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「だからこそさ、市兄は内府様に付くべきなんじゃない?」

正則がちらりと顔を上げた。

怪訝に眉を顰め、ちょっと待てよ、とか何でだよ、とか正則が言いそうな反応は絶妙な一瞬で遮られる。

「夜紗姉さんが佐紀姉さんについても中立を貫いても、戦後に内府様から何かしらの咎を受ける事になる‥その時に姉さんを守れるのは市兄だけ!そうでしょ?」

ぴょこりと軽やかに飛び出すと、正則の隣に立ち止まった。
また何か言い掛ける口元を指差して言う。

「市兄が内府様に認められるすっごい勲功を立てれば、内府様だって市兄の意向を無視出来なくなる‥豊臣恩顧大名を内府様に協力させて秀頼君を奪還するっていう勲功なら尚更ね」

悩める心を惑わすように、ゆったりその周りを歩きながらみあんは更に続けた。

「秀頼君に何かあるとは思ってないけど‥ほら、佐紀姉さん‥狐憑きだから何しでかすか解らないじゃない。関白殿下の事件みたいに」

再び正則の正面まで戻ってくると、軽やかに踵を返してみあんは声を潜めて囁きかけた。

「みあんも手伝うからさ、一緒に二人を助けよ?市兄が二人を救ってあげるの」

「俺がねぇ‥」

「そ、市兄しか出来ないもの」

なお長々と逡巡していた正則だったが、踏ん切りをつけたのか膝をぱん、と叩くなり立ち上がった。

「解った、俺は何をすればいい」

途端に入れ替わった視線の上下と共に、みあんの表情にも小悪魔めいた黒い喜悦が浮かんだ。

「明日の夜、評定が行われるから、その時にみあんが言ったとおりの台詞を言って」

「それだけで良いのか?」

「まずはね、第一段階だよ。勿論、戦場でも頼りにしてるけど」

そこまで言って、みあんは突然正則に飛びついた。

「うわ‥どした?みあん」

「ううん」

厚い胸板に頬を押しつけたまま、彼女は小さく首を振った。

「市兄は夜紗姉さんの為なら何でもする人だから‥ちょっと羨ましくなっただけ」

「〜〜‥」

図星ではあるが、頷いても否定しても、彼女を寂しがらせるだろう事実。
正則は小柄なみあんの頭を撫でて、何ともつかない反応だけを返した。

如才なく異常に要領の良い妹分、という認識でしか彼女を見ていなかったせいか、その仕草も自覚出来るほどぎこちない物になってしまった。
それにどれだけ人が傷つけられるかは、正則自身が身にしみて解っているはずだったのだが。

どうにも居たたまれなくなって、正則は思い出したように尋ねた。

「それよりみあん、徳川殿は勝てるのか?いくら佐紀が戦下手でも、向こうは毛利・上杉・宇喜多の三大老がついて総力は勝ってる。贔屓目に見ても確実に賭けられるかはまだ解らないだろ」

「何言ってんの、市兄」

みあんは驚いたように瞠目すると、正則から身を放して、満面の笑みで首を傾げた。

「紫苑がついたんだから、内府様が勝つに決まってるじゃない。太閤殿下の天下取りを支えた紫苑が選んだ‥それだけで十分内府様には勝機があるのよ」

母親である紫苑への絶対的な信頼を、巧妙に正則が気にかける秀吉への忠誠を織り交ぜてみあんは言葉を口にした。

言葉の幻術とでも言おうか、ただ思考が単純なだけか、正則は腑に落ちたように頷いていた。

「じゃあ、策を教えるね。きっと市兄の後に続いて、沢山の大名達が立ち上がってくれる‥。
明日、市兄はこの軍の総意の代弁者になれるよ、みあんの計画通りにね」

悪戯っぽく笑んだ彼女の瞳は、獲物を仕留めた黒猫に似て愛らしく澄んでいた。





黒田さんだからなのか、みあんには黒猫っぽいイメージがあります

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あきゅろす。
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