その他二次創作の部屋
代物カワリモノ語ガタリ(化物語×涼宮ハルヒの憂鬱) 2
003


戦場ヶ原ひたぎ。
僕の恋人だ。唯一にして無二の。代わりの利かない大切な人。
羽川翼。
こっちは僕の恩人だ。これまた唯一にして無二の。僕の第二の母親とでも言うべき大切な人。
でもって神原駿河。
彼女は僕の友人だ。またまた唯一にして無二の。異性の友人という意味では彼女が一番その言葉の意味する所に近いのではないだろうか。
先ほどから「唯一無二」という言葉を乱発している感が有るが、けれどそれは決して安売りしているのではない。
僕にとって彼女達は、それぞれがそれぞれに本気で大切な人なだけで。
阿良々木暦という人間にとって彼女達は、何が何でも失いたくない、そういう存在という意味だ。
何物にも代え難い、と言い換えても良い。
僕が僕である以上、彼女達との縁を僕は手放す気なんて無い。
だってのに。
縁は、いつの間にか切れているもの。
僕は一時間目を欠席して図書室へと向かい、そこで在校生名簿を開いたままに立ち竦んでいた。
「……嘘だろ、オイ」
そこには戦場ヶ原ひたぎの名前も、羽川翼の名前も、神原駿河の名前も、書かれてはいなかった。
それが当然と。名前の無い事が必然であるかのように。
そこに有るべき空白すらも埋められて。
逆に僕の心に空白を産んだ。
「……どういう、事だよ。何が……起こってんだよ」
「どうしたもこうしたも無いわ、お前様よ。あの小僧に聞いたじゃろ。それはそれが当然であるようにそれをそうする、とな。かかかっ」
影の中から、声がした。
「お前様が余りに心を乱すものだから、起きてしまったではないか。本来、朝方などは我等が一番嫌う時間であるというのに」
そう言って僕の影の中から「にゅう」と。立ち上がる少女。
美しき鬼の絞りかす。
麗しき鬼の搾りかす。
鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の為れの果て。
怪異殺しの残滓。怪異の王の残響。
「……忍」
「ほれ、しゃんとせい、お前様よ。心を散々(チヂ)に乱せば、そこを怪異に付け込まれよう」
忍野忍は、そこに超然と泰然と、立っていた。
「……また怪異の仕業、か」
「そう見るのが妥当じゃろうの。ふむ、我が主様はそういったものに余程好かれていると見える」
笑い事じゃないってのに。しかし、忍の笑い声に救われている僕がそこにいたのも事実だった。
「だけどさ、忍」
「なんじゃ?」
「怪異ってのは望みに応えるものなんだろ?」
「そうとも限らんのう」
金髪碧眼の少女は図書室備え付けの踏み台に腰掛けた。今の忍のサイズなら確かにそれは椅子として丁度良い高さではあるな。
「例えば儂が良い例じゃ。お前様はあの時、儂に望んで出会ったか? 違うであろ。怪異とは一概に望みを叶えるモノではないの」
「まぁ、確かに」
言われてみれば、僕は望んでキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードに出会った訳じゃない。
望んでいて出会えるのならば、僕よりも先に羽川に発見されるのが筋というモノだろう。
「そういう事じゃ。願いを叶える、という怪異が多いのは人間共が『そうであれば良い』と願った結果に過ぎんの」
「人間、ってのは強欲なんだな」
「どんな怪異よりも、貪欲なのは人間じゃよ。そこへ見れば儂などなんと可愛らしい事か。のう、お前様?」
悪いが、忍。僕は人間としてその台詞には同意してやれない。
「で、だ。話を戻すけどさ。お前にはこれが一体どういった怪異の仕業で、どうすれば対処出来るか分かるか、忍?」
「分からん」
そう言って少女は意地の悪い笑みを浮かべる。
「儂にとって怪異などは食物じゃからの。美味い不味いこそあれ、名や生態などには基本的に興味が無いわ」
「だろうなぁ……」
項垂れる僕。忍だって、自分から進んで怪異の生態を覚えた訳じゃない以上、彼女が知らないと言えばそれは知らないのだ。
「じゃからお前様よ。こういう事はその筋の専門家に聞くのが一番手っ取り早かろう。そも、儂を頼るのが筋違いも甚だしいとは思わぬか?」
