その他二次創作の部屋
代物カワリモノ語ガタリ(化物語×涼宮ハルヒの憂鬱) 3
005

思い返そう。僕はいつでも誰かを……あまりこの言葉は自分から好き好んで使いたくはないのだけれど……「助けて」きた。
それは忍野に言わせれば、その人が一人で助かっただけだそうだし、僕もアイツの影響だろうかそう思うのだけれど。
助けない。
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードにかつて僕は宣告した。
僕は、お前を、助けない。
その言葉は裏返せば。
僕は、僕を、助けない。
そうなるのだろう。
結果として僕は人間には完全に戻れなかったし、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードは死ねなかった。
死ななかった、ではない。
死ねなかった。
間接的自殺願望の吸血鬼を僕は、殺す――助ける事が出来なかった。
僕はこれまで誰一人、助けてはこれなかったし、例えば僕に助けられたと言う彼女達は皆、自力で助かっただけだ。
僕は、自分すら助けられなかった。
自分一人で助かることすら、出来なかった。
そんな僕が。
誰を助ければ良いのかも分からないこんな状況で、どう足掻けば良いのかなんて事は検討も付かない。
それは、溺れている人も見えない暗い海に向かって、救命浮輪を適当に放り投げるようなものだ。
そしてそれは、果たして「助ける」という言葉の意味に適っているのかすらも分からない。
けれど、誰も助けられなくても。
僕は、会いたいのだ。
彼女と、彼女と、彼女と、彼女と、彼女に。
どんな絶望的な状況でも。その先で糸が切れてしまっていたとしても。
それでも僕は自分から、折角繋がったこの縁を手放したくはないんだ。

「なぁ、古泉」
僕は黒塗りのタクシーの中で頬杖を突いている少年に話しかけた。
「なんでしょう?」
「お前らの言う神ってのは、どんなヤツなんだ?」
「そうですね……とても可愛らしい方です」
「可愛らしい、ねぇ。僕の耳には稀代の変人、って悪名が聞こえてきてるんだけどさ」
少年は笑った。愉快そうに。
「まぁ、間違ってはいません。少々エキセントリックである事は、僕も認めますよ」
「お前はマイルドに言い直したつもりかも知れんが、それでも人に対してエキセントリックって言葉は褒め言葉には成り得ない」
……そう言えば、僕の周りってエキセントリックな人間ばかりだな。
「そうですか? 僕から言わせて頂ければ、抜きん出ている、というのは非常に魅力的だと思うのですが」
「飛び出してる方向性にもよるだろ、そんなの」
神原みたいな方向に飛び出されても困る。ま、アイツは良いヤツで面白いヤツなんだけどさ。
でも、そんな僕の心情をメディ倫は鑑みてくれないからなー。
「エロ方向に抜きん出てて、いざソイツに会おうとしたら規制で会えませんでしたとか無しだぞ?」
やり過ぎ上等は結構だが、それでも出てはいけない枠ってのは有るんだ。
「エロ? いえ、そんな要素は有りませんね」
「法には触れないな!?」
「貴方の危惧は非常に愉快ですが、しかしそういった事は無いかと。僕が保障しますよ」
ライトノベルというのは、案外窮屈ですからと。そう言って古泉は軽々とルールを飛び越えたのだった。
だから、そういう発言は止めようぜ? なぁ?

「……長門、有希」
……。
…………。
………………え、自己紹介終わり?
タクシーの向かった先は少しばかり値が張りそうなマンションだった。
僕を先導する古泉は手馴れた様子で玄関のロックを外し、そして手馴れた様子でエレベーターに乗って、そしてそして手馴れた様子で七階のある部屋のドアを開けた。
その部屋の玄関に、その少女は居た。
黒目がちな大きな瞳も愛らしい、少女だった。
「……あーっと、僕は阿良々木暦って言う。ア、ラ、ラ、ギ。言い難いとは思うけど名前を噛むのは僕の友人の専売特許なので自重してくれると助かる」
「……そう」
……。
…………。
……やりづれぇ。沈黙と間が非常にやりづれぇ。なるほど。これが忍野の言ってたやりづらい神様、とやらか。
納得。僕は隣の古泉を見て頷く。ソイツは頷き返した。
「彼女は宇宙人です」
「そっちかよ!!」
ってか、なんだよ、宇宙人って!!
ファーストコンタクトだよ!!
キャトルミューティレーションだよ!!
八九寺とかキャトられちゃうよ、牛だけに!!
「ところで、キャトるとか凄く動詞っぽいよな」
「いえ、彼女はそういった分かり易い宇宙人ではないので。人は食べません。どちらかと言うと、人を食べるのは吸血鬼である貴方の領分かと」
「だから、僕は人間だよ! 日本人らしく主食は白米だよ!」
納豆超好きだし。
「そうですか。まぁ、貴方の偏食はどうでもいいのですが」
「米と納豆しか食わない訳じゃねぇっ!!」
……古泉。お前も毒舌系かよ。ああ、僕のこのSSでの扱いが分かってきた気がするなぁ。
「……吸血鬼?」
少女が僕を見つめる。僕は……けれど頷くのも少し抵抗が有るので曖昧な首の動きを披露してしまった。
「元って言うか、もどきって言うか。うん、まぁそんな感じ。傷の治りが少し早いだけの人間だと思ってくれた方が僕としては助かるな」
そう前置きして。僕は右の人差し指を口唇に引っ掛けた。口の中を。犬歯を晒す。
「後は少しだけ、人よりも犬歯が長い。……それくらいだよ」
忍については……ま、別に話さなくても良いだろ。アイツも、あまり人前には出たくないだろうし。
「以上、僕の自己紹介だな」
「……そう」
……。
…………。
だから、沈黙が一々やりづらいんだよ!!
「おい、古泉! お前も笑ってるだけじゃなくて何か喋れ!」
「そうですね。僕はパン派です」
「聞いてねぇよ!!」
「……わたしはカレー派」
「カレーは主食じゃない!!」
……僕は何をやっているのだろうか。段々不安になってきた。

