凍れるオーニソガラム 高虎×夜紗+嫁の影 また夜紗スイーツ‥だけど徹夜で書いたら高虎が暴走したから笑えない 祝言を挙げた当日ですら、二人はろくに目を合わせることもしなかったという。 「私は死間のつもりでここに嫁いで参りました」というのが、夜紗が聞いた正室・かなの第一声だったとも聞く。 高虎にとって幸か不幸か、そんな二人の仲は恐ろしく殺伐としたものだった。 「御機嫌よう、夜紗」 久々に顔を合わせた夜紗に、高虎はいつものように媚びた笑みを向けた。 部屋から当て所なく城下を見下ろしていた切れ長の目が無感情にこちらを向く。 「‥高虎」 「どうしたのかな、そんな曇った顔をして」 天下は太閤秀吉の死を契機に再び動乱の兆しを見せ始めている。 誰もが自家の安泰のために奔走しており、大抵の者は豊臣家を見限って実力者である徳川家の傘下に走っている。 それは二人も例外ではなかった。 特に夜紗は顕著なもので、家康への接近は近頃目を見張る物があった。 (客観的に見れば高虎もあざといまでの親徳川派だが) 夜紗の性格を知る高虎は彼女の変節を「身を挺して主家を守る為の行動」と見ていた。 自らが豊臣家と徳川家を繋ぐ架け橋に、或いは盾になろうとしているのだろうと。 しかし夜紗が家康の養女を正室に貰い受けたと聞いた時はさすがに耳を疑った。 秀吉の遠縁である事を誇りに思っていたはずの彼女が徳川一門に名を連ねることを良しとするとはとても考えられなかったのだ。 だが、と高虎は不安を小さく笑い飛ばした。 (ここにいる夜紗の表情、何と辛そうなこと) 彼女は自身でも気付いていないのか、ひどく疲れ切った顔をしていた。 高虎が冗談混じりに笑いながら肩に手を回しても、口を噤んで不快こそ示しつつも露骨な拒否はされなかった。 僥倖ではあるが、一抹の物足りなさが残る。 「折角の美人が形無しじゃないか‥まぁ憂い顔も美しいが」 「煩い」 覗き込んだ途端に外方を向かれ、手をはたき落とされる。 漸くの反応に思わず笑みがこぼれた。 「憂鬱の種はあれかな、噂の奥方殿?」 わずかに夜紗の表情が揺らいだ。 「伝え聞いたが随分苦労しているそうじゃないか、水野家の‥あぁ今はもう徳川家だが‥姫君だろう?食えないお人だと聞いたよ」 「別に、お前を相手にするより良い」 「おや。これは嬉しい事を言ってくれるね。要は「俺の方が奥方より手強くて気になる」という事か」 「勝手に言ってろ」 高虎はほくほくと彼女の隣に座り込んだ。 夜紗は居心地悪そうに高虎を見下ろしたが、悪びれない様子に溜息を吐いて彼に倣った。 可愛げなしに胡座をかく姿は欠片ほどの女っ気もない上に、むくれたように俯いて黙ったまま。 壁を背に凭れて、高虎も黙って斜め横から夜紗の表情を垣間見ていた。 そのまま、幾ばくかの沈黙が流れる。 「‥懐刀を」 「ん?」 ぽつりと夜紗は呟いた。 独語に近かったそれにふと顔を上げて問い返す。 「かなは俺の前では絶対に懐刀を放さないんだよ、それこそ寝所の中でも。情けない話だが、お陰で近頃はろくに眠れない」 勿論、かな自身も同じくらい悩んでいるとは判ってるけど‥と夜紗は自嘲気味に続けた。 普段はろくに話もしたがらない彼女が弱音をこぼす程なのだから、余程思い詰めているらしい。 肩を落とした無防備な後姿は珍しく保護欲を掻き立てるような、堪能し甲斐があるものだった。 「それは可哀想に」 高虎は大袈裟に嘯いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |