その他二次創作の部屋
キョン「戯言だけどな」7
そんな、言ってしまえば今更な事を考えながら辺りを見回す。生存者、無し……寝てるだけだが。一切の容赦無しだな、朝倉……寝かしつけただけだが。さて、これでこの場は片付いた、か。となるとハルヒの現在地に急がねばならん。
未だ姿を見せていない天蓋領域の誰かさんが気になるが、しかしこっちには宇宙人が二人も居る。ええっと、十三銃士がひい、ふう……後六人か。あれ、計算間違ってないよな?
人類最悪の狐面、哀川さん、式岸だったか野球バットは後回しで良いし、モノクロブラザーズの片割れ、兎吊木も同様。赤神オデットは古泉が倒したし、藤原はリタイヤ。石丸さんは人類最終と喧嘩してまだ余力が残ってるとは思えん。匂宮五人衆はもうこてんぱんだろうし……これで八人。
後、誰だ? 空間製作者とか言うのは聞く所によると直接出て来る感じじゃない。裏方さんらしいのでこれもパス。周防も入れれば十人で……今、橘もぎゃふんと言わせたから十一人か。得体が知れないのはもう後二人だけだな。
残ってる換算なら未だ出て来てない二人プラスに狐面と哀川さん、それに周防。この五人を相手にしていーさんと古泉を助けに行けば良い訳だ。時間は後一時間半ちょっと。長門と朝倉が居ればそんなにキツい時間制限じゃないだろう。
人の命が懸かってる訳で急がなきゃならんのは間違いないが、だが今の戦いで確信したね。朝倉と長門。この二人ならどんな離れ業でもやってくれるさ。
そう思っていた。なのに。
……何かがおかしい。唐突にそんな気がしたのはどうしてだろうか? 計算は間違っちゃいない。ハルヒの向かうファミレスまではここから徒歩で三分も無いし、敵の数を勘定し間違えてもいないのに。
何か、見過ごしている。
何か、見落としていないか?

「さ、先を急ぎましょ」

「……身体維持情報、正常復帰。もう、大丈夫」

朝倉の手招きに俺の体から離れた長門が歩み寄る。置いて行かれる訳にもいかない俺は二人の背中を追って――、

「捕まえた」

突然、後ろから現れた気配に右手を捕まれ戦慄する。
ここに来て、ようやく悟る違和感の理由。十三銃士、第十三席。橘京子。
コイツは銃撃戦の最中、一体どこに居た!?
前に居た朝倉と長門が一斉に振り返る。その眼の中に映り込んでいたのは――俺の手を引いていたのは、誰あろう橘京子。その人だった。
朝倉が何か叫ぼうとした。長門の口が高速運動を始めようとした。だけど、俺が見たのはそこまでだ。生理現象で瞬(マバタ)きをした次の瞬間にはもう、視界全てが激変していた。
朝倉が、長門が。その姿を消した。替わりに現れた白い世界。アスファルトの道路も街灯も街並みもそのままで、違うのは明るさ。夜と昼の区別も無い世界。

「閉鎖空間!!」

やられちまった! 引き剥がされた! 宇宙人に干渉出来ない、超能力者の独壇場に戦場を無理矢理変えやがった!!

「閉鎖空間? ああ、古泉さん達はそう呼んでいるのですね。余り混乱を呼んでも仕方が無いのでそちらの言い方に習うとしましょうか。ようこそ、佐々木さんの閉鎖空間へ」

現実世界で宇宙人に超能力者が勝てる道理は無い。分かり切っていたじゃないか。だったら、こっちに宇宙人が二人居る事が分かった時点で橘達が引かなかったのは何故か? 九曜のサポートが有ったからか?
違う、そうじゃない。勝算が有ったからに他ならない。
それはつまり。一人でも俺の体に触れればそれでいいというただ、それだけ。それならば宇宙人相手であっても出来なくは、ない。油断さえ突けば、割と簡単だとソイツらは考えた。
そして、その考えは当たる。結果、俺はここに居る。
佐々木の閉鎖空間に、閉じ込められた。

