不機嫌なトリトマ
佐紀+夜紗スイーツ(笑)
「アイリス」の続き。
大坂を辞した夜紗は、帰路につく前に佐紀が拝領した水口を訪れた。
「渡したいものがある」との手紙を受け取っていたからなのだが、正則との一件のせいで彼女は柄にもなく感傷的になっている。
佐紀に会ってちょっと色々と溜まった感情を吐き出す必要に迫られていた。
長浜時代に比べて二人は疎遠になっていたが、事あるごとに壮絶キャットファイトに発展する隣人弥雲に比べたら、まだまともな友好関係にある。
「挨拶は良いからちょっと聞け!」
そんな数少ないまともな女友達だからこそなのか、水口城で出迎えた佐紀を見るなり、夜紗はそう食ってかかったのだった。
「そっかぁ市も祝言挙げるんだ‥」
「知らなかったのか?」
「うん、ここ数日は国元の検地で大坂に戻ってないし‥元々縁談の差配とかは佐紀、あんまり関わらないようにしてるし」
二人は本丸屋敷の庭園で早速談笑に花を咲かせていた。
今の時期は百合が見頃なのだという城主の言葉通り、新築間もない城の庭園には初々しい百合が目一杯に咲き誇っている。
「清洲は街道筋の要衝だから往来もあるし、城主の体裁をちゃんとするのは必要だと思うよ」
「それは解ってるけど」
「佐紀だってまさかお城を貰えるなんて思わなかったから、祝言なんてびっくりしたけど‥秀吉様が「城主は格好も大事だ」って言われるから、確かに奥方が居なきゃ格好つかないなって」
話題は夜紗主導とはいえ、口数は圧倒的な差がある。
一言言えば馬鹿丁寧に三言返してくれるような佐紀だ。
殆ど夜紗の方が聞き役に徹している。
そんなとき、屋敷の方から佐紀の名を呼ぶ声が響いた。
「あ、ひな!」
佐紀が答えて手を振る。
夜紗も倣って顧みると、部屋の障子が開け放され、中で少女が手を振っていた。
「佐紀様ーお部屋の用意出来ましたよー!」
「ありがとー!‥だってさ夜紗、入って」
そう言って彼女は夜紗の手を取って「奥方」の元へぱたぱたと駆けつけた。
「お初に御意を得ます、加藤主計様。三成が室、ひなと申します」
ひなは三つ指ついた丁寧なお辞儀をすると、顔を上げるなり佐紀に似た子供っぽい笑顔を向けた。
「ねぇ佐紀様、主計様って本物ね!素敵ね!」
「夜紗は影武者じゃなくて本物だよ?」
「もう〜そうじゃないの!」
猫がじゃれるようにひなが佐紀の肩を掴む。
「本物の美人でおられるのねって事よ、佐紀様はいっつもズレてるんだからぁ‥でもそこが可愛い!」
きゅーっ!と花びらでも散らすように。甘えて頬擦りするひなに佐紀も顔を綻ばせる。
(何か、夫婦と言うより姉妹だな‥)
夜紗にはまず見たことのない光景で、呆然と掛ける言葉を失ってしまった。
「じゃ、私は失礼しますね。何かあったらお呼び下さいませ」
そんな彼女に小さく会釈すると、ひなは佐紀に「粗相はしちゃ駄目よ」と言い含めてから部屋を後にした。
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