「わたしはこの銀河を統括する……」
長くなるので省略。僕は一通り長門とやらの話(一方的に並べ立てたものを果たして会話と言うのか甚だ疑問だから「会」は付けない)が終わった後で、出されたお茶を飲みつつ一言感想を述べてみた。
「すまないけどさ……何を言ってるのかサッパリ分からない」
いや、断じて僕に理解力が不足してる訳じゃない! SFの素養が無いだけだ!
「でしょうねぇ。僕も理解には少し時間が掛かりました。分かり易く言い直しますと」
「宇宙人」
真偽は兎も角として電波を受信してる事だけは僕でも理解した。
「分かり易くて結構だ。で……えっと、その宇宙人さんとやらに聞きたいんだけども、さ」
少女は手に持っていた本を少し上げた。なんだろう、その行為は?
「……わたしの身体情報は秘匿事項に該当する」
「僕、いつそんな卑猥な目で貴女を見ましたか!?」
と言うか、失礼を承知で言うなら隠すほど有るようには見えなかったんだけどな。
……いや、そんなにじっくり見た訳じゃないよ?
「ああ、それでですか。長門さんの体に先ほどからモザイクが掛かっているのは」
「お前もなにしれっと視覚情報に介入されちゃってんの!?」
でもって、その状態でずっと笑ってられるってどうなの? 度量が大きいの? 馬鹿なの?
「……ん? アレ? でも僕には普通に見えてるんだけど……古泉、お前この子に何かやったのかよ?」
返ってきた言葉は、少女のモノだった。
「違う。わたしは貴方の視覚情報にも同様の操作を施そうと試みた」
……この子は男性不信か何かの心の病気に罹っているのだろうか。ちょっと不安になってきた。
「貴方にわたしは、介入出来なかった。……それだけ」
その返答に、僕よりも隣に居た少年の方がずっと驚いた顔をしていた。というか、驚くポイントが僕には理解出来ない。
「介入出来ない、とはどういう意味ですか?」
「情報統合思念体に、阿良々木暦は観測出来なかった。わたしも、原始的視覚を利用してしか彼を見る事は出来ない」
……なんだろう。宇宙レベルでシカトされているという意味だろうか。僕、宇宙人に総スカンを食らうような事したっけ?
うーん……該当ファイルは存在しません。
「いえ、そうではありませんよ。恐らく、ですが。貴方はズレているのではないでしょうか?」
「ズレてる? いや、地毛だけど?」
「面倒なので乗りません。僕らとは存在する、次元と言いますか……ステージという言葉が一番しっくり来るでしょうか。それが少し異なっているのではないでしょうか」
神様に他の世界から呼ばれた僕は。元々この世界には居なかった人間だから。
「ステージ……ねぇ。言いたい事は分からないでもないけど、だけどやっぱり実感無いな」
「いえ、そう考えないと理解が難しいのです。失礼ながら、あの廃病院で僕は貴方の後を尾けさせて頂きました……が」
そうなのか。僕には足音も何も聞こえなかったけれど。吸血鬼モードの時なら気付いたかも知れないな。
「忍野メメなる人物は、僕には見えも聞こえもしなかった」
……それは、まるで。
八九寺の一件での、僕と戦場ヶ原だ。
僕には見える。
もう一人には、見えない。
「ステージが、古泉一樹と忍野メメでは重なっていなかった」
「ええ。僕もそう思いますよ、長門さん。そして、僕達の立つステージと忍野さんの立つステージに重なるように」
……僕のステージが有る。
いや、用意された。
それは何と言うか……怪異に足を踏み入れたかつて一般人であった僕らしい舞台だと、思ってしまった。
間違って、思って、しまった。
「もしもわたしの力が及ぶのであれば、彼を送り返す事が可能であったかも知れない。彼の体に残された残存情報から彼が居た元の世界を割り出し、そこへ送る事も出来た……しかし」
「僕と長門じゃ、チャンネルが合わない、か」
「……そう」
何だ、それ。まるで規格外のリモコンをテレビに向けているみたいじゃないか。
まるで、電化製品みたいだ。この、長門という少女は。
代わりの利く、モノみたいだ。飽きたら捨てられる、電子仕掛けの人形みたいだ。
けれど。
「……多分、それじゃ意味が無いんだろうな。もしも、そんな事が出来たとしても、きっと僕にとってそれは最終手段だったはずだ」
僕にとって、彼女達が大切であるように。
きっと、僕にとってはモノみたいな宇宙人少女であっても、僕と入れ替わった誰かにとっては大切な少女であったのではないだろうかと。僕はそう思うのだ。
思いたい、のかも分からない。
人の形をして、人とそっくりな、少女でも。
きっと、僕と入れ替わった「彼」の事は、それでも大切に思っていたんじゃないかと、僕は願うから。
願いたいから。
人を大切に思っている間は、ソイツは人間だと、そう古泉は言った。
ああ、分かった。誰を助ければ良いか、僕には分からなかったけれど。
今、分かった。
僕が助けなければいけないのは、コイツだ。
人の形をしていれば、セルロイド製であっても、そこには心が宿るのだから。
宿ると、僕は信じたいのだから。
僕は、信じている。
月火ちゃんが、そうであったように。
生きていれば、そこに心は、人形にだって、宿るのだ。
「……忘れちまったんだろ、お前も」
僕は長門に向き直った。
「忘却というシステムがわたしには無い。ただ、記録に無いだけ」
「記録、じゃない」
自分の事を、人の形をしていながら、モノみたいに言って欲しくない。
月火ちゃんは、僕の妹は、怪異であったとしても、「物」の怪であったとしても、物じゃない。物なんて呼ばせない。
彼女は、立派に誇れる、僕の大切な妹だ。
泣き、笑い、そしてヒステリックに怒る、正義感に溢れた、本物よりも本物らしい偽者で、ちゃんとした心を持った、人間だ。
カワリ。
代わり。
代理人。
……そっか。分かったよ。
「なぁ、『それ』は記録じゃない。記憶って呼ぶんだ」
僕はなれるはずも無い代わり者になる。
「長門、だったな。僕はお前を――助けてやる」
人に人を助けるなんて出来ない事は分かってる。
誰にも誰かの代わりなんて出来ない事なんて分かり切ってる。
それでも。
そうなろうと努力する事だけは、咎められるべきではないんだ。
「お前を助けてくれる、お前が忘れてる、お前が大切に思う誰かを」
だから、人間もどきは、吸血鬼まがいは、神そのものに挑む。
「僕がお前の元に帰してやる」
心を知らないお人形。彼女は言う。
「……そんな人は、いない」
「忘れさせられているだけだ」
僕は断言する、柄にも無く。そんなもの、別に無くったって良い。元々、キャラ付けになんて興味は無いから。
僕は僕でありさえすれば、それで良い。
「記録に、無い」
「だから、消去されたんだろ。だったら取り返すだけだ。でもって記録じゃない。記憶だ。三度は言わせんな」
「消去されている痕跡が無い」
「神様が隠匿したんなら、宇宙人じゃ届かないんだろ」
少女は本を膝に置き、そしてゆっくりと口から二文字を出した。
「なぜ?」
「何が?」
「なぜ、貴方はそう思うの?」
「ああ、それは」
僕は思うんだ。少女が人形なら、どうしてずっとその手から本を手放さなかったのだろう、と。
少女が人形なら、どうして、その本には……。
「栞(シオリ)」
「栞?」
もしも少女が機械人形であるなら、ページ数を覚えているのなんて簡単だろうと推測するのだけど。
だったら、彼女が不思議そうに摘み上げたそれには、きっと何かが詰まっているんじゃないかと、そう思うんだ。
「僕は図書館の貸し出しカードを栞に使うヤツなんて初めて見た」
消されても消えない、大切な何かがきっとそこには有るんだと、そう願うから。


