、
弁解しようとして開く口から飛び出すのは嫌いの言葉ばかり。
泣きたいのに涙も出ない。
俺の唇は、今までとは違う、しかし極めつけの言葉を紡いだ。
「"いなくなっちゃえばいいのに"」
「ッ!」
待って。
違う、
嫌だ、行かないで。
違うのに。
サンジは身なりを整えてベッドを降りた。
濡れた睫毛を指で隠すように拭う。
「サンジ…っ」
あぁ何で。
名前だけは、こんなにも簡単に呼べるのに。
それ以外の言葉は、
俺の気持ちは、何一つ出てこない。
「…ごめんな。ウソップがそれを望むなら…もうここにはこねぇよ…でも、これだけは言わせてくれ…






ウソップが嫌いになっても俺は…ウソップが好きだ」

「ッ…!」
涙腺と唇が自由になったのは、扉が静かに閉じてからだった。
「く…っふぅ…!」
唇を噛み締めて、枕に顔を押し付けて、これでもかってほど泣いた。
けど、サンジが戻って来てくれることはなかった。



あれから、一週間が過ぎた。
俺は何もすることがなくて、
勉強にも集中出来なくて、
ただ、1日をぼんやりと過ごしていた。
いつものように部屋でごろごろしてると、
遠くでインターフォンの音が聞こえた。
それから、親父が俺を呼ぶ声。
今は誰にも会いたくねぇんだけどな…
重い体を持ち上げ、仕方なく玄関へ向かう。
そこに立っていたのは
「…!」
サンジだった。
もう来ないって言ったのに。
サンジはまた俺に会いに来てくれた。
サンジに抱きつこうと駆け寄る。

すぅ…

「もう来ないって言ったのに」
何で。
何で邪魔するんだ。
いつもいつも、肝心なときに俺の背中を撫でて、
俺の言いたいことを言わせてくれない。
サンジはまっすぐに俺を見つめて、口を開いた。
「あぁ…言ったな。決意の緩い奴で悪ぃ。でもお前を連れて行きたい所があって、会わせたい人がいるんだ」
「…」
「寺に行って――」
「嫌だ!」
サンジが言い終わるのを待たずに叫ぶ。
口ではそう言うけど、
俺は凄く嬉しくて仕方なかった。
気付いてくれてた。
俺が何かに取り憑かれているのを知っててくれた。
思わず、涙が頬を伝う。
口が思ってもみないことをどんなに言っても、
サンジはちゃんと俺の心を見て、
心と向き合ってくれる。
「寺なんかに用はない!出てけっ、二度と顔を見せるなっ…!」
「出ていかなきゃなんねぇのはてめえの方だろ」
サンジは俺を、
否、俺を操っている人を睨む。
「散々ウソップを傷つけやがって…ウソップは理由も言わずにいきなり嫌いだの居なくなれだの言ったりしねぇ。
明らかに人を傷つけることはしねぇ…出来ねぇんだよ。それに…俺のことをお前なんて言う奴は、ウソップじゃねぇっ」
「…っ」
俺に憑いてる人はぐっと言葉を詰まらせる。
その一瞬の隙をついて、サンジは俺の腕を掴むと引きずるようにして助手席に乗せた。
「辛いかも知れねぇが、少し我慢してくれ」
サンジは"俺"に謝って、微笑むと、縄で両手を縛って固定した。
移動中に暴れださないようにするためらしい。
サンジが俺のことを考えてくれてると解ったら何をされても嫌じゃなかった。
つれてこられた場所は、結構大きなお寺だった。
俺はそこで縄を解かれ、お祓いを受けた。
肩が凄く軽くなった気がした。
住職さんが出してくれたお茶を飲みながら話を聞く。
「数年前、ある家庭で暴力事件がありました。しかし警察に通報はなかった…
夫の暴力から逃げた女性があの小さな神社に辿り着いて、そこで息を引き取ったそうです…
賽銭箱の隣に座っていた女の子も、泣きつかれて眠るように亡くなっていました。女性のたった一人の娘だったそうです。
それからというもの…あの場所は人が死んだ、呪われている神社だと恐れられ、誰も近寄らなくなってしまった…」
話を聞いているうちに、涙が溢れてきた。
夢に出てきたあの子は、お母さんが死んでしまったことを俺に伝えようとしてたんだ。
神社で俺に話しかけてきた女の人は必死に助けを求めてたんだ。
サンジに嫌いだって言ったのは、
きっと誰にも言えなかった本音を、誰かにぶつけたかったんだ。
本当はずっと、誰も近寄らなくなっ神社で、気が遠くなる程長い時間待ってたんだ。
「きっと…俺なんか比にならないくらい…辛かったんだよな…っ」
泣きじゃくる俺の頭をサンジがそっと撫でてくれた。
誰かに泣いて貰えただけで彼女の気も楽になれただろうと住職さんも言ってくれた。


