その他二次創作の部屋
キョン「戯言だけどな」6
走り出す。ハルヒの居場所は朝倉から聞いていた。まさかって感じだったが、入口と出口が同じ迷路なんてそう珍しい頓知じゃない。
敵の秘密基地。つまり、あのファミレスにハルヒは今現在、向かっている。何がどうしてアイツがこんな夜更けに出歩く事態になってるのかは分からんが、人類最悪の手際を先回り出来るようになっちゃ人間としてお終いだ。
そんな事を考える俺に、追従する人影一つ。振り返れば、朝倉だ。

「……置いてく気?」

走りながらも器用に上目使いで俺を睨み付けるその顔は魅力的ではあったが、しかし欲を言うなら頬を膨らませて貰えないだろうか。せっかくポニーテールにしてるんだし、こう、出来るだけ俺の好みに合わせて……って、違うだろ、俺。

「……走って大丈夫なのかよ、朝倉? 敵の情報なんたらはまだ続いてんだろ?」

「続いてるわよ。でも、走れない程じゃないわ。大体、不用心。今夜がどれだけ貴方にとって危険なのか分かってるの? 単独行動はどうぞ捕まえて下さい、って言ってるようなものよね」

確かに。朝倉の言う通りだ。だが、それでも今の少女じゃ焼け石に水。枯れ木も山の賑わい、って訳にはいかない。

「だったら、井伊崩子さんに頼むからお前は……って、アレ? 彼女は?」

「あの暗い女の子なら『ここはもう大丈夫ですね。お兄ちゃんが心配です』って言ってどこかに行っちゃったわよ?」

……あー、うん。今時分ならその「お兄ちゃん」は藤原相手に戯言を遣って丸め込んでる最中だろうよ。確かに、ピンチっちゃピンチなんだろうが、しかし俺達に合流したいーさんの傍らに崩子さんがいなかった以上、間に合ってないな。

「そっか。……悪いな、朝倉。本当に大丈夫か?」

「私の心配をするよりも先に自分の心配をするべきじゃないの? 有機体って本当に不思議ね。余剰メモリも無いのに別コンテンツにまで手をだそうとするんだから」

そうは言うけどさ。俺は情報体じゃないから心配だってするんだよ。零と一じゃない。信号に変換出来ないのが、心ってヤツの正体だろ?

「そんな顔しなくても大丈夫よ。機能障害から回復した長門さんもこっちに向かってる」

「長門が……そうか。読み通りって事かよ」

「ええ」

読み、なんて言っても大したモンじゃないんだが。そもそも匂宮五人衆を朝倉と二人で相手にしていた時、俺が時間稼ぎを主目的としていた事は記憶に新しいと思う。
瞬間移動で背後を取って「遅えんだよ」とか一言二言言ったところで逃げ帰ってくれる相手であれば万々歳だが、実際は警戒を促すのが精々で帰ってくれるとは幾ら楽観的な俺であっても思えなかった。そんな相手だったら楽だね、ってそんなモン。
なら、なぜ時間稼ぎをしようとしたのかって辺りで長門の存在が浮上する。もしも、狐面に肩入れしている天蓋領域が九曜一人ならばという前提で、これもまた楽観論なのは否定出来ないが。それにしたって十三銃士の中に二人も三人も宇宙人を抱き込んでるとは思いたくないね。
それに、もしもそんな事に成功していたのならばそもそも哀川さんの発言が矛盾する。
宇宙人と戦いたい。
二人も居るんなら、どっちか一人とくらい腕試しさせて貰ってもいいだろう、ってなモンで。多分、あの勝気なお姉さんならそんな風に考えるのが道理だろう。
一人だから、手が出せなかった。一人だから、そのメンバを狐面も哀川さん相手に隠し通せた。隠し玉ってのは二つも三つも用意しとく類じゃねえよな。