帰り道。古泉が僕に聞いてきた。
「なぜ……ですか。よろしければ、僕の『なぜ』も聞いて貰えますかね」
「へぇ。ま、家に着くまでなら何を喋ってくれても良いけどさ。暇潰しって嫌いじゃないし」
他人に関わるのは、昔ほど嫌いじゃない僕だった。まぁ、そうは言っても流石に面識の無い相手に自分から話しかける事は出来ないけれど。
「なぜ、貴方だったのか」
なぜ、僕だったのか。
……そんなの、僕の方がが聞きたい。
「考えていたのですよ、ずっと。なぜ、吸血鬼そのものではなく、貴方――こう言っては失礼かも知れませんが吸血鬼もどきが呼ばれたのか」
それは多分、ドラマツルギーじゃ画的にマズかったんじゃないだろうかと考える訳だが。
うん。筋骨隆々の大男は、悪いけれど高校生には刺激が強いだろう。
「ですが、先程。ようやくその謎が解けました」
言って、ニヤリと笑う超能力少年。
「きっと貴方でなければ、いけなかったんでしょう」
「どうしてそう思うんだよ」
「なんとなく、ですよ。そう。なんとなく。分かってしまうのですから、仕方がありませんと。そういった所でしょうか」
超能力者は、超能力者らしく曖昧に、超感覚とやらを披露した。……僕、コイツに小馬鹿にされてないか?
「滅相も無い。言い換えましょうか。僕は、呼び出されたのが貴方で良かった、と。そう思っているのです」
「悪いが僕に男色の趣味は無いぞ」
「僕にだってありません」
そう言って月明かりの下、歩きながら笑う僕達。まるで旧知の仲のように、笑う僕達。
まるで、誰かの代わりみたいだな、と。ふとそう思った。
きっと古泉の親友の、僕は今、代わりなんじゃないかなと。古泉の言を借りれば「なんとなく」そう思った。
「ただの吸血鬼ではいけなかったのです。僕は忘れてしまっていますが、僕の大切な誰かの代わりを務められるのは、貴方でしか有り得なかったのではないでしょうか?」
「なぁ、古泉」
「はい」
「実は僕さ。女の子の友達は結構居るんだけど、同性となると極端に少なくてさ。忍野くらいなんだけど、アイツとも何て言うか『友達』ってのとはちょっと違うんだよな」
「そうですか」
「でさ」
僕は懐からケータイを取り出した。アドレス帳がスカスカな、それでも僕の大切な過去が詰まったソレを。
「……アドレス交換、しないか?」
まるで告白みたいだな、とそう思った。けれど、古泉は微笑んだだけで。飛んでくるだろうなと覚悟していた皮肉は――無かった。
「喜んで」
その日、僕は初めて同性の友達を手に入れた。


