その他二次創作の部屋
代物カワリモノ語ガタリ(化物語×涼宮ハルヒの憂鬱)
『はるひゴッド』


001

涼宮ハルヒという少女について僕が知っている事はそう多くない。
事情が事情であるからこれは仕方が無い事だと思って頂きたいのだが、それでも彼女と接点を持った僅かな時間で分かった事も幾つかは有る。
とは言っても、それらはほぼ全てが伝聞であり、そしてそれが彼女の本質とはまるで関係の無い話である事を理解して頂きたい。
曰く、容姿端麗。
曰く、成績優秀。
曰く、天真爛漫。
つまり――才色兼備だ。
羨ましい事だと思う。
一物すら怪しい僕にとって彼女のような誇るべき点に困らない人間は嫉妬を通り越して羨望の対象にすら成り得ると言っても良い。
だが。
だからと言って僕は彼女になりたいとは思わない。
彼女に憑り憑いている怪異を知った今となっては、それは決して替わりたいと思う対象ではない。
怪異。
怪異だ。
怪しくて、異なるもの。
県立北高。そこで一等の噂の的である彼女は、彼女の持っている特性とでも言うべきものは、それが全て怪異に因る恩恵である事を思えば。
僕の吸血鬼属性なんて、それこそ生易しいと思わざるを得ない。
「上には上がいる」とはよく聞く言葉。
誰が最初に言い出したかなんて知らないし、その言葉も頂点に上った事のある、ある種選ばれた人間の皮肉だとこれまで僕は考えていたのだが。
撤回する。上には――上には、確かに上がいる。
けれど。
けれど。
彼女の上には上なんてない。
涼宮ハルヒの上位に立つモノなど、この世にはいないのだ。
例えば僕らはそのような存在を、仮にこう定義している。
「神様」と。
神様。なんて陳腐でチープな言葉だろうか。
怪異の専門家である忍野が口に出せばこそ、それでも少しばかり胡散臭さを、怪異に少しばかりでなく縁が有る僕でさえも拭えない言葉。
けれど、僕は知っている。戦場ヶ原の一件で、僕は身をもって体感している。
この世には、神様と呼ばれるべき怪異がいるって事を。
蟹。思し蟹。
けれど、こう言っては戦場ヶ原に失礼かも知れないが、それでも敢えて言うなら、あんな「もの」は神様としても程度が低いと。
涼宮ハルヒに関わってしまった今の僕としてはそう言ってしまえる。
――言わざるを、得ないのだから。
そう。繰り返すが、戦場ヶ原ひたぎを三年もの間苦しめ続けた――救い続けたあの蟹であっても、しかし程度が低いのだ。
怪異としての存在にしても、その引き起こす所の恩恵にしても。
恩恵。
忍野は言う。怪異はただ望まれた通りに与えるものだと。
僕にはとてもじゃないがそんなものはありがた迷惑も良い所だと思うし、それが恩恵だとも思いたくは無い。
しかし、例えば。涼宮ハルヒを知ってしまった今となっては思うのだ。
怪異は、与えるだけだと言うのも満更嘘ではないのかも知れないな、などと。
思ってしまうのは、その恩恵としか言いようの無い特性を与えられた少女を知ってしまったからだろう。
彼女に、自覚は無い。
彼女に、自分が怪異に憑り憑かれたという自覚は無い。
救いが有ると、そう思えるのはその一点だけだ。
一点だけ。
それを除けば、その存在に救いなんて無い。
代用品が、無いだけで。
例えば。彼女に代わりとなれる人間がいれば。彼女はあんな怪異に憑り憑かれる事も無かっただろう。
だがそれは、前提からして間違っている。
彼女は「唯一」を願い、そして怪異はそれを叶えたのだから。
涼宮ハルヒが格別に特別であるのは、それこそ当然の帰結であり、そこに疑問の余地を求めるには三年ほど遅い。
けれど、僕は考える。考えて――しまう。
もしも、彼女がそれを訴えたのが七夕でなかったのなら、と。
日が、良かった。星が、良過ぎた。怪異の専門家はそう指摘した。
そしてこうも言った。
打つ手は無い、と。