「長距離高速移動こそまだ広域情報障害で封じられてるけど、それでももう、すぐよ」

「そうかい」

俺は頷く。
では相手の用意した宇宙人が一人であったのならば、一体なぜ長門が復帰するのか。その因果関係はまあ、至ってシンプルだな。長門のヤツは俺が頼った時点でその能力を八割抑え込まれていた。八割。十割でないのはそれが九曜一人に出来る限界なんだろう。
雪山での一件を覚えている方が果たしてどれだけ居るのかは知らないが、あの後で長門は天蓋領域への対抗手段を講じていた。いや、構築していた、ってのが正しいか。
無様にハングするのではなく、その攻撃に対する防御手段。多分、なんとかウォールってヤツの事だろう。当然の話だがそれは朝倉にも伝達されていた。だから朝倉は倒れる事は免れている……と、また話が逸れた。
つまりだ。九曜一人では今の長門&朝倉相手に八割が限界なんだ。その攻撃が朝倉に集中すれば……もう分かるよな。片方は攻撃から復帰する。そういう訳で俺は匂宮相手に長門という最強の援軍を待っていたって事になる。
まあ、実際は予期せぬ援軍が来たのだが。

「だったら、安心だな」

そんな事を言った、舌の根も乾かぬ内にとはこの事だ。何も無かった、本当に、文字通り道の真ん中に、人が出現する!
それは俺と同い年くらいの少女ではあったが長門……では無い!?

「そんなびっくりした顔をしないで下さいよ。忘れたんですか。私達は超能力者なんですよ? ああ、もしかして『こんな風に』閉鎖空間から人が出て来る所を見るのは初めてですか? まあ、私達もあまりやりませんからね。どこに人の目が有るか、分かりませんから」

見覚えの有るツインテールに、聞き覚えのあるその声。少女の後ろでは続々と老若男女、超能力者達が閉鎖空間から回帰する。

「……橘、お前もか」

ブルータスに裏切られた気分……って訳でもないが。藤原に天蓋領域(九曜ではないかも知れんので個人名は出さんが十中八九九曜)と続けばコイツが出て来ない道理も無いだろう。
橘京子。
古泉の所属しているのとはまた別の超能力者集団「組織」の一員で実行部隊におけるリーダーなのかも知れん少女。いや、ただ前に出て来ているだけでリーダーはまた別かも分からんが。となるとスポークスマンって立ち位置か。どうでもいいが。

「ふうん。その様子だと藤原さんにでも会いましたか? まるで前もって私がこうして出て来るのが分かっていたようです。いえ、九曜さんに気付いていたのかな? どちらでもいいけど」

少女は快活に喋る……が、その背後の組織の皆さんは手に物騒なもの持ってやがりますよ、このヤロウ。現代日本で何を当たり前な顔して銃火器なんて所持してんだ、お前らは。法律とか無視か! 常識とかガン無視か!

「それでは、西東さんからは出会ったら先ず自己紹介をしろと言われてましたので……私の名前は橘京子。十三銃士の第十三席。西東さんから貰った二つ名は『水足らずの知人(クロスオーバ)』。もう、失礼しちゃいますよね。
『死に水取らず』とどっちが良いかと問われてもどっちもアウトですよ。あの人、ネーミングセンスが最悪です。誰が『見ず知らずの他人』ですか。私はどっちかと言えば関係者なのに」

多分、クロスオーバって二つ名先行の名前なんだろう。まあ、分からなくはない。閉鎖空間と現実空間を股にかける超能力者は「交錯するもの(クロスオーバ)」って感じだ。
いや、ハルヒと佐々木を「取り違えた」って意味も混じってるのか?

「そんな訳ですから、私は関係者として今回の一件にも関与します。目的は……分かるでしょう?」

「ああ」

橘指揮下の超能力者達が一斉に俺達へと銃口を向ける。殺されこそしないだろうが(そんな事は佐々木も望まないだろう)、麻酔弾かゴム弾か……どちらであっても痛いのは御免被る。昏倒して時間を失うのだって、嫌なこった。

「目的は……ハルヒの能力の佐々木への移行、だったな」

「その通りです」

少女は胸の前で組んでいた手を解くとそれを背でまた組み直す。そして超能力者達の前を左右に歩き出した。

「分かりますか? 分かりませんよね。まだ計画は話していませんし。いえ、貴方に話す理由も有りませんけど。貴方は佐々木さんを選ばなかった。なら、居るだけ邪魔なんですよ。殺しはしないので安心して下さい。貴方の命は、大事な交渉材料です」