「やって……くれたな」

「はい。私たちがどうやって貴方の前に現れたかは覚えていますね。今回は春の時とは侵入経路が違います。現実空間でも時間は進んでいるのです」

橘が言う春の時、ってのはあの「世界分裂事件」におけるファミレスでの一件だろう。あの時は俺と橘が数秒手を握り合って眼を瞑っていただけ、との佐々木の言だった。一瞬、超能力少女が嘘を吐いている可能性も考えたが、それならば橘達が先ほど俺達の前に現れた事の説明が付かない。
ならば、橘の言っている事は真実なのだろう……どこまでが真実かは分からないが。

「つまり、時間稼ぎです。私があの狐面の……西東さんでしたか。あの方と組んだのはその一点でしかありません。十三銃士ですか。その名を名乗れば佐々木さんには危害を加えないと約束されたので名乗っただけですよ。
勿論、ここで貴方を殺してしまうつもりも私にはありません。貴方を殺せば佐々木さんが悲しむでしょう?」

……時間稼ぎ。いや、だけど。それじゃお前らには特に目的は無い、って事か? 佐々木を守るため? もしもそれだけが理由だったら相談してくれれば幾らでもやりようはあるだろ?

「脅されてるんだったら、そもそもここで俺達があの人類最悪をなんとかすればいいだけの話だ。今すぐ俺をここから出せ、橘」

「そうはいきません。裏社会……殺し名七名、呪い名六名がどれだけ抜きん出ているのか、貴方も知ったでしょう? 残念ですが、私たちでは、いえ、例えキョンさん達と協力したとしてもそれでも可能性は零とはなりません」

「だから、狐野郎に付いたのかよ、お前らは」

俺がそう言うと、橘は「ふふ」と笑った。

「私たちの目的をもう、お忘れですか?」

橘達の目的? それはハルヒの力を佐々木に移す事で――おい、まさか!

「ハルヒが世界崩壊させる、そのタイミングが目的かよ!」

願望実現能力。それってーのは結構不安定だと言っていたのは古泉だったか朝比奈さんだったか。事実として長門はハルヒの力を、言い方はどうかと思うが「悪用」した過去が有る。それくらい、ふわふわとしたものだってのはなんとなくイメージに有る。
その願望実現能力が。世界を崩壊させるなんて大きな力を行使すれば。長門に言わせれば、それは「危うい」のだそうだ。ハルヒの手を離れる一歩手前、風船に付いてる紐みたいなモンらしい。子供が手を離し易いものナンバーワンだぜ、それ。

「それも、有ります」

それ「も」? まだ何か企んでやがるってのか?

「けれどそれは二次的な。結果論に過ぎないですよ、キョンさん。そうなればいいなあ、といったものでしかないのです。私達はもっと、確実な方法を選びます」

「確実な方法?」

「……はあ。貴方は本当に自分の価値を理解していないのですね。私はあの春、なんと言いました? 涼宮さんではなく佐々木さんを選んで下さいと、そう言いませんでしたか?」

上を見ながら、少女は言った。その視線の先には空しかない。夜でもなく昼でもなく。雲も無く星も無い。白いインクで一面を塗りつぶしたような悪趣味な空しかない。

「貴方の気持ちはあの時聞きました。ですが、それはあの時の貴方の気持ちです。貴方は佐々木さんを知らない。いいえ。今の佐々木さんを知らない。私達が神と崇める佐々木さんの話を聞けば、きっと貴方は心変わりしますよ」

佐々木の話を聞く? いや、だがそれとこの状況に何の関係が有るんだよ。

「私の話はここまでです。では、失礼しますね」

橘は歩き出す。走って後を追うが、だからって俺に何が出来る。ひっ捕まえて元の世界に帰せと言って聞くような素直な性格じゃコイツはない。だからと言って手を挙げる事が俺に出来るかと問われれば……人の命が懸かってるのに何を煩悶してるんだよ、俺は。
……「教えてやる、キョン。お前には覚悟が足りてねえよ」。人類最悪の言葉が、頭の中で何度も繰り返された。
悩んでいてはタイミングを逃す。その肩を捕まえようと手を伸ばした、その手が届く前に橘の背が……消えた。
……置いて、行かれた。

