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「狐はともかく、俺の家にも髪の色が云々みたいなのはいるからな。それよりお前の才能なら戦姫として必ず立派になれる」

「戦姫‥」

聞き慣れない言葉を反芻するように繰り返す。

「越後の上杉謙信、安芸の毛利元就のように武器を取り戦うおなごの事だ。ただの女武者と違い家を守る役目を持つから、妻を持つし、男と同じように扱われる。俺の下にも一人、やたら腕の立つ戦姫見習いがいるし‥そもそも俺の主人信長公こそ当代一の戦姫だ」

初めこそ戦姫とは男手のない家がやむなく嫡子に据えた女性の称だったが、今では才を嘱望され表舞台に現れたという姫も少なくない。

現に織田信長などは他の男兄弟との熾烈な跡目争いを勝ち抜いて自らの意志で乱世に躍り出てきた戦姫の典型例だ。

「その戦姫になって俺を助けてくれないか?その代わり、俺は佐紀のような人間を除け者にするような世は作らないと約そう」

信長がそんな世を良しとするかは正直解らなかった。

といいつつも、自分で何とか出来るんじゃないかという妙な自信が秀吉に大それた壮言を紡がせていた。

佐紀は半ば茫然としたまま秀吉がぴんと立てた人差し指を凝視している。

理解が頭の許容量を越えてしまったのか、夢のような申し出にうっとりしているのか。

とりあえず秀吉は佐紀の自失を都合良く後者で解釈した。

「まぁすぐにとは言わんよ、正継殿にも話をつけねばならないからな。とにかく少し考えてみてくれ。‥ついでにもう一杯」

ぽん、と頭を撫でながらちゃっかり茶碗も渡しておく。

もそもそ返事をした佐紀は、危なっかしい足取りで部屋を出ていった。

あれでは自分の足に躓きそうだ、と秀吉は心配げにふらつく背を見送った。

(とはいえ、信長様に知られてはまずいからなぁ‥異人の混血とでも言うしか‥いやいや、それは市松の赤毛をごまかすのに使用済みだから‥まぁ何とかなるだろう、つか、何とかする。佐紀にはそれだけの価値がある)

薄い口髭を掻きながら溜息をついた秀吉はぱん、と自らの膝を叩いた。

「あの、あの、羽柴様‥お待たせ致しました」

三度目に現れた佐紀は被り物こそ取ったものの、恐ろしく緊張しているようだった。

ふらふらと秀吉の前までやってきた佐紀は、そのまま腰でも抜かしたように座り込んだ。

またしても袱紗越しの茶碗を差し出す彼女に秀吉はううん、と若干不満げに唸る。

いくら何でも学習しろよと、帰り際に訓辞でも垂れようかと腐れながら茶碗に触れた。

「あ、熱っ!」

「‥ですから袱紗ごと渡したのに‥」

悲しげに眉を顰めた佐紀に、指を撫でながら秀吉は何とも済まない気持ちになってしまった。

訂正だ、訓辞は止めて激励にしよう。

「‥すまんな、厚意ごと頂くよ」

濃紺の袱紗に包まれた小振りな茶碗は充分に温められ、中身の濃茶もこれでもかと湯気を立てていた。

香りを噛みしめつつ、ゆったり茶を喫する秀吉の姿を一通り見つめた佐紀は、不意に一歩下がり、深々と頭を下げた。

「羽柴様、非才の私で宜しければ‥どうか御家の末席にお加え下さい」

「佐紀‥」

秀吉の口元からひどく優しい微笑がこぼれた。

露わになり、差し込む陽射しにきらきらと輝く金の髪にそっと触れる。

佐紀の身体がびくりと強ばった。

だが、撫でた髪は色ばかりが目新しい、細く柔らかい普通の人間のそれだった。

「きれいな髪だな」

すっと指先で梳き、何気なく漏らした一言に佐紀は小さく瞠目した。

信じられないとでも言わんばかりの表情だった。

「これなら何処にいてもすぐ佐紀だと解る。頼りになりそうだ‥それにほら、お前の淹れる茶は旨いし」

おどけて言った一言の妙な説得力に佐紀は顔を綻ばせ、再び頭を下げた。


これより間もなく、佐紀は寺を出て羽柴家に仕え始めた。

このわずか数年後、頭角を現した彼女は戦姫として「三成」の名乗りを与えられる事になる。



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