それは忍野らしい言葉だと言えなくも無い。自覚が無い以上、バランスはとても危ういけれどそれでも取れているそうで。
あの軽薄なアロハ野郎は無関心非接触を決め込んだ。
しかし、その事態の中心。言うなれば恒星の引力に巻き込まれてしまった僕としてはそうもいかない。
なんとか、帰らなければならないのだから。
戦場ヶ原の元へ。僕の居るべき場所へ。
家へ。
さて、そろそろお気付きだとは思うので言っておく。これはカワリモノ達のお話だ。
事態の中心である神様も変わり者なら、それに呼び寄せられてしまった僕なんてのは変わり者で替わり者。且つ、換わり者の代わり者だ。
先に結論から言ってしまえば、これは神様に吸血鬼が説教をするお話とそうなるのだが。どうか笑わないで頂きたい。
果たしてこれは羽川と出合ってからの僕の持論でもあるのだけれど。
この世界には、誰かの代用品となれる代用品なんて居る訳は無いんだ。
そう。僕は戦場ヶ原にも教えられた。
自分を救ったのが貴方で良かった、と。毒舌の嵐の中であっても、そんな事を言って貰えた以上。
僕は誰かの代用品なんて位置に甘んじてはいけないのだとそう思うんだ。

変わり者は、入れ替わり、挿(ス)げ換わり、立ち代わり。その結果として、自分の居場所に、立ち返ろう。
立ち、帰ろう。
歩いて、帰ろう。

僕には、唯一無二の、優しい居場所が有るのだから。


002

通学路。いつもの心臓破りの坂で、僕は背中から声を掛けられた。
「や、アラララくんっ」
「人の名前を一昔前の漫画のおっちょこちょいな奥さんが言いそうな台詞に置き換えるな。何度も言うが僕の名前は阿良々木だ」
「ごめんよっ。噛んじゃった!」
「違う。わざとだ」
「噛むじゃっちゃ」
「わざとじゃない!?」
「カムチャッカ」
「どっかにそんな名前の国か首都が有ったな」
いつものやり取り。けれどどこか違和感を感じたのは何故だろう。いや、楽しいは楽しいのだけれど。それでもどこかに何か釈然としないものが有る。
……僕が狭量なのか?
「いいや、阿良々木君はどっちかと言えば橋梁だねっ」
「橋!? 今まで自分の事を人間だ人間だと思っていたのだけれど、実は人間どころか有機物ですらなくて、橋だったのか、僕は!?」
「そうなるねぇ」
「謝れ! 僕はともかく僕を産んでくれた両親に謝れ!」
「人と人を繋ぐ架け橋だっ」
ぬぅ……この同級生、中々上手い事言うじゃないか。
「山田君、座布団あげてっ!」
「だが、それを自分で言うのは頂けないな……と。おはよう、鶴屋。奇遇だな」
鶴屋。下の名前は……忘れた。その明るい同級生は後ろから僕の肩をポンと叩いた。
「おはよっ。今日も良い天気だねぇ」
「良い天気……ねぇ」
僕は空を見上げた。
「僕の目には雲が立ち込めた生憎の曇天にしか見えないんだが、お前の目には太陽が見えているのか?」
「いつも心に太陽を忘れないのが楽しいハイスクールライフを送る為のコツにょろ」
くっ……まるで僕が楽しいハイスクールライフを送るに人間が不足しているみたいに言うじゃないか。
「いやいや。阿良々木クンにはこのアタシが居るからね。楽しくない高校生活は送らせないよ! じっちゃんの名に賭けて!」
「その台詞は不味い! 登校したらクラスで殺人事件が起こっているフラグだ!」
……ここまで来て本格推理物に方向転換とか、シリーズのファンが怒り出すぞ、マジで。
「『本格推理少女つるや』ってタイトルに今から変えないかい?」
「西尾先生ごめんなさい!」
僕は通学路で土下座した。
「……土下座って久々に見たよ」
「そこは感心する所じゃない! つか、どっちかって言うと土下座しなきゃならないのはお前なんだよ!」
「アタシは死んでも頭は下げない」
かっけぇ。この同級生、かっけぇー。