「くそっ……俺は……俺はっ! ああ、何やってんだよ、俺はっ!!」

見過ごしは、見殺し。

「何も……何も学んじゃいないじゃねえか! 何が宇宙人、未来人、超能力者との付き合い方を覚えた、だよ!!」

見逃しは、見殺し。

「結局、ソイツらがどれだけマジになってんのかも分かってないじゃねえかっ!!」

見て見ぬ振りは、加害者の内。
ならば見殺しは、人殺し。

「……ちくしょう……こんな所で……足止め食ってる…………食ってる場合じゃ………………ハルヒ……っ」

項垂れる。以外に俺にはもう、何も出来ない。自慢のなんちゃって戯言も、誰も聞いてなきゃただの独り言だ。
両足から力が抜けていく。崩れるように地面に座り込んだ。ここ最近で最大級の無力感が俺を襲う。せめて俺が超能力者なら。なんて有り得ない仮定だ。
……所詮一般人な俺には何も出来ない。手には何も無い。助けに来るヤツの当てなんて無けりゃ、藁にも縋る思いで取り出した携帯電話は当然のように圏外だ。
縋る藁にすら見捨てられた、ってか。
誰もいない。当然だ。居る訳がない。ここは閉鎖空間。超能力者、それも佐々木側の超能力者しか出入りが出来ない真っ白ワールド。なけなしの力で首を上げて周りを見渡しても人っ子一人――え?
思わず二度見。おい。おいおい。おいおいおい。夢じゃねえよな。幻じゃねえよな。

「なんて顔をしているんだい、キョン。まるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のようじゃないか。生憎と飲み物は持ってないよ? そこの自販機ならば使えるかも知れないけれどね、くっくっく」

ああ、今なら橘達がコイツを女神だとかのたまっていやがるのも十分の一くらいなら信じちまえそうだ。まさしく、救いの女神。このタイミングで出て来るのは、そりゃもう反則じゃないのか?
感極まって泣いてたとしたら、その精神的苦痛はどこの誰が賠償してくれんだ、馬鹿野郎。

「……戯言言ってんじゃねえよ。仮にジュースが出て来たとして、そんな得体の知れないモン、飲めるか?」

「さあ? 僕なら口にしない」

手を差し出す、少女。その手を取って立ち上がる、俺。

「だよな。俺だってそんなモンは飲まん。俺が冒険心とは縁も所縁(ユカリ)もない事くらいはお前も知ってたと思ってたんだが」

「その割には面白そうな日常を送っていると聞いているよ。まあ、そういったものは往々にして望んでいるものの元へは訪れないんだ。侭ならないね、人生というのは」

白いセミロングコートに緑基調のチェック柄のマフラー。そこに乗ってるのは懐かしい友人の顔だ。柔和で整った顔立ち。髪は春に比べて大分伸びたじゃないか、佐々木。

「ああ。切ろうかとも思ったけれどね。夏などは鬱陶しくてしょうがなかったよ。まったく、誰かが春に髪型への注文をしたせいで美容院に行っても毛先を整える程度さ」

はて、誰だろうか。まあ、高校二年生だしそろそろお互い恋人とかが出来てもおかしくはない。そうは言っても俺の方は当てどころか先ず出会いが無いが。しっかし、誰だか知らんが羨ましい。
言葉遣いが少しおかしいせいで取っ付き辛く思われがちだが、しかしてその実、中身も外見も言う事無しのこの友人を見初めるとはな。良いセンスだ。

「良いんじゃないか。長い方が似合うぜ?」

俺がそう言うと、佐々木は微笑んだ。

「ありがとう。ただね、キョンの未来を思って言わせて貰うがそういう場合は『似合う』よりもストレートに『可愛い』もしくは『綺麗だ』と褒めるべきだ。……僕は特に気にしないが、しかし女性とはそういうものさ」

なるほどな。コイツと話してると為になる。とは言え流石にそれは実践出来そうにないが。そういうのは古泉が専門だし、谷口がこの話を聞けば翌日から「可愛い」「綺麗」を軒先で叩き売ってその価値を下げるのに余念が無さそうだ。

「ハードルが高くないか? 俺の性格は知ってるだろ?」

「ああ。さらりと言おうとして肝心の台詞を噛むか、喉奥から出て来ないかのどちらかだろうね。なに、からかっただけだ。真に受けなくてもいいさ」

喉の奥で含むように笑う、その笑い方は変わってない。そうだな。変わったのは髪形くらいのモンで、安心した。……なんで俺は安心してんだ? そりゃ、ちょっと見ない内にゴスロリ趣味やら語尾に「にゅ」を付けるようになってたら驚愕だろうけども。