交渉材料……それはハルヒに対してか、それとも佐々木に向けてか。恐らくは両方。なんてこった。ここで……この最悪のタイミングで実力行使に出やがるか、コイツらは。
今まで機関にも組織にも、どこか牧歌的(って言っちゃ失礼かも知れんが)な印象を持っていた。それは多分、ハルヒやら佐々木やら一介の女子高生相手に右往左往している様が滑稽でそんな風に思っていたんだろうが。先入観だな。
実際は古泉だって日常的に拳銃を持ち歩くような少年で。となれば橘だって「こう」であっても何も可笑しくはない。
世界を甘く見過ぎていた、ってのは今夜で痛いほど骨身に沁みたよ。だからこの辺でどうか回れ右しちゃ貰えないか、ってのは無理な相談なんだろうな。コイツらは、マジなんだ。

「ああ、でも。殺された方がマシな目には遇って貰うつもりですけど」

「言うじゃねえか。だが、そう言われて『はい、分かりました』なんて言うと思うか? こっちには宇宙人だって付いてるんだぜ?」

ちらりと朝倉を横目で示唆してやる。コイツらなら朝倉の存在も知っているはずだ。宇宙人って事もな。怖じ気付いてくれれば……と、しまった。あっち側には九曜も居るんだっけ。

「その宇宙人さんは現在、その能力を殆ど使えないでしょう? でしたら、キョンさん。貴方を捕まえるのに今、他にどんな障害もありません」

……そう、来るよな。分かってる。だが……だが、今回は時間稼ぎは要らないはずだろ。

「では、夜更かしはいけません。おやすみなさい」

橘がこれで言葉は終わりと口を閉じる。その配下、超能力者達が一斉に銃のトリガを引いた。けれど、俺は信じるね。ここで間に合わないようじゃ、お前らしくない。
そうだろ? なあ、長門?
果たして、俺の思惑通りに。ゴム弾だか麻酔弾だかは透明の壁によって阻まれる。

「現状認識が甘い」

ヒーロー(ヒロインか)はちょいと遅れてやってくるもの、だったよな。ようやく、ウチのエースのお出ましだ。
辺りに火薬からなる破裂音が何十と響き渡るも、弾丸は全て中空でひしゃげ俺達の元へは届かない。

「やれやれ。助かったぜ、長門」

「遅れて申し訳無い」

そう言ってこちらを見る、その姿に不安要素は皆無。天蓋領域の干渉を受けている様子も見受けられない。この一流の心強さは流石、長門だ。朝倉には悪いが、やっぱりこっちの方が俺はしっくり来るね。ベテランとダブルス組んでる安心感、みたいなもんだ。

「しまった……長門さんではなく朝倉涼子だったのは……囮!」

いや、囮も何もたった今合流したばっかりだっつーの。深読みし過ぎだ、橘。ま、こればっかりは分かっていてもどうしようもない展開だが。大体、橘&その他大勢っていう「その他大勢」って時点でショッカーの戦闘員みたいにやられ役なのは分かってたようなモンだと、俺はそんな風に思う。

「いいえ、ですが! 九曜さん、聞こえますか! 両方に負荷を掛けて下さい!」

少女が叫んだのとほぼ同時のタイミングで長門の張った情報なんたら障壁が小さくなる。辛うじて俺と朝倉をカバーしちゃいるが、しかしさっきまでに比べて心細さは否めない。
だが、それでも。飛び出す影は一つ。
朝倉涼子。

「一人に対して八十%の負荷は二人に分散すればそれぞれ四十%にしかならないって事。貴方達程度の相手ならこれで十分よね?」

楔から解かれた少女は笑う。長門が盾なら朝倉は矛。見事なまでの役割分担はかつてコイツらが敵対していた事実を忘れちまいそうになる。
いや、忘れちまえよ、俺。お前は朝倉を許したんだろ? だったら、過去は水に流す大きな度量を持ちたいモンだ。

「ねえ、死にたくない? 死ぬのって嫌? 私には有機体のその辺りの感情が理解出来ないんだけど……安心してよ。殺しはしないわ。でも、ちょっと『殺された方がマシな目には遇って貰う』つ、も、り」

……朝倉、マジ怖え(二回目)。

「大丈夫……貴方は動かなくて、良い」

俺の近くまで寄ってきた長門が言う。盾となっている障壁が大分縮んだからこの方が守り易いんだろう。とは言え、あまり近くに寄られても……ええと、長門さん?

