豪華ディナーまであと少し(オジェット、ラーゼン)
腹が減った。そう言ってふらりと姿を消した頭のネジが1本どころか数十本ぶっ飛んでいるような男を偶然街で見かけ、見なかったことにしようかどうかを数秒考えている間にそいつはこちらの気配に気づいたようだ。普段の行動や今のようにやたらと気配に敏感なところを見ると、生粋の野生児なのだと思い知らされる。
立ち止まらなければよかった、とやけに誇らし気な笑顔で近づいてくる金髪にうんざりしたところでもう遅かった。
街のメインストリートからは少し外れた薄暗い路地。表の酒場や宿から出たゴミの集積所付近でもあるここは不快な湿気と臭いがうっすらと充満していて、通りを歩く着飾った人間共が好むような場所ではないため人気はない。
なぜ俺がそんな道を歩いていたのかというと、この先のとある小さな店に用事があったからで、断じて目の前のバカのように好き好んでこのような場所を徘徊していた訳ではない。もう一度言おう、これは不幸な偶然だ。
まあしかし、こんな薄汚れた道を通らないといけないような場所にある店に用がある俺も十分偏屈者であるのかもしれないが。
「よおメガネ!なんだテメーも探しに来てたのかよ」
所々地面に広がる異臭を放つ水溜まりをうまいこと避けながら、高い位置で結わいた金髪を揺らしてラーゼンはニヤリと口端を片側だけ上げた。
どうでもいいが、こいつはこのような薄汚い場所がよく似合う。滲み出ている内面の意地汚さとでもいうのだろうか。
「探す?なんの話だ」
「あ?だから言っただろーが。メシ探しに来たんだよ。話聞いとけやメガネ」
俺の名誉の為に言っておくが、そんな話は一度たりとも聞いてはいない。強いて言うなら消える間際に言った「腹が減った」の一言だろう。このバカはその言葉だけで食料を探しに行くことを察しろというのか。それ以前に食料を探しに行ってなぜこんな所にいる。
常人には理解し難いその行動にもだいぶ馴れてきたつもりだが、その手に握られた袋の中に入ったものを見て僅かに顔がひきつるのを感じた。
それは何だ、と聞くまでもない。明らかにゴミ捨て場から拾ってきたであろうパンと肉とその他惣菜の数々。それを何に使うなどと恐ろしくて聞こうとも思わなかった。
「見ろよ、大収穫だぜ。今日の晩飯は豪華だな」
聞くまでもなく勝手に自分から話しやがった。
明らかに腐りかけの食料をこいつは晩飯として食すつもりなのだ。
「それを食う気か貴様。まあ止めはしないが、異臭放ってるぞ。しばらくは近づくな」
「んなもん加熱すれば食えるだろが」
「加熱すれば何でも食えると思うなこのバカが」
「んだテメー偉そうな口聞きやがって。せっかく俺様機嫌が良かったから大量に集めといてやったってのによ。テメーの分ねーから!」
「言っておくがチェスタとリアンヌにそんなもの食べさせないからな。貴様一人で食ってろ」
特に成長期のチェスタは今が大切な時期である。ただでさえ平均よりだいぶ発育が遅いように感じるのに、さらに輪をかけて腐りかけの食べ物など与えるつもりは更々無い。
「テメーバカじゃねーの?うまいこと調理されてるやつを効率良く食ってった方が良いじゃねーか」
「そう思うのは貴様くらいだ」
それに、先程チェスタを連れて張り切って買い物をしているリアンヌを見かけた。あれは今晩彼女が腕を奮ったご馳走を口にすることができるだろう。彼女は料理は一流並みに上手いが、プライドなのか何なのか新鮮で良い食材が揃った時でないと作ろうとしない。
そのリアンヌがあの細い両腕いっぱいに食材を抱えていたのだ。
それもこれも、一体誰に一番喜んでもらいたいのかこの男は分からないのか。
分からないだろうな。単細胞だから。そしてそのことを教えてやるほど俺も善人ではない。
人間の心理というのは実に興味深い。しばらくはゆっくり観察させてもらうか。
到底口にできないような暴言を吐くラーゼンを華麗に無視し、オジェットは足下の汚い水溜まりを飛び越えたのだった。
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