「君は……変わらないな、キョン」

「んなこたーない。俺自身は成長も退化も自覚しちゃいないが、周りは激変だ。日本列島が大陸プレートのせめぎ合った場所に有るのは知ってたが、ここまで地殻変動が多いとは思わなかった」

俺がそう言うと、佐々木は少しだけ眼を細めた。笑っているように、見えなくも無いが……なんか違うな。

「楽しそうで結構じゃないか」

「楽しいかどうかは置いておくが、疲れるのは間違いない」

楽しいか、と聞かれて否定出来ないのは、この日常を選んだのは誰でもない俺自身だから。それを否定する事だけは、出来なかった。

「っと。こんな事を話している場合じゃなかったな。佐々木……あれ? そういやお前、なんでここに居るんだ?」

深夜だ。日は変わって午前様。これが早起きだとしたらつ寝ついたのかが疑わしくすら有る時間。こんな時に出てくるのは幽霊くらいのもので、俗に言う丑三つ時だな。深夜業務のコンビニ店員なら話は分かるものの、しかして俺も佐々木も学生である。
冬休みに入っているので昼夜逆転生活をしていたところで特に俺から言う事も無いが、勤勉なコイツの事だ。冬期講習なんかに足しげく通っているのは聞かなくても分かるさ。だったら、こんな時間に起きている訳はない。本来なら。
橘にでも連れ出されたか?

「ふむ。確かに自分でも不思議だよ。自分の心の内に入り込む、なんてちょっとしたパラドックスじゃないか。いや、マトリョーシカかも知れないな。鏡合わせの悪魔も真っ青な貴重な体験をさせて貰っているよ」

「いや、俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだが」

だがしかし、確かに奇妙な話では有る。心っていう本来自分の体の内側に有るべきものの中に入り込んでいるという矛盾。とは言え、俺にはそこに説得力の有る説明は用意出来そうにもないが。
そこに疑問を持つのは、二年程遅い。ハルヒはハルヒ自身の創り出した閉鎖空間の中にあの時存在していた。そういう前例が有る以上、俺には「そういうモンなんだ」と漠然と納得するしかないのである。

「だが、僕らはこれと同じ経験を日常的にしている。そう考えたら然程不思議に思う事でも無いかもしれないな。キョンだって経験が有る筈さ」

「いや、俺は生憎自分の心の中に入り込むなんて経験にはとんと縁が無いぞ?」

「いいや、有る筈だよ。これはね……僕の感覚で物を言って申し訳無いが、『夢』と同じさ。少なくとも僕にとっては」

夢。ドリーム。なるほど、確かに似たようなものかも知れないし、去年の春、ハルヒ(と俺)はそうやって自分を納得させていたっけか。夢と閉鎖空間の違いはそれが個人のものではなく、複数の記憶に残るって点しかない。
……まあ、そんな思索に耽っていて現状がどうにかなる訳でもないので、これについての考えはここらで止めにしておこう。

「夢、か。だが残念だが夢に現(ウツツ)を抜かしてる暇は無いんだよな。招待ならまた今度にしてくれよ、佐々木。そん時は言葉通り『一晩中』付き合ってやるさ」

「おや、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。……キョン。君は時折、本当に天才染みた発想をするな」

本物の秀才様に言われても、只の皮肉としか受け取れないのは俺の性格が屈折している所為なのか……ああ、いつから俺はサンタクロースを信じるような素直な心をなくしてしまったのだろう。合掌。
気付いたらいつの間にやら、超能力者扮する赤服爺さんの乗るソリ役だ。去年はトナカイだったのに、今年はついに無機物にクラスチェンジである。このまま扱いが年々酷くなっていったら次はなんだ? 天井から白い紙で出来た花吹雪を撒く黒子か?