006

放課後。唐突に唐突で申し訳ないが僕は拉致られていた。ああ、こんな展開前にも有ったな。
少女の細腕の、どこからこんな力が湧いてくるのだろうと、そう思わざる得ない豪腕だった。
念の為に見てみたが腕に包帯は巻いてない。
って事は素でこの腕力かよ。どんなハイスペックだ、などと。僕が心の中で呟いている間にも少女はズンズンと歩き続け、僕はズルズルと引き摺られていた。
……袖が伸びるかも知れないけど、でもこの制服は長く着るつもりも無いから、それを理由に難癖を付けるのもなぁ。
校舎を抜けて渡り廊下を越え旧校舎(通称部室棟)を進み……どこに連れて行かれるのだろうか。気分は子牛だ。ドナドナ。
「見て見て皆! 今日ブラブラ歩いてたら見つけたの!」
バタンと勢い良くドアを開き少女が喜色満面に叫ぶ。
どうやら近所迷惑とか考えない子らしい。チラリと見た扉には「SOS団」と書かれていた。納得。
エキセントリックってのは僕の知る限り『礼を失する』って意味じゃ無かったはずなのだが。
人を何の躊躇も無く物呼ばわりするし。ちょっとこの子の親の顔が見てみたい。
部屋の中に居た古泉が失笑している。笑うな。同じく部屋の窓際に鎮座している長門を見習え。眉一つ動かしてないだろ。
「キ○ロー!!」
「僕はキタ○ーじゃないし目玉だけの生き物なんか飼ってない!!」
近所迷惑も考えず叫んでいた僕だった。
「三年生! アマガミって言ったかしら! みくるちゃんのクラスメイトよ!」
「僕の名前をソフ倫の限界に挑んだ美少女ゲームのタイトルみたいに言うな! 僕の名前は阿良々木だ!!」
「ごめんねっ、噛んじゃった!」
「違う、わざとだ!」
「噛むざった」
「わざとじゃない!?」
「バケラッタ」
「藤子不二夫は好きじゃない! 僕は断然、手塚治虫派だ!」
まぁ、この辺りはお約束。
火の鳥全巻持ってるし。
「……で、僕はどうしてHRが終わったと思った次の瞬間に首根っこを引っ掴まれて連行されたんだ? 罪状は?」
「○タローに似てたから」
「そんな下らない理由を何の悪びれも無くむしろ胸を張って告げる女を僕は初めて見たよ!!」
「ま、アタシをその辺に居るパンピーと一緒にしない事ね。何せ、神に選ばれた栄光有るSOS団の団長であるところの!」
少女はそこで制服のポケットから腕章を取り出し、装着すると、矢張り近所迷惑など顧みずに叫んだのだった。
「耳の穴かっぽじってよく聞きなさい! アタシの名前は! 涼宮ハルヒ!!」
諸悪の根源が、そこに百Wの笑みで仁王立ちしていた。
「これからアンタの飼い主になる女の名前よ!!」
「お前にとって団員ってのはそんな位置付けなのかよ!!」
僕が言うと、彼女はニンマリと笑ったのだった。……なんだ、その妙に良い笑顔は。
「理解が早くて助かるわ。そう。アンタにはSOS団の新規団員になって貰います」
ちょ? え? 展開早くない?
「ま、そんな訳だから速やかに入部届に名前書いて。ああ、拒否は認めないわよ。帰宅部なんて青春の無駄遣いに我が部の活動は比べるまでもないもの!」
いや……まぁ、元よりそのつもりではあったんだけどさ。
こっちから神様少女にコンタクトする手間が省けたと前向きに思わないでもないのだが。
にしたって、なぜか反抗したくなるのは僕が捻くれ者だからだろうか。いや、違う。羽川による人格矯正プログラムをこなし切った僕は極めて真人間であるはずだ。
「……いや……まぁ、別に暇だし入部するのは良いんだけどさ。それにしたってもうちょっとこう……やり方が有るだろ?」
これじゃまるっきり拉致みたいじゃ……いや、拉致そのものだろ。
「大体、連れて来られた理由が気に入らない。キタロ○みたいってそんな理由、僕じゃなくても良い顔はしないぞ」
「だったら……そうね。超絶格好良い先輩が居たから居ても立ってもいられなかったのよ!」
「え? そっか。そこまで言われたらしょうがないな。入部しま……違ぇ!! 騙されない! 僕は騙されないぞ!! 常日頃女の子から格好良いとか言われる事の無い純情な少年ハートを弄びやがって!」
魔性の女気取るには十年早いだろう。
「ちっ。面倒臭い男ね」
舌打ちして面倒臭いって言った、今!?
「まぁ、良いわ。だったら我が部の素晴らしさをアピールするまでよ!」
いや、最初からそうしろって。力技は最終手段だろ、普通。
「その一! アタシと言う部下思いの素晴らしい団長が在籍してる事!」
……。
……。
……部下思いの上司は自分の事を「飼い主」とか言わないよな?
「あーっと。次、行ってくれるか?」
「その二! アタシと言う超美少女を毎日拝んで幸せな気持ちになれるわ!」
「その一に輪を掛けて説得力が無ぇんだよ!」
せめて性格を直してから、出直して来い。
……理解した。コイツにプレゼンの能力は無い。
皆無だ。
マズいな。この流れでは僕はここに入部する事が出来ない。
神様にお近付きになりたいのは山々なのだけど、しかし僕の中の正義感がそれを許さないっぽい。
神様。
涼宮ハルヒ。
聞いていた以上にエキセントリックな少女だ。そう、例えて言うなら遠くで見ておく分には面白いのだけれど、近くに来たら速攻逃げる的な。
なんだろ。竜巻、って感じ。僕、竜巻の実物見た事無いけど。
「遅れましたぁ〜」
後ろから声がして振り向くと、そこには胸が有った。目が離せない。大きな二つの膨らみが有った。
「……この戦闘力、羽川レベルか!?」
ふよんふよん。
ふにんふにん。
たわわに揺れる双球は僕の心を鷲掴んで離さない。
僕が固まっていると少女は僕に笑い掛けてきた。
「あ、荒巻君。どうしてここに居るの?」
……僕の名前をサイボーグで構成された九課の課長みたいに言うなと。そう言おうとして、しか喉から出てきたのはグビリと言う浅ましい音だけだった。
なるほど、鶴屋は正しい。
これは、凶器だ。