「……『私たち』が、守る」

私たち。その言葉の意味を理解した時、俺の手はどうした事だろう、長門の髪の毛を撫でちまっていた。

「そっか。お前は朝倉を許したんだな」

長門は何も言わない。ただ、不思議そうな顔で俺を見上げる。きっと、許すってのがどういう事を言うのか分からないんじゃないかと思うが、まあそういうのは言葉で理解する事じゃない。お前が朝倉をどう思っているのか、それが全てだ。

「奇遇だよ。俺も許した。なんだろうな。自分でも早まったんじゃないかとは、今の朝倉を見ていると思わなくもないが」

楽しそうに(終始笑顔だからそう見えるだけかも知れないが)超能力者の群れに突撃する少女。その姿に向けて無数の弾丸が放たれるも、朝倉の唇が高速で動いたそれだけで銃弾は反転。速度はそのままに狙撃主へと牙を剥いて襲い掛かる。

「女の子相手に大人数で、怖いなあ、もう」

怖いのはお前だ。超能力者組織の皆さんを正体不明の恐怖のどん底へ突き落している少女が言っても、冗談にしか聞こえないがそれでいいのか、朝倉。このままだと悪役が板に付き過ぎて帰って来れなくなるぞ?

「……早まったと思わなくもないが、それでもな。人を信じるってのは疑うよりは気分が良い」

「……そう」

ああ、そうだ。きっとお前もそうだろ、長門。朝倉の事を一番気に掛けていたのが誰か、俺はちゃーんと知ってるんだぜ?
昨年の十二月。ハルヒの力を利用して長門が創り出したもう一つの世界。それは不思議の無い世界。アリスインノーマルランドってな具合に。日常じゃないのは俺の記憶だけだった。
それはもしかしたら俺が望んでいた世界かも知れなくて。いや、表面上は望んでいた世界だったんだろう。
ああ、こんな事はもうこりごりだ。勘弁してくれよ。なんで俺なんだよ。一体何を考えてやがる。現実を見ろ。
そんな心にもない事を口走っていた、俺にもきっと非は有るんだろう。そんな俺の嘘っぱちな要求に真摯に応えようとした世界。全く、皮肉な話だぜ。そのせいで、そのお陰で腹を括っちまった訳だからな。
いや、恨み言を言う気は無い。それはそもそもお門違いだろ。そういう事も有ったな、なんて簡単に片付けちゃいけない内容なのは確かなのでさらりと流す訳にもいかないが。
そんな世界で。そんな世界に。こちらではとうにいなくなっていた筈の少女が招待されていた。言うまでも無いよな。それが朝倉涼子だ。
長門の幼馴染かなんか、そんな設定だったのだろうが甲斐甲斐しく創造主の世話を焼く優しい親友として。その立ち位置がソイツに用意された事に果たしてどのような意味が有るのか。ああ、俺だってあの後考えたさ。何度も何度も、な。
結局、俺の脳みそじゃ「長門は朝倉と友達になりたかったのではないか?」って程度の答えしか出て来なかったんだが。しかし、それで正解なんじゃないかとは思う。楽観的だと笑うなら笑え。

「長門」

俺の前ですっくと立ち、右腕を翳して透明な盾を維持し続ける少女に俺は話しかけた。

「何?」

場違いだとは思ったが、それでも多分、ここで聞いておくべき内容だと思ったからだ。

「朝倉の作るおでんってのは美味いのか? もし美味かったら俺も一度ご相伴に預かりたいと思ってな」

俺の問い掛けに、長門は背中を見せたままだったがその小さな頤は少しだけ上下した気がした。

「朝倉涼子の作るおでんは美味しい」

なあ、朝倉。宇宙製の特別格別よく聞こえる耳を持ってるんなら聞こえてるだろ? 長門は……いや、俺も。
お前と、友達になりたいんだよ。

「是非一度、食べてみるべき」

あの長門がこうまで言うなんて、それこそ谷口じゃないが「驚天動地だ!」ってなモンで。その裏に有る「一緒に遊ぼう?」と言った子供染みた副音声は俺の耳にだってしっかりと聞こえたんだ。
長門の名誉のために言っておく。幼くて何が悪い。それは感情の根源、根っこだ。負うた子に教えられ。子供ってのは純粋故に往々にして的を射る。俺みたいなのは捻くれちまってそれが困難になっちゃいるが、それでも根っこが無ければ花なんか咲かない。
バスケの足捌きみたいなモンだな。ピポット、だったか? 足を離しちゃいけない一点、ってのは心にだって有るんだよ。