「そんなに自分を卑下しないでくれよ。それに皮肉と取られるのも心外だな。僕の身に宿る……宿っているとされる願望実現能力、だったかい。身に覚えは無いけども。とにかく、それにそんな使い方が有るなんて思ってもみなかったのは本当だ」

「だろうな」

「素晴らしい発想じゃないかい? お互いに睡眠時間を調整するという手間は有るが、それ以外にデメリットは皆無だ。僕に限って言えば睡眠時間を削る事が出来なくなるから健康にも良いだろう。睡眠不足は肌に悪いんだよ、くっくっく」

意外だった、とそんな感想を持った事はともしたら怒られてしまいそうだ。だがまさか、コイツの口から「肌に悪い」なんて言葉が聞けるとは思わなかったからな。記憶をかき回してみても、佐々木がこういった、いわゆる性別を加味した発言をしたのはこれが初めてじゃないだろうか。

「おいおい。俺は特に構わないが、しかし毎晩夢で俺なんかが出て来てみろ。ホラーだ。サスペンスだ。その内精神科に通わなきゃならんくなる事は想像に難くない。精神病患者と知り合いってのは、しかも原因が俺ってのは勘弁してくれ」

俺がそういうと、とうとう堪え切れないといった様子で佐々木が笑った。目尻に浮かんだ涙を拭って、口を開く。

「今更だよ」

少女のその言葉の意味が分からないのは俺が馬鹿だからか? それとも前後の脈絡が破綻しているからか。恐らくは両方だろう。そもそも俺に向けて言った台詞ではないような気もした。

「何が今更だって?」

それでも一応聞いてみるのは中学時代からの癖も有ったんだろうな。分かってやれないと分かっていながら、それでも人に話す事でコイツが何かを楽しんでいることを俺はもしかしたら分かっていたのかも知れない。ま、勘違いかも分からんが。
だが、コミュニケーションってヤツは十割の理解がそもそも前提ではないよな。本質ってヤツは中身よりもそれによって生まれる空気にこそ有るような気がするね。

「君はすでに精神病患者と知り合いで、しかもその原因は君なんだよ。くっくっく」

「おい、佐々木。何を言ってるのかは正直サッパリ分からんが、それでも自分を蔑むのは傍(ハタ)から見ていて気持ちの良い趣味とは言えないぜ?」

「蔑む? 何を言っているんだい、君は?」

ニヤリ、笑って俺を見る友人。「何を言ってるんだい、君は?」なーんて俺の方こそお前に尋ねたいね。俺の読解力が低いのはそりゃもう現国の答案を見るまでもなく明らかだが、それでもお前には伝達力が足りないんじゃないのかよ、佐々木。

「僕はこの精神病に関しては……罹った事を自覚するまでは、そうだね。君の言う通り蔑んでいた節は有る。けれど、自覚してしまえばそれまでさ。蔑むとか寿(コトホ)ぐとか、そういう対象じゃないんだ。これはもう、それはそういうものだと受け入れるしかないものなんだよ」

いや、だから何の話だよ。自分の世界に入り込んで、他人様の理解を置いてけ堀に勝手にすらすらと言葉を紡ぐ病気の話か? ああ、そりゃ奇遇だな。おんなじような病気の症状の持ち主を俺は知ってる。

「ハルヒみたいだな、なんか」

少女の前で少女の名前を持ち出したのは致命的だった。佐々木にとってハルヒは、橘に言わせれば不倶戴天、なのだから。
まさか佐々木本人までが同じ考えだとは思わなかった。ああ、思わなかったとも。

「ふむ……涼宮さんか。まあ、間違いじゃない。彼女と同じ精神病だと最近、自己診断した次第だから」

ハルヒと同じ精神病? それは願望実現能力を患っている事か? いや、でも……それを「精神病」と表現するのはなんか違う。俺でさえ気付く語弊に佐々木が気付かない訳がない。だったら多分、違う意味。そう考えた方が自然だった。
だが……ハルヒと佐々木の共通点なんて言われても咄嗟には思い浮かばないぜ? 方向ってーか性格が違い過ぎる。見た目だってそうだ。美少女って点こそ同じだが、可愛いと一言で言った所でその中にも様々なタイプが存在する。
この場合、佐々木とハルヒは正反対の魅力と言い切っちまってもいいだろう。

「そんなに深刻そうな顔をしないでくれよ。心配されるのは嫌いではないがね。くっくっ……この病気は医者に掛かる類ではないんだ。そもそも罹らない方がヒトとして問題が有るくらいだと思う」