「忍野……メメか」
自称、怪異の専門家。傍目には軽薄で汚らしいアロハ服の社会不適合者の事を忍は指したのだろう。
「まぁ、あやつがいなくなっている可能性も捨て切れんがの。かかかっ。それは良い。良いの。あやつは好かん。いっそあやつがいない世界の方が清々するわ」
忍野忍は名付け親を罵倒して、そう笑ったのだった。

結論が出たところで図書室を出ようと、その時だった。部屋に一つしかない扉が唐突に開いた。
「どうも……初めまして」
現れたのは少年だ。それも……まぁ、余り男に対してこの漢字を使いたくは無いのだが、しかし使わないと語弊を生みかねないので苦汁を飲んで使わせて頂くと「美」少年だった。
ちなみに忍は既に影の中に戻っている。コイツは基本、僕以外に姿を見せないからな。
「あ、どうも」
間抜けな返事を返す僕。知らない人間から声を掛けられるというのが元々余り好きではないし、その少年の貼り付けたような営業スマイルも、どことなく胡散臭い。
出来れば他人と接点を持ちたくないという僕のテレパシーは届かなかったようで、少年は僕に対して言葉を続けた。
「ふむ……言葉は通じるのですね」
僕、今何気に馬鹿にされなかったか? と言うかそんな台詞を何の表情変化も無しに言うってのはどんな戦場ヶ原だよ。
「ああ、そうです。お腹は空きませんか?」
「腹? いや、まぁ……空いたと言えば空いたけど、しかし小腹かな」
言うが早いか、どさり、と。図書室の床に何かが投げ捨てられた。それは、透明な袋に入った、赤い、赤い――。
「輸血用ですが、それで我慢して頂ければ助かります。僕は、貴方のおやつになりたくはないもので」
影の中で忍が戦闘体勢を取ったのが分かった。僕も、奥歯を噛み締める。
「……お前は……『何』だ?」
「おや、僕は人間ですよ、貴方と違って、ね。吸血鬼さん。ああ、失礼。自己紹介が遅れました」
そう言って、ソイツは映画でしか見た事の無いような見事なお辞儀をしてみせたのだった。
「僕は古泉一樹と申します。以後、よしなに……阿良々木先輩」
その古泉という名の少年は、一般人では有り得なかった。一般人はケータイを取り出すように懐から拳銃を取り出したりは、しないだろう。
「吸血鬼、というのは甚だ不勉強なものでして。銀の弾丸で良かったですかね?」
微笑みを張り付かせたままで、そんな物騒な事を言う少年。
「待て待て待て待て! そんなモンで撃ったら僕は死ぬぞ!」
「ご心配なさらず。吸血鬼を殺す事は初めてですが、事後処理の方は専門ですから」
「そんな事の専門になっている自分を顧みて速やかに更生する事を僕は全身全霊をもって強く勧めさせて貰う!」
「いえ、これでも僕は自分の立ち位置が相当に気に入っていまして」
「もっと高校生らしい楽しみが探せば有るはずだから! 僕で良かったら微力だけど手伝うし!!」
「高校生らしい楽しみ方を僕がするために。貴方には速やかにご退場頂きたいのですよ」
銃を構えた右手は僕の心臓にロックオンしたままで、左手で髪をかき上げる殺人鬼。
「僕が殺人鬼なら、貴方は吸血鬼ですか。ふふっ、皮肉ですね。鬼同士、楽しくやりませんか?」
「楽しくやるのには僕だって吝かじゃないが、しかし僕は人間だ!」
僕は……人間だ。人間もどきの吸血鬼まがいだけれど。
けれど、僕の心は人間だ。
僕は鬼なんかじゃ、無い。
僕の心からの訴えに、ソイツは眉だけをピクリと跳ねさせた。
「ふむ、人間だと。あくまでそう仰るのでしたら……そうですね。証拠を頂きたい」
「僕は日光の下に出ても平気だし、大蒜もあんま好きじゃないけど食べれるし、十字架だって首から提げれちゃうし!」
まぁ、今時十字架のネックレスとかセンスを疑うけれど。
「流れるプールだって楽しめるし、鏡に映せば影だってちゃんと有るし、蝙蝠に変身とか絶対無理だし!」
「……なるほど」
「銀の弾丸で撃たれたら死ぬのは誰だって同じだろ!? 銀じゃなくて鉛であっても僕はきっちり死ねる自信が有る!」
自分で言っておきながら嫌な自信だなぁ。
「……血は、飲むんですね」
「うっ」