「それでは、これより第一回。SOS団新団員獲得プレゼンテーションを始めます!」

結局、僕は押し切られる形でその部活動への加入を決めた。そして、そこに至るまでの色々で、本日の団活動とやらは終了の時間になったらしい。
「覚えてないのか、朝比奈も?」
「ええっと……はい。すみません」
帰り道。一緒の方向だという事で僕の隣には朝比奈が歩いていた。
僕もこの頃には彼女のご立派な持ち物への耐性が付いて来たのか、特に転ぶ事も無く、前を向いて歩く事が出来ていた。
「その、阿良々木くんとほとんど初対面だっていうのも、ちょっと信じられないかな、って」
「その点は僕も同意だよ。でもさ、これまで僕と朝比奈って接点が無かったじゃんか」
「そうですね。私、ちょっと引っ込み思案で」
ちょっとじゃないな。千石レベルで小動物オーラ放ってるぞ、お前。
「今まであんまり会話とかした事無かったから、その、ちょ、ちょっと緊張してますっ」
「いや、別に取って食べたりとかしないから。僕、彼女居るし。その辺は信用してくれて良いよ」
僕は、戦場ヶ原一筋だ。
というか、浮気したら僕と浮気相手死んじゃうもん。それはもう百%。
嫉妬は愛情の裏返し。
あの女は、情の深い、深過ぎる女なんだ。だから、好きになったのだけれど。知りながら、好きになってしまったのだが。
彼女との事にのみ言えば、後悔なんて微塵もしていない。
「だからさ。あんまり構えないでくれると助かる。僕も早くアイツ……いや、アイツらかな。アイツらの所に帰らなきゃいけないしさ」
隣を歩く、少女がクスクスと笑った。僕、特に今面白いこと言ってないよ?
「阿良々木くんって、楽しい人だね。鶴屋さんが言ってた通りだなぁ」
「ん? 鶴屋が僕の話をしたのか?」
人に話したくなるほど特徴的な人間じゃないはずなんだけど、僕。
「うん。打てば響くっていう言葉をそのまま人間にしてみたい、って言ってた」
それは褒め言葉か貶し言葉か……うーん、すごく微妙なライン。
「えっと……阿良々木くんって、その……きゅ、きゅ……」
「きゅう? いや、お灸とかに詳しくはないけど」
「違います。あの……きゅ、きゅうけつき!」
「声が大きい!」
そんな中学生みたいな単語を往来で咽喉から搾り出さないでくれ、朝比奈。思わず周りを窺っちゃったじゃないか。
「す……すいませぇん……」
「そんな目に見えて落ち込んでるのが分かるほどテンション落とさなくて良いって……。頼むから普通に接してくれよ」
まぁ。
目前に居るのが吸血鬼だと知って。
鬼だと知っていて。
それでも普通に振舞えと、求める僕の方が間違っているのかも知れないが、この際それは言わないでおく。
だって、僕は人間だから。
だって僕は、人間だから。
「まぁ、確かに僕は吸血鬼もどきだけどさ。それを言ったらお前も未来人なんだろ? 古泉から聞いたぜ? なんか格好良いな、時を駆ける少女。タイムパラドックス。うん、素直に凄いと思うよ」
「えっと……その事なんですけど……」
朝比奈はどこか言い難そうにしていた。
「その事が、どうかしたのか?」
「えっと、連続している時間平面に、矛盾が発生しているみたいなんです」
……繰り返して言うが僕にSFの素養は無い。どっかの団長さんにプレゼン能力が欠如しているレベルで皆無だと言っておく。
「その、連続している事はしているんですけど、所々抜けているっていうか、まるで二つの時間がせめぎ合ってるみたいっていうか……」
「ごめん、朝比奈。僕はそういう方面にほとほと不得手なのだから、出来れば分かり易く言ってくれると助かるんだよな」
僕、基本的に頭良くないしな。あ、なんか言ってて自分で切なくなってきた。
ガハラさんに会いたい。
羽川に会いたい。
「ご、ごめんなさい。私、説明とか凄く下手で……」
だから、そう一々凹まれたら僕としても申し訳ない気持ちになるんだって。
千石に似てると思ったけれど、前言撤回。どうもこの少女との接し方が僕には分からない。
今までに接した事のないタイプ。
持て余す形?
「その……僕にはよく分からないんだけどさ。でも、時間何とかの矛盾っていうのは、仕方ないんじゃないのか?」
なぜならば、僕が居る。
なぜならば、誰かが居ない。
もう一つの世界……僕の本来居るべき世界との間で人が取り替えられた。
ソイツが居たと言う時間ごと、まるごと取り替えられた。
「僕には朝比奈とクラスメイトだったっていう記憶がうっすらと有るんだよ。不思議な事にさ。多分、朝比奈も同じだろ?」
「は、はい! 私も、阿良々木くんがクラスメイトだっていうのは分かるんです」
「うん。でも、いざ朝比奈と何か有ったかなーって具体的に思い出そうとするとさ」
出て来ない。
何も。何一つ、出て来ない。
僕は余り周りと関わらないから、それも仕方が無い。なんて事で納得出来るような空白では、それは無い。
授業中、教師に解答を求められている朝比奈の姿すら覚えていないなんていうのは。
そんな僕であっても異常だ。
異常事態だ。
「気付かないとそこに違和感なんて無いんだけどさ。いや、気付いてないから当然なんだけど。でも気付いたらやっぱりそこには違和感が有るんだよ」
制服が違っている事に気付けなかったのは、気付かせて貰えなかったから。
「朝比奈は未来人なんだろ。だったらさ。その辺について、なんか分かるか?」
僕の問い掛けに、彼女は首を振って小さくごめんなさいと、そう言った。
「そっか」
「力になれなくて……ごめんなさい」
「いや、謝らなくて良いよ。記憶を消されてるんなら、それは朝比奈にはどうしようもないだろうし」
「うん……でも……」
「僕としてはさ」
わざと明るい声を作る。
「美少女とこうして帰宅出来る、ってだけでも僕にとっては結構嬉しい事なんだよ。彼女は居るけど、それとこれとは話が別、みたいな」
「び、びしょ?」
目を丸くして、メダパニでも食らったみたいにアタフタする彼女が面白くて、僕はつい悪乗りを続けてしまう。
「美少女。うん、だからさ。あんまり悲しい顔はさせたくないんだよ。僕は花は摘まずに愛でるタイプなんだ」
摘んだらそこで、僕の人生が詰むし。
実は今も結構綱渡りしてるのだけれど。
彼女の顔を覗き込んで、そこで隠し切れずに笑ってしまった。
そんな僕を見て、少女は頬を膨らませる。
愛らしく、膨らませる。
「もうっ。からかわないで下さい!」
「からかってないって。からかってない。だから、そんな朝比奈の隣に本来居るべきヤツを」
代わりではない、オリジナルを。
彼女が、大切に思っていたはずの誰かを。
「早く取り返さなきゃ、って思うのさ」
本当に。真実、心底から。
僕はそう思うのだ。


007

土曜日は不思議探索、だそうで。僕は妹達に起こされてグラグラと揺れる頭を引き摺って駅前の公園へと向かったのだった。
少しだけ、僕の凶暴な愛馬がこっちでは復活している事を期待したが、残念ながら赤い隊長機は影も形も居なかった。
……それくらいサービスしてくれても良いじゃん。
ってな訳で今日も今日とて僕は通学用のママチャリだ。朝の風は少しづつ僕の脳に酸素を送り込んで覚醒を促してくれる。
「火憐ちゃんと月火ちゃんはちゃんとこっちでも反映されてるのが、こうなってくるとちょっと不思議だな」
少し不思議。
SF。
まぁ、見知らぬ人間が家族だったりしたら僕はきっと一日でギブアップしてしまっていただろうけれど。
人間は適応能力に優れた生き物だって話だけどさ。いや、無理だって。
僕、火憐ちゃんも月火ちゃんも嫌いだけど誇りに思ってるもん。
「なんてな。ツンデレはガハラさんの領分だ」
僕が率先して侵してはいけないだろう。大体、ツンデレな僕なんてガハラさんはゴミを見る目で見そうだし。
今の彼女は……そんな事は無いだろうけれど。
今の彼女は……僕が僕であるだけで、無条件で愛してくれるのだろうけれど。
朝っぱらからニヤニヤ笑いで頬を緩ませながら自転車に乗っている男子高校生の姿が、そこにはあった。
……デレデレだった。その後、会えない事を思い出して少し涙ぐんだ。

