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「こんな綺麗な主計様に貰われるなんて羨ましいわ、代わってもいいくらい」

ひなが小姓から両手で抱えるほどの鳥籠を受け取りながら嘯いた。

布を被せられたそれを差し出すと、佐紀の隣に並んで端座したひなは礼儀正しく頭を下げた。

「主計様、心ばかりの品にございますれば、お納め下さいませ」

「これを‥?」

尋ねた言葉に応えたのは佐紀だった。

「うん!びっくりしないでね」

じゃーん!と丁寧に布を捲り上げると、鳥籠の中には黒い毛玉が一つ。

「え、何これ」

唖然と声をこぼした夜紗に反応して、毛玉と思われたそれはひょこりと頭をもたげた。
体長と同じほどの長い尾を持つ、小さな猿らしい。

「堺にいる兄様がね、南蛮船の積み荷に紛れ込んでたのを譲って貰ったの」

夜紗が籠の隙間から指を差し入れると、猿は両手でしがみついて指先を甘噛みした。

「どうして俺に?」

「珍しいからお祝いに‥てか、佐紀が怖がられてるみたいで‥籠から出たがらないんだよね」

ああ、と夜紗は妙に納得してしまった。

動物の本能か何かで、佐紀に潜む狐の気配を悟ったのだろう。

「押しつけちゃうみたいだけど、賢い子だから話し相手の代わりになるし」

「可愛がって下さいませね」

「うんうん、佐紀だと思って〜」

さながら自慢の娘を嫁にやるような雰囲気で、佐紀とひなは夜紗に笑いかけた。

そっと籠の扉を開けてやると、猿は彼女の掌におずおずと乗ってくる。

「佐紀よりずっと素直で賢そうだ」

「さ、佐紀の方が賢いよぉ」

即座に反駁する佐紀を後目に、夜紗は掌に乗った猿を指先で撫でた。

つぶらに見つめ返す瞳に自然と表情も和らぐ。

「‥ありがとう、佐紀。大事にさせてもらう」







翌朝、水口を発つ夜紗を佐紀は単身見送りにやってきた。

当の彼女も今夜中には大坂に戻る予定らしく、服装もぴっちりと決めている。

「支度を人任せで良いのか?」

「うん‥そんな持ってく物もないし。ていうか、夜紗は何でも自分でやり過ぎなんだよ、細かすぎ!」

「‥悪かったな細かくて」

不満そうに口を尖らせて、夜紗は帝釈栗毛に跨った。

ただでさえ夜紗を見上げて話す佐紀は馬上の彼女に呼びかけるように言葉を投げた。

「肥後に行っても元気でね、弥雲とも仲良く‥」

「それ絶対無理」

「もー!!」

間を置かず返ってきた即答に佐紀は幼げにむくれた。

だが不意に息をつくと、言い辛そうに斜め上の夜紗を窺い見た。

「‥夜紗、意地張っちゃだめだよ。弥雲にも‥市にも」

‥佐紀のくせに。

よりによって、人の心などお構いなしの佐紀に隠していた心の芯を突かれたようで、夜紗は殊更に感情を乗せない声で答えた。

「お前に言われたくない」

鞍に座る自身に縋ろうとした手をぞんざいに振り払うと、佐紀は多少大袈裟なくらい驚いて手を引っ込めた。

その反応には却って夜紗の方が戸惑った。

「佐紀が心配する事じゃないんだよ、俺の問題なんだから、俺がケジメ付ける。らしくない事言うな」

払ったままやり場に困った掌で、そのまま佐紀の頭を無造作に撫でた。

「佐紀は秀吉様の心配だけしてろ、じゃあな」

ふわりと指先が離れると、帝釈栗毛をゆったり進ませる。

「あー‥」

目の前を大きな影が横切っていくのを暫く見つめていた佐紀は、はっと気付いたように馬上の後ろ姿に声を投げかけた。

「ねぇ夜紗、無理しないでね、佐紀、夜紗の心配もちゃんとするからね!」

振り返らない彼女は、その言葉に返すように鞍の前に乗せた黒い小猿の頭を撫でた。

「‥ばーか」

泣き笑いにも似た表情に、つぶらな瞳は不思議そうに首を傾げるばかりだった。







トリトマの花言葉→「恋する胸の痛み」
だからこんな恋愛脳の夜紗さんは嫌だと‥ry

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