「それだけ羅列しておきながら、しかし貴方は一度も吸血鬼のその名前の由来である所の『血を吸う』特性に触れなかった」
少年が目を細める。
「そ、それは……」
「後は……そうですね。その犬歯。それだけで吸血鬼と断定するには少し弱いですが……けれど、血を吸うとなればこれはもう確定です」
「それでも、僕は吸血鬼じゃない!」
「血を吸うのに、ですか? それは虫の良い話ですね」
「ミミズって畑を耕してくれるんだぜ!」
「それは虫の良い話ですね」
ヒクリとも笑いやがらない。それだけマジって事か……よ。仕方ない。僕は腹を括った。
「……どうしても、僕を吸血鬼と断定して殺したいのかよ、お前……古泉は」
「はい、阿良々木先輩。僕らの世界の安寧のため、どうか僕に殺されては頂けませんか?」
そのお願いを聞いてくれる奇特な人はそう多くないな。
自殺志願の、吸血鬼であっても首を横に振る。
「嫌なこった……なるほど。僕とお前は、どうやら相容れないらしい」
「仕方有りません。僕は人で、貴方は鬼なのですから」
「いや、僕は人だよ……だからっ!」
僕は跳び出した。少年向けて弾丸のように。そして、少年が照準を定め直すより速く……、
「勘弁して下さい!!」
「は?」
全力のジャンピング土下座を決めていたのだった。
「あ……あの? 阿良々木先輩?」
「すいません! 本当に吸血鬼もどきで申し訳有りません! でも、心は人間なんです! コナンくんくらい心と体がちぐはぐなだけなんです! だから勘弁して下さい!!」
恥も外聞も無いとはまさにこの事で。
以前のガハラさんが見たら嬉々としてヒールで頭をぐりぐりと踏みそうな、それは見事な土下座っぷりだったと、後に忍は僕に語った。
「いや、あの……僕としても無抵抗な相手を撃つのは抵抗が有ると言いますか」
「吸血鬼としての特性を少しでは有りますが持っている事は認めます。しかし、疚しい事は何もやっていません! 羽川に誓っても良い! というか助けて羽川さん!」
「えっと……すいません、羽川ではなく僕は古泉です。あの、取り敢えず顔を上げて貰えませんか、先輩?」
「嫌だ! そんな事を言って顔を上げたら眉間に銃口がジャストミートとかそんなオチなんだろ! 騙されるか! 僕は死ぬまでこの土下座道を貫く!」
貫いてしまった。
「どれだけ人間不信なんですか、貴方は」
「うるせぇ! 図書室で調べ物してただけなのに吸血鬼認定された挙句、拳銃突きつけられた男子高校生の気持ちがお前なんかに分かってたまるか!」
今の僕の気持ちが分かるのは僕だけだ!
「えっと……あの……」
「さぁ、バッサリとやれ! その瞬間、お前は無抵抗の人間を撃ち殺したって罪をその背に負うんだ……って違う! 殺さないで!」
趣旨変わってる変わってる。
どうやら、知らない間にテンションが上がってしまっていたらしい。落ち着け、僕。落ち着け。
「あの……阿良々木先輩。貴方は吸血鬼、なんですよね。機関からそう聞かされていましたが、どうも僕には自信が無くなってきましたよ」
言いながらも銃を突きつけられているプレッシャーは拭われてはいない。僕は決して頭を上げず、床に向かって告白した。
「僕は確かに吸血鬼だった頃も有ったけれど、今はどっちかと言えば人間だ」
人間もどきの吸血鬼まがい。
半端者と、称される僕は。
けれど僕が自分を人間だと信じている限り、人間なのだと。そう、僕の恋人と恩人は言ってくれたから。
僕はその言葉を頼りに今も生きている。
「……今は? ふむ、興味深い話ですね。詳しくお話を聞かせて頂けますか?」
「嫌だ」
あの話は。僕の傷の話は、出来るならしたくない、僕の汚点だ。
地獄としか思えない春休みの話。
煉獄としか思わない二週間の話。
「……そうですか。いや、失礼。自分の事を話さないで人から素性を聞きだそうなんて、それこそ虫の良い話でしたね」
「何を聞かされても僕は話さないからな」
「良いでしょう。僕の告白に貴方の素性と交換する価値が無かったら沈黙を貫いて頂いて構いません。ただ、その場合はこの引き金を引かせて頂きますが」
それは取引じゃなくて脅迫って言わないか?
