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3

「‥夜紗」

夜紗はさながら軍服のような豊臣家専用の装束を身につけて、見事な佇まいを見せていた。

長身で細身な彼女は、同じ男装(豊臣の制服は男女兼用だった)でも膨らんだ胸や身体の華奢さが出てしまう佐紀と違って本当に女顔の男性で通じそうだ。

「何で此処に」

「それはお前もだろ?全く」

苦笑して、夜紗は腕を組む。

男紛い、と思っても袖口から覗いた手首は白く細くて正則を一瞬くらりとさせた。

「肥後の国人一揆を鎮圧したから報告と善後策をな‥弥雲が国元に残って手当に当たってるし、あまり長居は出来ないけど」

憂いに顔を曇らせて、夜紗は小さく息をついたが不意に顔を上げた。

「お前は?清洲を拝領したばかりだろ」

「ああ‥」

曖昧な渋い顔をして頭を掻いた正則に、夜紗は詰め寄るように身を乗り出した。

三寸程の身長差のはずなのに、強い視線は何だか見下ろされているような錯覚を覚える。

「はっきりしろ、らしくないぞ!‥何か隠してるのか?」

「え、や‥別に」

あからさまに目を泳がせた正則に、夜紗は不機嫌そうにふうん、と外方を向いた。


「‥縁談をさぁ」

ぽつり、と。言い辛そうに呟いた一言は、口にした正則が焦る程夜紗を凍り付かせた。

「秀吉様に命じられて、奥方を貰うことになったんだよ」

「‥‥」

「津田長義殿の娘御で夜紗と同い年なんだと」

「‥そう」

「輿入れは来月の吉日にって話だけどさ」

向こうを向いたままの夜紗は端正に澄ました表情でちらりと正則を見た。

「‥きっと、お前のことだから尻に敷かれる旦那になるな」

妙に実感の籠もった言葉に夜紗はたまらず苦笑した。

「これからは妻を持つ身として少しは慎めよ?酒も煙草も‥あぁ浮気なんて以ての外だ。女にしてみればお前みたいな男に嫁入りするだけで災難なんだから」

「‥何だよ夜紗は」

正則は案外な反応に子供のように口を尖らせた。

「引き留めてくれたって良いじゃんか」

「どうして?」

夜紗は悪戯っぽく首を傾げる。

「ここで俺が泣き言でも言ったら、お前秀吉様に直談判しかねないだろ」

言葉通りの大きな子供を窘めるようにむにりと頬をつまんだが、ふと気付いて笑った。

「そんな事なら俺が祝言あげるときの方がやりかねないか、高虎が来た時も佐紀と騒ぎ倒したもんなお前」

「う‥」

思うところがあって正則はついつい目を逸らす。

それを見逃さず、今度は頬を引っ張って無理矢理こちらを振り向かせる。

「良いか?‥俺のことは気にしないで新しい奥方を大事にしろよ?」

「だってさぁ‥」

「だってじゃない、返事!」

「あぁもー‥解ったよハイハイ!夫婦関係まで夜紗に説教されるのは勘弁だ」

辟易したように言い放った一言に、夜紗は漸くと言うべきか、綻ぶように頬を緩ませた。

破顔した一瞬を見る度に、「あぁやっぱりコイツも女なんだよな」なんて。

柄にもなく正則は感慨深いものを噛みしめてしまう。

「‥うん、そう言ってくれれば俺も納得出来る。安心した」

「‥‥」

不意に、言葉が告げなくなった。

彼女はそれを承諾と見なしたのか、くすりと笑って正則の横を通り抜けていった。

「じゃあな、市。あ‥酒送るの忘れるなよ?今度忘れたら俺が清洲まで取りに行くからな!」

悪戯っぽく正則を指差すと、夜紗はくるりと背を向けて、秀吉の待つであろう座所に歩いていった。

そういえば、肥後に下った彼女に毎月故郷尾張の酒やら野菜やら仕送りを申しつけられていたのを思い出す。

気がつけば鬱屈など感じないくらい、彼女の一連の言葉が正則に鍵を掛けてしまった。


(もしかすると俺はものすごく大事なところを見落としてたのかもしれない)


ぼんやり踏み出した一歩は予想以上に軽かった。

その空白はさっぱり諦めをつけたらしい彼女の手で降ろされた重荷のせいなのだと思う。

だとしたら‥、と正則は靄を払うように頭を掻いた。


「‥夜紗振った責任取らねえとなぁ」





アイリス→花言葉「結婚」
自分で書いといてなんだけどこんな恋愛脳(笑)な清正則は嫌だよ!(ノ∀`)


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あきゅろす。
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