「遅い! 罰金!」
「罰金制度なんて聞いてない!!」
朝も早くから喧々囂々(ケンケンゴウゴウ)。僕と涼宮は火と油みたいに相性が悪い。
「大体、まだ集合時間の七分前じゃないか! 五分前行動という言葉を僕は断固支持させて貰う!!」
「甘いわね! この競争社会をそんな事で生き抜けると思っているの!? いつだって人よりも一歩先を行く。SOS団は未来の日本で活躍出来る人材を育成してるのよ!」
上手い事言うなぁ、この女。っと、何、感心してるんだ、僕。
ガハラさんとのデート資金をこんな馬鹿らしい理屈で失っていいのか!?
いいや、良くない。
「僕は日本を背負うつもりなんて無いし、一人の女を背負っていくだけで満足出来る人間だ! だから、その要求は断固として飲む事は出来ない!」
羽川翼の名に賭けて。僕はNOと言える日本人になるぞ。
「まぁまぁ、涼宮さん。阿良々木先輩はこの団に入って日が浅いのですから、あまり団のルールを強制すべきではないかと。今日の所は僕が奢りますよ」
そう言ってニッコリと笑う優男。チクショウ、コイツ非の付け所の無いイケメンだな。
「阿良々木先輩の新人歓迎も、兼ねてみてはいかがでしょう?」
「むぅ……古泉くんがそれで良いなら、アタシとしては別に良いけど」
しょうがないわねとでも言いたげな涼宮。……コイツ、自分の茶代を払いたくないだけなんじゃないのかと、そう思ってしまったのは僕だけじゃないはずだ。
「では、そういう事で。さて、では喫茶店に入りましょうか」

僕らは古泉の奢りでたらふくスイーツを味わい(僕は甘党だ。男が甘党で何が悪い)そして一息吐こうという所で、涼宮が割り箸の束を僕に向かって差し出した。
……いや、箸を取ってくれたのは嬉しいけど、僕、今から箸を使うようなメニューを注文するつもり無いし。
「違う! くじ引き!」
「くじ引き?」
「そ。午前中の不思議探索で誰と誰が組になるかを決めるの! 五人も居るんだし、二組に分かれた方が効率が良いでしょ?」
そう、涼宮は楽しそうに。とても楽しそうに言って。

次の瞬間、懐かしい声と、知らない男の声が、聞こえた。

世界を超えて。
やってくるのは。
確かに僕には荷が重いけれど。

「いいえ、六人でしょう。いえ、暦と私が同じ組になるのは貴方達風に言えば『規定事項』なのだから、やっぱりくじは五本で良いのかしら?」

「……やれやれ。違うな。くじは七本だろ。というか俺を除け者にするなんて、ハルヒ。お前、ちょいと薄情なんじゃないか?」

けれど。
いや、やっぱり。
僕は噛ませ犬なのだ。

「暦が困っていたら、いつだって駆け付けるのは、私にしてみれば息をしているように当然の事なのよ」

細い指が涼宮の握った箸の束から二本を抜き取る。そして、その一方を僕に渡した。
その先には、両方とも。
ペアを意味する赤い印が。
平然と。
燦然と付いていた。

恋をする女にとって。
次元の、時空の、世界の。
一つや二つ違おうと。
そんなものは、きっと障害にすらならないんだ。

偶然、なんて言葉では片付けられない。
阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎの「縁」は必然なんだと、その時僕はようやく知った。

神様にとって縁は、結ぶもの。
運命にとって縁は、合うもの。
そして、僕達にとって縁とは、手繰り寄せるものだ。

振り返る。僕は大好きな彼女をその瞼に焼き付けるよりも先に、意識を失った。
後で古泉に聞いた所によると、その時、そこに矛盾が生じたのだそうだ。
大きな。とても大きな、世界の矛盾が。
僕は、暗い闇の中で、声を聞いた気がした。

「ヒーロー見参」
「ヒロイン推参」

それは、とても鮮やかな。冗談でも比喩でもない、救いの神の声だった。


008


「つまりね、阿良々木くん。世界は違ってなんかいなかったの」
数日後。僕は羽川と勉強をしながら、僕が動いていた、その裏側で何が起こっていたのかを聞いていた。
「県立北高校って言われてもたくさん有るから分からなかったけど、でも光陽園って言われたら該当は一つしか無かったの」
……聞いた事有るってか……それ、近所じゃん。
そう言えば鶴屋も「栂の木二中のファイヤーシスターズ」って言ってたっけか。
栂の木二中。
そんなどこにでも無いような学校名。
それはつまり。
地続きの、証明。
一番のヒントは初っ端の会話に出されていた、ってよくあるオチだな。
そして、それに気付かないのもよくある事だけれど。
しかし、納得いかないのも確かで。
「……僕と、えっと『彼』が入れ替わっていただけ、だってのか?」
「うん。そうなるね。キョンくんって言うんだけど。可愛いニックネームだと思わない?」
「いや、どうかな……」
キョン。哺乳綱偶蹄目シカ科ホエジカ属に分類される……シカ。
「僕だったらちょっと傷付く渾名ではあるかも知れない……」
「そう? でね、話を戻すけど。って言うか後は簡単だよね」
「ああ。後は僕らが出没しそうな場所に網を張って待ち構えていれば良いだけ、だろ?」
「そういう事」
「でもさ、ちょっと待ってくれよ。それだと話が噛み合わないぜ?」
そうだ。噛み合わない、どころではない。
忍野が古泉に見えなかった矛盾。
長門が、僕に情報何とかを出来なかった矛盾。
「僕はそこで漠然とではあるけど、立ち位置……ってーか、『世界が違う』って認識したんだけど」
「だから、世界なんて違ってなかったのよ。地続きだったの。古泉くんの一件は、忍野さんなら出来ない事じゃないと思うし。って言うか、忍野さんって会いたくない人からは徹底して自分を隠匿するような気がしない?」
……うん。
……いや、確かに羽川の言う通りなんだけどさ。
……アイツなら、やりそうなんだけどさ。
事実として昔、学習塾は結界がなんとかって言ってたし。
あの応用で出来ない事では無い気はするけどさ。
「長門の件は?」
「だって、阿良々木くんは吸血鬼でしょう? それも半端な。よく分からないけど、それって人でも怪異でもない、とも言えるんじゃないかな?」
……僕の体質が理由、だってのか?
「ううん。正確な所は私にもよく分からないんだけどね。でも、怪異って言ってみれば幽霊みたいなものでしょう? 流石に宇宙人でも幽霊は専門外かな、って」
そう言えば。
僕は戦場ヶ原に憑り憑いた蟹を見る事が出来なかったように。
戦場ヶ原は八九寺を見る事が出来なかったように。
あの延長上、だと。そういう事か?
「勿論、じゃないかな、って私の推測なんだけど。正確な所は忍野さんに聞いてみた方が良いと思うよ」
「忍野か……」
忍野メメ。
怪異の専門家。
今回の事件に関して、恐らくは唯一全てを知っているだろう男。
「そうだよ! 忍野だよ! アイツは黙っている事は有っても、嘘は吐かない!」
そんな男が、僕に言った。
「ふぅん。なんて?」
「代わりなんて、誰にもいない。君にも、僕にも。そして、この世界から消えた誰かさんにも」
一字一句違わずにコピー&ペーストとまではいかなかったが、確かこんな事を言っていた。
告げた僕に対して、羽川はふうと一つ溜息を吐くと、こんな事を言ったのだった。