古泉は僕の疑問を知ってか知らずか、一歩こちらに歩み寄ると、唐突に言った。
「僕は超能力者です」
「は?」
チョウノウリョクシャって何だ? どんな怪異だっただろうか? 聞き覚えは有るのだが。
「えっと……あのさ、古泉。僕の耳が悪くなったのかも知れないんだが、今お前、なんて言った?」
「ですから、僕は超能力者だと。そう言ったのですが」
超能力者。
……超能力者ね。
…………超能力者か。
「そんなん居るかっ!!」
僕は生きている限り土下座の道を貫く誓いも忘れて顔を上げ、全力でツッコんでいたのだった。
「って事は何か? お前、スプーンとか曲げられんのか? うわっ、ちょっと見たい!」
地味に見たい。
「いえ、曲げられません。またベタな超能力を思い浮かべましたね」
「って事は何か? テレポートとかそういう系統か!?」
そっちでも良い。それも地味に見たい。
「そうですね……例えば貴方のモノローグを読むですとか」
「お前もそっち系か、古泉!!」
と言うかさ。僕のモノローグが見えるのだったら、どうかさっさと僕を人間認定して銃を下ろして貰えないだろうか。
「それとこれとは話が別です」
「都合の悪い所は絶対読まないのな、お前らは!!」
悪質な編集をするテレビ局みたいな仕打ちをされている。こういう時はアレだ。JAROでどうジャロ、ってヤツだ。
……話の都合とかも有るんだろうけどさぁ。それにしたって限度が有るだろ。限度が。
「ああ、全てはこれからだ、ですね」
「それはゲンドウ」
「あの声優さんの起用には正直に言いましょう。驚きました」
「確かにガハラさんの親父さんは原作通り良い声してたよな」
……僕とコイツは間に拳銃挟んで何の話をしているのだろう。少なくとも声優の話をする空気では無いように思う。
……シリアスシーンだよな?
「貴方の居た世界では知りませんが、この世界には神様が居ます」
「それはアニメ監督の上に立つ敏腕振付師の小学生の事か?」
「いえ、そういうメタな話ではありません。と、言いますか。アニメ版の製作総指揮はどちらかと言うと戦場ヶ原さんであったように思いますね」
「戦場ヶ原知ってんのかよ!!」
「おや、僕とした事が口が滑りました。今の部分、カットでお願いします」
「まさかのお前が監督か!!」
こういうストーリー上の矛盾が生まれるからメタな話は嫌いなんだよ……。
「まぁ、それも原作の味でしょう。話を戻しますが」
「ああ」
「この世界の神様は昔、願われました。宇宙人と未来人と超能力者と一緒に遊びたい、と。それが僕が超能力者である経緯です」
また、面倒臭い神様も居たもんだと思う。いや、神様ってのは基本面倒臭いものなのかもしれない。僕たち人間から見てみたら。
怪異なんてのは、僕たちの都合なんか考えないらしいからな。
忍は例外。
「すまないが、話半分で聞かせて貰っても良いか?」
「ええ。構いませんよ。神様、などと言われても信じられないのが普通の反応でしょうから」
いや、そこは特に僕は疑問に思わないけれど。
鬼。
猫。
蟹。
牛。
猿。
蛇。
蜂。
鳥。
神様にはよくよく縁が有る。
だから、僕は神様を信じている。けれど、縋りはしない。祈りも、しない。
彼らは、ただそこにあるだけ。それで、それだけの認識で良いんだろう。
「ある日……ああ、三日前の話なのですが」
「またえらく最近だな」
「その神様が吸血鬼の映画を見まして」
「またえらく面倒臭い神様も居やがったもんだなぁ、おい!!」
よし、話は見えた。もういい。全てとまではいかないけれども、八割くらいは話が読めた。
「えっと、僕の話はまだ続くのですが?」
「もういいよ! 大方、ソイツが『あー、吸血鬼っていうのも一度見てみたい』とかそんな事を言い放ちやがった挙句に僕がこんな目に遭ってるんだろそうなんだろそうだな!!」
「素晴らしい考察眼です」
「小学生でも展開が見えるわ!!」
褒められてもまるで嬉しくない。神原を相手にしている時みたいだ。
「ん? って事は……アレ? なんだ、この制服?」
「気付くのが遅過ぎませんか?」
