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猿と狐のロマネスク奇譚

秀吉+佐紀+玉藻
幼い日々のファンタジー



月のない真夜中、燭台の灯火にちりちりと照らされながら秀吉は無言で鎮座していた。

襖は閉め切られ、目の前の外に面した障子窓だけが広々開け放たれている。

辺りに人の気配はなく、天下に手を掛ける男の座る場所にしては静かに過ぎる‥そんな不審まで感じさせた。

秀吉は待っている。
人払いをした場所でしか対面する事が出来ない「彼の知恵袋」をである。

そういえば秀吉がまだ織田家臣だった頃、明智光秀もこうして時たま人払いをして部屋に籠もる事があった。

あの時の光秀も同じように何か常人に見せられない何かと会っていたのだろうか、沈黙の合間に秀吉はふと思考を逸らした。

(常人には見えない妖や魔の類を信長公は信用されていなかった。唯物論者ゆえに顕在しない存在は許さなかった。だから、目に見えぬモノは妖魔も神仏も古き権威も等しく存在を認めなかった。そしてそれ故に御斃れになった)

だが俺は違う、と秀吉は大きく息を吸う。

(目に見えずとも言葉と意志さえ通じればいい、奴らの力と俺の力とを少し貸し借りしあうだけで二つの理それぞれで目的を達せられる。俺が目指すのはそういう共栄によるこの国の支配だ。
徳川殿辺りは妖と手を取り合う事を良しとしてはいないが、人を越える力を人外だからという下らない理由で忌避していては取れる天下も取れない)

織田家旧臣ら敵対勢力を斬り従え、名実共に天下人に近づいてきた秀吉の、密かな野望がそれであった。

ただ天下を取りたいという純粋な志が、この信念で明確な目標と道筋、そして優秀な道標を手に入れたのだ。


不意に一筋の風が部屋に滑り込んだ。

気付いた秀吉が顔を上げた時には既に、障子窓の桟に佐紀がふわりと腰を下ろしていた。

音もなく現れ、白い単衣に淡い桜色の羽衣を腕に絡めた彼女は、聡明な少女の容姿に似合わずにやにやと人を食ったような笑みで秀吉を見下ろしている。

傍目には無礼にも程がある態度だが、秀吉は何食わぬ顔で佐紀に笑いかけた。

「城に退魔の結界を張らせたがどうだったかな」

「まぁ見事じゃな、人に使役される程度の妖や呪詛なら破れるまい」

佐紀は背後に広がる城を顧みてつぶやいた。

「されど妾には些か痒いばかりじゃがの、気が向いたら妾も手を加えてくれようぞ」

首筋にまとわりつく髪を払いながら、ちらりと秀吉に思わせぶりな視線を投げる。

「今宵は何を語り聞かせればよいのじゃ?佐紀の主よ」

「ああ、昔語りを頼もう」

佐紀の‥正しくは彼女に宿る玉藻前の問いに、秀吉はゆっくり重い腰を上げた。

「‥しかし妖狐が知恵袋とは、俺も恵まれたものだよなぁ」

「妾は貴様に恵んだ覚えなどない」

苦笑いを浮かべた秀吉の呟きに佐紀はむっと口を尖らせた。
それにすぐさま秀吉は反駁する。

「当然だ。勘違いするな、俺が拾ったのは佐紀とその才能であってお前じゃない。仮にお前がいなくても俺は佐紀を側に置いているだろうよ」

まっすぐ佐紀を指差してそう断言した。
彼女の表情は険しく変わり、空気が張り詰める。

「‥だが佐紀に本当に狐が憑いていて、しかもそれが伝説の妖狐だとは流石の俺も判らなかったさ。とんだ大物‥いや憑き物だったな」

一転、声色すらおどけて肩を竦めた秀吉に、佐紀も負けたとばかりに笑みをこぼした。

あの出会いからはや数年が経つ。

秀吉は今も鮮明に記憶に残るその日をふと追懐した。

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