僕は立ち上がると膝に付いた土埃を払って、一つ咳をした。
「さて、鶴屋」
「ん? なんだい、アライグマくん」
「違う! 僕は檻に投げられたジャガイモを洗う事に一心不乱になるような動物園のマスコットみたいな名前じゃない!」
「ごめんよ、カムチャッカ」
「一足飛ばした!?」
ぬぅ、コイツは侮れない強敵だ。同じネタを繰り返しながらも笑い所を変えてくるとは。芸達者な奴め。
「朝、早いんだな、お前」
前日に戦場ヶ原にみっちりと勉強を教え込まれた疲れで(彼女の名誉の為に言っておくが、ガハラさんは決して教え方が下手な訳ではない。疲労してしまったのは単に僕自身の物覚えの悪さに起因している)、昨晩は早々に寝てしまい、僕は本日珍しく早起きをしていた。
「いやいや、阿良々木くんがいつも重役出勤なだけだよ?」
「僕はいつから重役に就任したんだ? 管理職手当てとか貰った覚えは無いぞ」
「今、流行の『名ばかり管理職』ってヤツさー。いやー、流石流行に敏感な阿良々木クンだよねっ。鶴にゃん、尊敬しちゃうにょろー」
「そんな流行に僕は自分から乗っていかない!」
つか、もう少し頑張れ労働管理局。せめて僕が社会の荒波に立ち向かう頃にはクリーンな労働環境を築いてくれ。
「重役と言えば、阿良々木くん。君はSOS団って知ってるかい? 鶴にゃんはそこの重役なんだよっ」
SOS団? いや、寡聞にして聞かないな。なんだ、その名前からして可哀想な集団は。ポ○モンでも強奪してるのか?
「にゃはは。阿良々木くんは本当に流行に疎いなー」
先刻まで流行に敏感な事を褒めてくれていた少女にそんな風に貶された。少なからずショック。
「……悪いかよ」
「いんや、悪くは無いさ。そうさね。阿良々木くんは友達居ないもんねー」
……いや、僕に友達が少ないのは事実だが、しかしこの短い通学時間中にそこまで言われなければならないような狼藉を僕はこの女に働いたか?
「それは違う、鶴屋」
「んにゃ?」
「僕は友達を選別する」
と、僕はキメ顔でそう言った。
「おおー」
「僕はソイツが命を張っている時に一緒に命を張れない関係を、友達と呼びたくないだけだ」
……なんてな。羽川の受け売りだ。だが、今、僕が友達だと思っている彼女達は、結果的にではあるけれどそういう繋がり。
失くしたくない、代え難い、繋がり。
「ふむふむ。信念が有るんだねぇ、阿良々木くんには。いや、若いのに立派だよ」
どこか嘲られているように感じるのは僕の気のせいではないだろうな……。そうだよ。どう言い繕っても僕には友達が少ねぇよ。
「だがな。そう言う鶴屋だってどうなんだよ。なんだっけ。朝……日屋?」
「あ、さ、ひ、な、だよ。みくるだろう?」
「そうそう。朝比奈みくる。お前だってアイツとつるんでるトコばかり僕は見かけるぜ?」
そうは言っても、それでもやっぱりクラスで孤立しているのは、僕ぐらいのモノではあるけれど。 ……いや、ガハラさんと羽川という友達を持っている僕は、今では孤立無援ではないか。
……そろそろ、同性の友達が欲しいか、などと考えてしまうのは、欲が出て来てしまっているのだろうか。危ない危ない。
友達は作るものじゃないなんて、そんな簡単な事は分かっているのに。
縁は、合うもの。結(ユ)うものでは、それは無い。
それを結ぶのだって、神様の領分。
「んー? まぁ、確かにみくるは楽しいからねー」
そう言って鶴屋は若干邪悪な笑みを浮かべた。
「あのおっぱいは凶器だよ」
「お前……クラスメイトに対してクラスメイトの胸の話をするなよな」
まぁ、確かに僕だって朝比奈を思い出す時に名前よりも先にその特徴的な持ち物が脳裏に浮かんだ訳だが。
そこは言うまい。紳士として。
「ぷりちーなお顔よりも名前よりも先におっぱいを思い出すなんて、阿良々木くんもオトコノコなんだねぇ」