古泉が溜息を吐く。ソイツはブレザーの制服を着ていた。そして、僕もお揃い。言うまでも無いと思うが市立直江津高校の男子用制服は詰襟であるからして……。
目前の少年は幾分に芝居掛かった口調で、僕にこう告げたのだった。
「ようこそ、県立北高校へ。歓迎しますよ、吸血鬼さん」
そう言って――ガチャリと。その手に持った銃の口が僕の額へ添えられた。

……県立北高校とやらでは転入生歓迎の際にロシアンルーレットでもやらせるのだろうか。だとしたらこれも仕方が無い。
「まぁ、銃はリボルバー式ではありませんけどね」
「百発百中だったらロシアンルーレットなんて言わないんだよ!」
「僕の素性は大方お分かり頂けましたか?」
「詳しく聞く気も無いから、もう説明はいいよ」
正直うんざりだった。「orz」って感じ。
土下座してるし。
我ながらぴったりの表現じゃないだろうか。ちなみに、この表現、縦書きの原作では出来ない暴挙である。
「そうですか、でしたら貴方のお話を聞かせて貰えませんかね、先輩」
古泉は引き金に指を掛ける。
僕の喉がグビリと鳴った。
安全装置を押さえ込む、とかがこういった場合のセオリーなのだけれど、生憎僕はガンマニアでは無いので眼前で黒光りする拳銃の、どれが安全装置なのかなんて分からない。
話をしなければ、引き金を引く。古泉はそう言った。
そして僕が睨み付ける先の、少年の目は正気で狂気だ。
この目は躊躇わずに引き金を引ける、そういう人種だけが持つ目だ。
僕は知っている。
ギロチンカッター。
先刻からずっと、誰かに似ていると思ったんだ。そう、古泉の湛える雰囲気はあの狂気の聖職者のモノによく似ていた。
笑いながら、人を傷付ける事が出来る、人種。
断れば「そうですか。残念です」と言って即引き金を引くタイプ。
それが分かった。だから、僕は震える口を開いて、しっかりと言い切った。
「嫌だ」
その瞬間。
――がちゃん、と。
拳銃の上半分が図書室の床に落ちていた。
「なっ!?」
古泉の顔が歪む。僕は床に付けっ放しでそろそろ同化してしまってるんじゃないかと思う手のひらを(幸運にも癒着は免れていた)ぱんぱんとズボンで叩いた。
そして、すっくと立ち上がる。
「事情は分かった。お前の素性について興味は無いけどさ。神様ってのは聞いておきたい」
後方に跳んで、僕から距離を取る古泉。プロの動きとかは良く分からないけれど、多分、今この少年が見せたのが多分それなのだと思う。
そう思わせる、俊敏さだった。
「何をしたんですか?」
「いや、僕は別に、何も」
強いて言うなら、きっとどこかに潜んでいる吸血鬼の成れの果てを怒らせたのだろう。
僕の死は、忍にとっての生でもある以上。
自殺願望の有る吸血鬼は、僕を傷付けようとする存在を、許さない。
「嘘を言わないで頂けますか。何も無く、どうして鉛の塊が両断されるのです?」
「それは……ほら、アレじゃないか。そう、アレ」
きっと。
「僕の命と違って、古泉の良心と違ってその銃には代わりが有るからじゃないか?」
「戯言、ですね」
「傑作、だと思うんだけどな、僕は」
原作者オマージュ。……西尾先生、本当に申し訳有りません。
「良いでしょう。確かにその銃には代わりが有りますから」
そう言って。流れるような動作で古泉はブレザーの内ポケットから二丁目を取り出し、バレリーナの動作で無駄無く僕に狙いを定め、手際よく軽やかに発砲した。
言葉を挟む間も与えてはくれない。回避動作を取る時間も与えてはくれない。
次元大介並みの早撃ちだった、と言えば理解に易いだろうか。
当然の帰結として僕には何も出来なかった。反応すら、出来なかった。
が、それでも。
銃弾なんてモノは忍相手には遅かった。遅過ぎた。
腐っても最強の吸血鬼である彼女にとって、それは格好の的でしかない。
弾丸は僕に届く前に空中で二つに分かれた……のだと思う。僕には見えなかったから、推察する事しか出来ない。
けれど、影の中から「またつまらぬものを斬ってしもうた」とか聞こえてきたから多分間違い無い。