「阿良々木くんにとって『この世界』ってどこからどこまでを指すの?」

全く。羽川は何でも知っている。
「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
本家本元は、その切れ味が違った。

図書館が閉館になり、僕と羽川は揃って外に出る。
「阿良々木くんはこの後、予定有るの?」
「ああ、ちょっと」
僕は自転車に跨った。
「神様に苦情を言いに行こうかと思ってさ」
「なるほど。でも、無茶はしないでよね。相手は神様、なんだから」
「分かってる。丁寧に、下手に出て、二度とこんな事が無いように、説教してくるつもり」
そっか、と。羽川は言って僕に背を向けた。
「じゃあ、バイバイ」
後ろ手で、手を振る彼女。
「ああ、また明日な」
そして僕は自転車を走らせ……Uターン。羽川の隣に自転車を付ける。
「どうしたの? 忘れ物? 私、阿良々木くんの参考書でも持っていったかな?」
「いや、そういう物の忘れ物じゃなくてさ。言っておかなきゃいけない事を言っておくのを忘れて」
「ん? 明日、学校で、じゃいけなかったの?」
「ああ。多分、それだと僕の胸につっかえて今晩眠れなくなりそうだから」
僕は、息を吸い込んで、吐き出した。
「今回の件でさ。思ったんだよ。羽川。お前は、僕にとって代わりのない女だ」
「……それだけ?」
「ああ、それだけ」

僕は自転車を走らせる。疾走する。夜の中を、疾走する。
ソイツは、連絡したメールの通りに、一度だけ行ったあの公園の、街灯の下のベンチに座っていた。
「よう」
「遅い」
神様が、僕を睨んだ。
「九分前。遅くない」
「男だったら、女に待たせるなんて真似させないようにしなさい」
「心に刻んどくよ」
僕は自転車から降りる事無く、ソイツの前を陣取った。
「なぁ、涼宮」
「何よ」
「お前、僕とどんな縁が有って知り合ったか、覚えてるか?」
「え? ああ、そんなの簡単……いや、覚えてないかも」
僕は堪え切れずに噴出した。ここでその台詞が来るとは思わなかったからな。
鶴屋の先見性は、なるほど八九寺の代役だ。
「あははははっ! あはははははははっっ!!」
「ちょっ、何笑ってんのよ! 笑うな! 笑うなって言ってんでしょ!!」
「無理無理! こんな所でそんな伏線消化されるとは思わなかった!!」
僕は、笑った。
笑って、笑った。
笑って、笑って、笑った。
そして、高らかに狂う頭の隅で、コイツは敵じゃないと、そう理解した。
今更。
遅過ぎるほどに今更。
僕はそんな当然の事を理解した。
怪異とは、そこにそう有るだけ。神様だって、例外じゃない。
「お前さ。愛されてるんだよ」
僕はぼんやりと今回の理由に思い当たっていた。
「誰かにとって、代わりがいないと。そう思われてるくらいには、愛されてるんだよ。お前は知らないかも知れないけど、僕は知ってる」
僕を一生懸命探してくれた、戦場ヶ原のように。
あの時、戦場ヶ原の隣に居た彼は。
きっと……いや、絶対。目の前の少女を一生懸命、探してくれていたのだろう。
「臭い台詞」
「かもな。自分でも綺麗事だって分かってるけどさ。でも、知ってるか? 綺麗事ってのはやっぱり綺麗なんだよ」
「アンタって、変わってる。呼び出して、よく分からない話をし出して」
「変わり者、だからな。でも、僕から見たら涼宮だって相当に変わり者だぜ?」
変わり者。
けれど。
「だけど、僕もお前も。代われる人間なんて、居やしないんだ。僕とお前だけじゃない。皆だ。皆、唯一なんだ」
神様になんて、願わなくても。
産まれてきた時、僕らは一人だった。
唯一、だった。
今だって、ただひとつなんだ。
「……そんな事、分かってるわよ」
自覚がある事も知ってる。
涼宮ハルヒは、ただ、それを確かめようとしただけ。
そう、それだけなんだろう。
そして、それは彼女だけじゃない。
僕も、彼も、彼女も、彼も、彼女も――。
みんなみんな、互いが互いにとって大切な存在である事を確認したいと思った。
――そして、怪異はそれに応えた。それだけ。
それだけの、話。
会えなくなって、初めて気付くとは金言だ。
少なくとも僕は、会えなくなって初めて、僕にとって彼女達がどれだけ大事なのかを気付かされた。
そう考えれば。神様は、敵じゃない。
そこに有ったのは、分かり難い形ではあっても、それでも「恩恵」だったのだろう。
「ありがとな」
僕は自然と、礼を言っていた。
それは丁寧じゃないし、下手に出てもいない。自転車にのったままの上から目線だったけれど。
それでも、僕は心から神様に礼を言っていたのだった。
「……礼を言われる心当たりが有り過ぎて、何に対しての『ありがとう』なのか分からないわ」
「何でもいいさ。ああ、でもな。一言だけ言っておくと、今度からはそんな事、自分の口から聞け」

自分はあなたにとって代わりの利かない人間ですか?