「僕のモノローグを読むのが流行の最先端かよ!!」
最近、僕のモノローグはモノローグとして機能していないのはどこに訴えれば良いんだ。プライバシーなんて言葉は所詮幻想に過ぎなかったのだろうか。
「うんうん。青少年いいじゃないか。健全に育ってる証拠さねー」
「僕のプライバシーを侵害した事に対しては何のフォローも無しか……」
「でも、みくるはわたしのものだよっ?」
「僕は一度だって取るなんて言ってねぇだろうが! 大体、モノ扱いとか朝比奈の人権をさらっと無視してんじゃねぇ!!」
背景に百合を咲かせるとか器用な真似すんな。それは神原の領分だろうが。言い間違えを取っておいて更に他のキャラの特徴まで侵害する気か。
何でも有りかよ、この女。
「何でもは知らないよ。知ってる事だけ」
「僕の大切な人まで汚された! 謝れ! 羽川に謝れ!」
今まで余り喋る機会は無かったがこのクラスメイトは中々愉快な性格で有るらしい。だが、それと羽川の台詞を引用しやがったのは別問題。
別問題にして大問題だ。
「なぁ、鶴屋」
「難題、阿良々木くん」
「ひらがなに直せ!」
「ごめんよ、噛んじゃった」
「違う! 故意だ!」
ひらがなにしたらどっちも「なんだい」だし。と言うかよく気付いたな、僕。
「で。なんだい、阿良々木くん」
「鶴屋がどれだけ誰かの特徴をパクってもさ」
「オマージュごっこじゃないよ、オマージュだよ、阿良々木くん。オマージュじゃないよ、オマーそのものだよ、阿良々木くん」
「僕の大切な姉妹の口癖までパクられた!!」
芸達者にも程が有るだろ、お前……。
……「オマー」って何だよ……。
「お前の知識は僕の家族にまで及んでるのかよ、鶴屋?」
「いやいや、あたしが特別な情報網を持ってる訳じゃないよ? 栂の木二中のファイヤーシスターズと言えば巷でちょいと有名だったり」
ふむ。確かに僕は友達が少ないせいでその噂は寡聞にして聞かないが、しかし鶴屋ほどの交友関係であればその悪名が届いていても可笑しくはない、か。
……おい、高校にまで名が売れてるってどういう事だ、偽者姉妹。お陰でこれから高校じゃ少し生き難くなりそうだぞ、兄は。
知らなきゃ良かったなぁ。僕、結構繊細な神経の持ち主だし。
「そうだったのか。ところで鶴屋。妹の事は兄貴としてはちょっと気になるところでさ。アイツらのどんな話を聞いてるんだ?」
「んー、いつだったかバス亭近くで高校生相手にリアルストリートファイトをやってた、とか」
その相手、僕だよ!! っつか、あの喧嘩に目撃者が居たのかよ!!
「その後、その高校生と抱き合ってた、とか」
兄妹だから性的な意味は無い!!
「後は最近ドラッグストアで歯ブラシをじーっと選んでる所がよく目撃されてるかなー」
「まだ間に合うから道を踏み外すな、火憐ちゃん!!」
学校までの心臓破りの坂の途中。振り絞った大声で妹の名前をちゃん付けで叫んでいる男子高校生の姿が、そこには有った。
というか、僕だった。
「……えー、こほん。通学中の他の生徒の視線が痛いので話題を戻しますが」
本日二度目の咳払い。必殺、仕切り直し。
「鶴屋。お前、友達居るのか?」
僕の質問に対して少女は少しだけ首を捻った。
「阿良々木くんの友達の定義でいくと結構少ないかな。うん、一人しか居ないかも」
「……ふぅん、それって?」
「君」
重い! 重いよ! 唯一人とか本気で重いから!
「ふふっ、冗談冗談。そうだねー。命を張れるってなったら、うーん、みくるぐらいかなー」
「どっちにしろ愛が重い!」
「でも、あたしの場合、友達の定義っていうのは阿良々木くんとはちょっと違うかもねっ」
「へぇ。ま、確かに僕の定義は極論だと自分でも思うけどさ」
というか「僕の」じゃなくて「羽川の」なんだけど。それは言わない。
パクりとかって、気付かれると途端にカッコ悪いじゃん?
