◆あの方を盲信して何が悪いby本多と井伊
正純×佐紀&家康×こまち風味与太話
※史実三成は家康の屋敷に逃げていない?
気にしちゃ駄目です。
風が暖かさを含み始めた、ある春の夜のこと。
大坂城下の徳川屋敷に「豊臣家臣の内紛」の一報がもたらされた。
夜紗ら武断派が佐紀を襲撃したという。
だが家康や彼の幕臣達が情報の把握に乗り出して間もなく、彼の懐にその「当事者」が飛び込んできたのだった。
「あんな奴手討ちにしちゃえばいいんですよっ!」
声高に叫んだこまちが、声に慌てた周りの家臣に制止された。
「‥しかし私は未だに形式上は豊家の家臣です。言わば治部少輔と同じ立場。
今回は無闇に手を出すべきではないでしょう‥最悪内紛の当事者として粛正される」
「でも、あいつを追ってる加藤殿や福島殿だって同じじゃないですか」
両腕を掴む家臣を振り払いながらこまちは家康に縋るような視線を向けた。
それはさながら、好物のおあずけを食らう子犬の様でもある。
笑えないのは、その好物が人間の命であるという所だろうか。
「人斬り小町」の異名で知れ渡る彼女だけに、心底慕う家康の政敵が間近に居る状況には不穏な感情が抑えきれないらしい。
「彼らも当然死を覚悟の上なのでしょう。そうでなくば、前田殿も亡き今無謀な襲撃など出来ないはずです。私はお前達家臣を路頭に迷わせたくないですからね、あのような暴挙に手を貸すつもりはありません」
家康は脇息に頬杖をつき、目を伏せたままこともなげに言う。
「上様‥」
こまちがひくんと感動に息を詰まらせる気配を感じながら、家康は更に続けた。
「だがあの顔触れの中には私に近しい者もいる。ここは豊臣家筆頭大名として穏便に騒ぎを調停するのが筋ですかね、徳川の権威を盤石なるものにするためにも」
家康は目を開けると、おもむろに微笑した。
愛情深い慈父のそれに、父親を知らないこまちは胸を掴まれるような気分になる。
「ゆえに私は治部少輔を保護する。主計頭ら共々、如何な状況になろうともかの者らに手出しすることを禁じる。
斬らねば死と相成りし時は、乱心に巻き込まれた悲運の士となり潔く死ね」
一瞬凄みを利かせるようにぎらついた双眸。
だが、一斉に頭を垂れた部屋の中で、家康の色のない表情は幕臣のわずかにしか気付かれることはなかった。
「さて、間もなくここにも頭に血を上らせた主計頭達が殺到すると思いますが」
家康はこまちの頭にぽん、と掌を乗せて囁くように告げる。
「対面の際に私を守る盾が必要になります、こまちは私の為に死ぬ気はありますか」
声に弾かれるようにこまちは顔を上げた。
待ちに待った言葉に大きな瞳が輝いている。
「但し、癇癪を起こさぬように。あなたは短気ですからね」
「は‥はいっ!!」
「では参れ、供に付きなさい」
立ち上がりざま、涼やかに微笑む。
こまちは喜色を満面に浮かべて彼に付いて部屋を飛び出していった。
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