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◆コール・ド・バレエ

正則×みあん 小山評定前夜にヤンデレ繚乱



上杉征伐に向かう途上、大坂から佐紀らの挙兵を伝える密書が届いた。

‥どうも彼女は秀頼を奉じ、在阪する大名達の妻子を人質に取ったらしい。

‥家康は豊臣恩顧大名の動揺を抑え、佐紀に敵対するように仕向ける必要がある。

‥その為には徳川と内通した人間が裏側から説得工作を行い抗戦の風潮を煽動するのが上策と判断した。

そんな事を簡単に説明すると、こまちは対峙する相手に迫るように立ち上がった。


「良い?上様がお前を御指名になったんだからまともに働きなさいよ」

真夏の夜、ひっそり人払いされた陣幕の中。
蒸し暑い夜気と長い机を挟んで、こまちとみあんが向かい合っていた。

徳川四天王と豊臣恩顧代表格の肩書きを持つ二人の戦姫の空気はすこぶる悪い。

脚を組んだまま話を聞いているみあんに、こまちは苛々と近付いた。

この戦姫は主君家康には崇拝に近い忠誠を捧げるが、それ以外には怖ろしく短気で凶暴な通称「人斬り兵部」なのだという。
だが物騒な性格の割に、「本当は家康の愛妾として拾われたらしい」とまで噂される端麗すぎる容姿から女としての名を取って「人斬り小町」と囁かれる。

現に今も、赤備えの鎧に映える赤い瞳が肉食獣の鋭さでみあんを睨んでいた。

「折角上様がお前を選んで下さったのに‥感謝の言葉もない訳?」

「‥別に。当然の人選って言うか、他に適役もいない癖によく言えたよね」

薄ら笑いすら混じったみあんの返答に、あからさまな舌打ちの音が聞こえた。

麗しの人斬りは危険要素に加えてちょっと嫉妬と執念が人より深い性質でもある。
ただでさえ愛する主君に楯突く戦姫が現れ殺気を燻らせているところに、みあんの反応は勢いよく油をぶちまけたようなものだった。

彼女の全てに於いて家康が最も崇高であり、彼の目に入る一番は自分でなくては気が済まなかった。

何の前触れもなく、情念の割にぱっと乾いた音がみあんの頬を張った。

一瞬だけ、酷薄に見下ろされた彼女の表情が硬く歪む。

「勘違いするなっ、上様はお前じゃなくて、お前に流れてる血に期待してるだけだ!太閤に使い捨てにされたあの女の血だよ!当の本人が九州に籠もって使い物にならないから‥!!」

激高したこまちは更にみあんの胸倉を掴もうと手を伸ばす。

豊臣方の顔を立てろとか奴らの機嫌を損ねるなとか、言いつけられた条項は完全に頭から吹き飛んでいた。

半ば持ち上げられたみあんはそのまま突き飛ばされると思われた。

しかし、彼女は自身の装束を握る粗野な手首を捕らえると、流れるような仕草で左手を振り上げた。


「‥‥!」


「馬鹿言ってると刺すよ?」


再び空気が緊張した。


掴み合った互いの顔が大写しになる至近距離。
みあんの左手は、こまちの首筋に鋭利なスティレットの切っ先を当てていた。

「‥くっ‥」

僅かだが確かに感じる金属の冷感。
こまちは怒りと悔しさに奥歯を噛んだ。

間近でそれを見たみあんはそれはそれは器用に双眸以外の表情全てで微笑んでみせる。

「紫苑を侮辱する奴は許さない‥誰が内通に骨折ってあげてるか解ってる?みあん達がいなきゃ佐紀姉さんに抗する勝算もない癖に、内府様の飼い猫風情が生意気なんだよ」

だから、放しな。


勝ち誇るようにくっと顎を持ち上げる仕草に、こまちは苛々したまま、突き放すように手を解いた。

「まぁ、黒田家も内府様にここまで肩入れした以上勝つまで支えるつもりだけどね。佐紀姉さん厳しいから、負けたら後が怖いし」

乱れた装束を片手間に整えながらみあんはあっさりと言ってのけた。

「評定は明日の夜だっけ‥それまでに唾付けとけばいい?」

「‥上様はお前の随意にしろと仰った」

「そ、分かった。調略の目星は既に付けてあるゆえ、ご心配なさらず、って伝えておいて」

「‥‥」

一も二もなく苛立っていたこまちだったが、彼女の手際の良さには思わず舌を巻いた。

その調略は名軍師と名高いみあんの母親の即断即決とは違う、周到な根回しと熟慮を背後に強く匂わせるものだった。

「じゃ、帰るから。此処にいたら、みあんまで人斬りになっちゃいそうだし」

大きな目を細め、背を向けたみあんはくすくす笑って陣幕を出て行った。

残されたこまちは突きつけられた刃の感触が残る首筋に指を這わせる。
苛々と募る不穏な感情をそこに捻込むように、ぎりぎりと爪を立てた。

「‥上様に飼い殺しにされればいいのよ、使い潰されて大好きな母親と同じ末路を辿ればいい」

嫌な音と共に離した指先にまとわりついた血を、飴のように口に含む。
目一杯に広がる鉄の味を溜息と一緒に吐き出して、こまちはその場を後にした。

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