忍野……お前、元吸血鬼に何を教えてんだよ。英才教育もここまでいくと軽く虐待入ってるぞ。
「……なるほど、銃は無意味なようですね」
「みたいだな。僕の予想では今頃どっかの子供が悦に入ってるから、次弾以降も残らず両断すると思う」
どうやら忍は五右衛門派らしい。僕は断然主人公の泥棒に肩入れしてしまうのだけれど。
「そして、貴方がその気になっていれば、僕なんて最初からいつでも殺せた、と。そういう事ですか」
「だから今のをやったのは僕じゃないって」
「謙遜は止めて頂きたいですね」
……本当なんだけどなぁ。僕自身はただ治癒能力が人よりも少しだけ高いだけの一般人なのだけれど。
「マジですか!?」
「ここに来てようやくモノローグを読むんじゃねぇ!!」
「いえ、失礼しました。なるほど、そういう事ですか。少々お待ち下さい。今から過去ログを読んできます」
「流石に過去ログ読むとかはやり過ぎ過ぎるんじゃないの!?」
やり過ぎ常套やり過ぎ上等が西尾クオリティ。分かっていたけど、過去ここまでプライバシーという言葉に縁が無い主人公も珍しいと思う。
怪異にばっか縁が有っても……そんな縁は要らないんだよ。
「ふむ……ですが……でしたらオカしいですね……なぜ、吸血鬼を望まれたにも関わらず吸血鬼もどきが……」
「人を置いて思索に走らないでくれ!」
「そんな馬鹿な! 八九寺さんのポジションは鶴屋さんじゃなくて長門さんでしょう! 何を考えているんですか、作者は!!」
「メタ発言は慎め!!」
こうして僕は、どうやら一応の危機は免れたらしかった。 人として、大切な何かを引き換えにして、だが。
どうか貴方が優しい人であるならば、モノローグの覗き見、ダメ。絶対。


004


「アザートス」
街の外れに有った病院の廃墟に忍野メメは当然のように悠然と居た。
「はっはー、これまた厄介な……いや、厄介どころじゃないなぁ。今回ばっかりは阿良々木くん、少し元気が良過ぎたねぇ。何か良い事でも有ったのかい?」
「無ぇよ。元気も勇気も無い。愛と八九寺だけが友達だ」
「おやおや、酷いな、阿良々木くん。僕の知らない内に愛ちゃんなんて子と知り合いになっていたの? 僕にも紹介してくれないかな? 阿良々木くんの事だから、また可愛い子なんだろうねぇ」
「違ぇよ! 愛って人名じゃねぇよ! 大体、そこは『僕は友達じゃなかったのかい?』と来るべきだろうが!」
忍野メメは平然と、超然とそこに居た。
「いや、僕は友情なんてものは一方通行(アクセラレータ)だと思っているからね。だから別に傷付いてはいないよ」
「格好良い事言ってるのに、そのルビのせいで台無しだ!!」
最近流行ってるアニメを片っ端からネタにしていくつもりか、作者は。
「しっかし、アザートス……アザートスねぇ。これまた厄介だなぁ」
忍野はまるで厄介でも何でも無いようないつも通りの軽薄な表情でそう言った。
「一人で納得してないでさ。僕にも教えてくれないか。その、アザ……アザゼル?」
「アザゼルは天使。アザートス、だよ阿良々木くん」
アザートス、ねぇ。どうもピンと来ないな。ソイツ、メジャーじゃないだろ。
「まぁ、こっちの世界ではポピュラーかな。阿良々木くん、クトゥルー神話、って知ってる?」
「クトゥルー神話? いや、聞いた事が無いな」
「ま、そうだろうね。多くの日本人には馴染みが無いだろうと思うよ。なんせ、元々はアメリカのホラー小説だからね」
忍野はそう言ってポケットから煙草を取り出して口に咥えた。いつも通り、咥えるだけ。火は点けない。
「ま、簡単に言っちゃうと『僕の考えたこの世界の成り立ち』みたいなモノなんだよ」
「また軽薄だな」
「うん、始まり自体はとても軽薄なんだ。ただ、それがちょいと面白かったものだから回りの人間がこぞってその二次創作を作りあげちゃった。結果、一大神話体系とも言うべきものが出来上がったんだ」
言われても余りピンと来ないんだが。二次創作、というのが余り上手く想像出来ない。
「だから、型月と同人作家みたいな関係かな?」
うわっ、一気に分かり易くなった!