「……そっか。なら、今度招待してくれ」

「了解した」

今度。もしも世界に終わりが訪れちまったら、今度なんてものも無い。ここに来てようやく今回の事件への報酬が発生したな。コンビニのおでんですら美味いと感じちまう貧乏舌の俺だったが、だからこそだな。美味いおでんには興味が有る。
なんせ宇宙人絶賛ってんだから、否が応にも期待は高まっちまう。
無理も無い話だがあの十二月には味わって食う、なんてろくろく出来なかったんだ。逃がした魚はなんとやら。美人クラス委員長の手作りと来ればクラス中の男子羨望の的だろうよ。
だから――だから、世界を終わらせる訳にはいかない。
きっとそんな程度で、世界を守る覚悟を決めるにゃ十分だ。

「ふふっ」

俺の視界。幾何学模様のフィルタの向こうで戦う女子高生が笑った。終始笑顔のソイツだが、にこやかなんて表現よりもしっかりと。
目尻に何か浮かんで見えるのは目の錯覚かも分からんが、いや、まあ、どっちでもいいさ。

「それなら、いつもよりも沢山作らなくちゃね。育ち盛りの男の子が相手だもの。腕が鳴るわ」

きっとそんな程度で。そんな理由で、世界を守るってのはそれくらいの気軽さで丁度いい。
風のように少女が駆ける。銃口がその身を狙っていようと構わずに。直線距離を一足跳びで低空飛行。通り過ぎた先に残るのは無数の槍。見覚えがある。あれはいつか、長門の身を貫いた凶器!
おいおい、それはちょっとやり過ぎじゃないんですか!?

「当たっても痛くないから、安心して頂戴。むしろ有機体にしてみたら気持ち良いくらいじゃないかしら? 朝までぐっすり、眠れるわ」

見た目は同じでも情報操作。人畜無害の麻酔針にしちゃちょいと凶悪に大振りだが。

「不眠症の特効薬よ。それじゃ、おやすみなさい」

朝倉の号令一過、まるでロケット花火のように勢いよく放たれる槍。騎魂号(高機動幻想ガンパレード・マーチ)のジャベリンも真っ青だぜ!
……いや、俺はここで「柿崎ィッ!」と叫ばねばならんのだろうか。ううむ、口が一つしかないせいでどちらかを選択せねばならんのが悩ましい。って、悩んでタイミングを逃しちまうのも……まあいいか。

「くそっ、閉鎖空間でさえあれば!」

「避けた……なっ、誘導式!? う、うわああっっ!!」

次々と地面に倒れる超能力者の皆々様。怪我をさせている訳ではない(自分の撃った麻酔弾が突き刺さったくらいは自業自得だろ)のでそこまで気分も悪くない。それにしたってしかし、早朝、散歩を始めた爺さん婆さんが驚愕で心停止に至ってしまいそうな絵では有る。
そこは生き残り(だから死んでないっつーの)が回収するだろうし、言及した所で俺には何も出来ないのだが。……呼ぶべきは警察か救急車かすら分からん。

「怯むな! 敵は所詮一人だ! 火線を集中させろ!! あの女に対しては実弾の使用も許可する!!」

彼らの中でも頭一つ抜きん出た壮年のおっさんがまるで戦争映画でも見ているような怒声でもって指揮する。見た感じ訓練めいた事は行ってきているのだろう。鶴の一声、超能力者達は焦燥から我に返ると、それまで俺と長門を狙っていたヤツまでもがその照準を朝倉へと移す。

「撃(テ)ええええっ!!」

指揮官だろうソイツの叫びと共に、宇宙人少女へと鉛球が降り注いだ。今度は麻酔弾ではない。本物の鉛の弾だ。さっきまでと同じようにベクトル反転(最近よく聞く言葉だな)させて逆襲させる訳にはいかない。そうすれば死人が出る。いや、朝倉個人には人を殺す事を躊躇う理由は無い。
だが、それでもアイツはそれをやらないだろう。超大型の麻酔針ジャベリンを思い返せば、ソイツに殺さない意思が有るのは明白だ。
長門がそれを戒めたのか……違う。そうじゃない。きっと朝倉は理解しているんだ。
命の価値とかじゃなくて、それをやっちまったらもう俺達の側には来れないという事を。
友達になりたい。
一方通行(これも最近よく聞く)では友達じゃない。長門が朝倉に対して思っているように、朝倉も長門に対してそんな事を思っているのではないだろうか? だから、殺さない。殺せない。
殺すか寝かしつけるか。情報操作としてはどちらが手間なのだろう。なんて、言うまでも無いよな。間違いなくそりゃ前者の方が楽なんだ。手加減は全力よりも難しい。将棋でも囲碁でもそうだ。ぶっちぎりで勝つよりもギリギリを演じる方が苦労する。
朝倉の力は今、全盛期の六割。それでどこまでやれるのか……ちくしょう、見ている以外に何も出来ない自分が腹立たしい!