「わたしにとって友達っていうのはだねぇ」
鶴屋は坂をスキップをして登り、そして僕から少し離れた所で振り向いた。一拍遅れで少女に続く艶やかな黒髪に目を奪われる。
「わたしにとって代わりのいない相手の事なんだよ」
少女は曇天を吹き飛ばすように清々しくそう言い切った。
何を間違えたか、八重歯を出して笑う彼女をちょっと可愛いかも知れない、などと僕は思ってしまった。
「代わり……ねぇ」
「そう。言い方は悪くなるかも知れないけれど」
少女は辺りを見回した。
「今、通学してる彼らはわたしにとってぶっちゃけモブじゃん?」
「モブとか言うな」
「いや、言葉の綾ね」
「鶴屋の言いたい事は分からないでもないけどさ」
自分の人生に関わらない人間。人はそういう人に対して徹底的に無関心であろうとする。僕だって、コイツだってそこんとこは例外じゃない。
例えば昨日まで鶴屋が、僕にとって接点の無い「単なるクラスメイト」であったように。
愛の反対は無関心だと、これは誰が言ってたんだったかな。
含蓄の有る言葉だ。個人的にはノーベル平和賞でも贈ってあげたい。
「わたし達の持ってる人と関わろうとする力……臭い言い方をすれば『愛』? うん、それってーのは無尽蔵じゃないと思うんだよねー」
「同意だ」
愛は無限だとか、そんな一昔前のラブソングみたいな事を無条件で信じられるほど、僕は子供じゃない。
大人だとか言うつもりもないけどさ。つまり、微妙な時期だってこと。
「だからさ。わたし達はそれを使う場所を自分で考えなきゃいけないんじゃないか、って思うワケ」
「ふぅん。なんか『差別してる』みたいな話だな」
「差別してるんだよ」
さらりと。本当に何でもないかのように。いや、事実、彼女にとっては当然の考えなのだろう。差別している、と少女は言う。
「差別しちゃいけないのなら、あたし達は時間を限られている以上、誰も愛せずに時間が終わっちゃう。そうっしょ?」
「……なるほど。深いな」
というか、僕は通学中にクラスメイトと何を話しているのだろうか。いや、こういう会話は別に嫌いじゃないけれど。
嫌いじゃないから、困りものだ。
「だから、あたしは自分から差別する。大切な人を大切にしたいから、大切な人に時間を割く。関わりあう力を割く。それで良いと思うんだけど、異論有るかい?」
「いや、今の差別に関する考察には何も言う気は無い。完全に同意見だ。だけどな」
だけど、僕はこう思う。
「誰かが誰かの代わりになんてなれる訳無いし、誰かが誰かになれる訳ねぇんだよ。だから、モブって言い方は嫌いだ」
僕達の前後を、同じように連れ立って歩く名前も知らない彼らだって。
「僕が知らないだけで皆、名前はちゃんと有るんだから、さ」
隣を歩く、鶴屋が軽快に笑った。いや、僕だって臭い事を言った自覚は有るからさ。そこに塩どころか山葵を塗りこむなよ。
「違う違う。阿良々木くんは今まで余り喋った事も無かったけれど、結構面白いことを言う人だったんだなぁ、って」
「それはこっちの台詞だ」
「格好良い台詞だったにょろよ?」
阿良々木暦は(心の中で人知れず)不思議な踊りを踊った!