「僕は流行なんて方向には職業柄てんで無知なんだけれどね。それでも頑張って今風に例えるなら東方の異常な盛り上がりに当て嵌めれば良いのかな?」
「どうしてお前はそう読者を敵に回す方向に話を持っていこうとするんだ、忍野!」
「どうして、って。僕は捻くれ者だからねぇ」
「三十過ぎて自覚が有るなら何とかしろ!!」
全く、どうにかして貰いたい。本気で。
羽川辺りに言えば人格矯正プログラムを……いや、無理か。アイツはどこか忍野を尊敬している節が有るからな。
「で? そのクトゥルー神話がどうしたって?」
「いや、どうもしないよ。たださ。その……ハルヒちゃんだっけ? 聞いてる限りじゃそっくりだなと思った。そんだけさ」
珍しく、忍野にしては歯切れが悪い言い方だった。
「アザートスってのはこの世界を造った神様なんだ。いや、言い方が悪いな。訂正して良い?」
「むしろ僕に許可を求める理由が知りたい」
「原作へのオマージュさ。『許可を』ってアレ。好きなんだよね、僕」
「……それで僕は『よし、やっちまえ』とかキャラじゃない台詞を言えば良いのか? そういう小ネタは要らないから説明を続行してくれ」
うん、マジで。脇道に逸れるのは導入部で散々やった後なんだよ。
「阿良々木くん。君は本当に侘び寂びの分からない子だねぇ。僕は寂しいを通り越して呆れてしまうよ?」
怒られた。怒られる要素なんてどこにあったというのだろう。僕にはまるで分からない。
八九寺Pかよ。
「クトゥルー神話ではね。この世界はそのアザートスって神様が見てる夢なのさ」
「夢?」
「そう、夢。ああ、と言っても夢って名前の女の子じゃないよ?」
「そんな取り違えを僕はしないよ!!」
そんな故意の勘違いをするのはお前だけだ。
「どうかな。僕だけじゃなくて、あのエロっこちゃんも間違えると思うけどね。しかもあの子は故意じゃなくて本気で」
「お前に神原の何が分かるってんだよ、忍野!!」
僕の可愛い後輩に更なるレッテルが、知らぬ内に押されていた。神原、そろそろキャラ変更しないと対象年齢の関係で出て来れなくなるぞ!!
「でさ。神様だとして、僕はどうすれば良いんだ?」
「どうすれば? いつも言っているだろ? 人間なんてのは神様の前じゃ下手に出て、丁寧にお願いをする事しか、出来ない」
忍野はそう言うと廃棄されたベッドに寝転んだ。
「ああ、学習机で作ったベッドも悪くなかったけど、やっぱり本物のベッドは寝心地が違うね。僕は繊細だからさ。あの頃は眠りがどうしても足りなかったんだよ」
「……話は終わり、ってか?」
「うん。僕に対処法はちょっと分からないね。ツンデレちゃん……ああ、今はデレデレちゃんか。彼女の時と違ってさ。アザートスってのは」
そこで忍野は一拍矯めた。
「やりにくい」

「やりにくい?」
「そ。打つ手が無いのさ。阿良々木くんにはちょっとイメージし難い話かも知れないけどね。神様にはグレードが有るんだ」
「グレード、ねぇ」
「思し蟹なんてのは、その下も下。ドラクエで例えるなら『いっかくうさぎ』みたいなモノだよ」
「そこはスライムで例えろよ!」
どうしてそうマイナーなモンスターで例えようとするんだ。分かり易く話をする気がないのか、コイツは?
「いや、阿良々木くんならきっと分かってくれると信じていたから。信頼のなせるギャグさ」
「褒められているはずなのに貶されてる気しかしない言葉をありがとうよ。で、アザートスってのはドラクエで例えると何になるんだ? 竜王? バラモス?」
「堀井雄二かなー」
「だから分かり難い例えを持ち出すなって言ってんだ!!」
ちなみに。分からない方に対して説明させて頂くと堀井雄二ってのはドラクエシリーズの製作総指揮をやってる人な。
「おー、博学だなぁ、阿良々木くんは。で、なんで堀井雄二かっていうとさ。結局、どれだけゲームをやっても倒せないんだよ。ある意味、アザートスってのは世界の外側に居ると思ってくれ」
「……なるほどな。満更、分かり難い比喩って訳でも無いのか」
「まぁ、僕は専門家だからねぇ。知ってるかい、阿良々木くん。専門家ってのは門外漢に対してきちんと説明が出来る人の事を言うのさ」
忍野にしては含蓄の有る言葉だった。僕は黙り込むしかない。
「以上、話は終わり。さ、分かったら下手に出て、お願いしてこようか、阿良々木くん。神様にさ」
そう言って僕に背を向け、手をひらひらとさせる専門家。
「そうは言ってもな……」
僕には懸念が有った。それは古泉とか言ったか、超能力少年が言った台詞だ。
「戻りたいのは山々だけど、下手に話をしたら世界が崩壊しちまうらしいんだよ」
