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「間もなく加藤主計、福島左衛門大夫らを首謀とする豊臣家臣七将が我が主人の屋敷に押し寄せる。目的は君の身柄の引き渡し」

改めて現状をなぞる正純を佐紀は黙って見据えている。

「我が主人家康は先程の評定で君の処遇を決めた。豊臣家筆頭大老として、七将達から君を保護するそうだ」

「‥そう」

小さく安堵の息をついた佐紀に、正純は僅かに目を細めて微笑した。

「俺も安心したよ、もし殿が君を見殺しにするとでも言ったらどうしようかと心配していた。君を連れて徳川を出奔しようかとも考えたくらいだ」

「どうして?」

「君に死んで欲しくないからね」

事も無げに告げた正純の言葉。
佐紀は一度だけ反応を見せると、再び言葉を繰り返した。

「‥どうして?」

(そういう所が、と言ってもきっと君は解らないだろうな)

正純は諦めたような、分かり切ったようなこそばゆい思いを持て余す。
殊更に優しげな声音で、敢えてその誇りを逆撫でするつもりで彼は滔々と語る。

「その身に宿る妖の力を振りかざすでもなく、ただ人として斜陽の主家に尽くす姿はいじらしいと思えるんだよ。
この国で三指に入る妖狐を己の為に使役しないのは何故だ?君の身体に巣食うのは大陸の王朝を滅ぼし、数万の朝廷軍を翻弄した最強の妖狐だろう?
もし君自身が片鱗でも玉藻御前の力を使役すれば豊臣家を守るどころか天下の主権者に取って代わる事も出来るはずだ。
だが君はそれをしない。「しない」のか「出来ない」のか‥理由はどうあれ、俺にはそんな君の姿が非常に興味深い」

ともすれば、謀反を唆すような正純の文言。
佐紀は案の定不愉快そうに眉を顰めた。

「そんな事出来ないし、する気もないよ。それに、あなたは佐紀じゃなくて玉藻に興味があるだけじゃない」

「‥そうかもね」

正純はけれども、と切れ長な目を佐紀に向けた。

「例えばこの国の半分の大名が結託して豊臣家に弓引いたとして、君が願えばその妖が力を貸すとしたら、それでも君は持った力を使わないまま人として戦うのかな」

「‥‥」

俯いたまま、佐紀は考え込むように口を噤む。

「戦う、だろうね。そういう人だよ君は」

正純が垂れた前髪を払うように、佐紀の頬に手を伸ばす。

僅かに、彼女の視線が彼の方を向き、睫が動く気配を感じる。

「だからこそ、惹かれるのかも知れない。俺には羨ましすぎて触れ難い、俺は己の権力の為なら妖だろうが何でも手を出してしまうから」

微々と持ち上げた顔、ちらりとかち合った彼女の赤みの強い鳶色と彼の隙のない青灰色。
正純がじっと顔を近付けて窺うように佐紀を見つめた。

「‥取引をしないか?」

掠れるような声音、触れ合う程の距離で問いかけた。

鋭い視線が互いのそれを睨む。

しかし、佐紀が口を開こうとしたと同時に、襖の向こうに膝を付いた小姓が遮るように声を掛けた。

『上野介殿、間もなくこちらに殿がお渡りになられます』

「‥畏まった。すぐに席を外す」

正純は苦笑して、佐紀から手を離す。

気が付けば、彼は何事もなかったように彼女の前に端座していた。

『いえ‥殿は上野介殿にも同座なされるようお命じになられました』

「そうか‥解った。その前に‥治部少輔殿はお疲れの様子ゆえ、会談の前に何か用意を」

正純の言葉に小姓が小さく答え、襖の向こうに気配を消す。

再び静寂が訪れた中、正純は改めて佐紀を見遣った。

「話は?」

「良いよ、気にしないでくれ。殿に聞かれたら首が飛ぶような話だから。
全く、つくづく俺は機に恵まれないね‥呪いでも掛けられているかな」

冗談めかすように問いを紛らわす。

だが、佐紀は怪訝な表情のまま彼の真意を隠す微笑を見つめ続けていた。







家直に頑張りすぎたら純三がおろそかになったんだぜ。
発展しようがないんだぜ、不完全燃焼だぜ‥orz

あと於愛の方は秀忠・忠吉の生母で、私はお勝の方より彼女派。


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