「鶴にゃん少し、トキメいちゃったかも知れないよっ」
トキメいた。
……トキメいた……ねぇ。
「冗談でも男相手にそういう気を持たせるような事を言うな。僕だったから良いようなものの、他の奴相手だったら確実に今ので勘違いするぞ」
「ふーん。それが阿良々木くんの手なんだね」
「手、ってなんだよ。人聞きの悪い事言ってんじゃねぇ」
全く。
困ったクラスメイトだ。話してみると面白いから更に性質が悪い。ああ、なんで僕はコイツとこれまで疎遠だったのだろう。
「そう言えばさ」
「ん?」
「なんでお前、僕に声を掛けてきたんだ?」
「あれっ? 声を掛けちゃいけなかった? 歩きながら単語帳を開いていない事は確認してから挨拶したんだけどな」
お前の挨拶は人の名前を噛む事だったのか。
「まだ覚えてたのかい?」
「自慢だが僕は今までどんな風に名前を噛まれたかを全て覚えている!」
「おお、地味にすげぇー」
鶴屋はカラカラと笑った。……地味とか思っても言うな。
「僕の友達の小学生がな。よく僕の苗字を噛むんだよ」
つか、小学生の友達とかどうなんだろう、僕。いやいや、八九寺はアイツが嫌だといっても一生構い続けるつもりではあるが。
それでも、クラスメイトに向かって僕の友達は小学生だと言い切ってしまうのは……待て待て。僕はその性別にまでは言及していない。
って事は近所の優しいお兄さん、くらいに思われてるだろうから。よし、セーフ。
「ああ、なるほど。阿良々木くんはロリコンだったのかぁ」
「どこで僕の友達の性別を判断したんだ!?」
「そりゃ、鶴にゃんに興味を持たない訳だよー。よよよ……」
「え!? いつの間に僕とお前の間にフラグ立ってたの!?」
驚愕の事実だ。普通に会話しているだけでフラグが立つのは画面の中だけだと思っていた。
……ギャルゲーって結構現実に即して作られてるんだな。
「でも、家に帰れば妹が居るんだろう?」
「ああ。って、そのどこにロリコン疑惑が絡んでくるんだよ! 僕はロリコンでもシスコンでもない!」
「まぁ、普通に考えればそうなんだけどね。でも、阿良々木くんの場合はその数が半端じゃないから」
「シスプリ自重!!」
十二人も居ねぇよ。
「いやいや、十四人っしょ?」
「火憐ちゃんと月火ちゃんは二次元じゃねぇ!!」
ファイヤーシスターズの噂を聞きつけているんじゃなかったのか、お前は?
「でも、その小学生って女の子だよねっ?」
なんで、微妙に断定口調なんだ? 僕、コイツにそんな風に思われるような発言をこの短い間に一度でもしただろうか。
……記憶に御座いません。
「んー、まぁ八九寺は性別とかそういうのあんまり気にしないけどなー」
「なるほどほどほど。阿良々木くんはショタでも行ける、と」
「どうして僕の言葉を悪い方に悪い方に取ろうとするんだ、お前は! 僕を貶めようとしてるんだなそうなんだな!」
シスコンでロリコンでショタ。
どんだけハイスペックなんだよ。連邦の新兵器か、僕は?
「いや、ついつい」
「ついついで済むなら『名誉毀損罪』なんてこの国に存在してないんだよ!」
「ぶいぶい」
「言わせるのは中学生までにしとけ!」
「ふいふい」
「もう意味が分からない!」
こんなに面白い登校は久しぶりかも知れないと、そう思ってしまう僕は……いや、決して僕はマゾじゃない!
「どっちかと言うと僕は攻めだぁっ!!」
「何、叫んでるのかな……」
引かれてしまった。なんだろう。どうしてこういう時ばかりモノローグを読んでくれないのだろう。僕の日頃の行いが悪いからか?
「いやいや、人格が悪いんだよ」
「だから、どうして僕はお前にそこまで言われなくちゃならないんだ!」
言葉の警察を今すぐに造れ、日本政府! 今、僕を救わないで日本って国は誰を救うってんだ!
「うーん、何の話だっけ?」
「お前がなぜ、僕に声を掛けてきたのか、って話だ」
脱線はいい加減にしておこう。うん。その内大事故に繋がりかねないからな。
はるひゴッドって副題なのにいつまで行っても肝心の主役が出て来ないとか、看板に偽りが有り過ぎるだろ、マジで。
「ああ、そうだっけ」
「……はぁ……忘れてるなよな」
「いやいや。阿良々木くんとの会話が面白くてねー」
「そうかい。そりゃ結構な事だ。喜んで貰えたのなら僕としては恐悦至極。恐れが多過ぎて山を作っちまうよ」
「イタコ萌えだねぇ」
「今の分かり難いギャグに食い付いた!?」
恐れが山を作って恐山。たしか青森に有る奴だ。
「ふむ。そうは言ってもだよ、阿良々木くん。君はこれまでに食べたパンの枚数を覚えているかな?」
「確かに原作者はJOJOが大好きだと書いているけれども!」
DIO様の台詞の引用は少なくとも女の子がする事じゃ無いと思っていた。コイツも僕の中の女性幻想を打ち砕く為に現れた刺客なのか!?