「そりゃあね。言っただろう。この世界はアザートスが見ている夢なのさ。それが目を覚ませば、世界は終わる。簡潔で、分かり易い話だろ?」
「分かり易くても嬉しくない」
「だから、神様はこっちの事情なんて鑑みてくれないんだって。何を学んできたんだい、阿良々木くん。今更、僕にこんな事を言わせないでくれよ」
そうは言うけどさ……。
「寝た子を起こすな。よく聞く話だね。そうだなぁ。今回、阿良々木くんは被害者と言えない事も無いし、一つ僕からヒントをあげようか」
「そりゃ願ってもない」
「眠りから覚める夢っていうのが有るのさ。ああ、これは夢だ。そう気付くと人間は不思議な事に眠りから覚めてしまうんだよ」
「言われなくても分かってるよ、忍野。そうじゃなくて、もっと具体的なヒントをくれ」
「ふぅん。そうだねぇ……じゃ、大ヒントだ」
忍野は僕を振り返り、そして言った。
「代わりなんて、誰にもいないんだよ。君にも、僕にも。そして、この世界から消えた誰かさんにも、ね」

代わりなんて、誰にもいない。
いくら好きでも。いくら憧れても。
誰かの代わりになんて、誰もなれない。
誰かの代わりになんて、僕はならない。

廃病院から出ると、そこには少年が待っていた。
「悪いな、待たせた」
「その様子だと、いらっしゃったようですね。その……忍野さん、でしたか?」
「ああ。忍野メメ。人を馬鹿にしたような名前だが、本人も人を馬鹿にする事をライフワークにしていそうな性格をしてる。ただ、まぁ……頼りにはなる」
癪な話だが。
癪。それは忍野に対してではなく、何か有れば忍野に頼っている僕自身に対する……苛立ちだった。
「そうですか。為になる、話は聞けましたか?」
「かわり、だそうだ」
「カワリ、ですか?」
「ああ。取り代わり。挿げ換わり。入れ替わり。変わり者。なぁ、古泉。一つ聞きたい事が有るんだけどさ」
「はぁ、なんでしょうか?」
僕は古泉の目を見て、質問をする。
今起こっている事件の、そのキーとなるであろう質問を。
「北高から、消えた生徒が居るんじゃないか?」
「は? ……え?」
「お前、言ったよな。宇宙人と未来人と超能力者、って」
「ええ、そうですね」
「そこに神様を入れても四人だ。それでSOS団とやらは全員だよな? 鶴屋は顧問で、団員には数えられてない、そうだな?」
少年が、何を聞かれているのか分からないと首を傾げる。良いから黙って僕の質問に答えてくれ。
「そうなります。ええ。四人ですが、それが何か」
「だとしたらさ……オカしいんだよな」
「何が、でしょう?」
「同好会申請は出したんだろ? 先刻生徒手帳を見たんだけどさ。申請を出すのに必要な人数は五人。でも、お前らは四人。だったらさ。やっぱり一人足りないんだよ」
一人、足りない。
この世界から、誰かが消えて、僕が呼ばれた。
そう、この事件は、取り替えられているのだ、登場人物が。巧妙に。
「神様の手によって、その一人が隠蔽されてるんだと僕は思う」
「……なるほど」
「お前は、覚えてないんだろ?」
「ええ。そんな人は、僕は知りませんね。しかし、確かにオカしい。辻褄が、合わない」
「だよな」
古泉は俯いた。僕はソイツには構わず、廃病院の前に停めてあったタクシーの後部座席へと乗り込む。
「待って下さい」
「待たない。僕は、僕の大切な人の元へ、帰るんだ」
「でしたら……僕にも、そのお手伝いをさせて下さい」
「良いのかよ?」
ええ、と。そう言って古泉は……笑わなかった。
「僕は吸血鬼だぜ?」
「ですが、貴方には大切に思う人が居るのでしょう。前言撤回を。ならば、貴方は人間だ」
大切に思う人が居るのなら、ソイツは人間だ。
ファーストインプレッションこそ最悪だったが、この古泉という少年は、少なからず人間臭いようで。
こういう人間は、存外嫌いじゃない。
「もしも、この世界と貴方の世界で登場人物が取り替えられたのならば」
古泉はタクシーに乗り込みながら、呟いた。
「貴方が向こうの世界の人を大切に思うように、恐らく向こうの世界の人からも大切に思われているように。僕にとってのその人も大切な人なのではないでしょうか?」
入れ替わりであれば、とそう言って。少年はそこでようやく、微笑みでなく笑った。
「子供みたいな事を言ってますね、僕」
「いや、別に良いんじゃないか」
それはいつか、僕が教えて貰った事でも有るのだけれど。
「大人には、いつでもなれるから」


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