佐々木はどこか自嘲するように「僕も只のヒトだった訳だ」と呟いて俺から距離を取った。まるで逃げるようにするすると三歩分、二人の間に空間が生まれる。

「僕は今から卑怯な手を使う。キョン、この戦いはなんでもありなんだ」

「何の話をしてんだよ、お前?」

「君こそね。こんな所で僕と与太話をしている場合じゃないだろう? ……十三銃士」

佐々木は、口にする。ソイツが知っているはずもない、言葉を。

「第一席『人類最悪の遊び人』
第二席『空間製作者』
第三席『結晶皇帝』
第四席『人類最強の請負人』
第五席『大泥棒』
第六席『断片集』
第七席『外側の内側』
第八席『辻褄併せ』
第九席『街』
第十席『害悪細菌』
第十一席『心中強要』
第十二席『非選主義者』
第十三席『水足らずの使人』
……もう、会ったかい? それとも、まだ会っていない人は居るかな?」

なぜ……なぜ、ソイツらの言葉がさらさらと、他の誰でもないお前の口から出るんだよ、佐々木!

「知らない名前も有るかも知れないが、別にそれが僕って訳じゃない。逆にね、この中から自分に合う名前を選べと言われても、レストランでメニュを見せられているのとは違うんだ。どちらかと言えば、服を選んでいる感覚に近いね。
誰かの為に作られたオーダーメイドだから、他人が着るとどこかに必ず襤褸が出る。フリーサイズ、とはいかないのさ。こればっかりは。
安心したかい? いや、無理な相談か。僕が彼らの名前を知っている以上、安心などが出来るはずもない。
君の煩悶は分かるよ、キョン。恐らく橘さんの所為にしようとしているんじゃないかな? だが、それは違う。僕は吹き込まれたんじゃない。
彼女をどう評価しているのか僕は知らないが、橘さんは賢い人だよ。そしてあれで中々僕に気を使ってくれていてね。彼女の属している組織……四神一鏡、だったと思うが。その内情についても僕は彼女から聞いた事が無い。
そんな顔をしないでくれよ。君を『困らせる』のが『目的』なんだ。嬉しくなってしまう。
どこまで話したかな。ああ、そうそう。橘さんは無関係という話だったな。無関係とも言えないが、しかし本質とは確かに関わりが無い。彼女は……こう言っては悪いかも知れないが、舞台設営側の人間だ。
脚本家でも演者でもない。描いたシナリオとは何の関わりも無いんだよ。
さて、話は変わるが君は疑問を抱かなかったかな、キョン。十三銃士。元ネタの三銃士を読んだ事は有るかい?
三銃士という話の主役は、三銃士ではないんだよ。アトス。ポルトス。アラミス。この三人の名前くらいは聞いた事が有るだろう。そして、それ以上に有名な名前がこの物語には有る。
主役――ダルタニャン。実はも何も無い。三銃士は彼、ダルタニャンの立身出世物語だ。決してアトス、ポルトス、アラミスの物語じゃない。
考えなかったかい? 『十三銃士』が『物語』の登場人物ならば、彼らにとっての『ダルタニャン』が別に居るんじゃないか、と。
いや、そこまで思い付かなくてもいい。ただ、『じゅうさんじゅうし』という音の並びだけでも気付く筈なんだよ、普通は。
十三、十四。十四人目の存在は最初から示されていたんだ。いや、零人目、かな。ここまで言えばもう、分かるだろう。
つまり『皆は一人の為に』だったという事だ。ただそれだけだったのさ。
考えなかったかい。思い至らなかったかい。涼宮さんには願望実現能力が有るのだろう? だったらそもそも、こんな事は起こり得ない筈なんだよ。こんな事が起こる以上、彼女の願望実現能力に何かが有ったと、そう考えるのが筋というものじゃないか。
そして、そんな事が出来そうな人間を、僕も君も、幸福か不幸か知っている。
さて、そろそろ僕も名乗らないといけないな。
『初めまして』だ、『僕の鍵』。十三『従士』。玉座。『我が為に鳴る鐘(チャペルエンディング)』だ。
お手柔らかに頼むよ、キョン。くっくっく」


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