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「‥調べましたところ、先の地鳴りはこの辺りで起きた爆発の揺れが原因かと。外に被害はなく、聚楽内部は騒ぎになっておりますが幸い死者はおりません」

「だが爆発自体の原因は分からないと」

「は、硝煙の匂いもなく、火薬の痕跡も見当たりません。狐火でも起きたとしか思えませんな」

「狐火か、確かにそうかも知れない。狐の姫の逆鱗に触れた報い‥かな」

癖のように顎に手をやろうとしたが、その手が血染めだったことに気付いて直前で動きは止まった。

仕方なしに暫しのそのまま思案した後、高虎は細作に告げた。

「‥内府殿の屋敷に急行してくれ、おそらく関白の処断は近い。それに伴って俺にも謀反連座の疑いがかかるだろうから内府殿に口利きをして貰わないと。折角意を通じた次代の支配者なんだ、火の粉の一つも払って貰おうじゃないか」

ついでだから同じ立場の伊達殿にも話を持ちかければ、いい貸しになる。

最後は半ば投げ遣りな打算でもあったが、瞬時に今後を予測して布石を打つ主君の姿に細作は頭を下げ、音もなく去った。

「まこと慧眼でいらっしゃる、御意のまま」

贈られたむず痒いほめ言葉には自虐にも似た笑みを浮かべる。

「‥‥慧眼かな、人は俺をむしろ厚顔の徒と嘲るだろうよ」

ふ、と鼻で笑うと、そこにあったのは謀略家としての高虎の厳しい表情だった。

汚名を甘受すると決めた以上、最大限の暗躍をしても損はない。

高虎は秀次に手を伸ばした。

握られた指を解き、刀を奪う。

血に染まってなお失せない見事な刃の輝きに一度感嘆しつつ、浪游を無造作に投げ捨てた。

これでもう、顕在していた秀次の殺意は解らない。

それと立ち替わるように、今度は憔悴した秀次の重臣達が次々と部屋に現れた。

困惑を隠せない彼らに後を任せ、高虎は高みの見物を決め込むべくその場を離れた。


(さぁ存分に悩んでくれたまえ。これで関白の末路は定まるが‥その死がただの太閤の足枷で終わらないように)




のちにこの事件は秀次の乱行として彼の罪状の一つに数えられるが、大名の間では狐憑きの佐紀が秀次を襲ったという風聞がまことしやかに語られ続けた。





「‥あ、れ‥ここは‥?」

目を覚ました佐紀は、不得要領に辺りを見回した。

見慣れた天井は大坂城の一室。

その視界に、横から吉継が割り込んできた。

「やっと起きたか。人騒がせが」

「佐紀‥なにしてたの?」

「‥聚楽で腹を割かれて倒れていたのを発見されて三日三晩寝通しだった」

「お腹‥ぃ、痛い‥」

「当たり前だ。臓腑が無傷なのが奇跡な位深傷だったらしい、玄朔殿は若干引いておられたぞ」

吉継自身は見ていなかったのだが、玄朔曰く潔い切腹もかくやの有様だったという。

「御前殿のお力だろうか?だとしたら彼女には礼の言葉もない」

「‥そうかも、全然出てこないよ。きっと佐紀を助けてくれた分まで疲れてるんだね」

すっかり息を潜めてしまった玉藻前に思いを馳せて、佐紀は表情を緩める。

「俺も疲れた。佐紀が刺されたと聞いた時は焦ったし、お前が寝通しの間俺は不眠で付いてやったんだからな」

「‥紀之介」

欠伸をかみ殺しながら吉継は、思い出したように声を上げた。

「しかし関白殿下も無体なことをなされた‥」

「あ‥殿下は、秀次様は‥っ!」

はっと飛び起きた佐紀は尋ねかけるも、走った激痛に顔を歪めてうずくまる。

「馬鹿、無理するな!まだ起きられる身体じゃない」

「でも、紀之介‥」

苦悶の声に顔色を変えた吉継は慌てて佐紀を支える。

荒い息の合間に言い募ろうとする彼女を制し、耳元に低く囁いた。

「関白殿下は謀反の咎で昨日自裁された」

驚きのあまり二の句を告げない彼女を見て取ると、吉継は殊更に感情を抑えて続けた。

「お前に手を上げた事が明るみになった途端、閣下は本腰になって関白殿下の糾弾を始められた。それに伴って朝廷への働きかけと大名達に謀反への協力を求めた誓紙の存在が密告されて‥決定打という訳だ。
助命の声もないではなかったが、大多数は自身の連座を免れる交渉でそれどころではないといった所だったな」

佐紀はしゅんと諦観の滲んだ表情でそう、と頷いた。

吉継の掴んだところによれば、徳川家康と前田利家の取りなしでかなりの大名は免罪されたが、秀次の家臣には悉く死を賜る裁定が下されたという。

また連座が疑われる者は公家にも容赦なく処罰が与えられ、秀吉の苛烈さには非難の声をあげる者もいつしか消えてしまったらしい。

「一応お前の意思ということもあわせて俺も閣下に助命を訴えたが結果は見ての通り、不甲斐ないもんだ」

そう言って吉継は肩を竦める。

「そう‥あ、でも話をしてくれたのはありがとね紀之介」

「まぁ、礼には及ばんさ」

佐紀を労るように床に就かせると、吉継は金色の髪を撫でた。

さらさらとした感触に微かに笑みをこぼした佐紀は安心したように瞼を閉じたが、吉継は小さく首を振って表情を改めた。

「ここからが正念場だろうな、まずは養生だが‥佐紀、油断だけはするなよ」

色々な意味で傷付いた彼女を追い詰めるようなことは言いたくはなかった。

それでも、次第に濃さを増してきた主家を覆う暗雲の影に、吉継は憂いを告げずにはいられなかった。








何度でも言いましょう、これはファンタジーなのです。
資料集めて勉強したんですが秀次事件は謎過ぎた、私には荷が重かった。
だとしてもだ、汚いぞ藤堂愛してる。

2010/01/14 劉斗

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