割と、格好良い告白の台詞だと思う。
「それで、相手がグダグダと返答を引き伸ばすようなら、殴るかもしくは僕を呼べ」
好きだと素直に口に出せない少女の気持ちと、そして僕らの思惑と、どこかの誰かが作った吸血鬼映画が紡いだ縁。
昔の僕ならいざ知らず。
今の僕は繋がった縁は手放したりしない。
それは、代わりの利かないものだから。
だから、僕は友達を友達と呼ぶのに命を賭けようと思う。
全身全霊で、その縁を愛そうと誓う。
そして、縁が合ってしまった以上。
類は友を呼ぶ。
変わり者が気に入るのは変わり者と。
そう相場が決まっている以上。
僕が涼宮を突き放す理由なんてものは、最初からどこにも転がってはいなかったんだ。
「だからさ……っと。あ、時間切れっぽいな」
僕の視線の向こう。涼宮の背後から。自転車が一台やってきた。
乗っているのは……見るまでもない。確認するまでもない。
ここで、この場面で。やってこないのならば、ソイツはヒーロー失格だ。
「邪魔者は退散らしい。馬に蹴られるのは、遠慮したいからな」
それはきっと痛いだろうから。
吸血鬼の僕であっても。それはきっと苦くて痛いだろうから。
「ちょっと、どういう意味よ、それ?」
「ああ、僕はお前と違って優しいからな。一つだけアドバイスしてやるよ。どんな恋でもたちどころに叶うおまじないだ」
どうやら、彼女が望んでいたのは吸血鬼じゃなくて、恋を後押しする魔法使いらしい。
……分かり易く恥ずかしい、そんな神様も一人くらいなら友達に居たって良いさ。
「目を瞑って、会いたいヤツの顔を思い浮かべながらゆっくり三つ数えるんだ。その後で目を開けて『自分はあなたにとって代わりの利かない人間ですか?』と呟いてみな?」
「あ、アタシは恋になんてうつつを抜かしている暇は無いのよ!」
「まぁ、騙されたと思って。馬鹿馬鹿しいと思って。実践してみろって。苦情なら受け付けるからさ」
言って、僕は自転車に跨り直す。さて、僕の出番はここまでだ。
後はニックネーム以外には何も知らないヒーローと神様ヒロインの二人舞台。
逃げろや逃げろ。巻き込まれては適わない。
巻き込まれては、叶わない。
自転車を発進させる、その前にチラリと少女を見ると。
……へぇ。
意外に素直じゃん。
そして僕は漕ぎ出した。目を瞑る、彼女を背にして。
遠くから、声が聞こえた気がした。
「自分はあなたにとって代わりの利かない人間ですか?」
その問い掛けに対する返答は聞かなくても分かったから、僕は敢えて聞かなかった。
魔法使いは、去り際を心得てるものなのさ。


009

後日談。と言うか今回のオチ。
朝、目を覚ました所、僕のベッドを取り囲むような配置で目を瞑っている妹二人を発見した。
家を出た所で僕は目を瞑っている神原に遭遇した。
クラスに入ったら羽川が僕の机の前で何かを念じているように目を瞑っていた。
帰りの校門には千石が目を瞑って誰かを待っているようだったのでそっとしておいた。
下校中に目を瞑っている八九寺を見掛けたのでそっと近付いて取り敢えずスキンシップをしてみた。

そして――そして。
僕は放課後、民倉荘で、ガハラさんに勉強を教えて貰っていた。

「……また、ね」
どうやら彼女は怒っているらしい。というか最近では至極珍しいツンモード入っているのが空気で読めた。
誰だ、僕に空気なんて読めるはずが無い、と言っているのは。
「……また、他の女の匂いをさせているわね、暦」
ヤバい。僕、死ぬ。否、死んだ。
「まぁ、いいわ。身の程知らずな泥棒猫には、私が自ら手を掛けるまでもないでしょう。幸運にも、と言うべきなのかしら。私の言う事ならば、例え『死ね』という命令であっても喜んで実践してくれそうな可愛い後輩が居るし」
「待て! お前は神原を飛び道具か何かと勘違いしてるんじゃないのか!?」
神原を解き放て! 神原は人間だぞ!?
「いいえ、飛び道具ではないわ。一度しか使えないから、切り札ね」
「一回しかって……全員を手に掛けさせた後で実行犯に自殺を強要するつもりだなそうなんだな!!」
僕は断固として後輩を守るぞ、戦場ヶ原!
「……助けるべき相手を間違えない事ね、暦」
「神原の名台詞が!?」
それは、それでもいつも通りの楽しいお喋りだった。
けれど、やはりガハラさんの機嫌が悪いのは僕の勘違いでは無かったらしい。
「暦。私はね、貴方がいない間、眠れなかったのよ」
「……そりゃ……すまなかったな」
「そんな事を言って、申し訳無さそうな態度を見せて、でも裏では『そこまで僕に依存してるのかこの女は本当に仕方が無ぇなぁフヒヒヒヒ』なんて考えているのでしょう?」
「お前は彼氏が『フヒヒヒヒ』とか言っていても許せるってのか!?」
「お見通しよ」
「見通せてないよ! 千里眼が全然見当外れの方向向いちゃってるよ!」
それでも、ガハラさんが憔悴しているのは、嘘でも何でも無いのだけは分かった。
「眠れてないのよ」
「そうか。僕の勉強なら自分で出来る範囲をやっておく事にするから寝てくれて良いよ、ガハラさん」
「……鈍いわね、暦は。本当に」
そう言うと、彼女は押入れを開いた。そこに有るのは、当然だけど布団。
「この狭い室内。けれど私は繊細だから布団を敷いて眠りたいの。卓袱台は邪魔なのよ」
……えっと、退散しろ、ってそういう事?

「抱き枕に、なりなさい。そう言っている風に、聞こえなかったのかしら、暦には?」

彼女は目を瞑る。
僕らは抱き合う。
僕も倣って目を瞑る。
そして。
たっぷり三つ数えた後で。
僕の恋人は言うんだ。
「私はあなたにとって代わりの利かない人間ですか?」
そして。
たっぷり三つ数えた後で。
彼女の恋人は言うんだ。
「僕はお前にとって代わりの利かない人間か?」



僕は、人間もどきで吸血鬼まがいのこの僕は。
けれど彼女が僕をただひとつだと感じてくれている限り、人間だ。
代わりの利かない、人間なんだ。
変わり者でも、代わりはいない、変わり者なんだ。

「キスをしましょう」


『代物カワリモノ語ガタリ ―はるひゴッド―』
めでたしめでたし。


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