その他二次創作の部屋
ひたぎワーム 001
戦場ヶ原ひたぎは、学校において、いわゆる学校の怪談という立ち位置を与えられている――当然のように授業なんかには参加しないし、全校朝会や全校集会でさえ、一人だけ別個に受けている。
戦場ヶ原とは、一年、二年、そして今年の三年と、高校生活、ずっと同じクラスだけれど、僕はあいつをいまだかつて見たことが無い。
保健室の常連で、というか先ず教室に来たことが無い。保健室に住んでいるんじゃないかと、おどろおどろしく囁かれるくらいだ。
しかし、怪談とは言っても、そこに怪奇現象などは皆無だ。前年度までは、大多数の生徒よろしく一年に二、三度のベースで僕も保健室に足を運んだのだが、そこを塒(ネグラ)にしているという話の彼女に会う事は出来なかった。
そして、それはどうも僕だけでは無いらしい。
名簿にこそ名前が載っているものの、クラスにこそ在籍しているものの、その姿を見たことがない少女。
その所為だろう、生徒の間では、学校の地縛霊などと話半分、冗談抜きに囁かれたりもする。まことしやかに、といってもいい。確かにその言葉の雰囲気は戦場ヶ原に相応しいように、僕にも思われた。
そこにいるのか疑わしく。ここにいないのか疑わしい。
頭は相当いいようで、学年トップクラス。
試験の後に張り出される順位表の、最初の十人の中に、戦場ヶ原ひたぎの名前が必ず記されている。それも全教科まんべんなく、だ。お察しの通り、その度に怪談は盛り上がりを見せる。
つまり、この順位表は戦場ヶ原ひたぎという少女が実在する、名簿以外の証拠となりうるから。
目撃者はいないらしい。
一人も、である。
まあ、だからといって、どうということもない。高校生活を三年間で計れば、一学年二百人として、一年生から三年生までで、先輩後輩同級生、教師までを全部含め、およそ千人の人間と、生活空間を共にするわけだが、一体その中の何人が自分にとって存在感のある人間なのだろうか、なんて考え始めたら、大多数の人間が戦場ヶ原ひたぎとあまり変わらないということは、誰にとっても違いないのだから。
たとえ三年間クラスが同じなんて数奇な縁があったところで、それで一度も顔を合わせない相手がいたところで、僕はそれを怪しいとは思わない。
それは、つまり、なんだったんだろうな、なんて後になって回想するだけだ。一年後、高校を卒業して、そのとき僕がどうなっているかなんて分からないけれど、とにかくそのときにはもう、戦場ヶ原の噂なんて、思い出すこともないし――思い出すこともできないのだろう。
それでいい。戦場ヶ原(ガッコウノカイダン)も、きっとそれでいいはずだ。戦場ヶ原に限らず、学校中のみんなきっと、それでいいはずなのだ。そうやって不思議めいたことから脱却するのが大人になるという意味の一端を担っているのだろうから。
そう思っていた。
しかし。
そんなある日のことだった。
正確に言うなら、僕にとって地獄のようだった春休みの猥談が終了し、三年生になって、そして僕にとって淫夢のようだったゴールデンウィークの絵空事が明けたばかりの、五月八日のことだった。
例によって早退気味に、僕が校舎の階段を駆け上っていると、丁度踊り場 のところで、空からお人形が降ってきた。
それが、戦場ヶ原ひたぎだった。
それも正確に言うなら、お人形ではなく、お人形みたいな少女だったのだが――避けることもできたのだろうけれど、僕は咄嗟に、戦場ヶ原の身体を、受け止めた。
避けるよりは正しい判断だっただろう。
いや、間違っていたのかもしれない。
何故なら。
咄嗟に受け止めた戦場ヶ原ひたぎの身体が、とても――とてつもなく、小さかったからだ。洒落にならないくらい、不思議なくらい、不可解なくらいに――小さかったからだ。
ここにいないかのように。
そう。
戦場ヶ原には、およそ身長と呼べるようなものが、全くと言っていいほど、なかったのである

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あきゅろす。
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