漸く落ち着いて、静かな気持ちで車に乗り込んだ。

「腕、痛かったろ」
サンジは縄できつく縛った時についた痕を撫でた。
「ううん、そんなに」
「そっか…」
呟くように言って車を発進させる。
暫くの間、どちらからも話しかけることはなくて、沈黙が続いた。

車の外で風を切る音が聞こえる。
俺はサンジを見ることが出来なくて、流れていく風景を見つめていた。
だって
言わされていたとはいえ、サンジを傷つけたことは事実だ。
隣から、サンジが吸うタバコの匂いが漂ってくる。
その匂いに少しでも集中したくて目を細めると、
サンジが沈黙を破った。
低い声で、静かに話し始める。
「教えてくんねえか」
「…?」
サンジの方を見ると、彼は灰皿にタバコを押し付けて火を消した。
「ウソップの本当の気持ちはどうなんだ?お前が言った"嫌い"はお前の気持ちじゃねえんだろ?」
「あっ、当たり前…!」
俺がサンジを嫌いになるわけない。
そんなことは、ありえない。
一年の頃から、憧れていた人なんだ。
思わず叫んだら、サンジは安心したように笑いながらも先を促した。
俯いて、少しずつ言葉を並べていく。
顔が熱くて仕方なかった。

「その……最初は、ビックリした、けど…正直言うと、結構、き、気持ちよかった、し…何気上手かったし…っ」
恥ずかしくて、ちょっと死にたくなった。
「そうか」
小さな声が聞こえた後、髪をくしゃっと撫でられる。
信号で車が停車した。
「…よかった」
「え…?」
そっと顔を上げると、サンジは俺を見て嬉しそうにへへっと笑う。
「霊のせいでお前を失わなくてよかった」
「…」
「キス、していいか?」
「お、おう…」
サンジのきれいな顔が近づいて、
唇が頬に触れる。
それから、口に。
角度を変えてもう一度。
「ん…ふ…ぅん」
ゆっくりと離れた口は濡れていて色っぽくて、

サンジは再び俺の頭を撫でると車を動かした。
「やっと本物にキスできたな」
「本物…?」
意味が解らなくて首を傾げると、
「取り憑いてるときはウソップとキスしてる気になれなかったし、抱いたときもやっぱりウソップじゃねぇ気が
したからよ……やっと、本物のウソップを捕まえられた」
真面目な顔でそんなことを言うから。

また顔が熱くなって。
心臓もバクバクする。
「バカみてぇ…」
強がって言ってみれば彼は隣でクスッと笑って、
「そう思うならもう霊になんか取り憑かれるなよ?まぁ、取り憑かれても俺が逃がさねぇけど」
「変態!」
顔から湯気がでそうな位真っ赤になって叫んだら、サンジが大笑いし始めた。


でも、これでよかったんじゃないかって思う。
霊に憑かれて大変な目に遭ったけど。
霊のおかげでサンジに気持ちを伝えられたってのもある。
サンジはああ言うけど、俺は、

「ウソップ、帰ったらお前抱いていいか?」
「は?」
「霊じゃなくてお前抱きてぇ。俺に触られてアンアン言ってたのは霊だろ?お前がよがって泣く姿が見てぇ」
「……」
前言撤回。
もう霊に憑かれるなんて懲り懲りだ。
「誰がするかエロバカアホサンジッ!!!!」










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