「……面倒ね」

少女がぽつりと呟く。長門と同じように障壁を展開すれば無事には済むんじゃないだろうか。だが。そうすれば今の長門がそうであるように、手も足も出なくなる。柔道で言う所の亀の守りに入っちまう訳だ。
長門が俺の保護をしている現状、朝倉まで攻勢に出れなくなれば足止めは避けられない。いつかは超能力集団の弾薬も尽きるんだろうが、それを待ってもいられない!
だが……下手の考え休むに似たり、ってな。この場には俺と朝倉だけじゃない。自分で物事を考えられるもう一人が、居た。

「個体維持の情報処理メモリを必要最低限まで削減し朝倉涼子のバックアップに回る。スリープモード。情報障壁は継続展開」

長門の唇が高速で動く。その体が俺の方へと倒れ込んできて慌ててそれを受け止めた。重い……いや、人間の体重にしてみれば軽いのだが。立っている足からも力が抜けているのだろう、人一人分の重量が俺の両腕、そして胸に掛かる。

「私が復帰するまでの間、こうして支えていて貰いたい。……許可を」

顔を上げるだけの力も朝倉の補助に回したのだろう。長門は俯いたままで言う。聞かれるまでも無いさ。お前は友達を助けたいんだろ。だったら、俺がなぜそれにノーを突き付ける?
友達の友達は、友達だ。いや、違うな。
俺にとっても、長門関係なく朝倉はもう友達なんだ。だからさ、こっちからも頼む。俺の友達を助けてやってくれないか、長門。

「よし、やっちまえ!」

「……そう」

少女が答えたか答えないかの刹那。朝倉の周りの道路、アスファルトが縦に伸び……伸びた!? それは即席の壁となり朝倉の姿を狙撃手達から覆い隠す!! って、いやいやいやいや! アスファルトはあんな、ウチの爺さんの家に有る旧式石油ストーブの上に置かれた餅みたいに伸びたりするモンじゃない!
なんでもありか、情報操作ってのは!

「ありがとっ、長門さん!」

黒々とした壁に四方を覆われた、その中から一息に跳び出す少女。超能力者集団はその動きに追いつけず、照準は動かない。そりゃそうだ。どこの誰がアスファルトが立ち上がる状況を想定しただろう。
その能力の一端を知っている俺ですら目を丸くしちまうような光景だ。況(イワン)や初見なら。彼らが慌てて銃を構え直した時には……時既に遅し。朝倉の両腕は光り輝く触手へと変貌していた。

「じゃ、残りの人たちもおやすみなさい」

上空で少女が廻る。まるで踊るように。一拍遅れでその艶やかな黒髪で形取られたポニーテールと、そして光の奔流が超能力者達を薙ぎ払うように襲い掛かる。拳銃は、鳴らない。自分に危機が迫っているような状況で、それでも銃撃を行えるようならソイツには自殺志願の気が有るな。
一度病院に行く事をオススメしたい。

「来るな! く、来るなあっ!!」

「いや、いや、いやあああっっ!!」

阿鼻叫喚はやがて鼾と寝息に変わる。目に映る画だけを見れば死屍累々。拳銃だとか物騒なものも転がっていやがるが、ドイツもコイツも爆睡モード。ああ、なんて平和な光景だ。
この寒空で布団も被らずに寝たら風邪引くぞ、お前ら。
そんな中で、すっくと。立っていた。朝倉涼子は街灯に照らされて、それはさながら映画のワンシーンのように映えた。

「おでん作るから、今度の日曜日。夜、空けておいてよ?」

一人くらい、料理の得意な宇宙人が友人に追加されても、ま、特に構うまい。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!