「間違えた。阿良々木くんは今朝の朝食のメニューを事細かに覚えているかい?」
「……ん、トースト二枚とコーヒー」
間違えようが無かった。誰だ、貧相なメニューだとか言った奴は。
「……そこは『え? ああ、そんなの簡単……いや、覚えてないな』と言って欲しかったなー。リテイクしようかっ」
「会話中にリテイクを入れる奴はお前が初めてだよ!」
八九寺だってそんな横暴はした事ないぞ。会話の流れを楽しむ違いの分かる小学生だからな、アイツは。
「ってワケでリテイクっ」
「トースト二枚とコーヒー」
「カーット!!」
僕の頭から良い音がした。一昔前のコメディ番組でよく聞いたような(昔はテレビっ子だったんだよ、僕だって)軽快な音……ハリセンとかどこから出したんだ?
「そりゃあ、鶴屋家の婦女子たる者、いついかなる時も茶目っ気を忘れないようにハリセンとスリッパはデフォルト装備だよ」
「ガハラさんみたいな女だな、お前は」
体中にギャグの小道具を隠している女。ヤバい。ちょっと面白い。萌えないけど。
「流石にイタコは出てこなかったけどねー。タコが限界だよ」
「先刻からずっとなんか生臭いと思っていたのはお前が原因か!!」
「ちなみに板も出せるにょろっ!」
「何、その積載能力!? まさかの四次元ポケットかよ! 未来派気取ってんじゃねぇ!」
閑話休題。
「つまりわたしが言いたいのはだね」
「聞こうじゃないか」
「声を掛けた理由なんて覚えてないんだよね、これが」
理由無き反抗。なるほど。それはこれ以上無いくらい大きな理由だな。
「っていうか、そんなの『クラスメイトだから』ってそれだけじゃダメなのかい?」
「僕が悪かった!」
なんってーか、人間としての小ささを指摘されてる気分。チクショウ。
「でもさ。実際、『クラスメイトだから』ってだけで声を掛けられるか? 少なくとも僕は無理だな」
「阿良々木くんは友達作るの下手そうだしねぇ」
「だからなんで事有る毎に僕を傷付けようと……まぁ、良いや」
人間嫌い。それは僕が甘んじて受けるべきレッテルだ。
友達を作ると人間強度が下がるから。
そんな馬鹿な信念を持っていた昔の僕が今の僕に繋がっているのだから、それは仕方が無い。
そんな馬鹿な信念を持っていたから、今の僕になれたのならば。そんな「傷」だって僕は受け入れる。
「それで良いよ。ああ。羨ましくは無いけれど、お前のそのあっけらかんとした性格はなんっつーか、良いな」
「そう正面から褒められると流石の鶴屋さんも照れちゃうんだけどなっ。ああ、そうそう。あっけらかんと言えば」
「言えば?」
「阿良々木くん、涼宮ハルヒっていう名前の女の子、知ってる?」
「……まぁ、名前くらいは。でも、本当に名前くらいだぜ?」
稀代の変わり者。名前以外にはそんな彼女のレッテルしか記憶に無い。
「……阿良々木くん、本当に友達少ないんだね」
うっせー。ほっとけ。
「二年五組在籍の超美少女!」
僕の耳が浅ましくもピクリと動く。……仕方ないんだ。美少女なんて言われたら、しかもそこに「超」まで付いてしまったならば。
僕みたいな、ちょっと体が丈夫なだけのパンピーがそこに興味を抱いてしまうのは、規定された事項、ってヤツなんだ……。
「……ふーん……興味無いな」
浅ましついでに、浅ましく強がってみた。
「僕の耳が浅ましくもピクリと動く。……仕方ないんだ。美少女なんて言われたら、しかもそこに「超」まで付いてしまったならば。
僕みたいな、ちょっと体が丈夫なだけのパンピーがそこに興味を抱いてしまうのは、規定された事項、ってヤツなんだ……」
「一字一句間違えずに僕の独白をコピー&ペーストとか、お前は超能力者か!?」
「こんなの一般スキルだよっ」
「嘘だ……嘘だと言ってくれ……」
どうやら僕は知らぬ間にサト○レになってしまっているらしかった。だから、それも作品が違うって!
「どんなに気心の知れた仲でもプライバシーって大切だよねぇー」
「お前がそんな事を言っても説得力が無い!」
コイツが男だったら僕は間違いなく殴っていた。うん。その自信は有るし、それだけの事をしても許される深刻なイジメを現在進行形で僕は受けている。
「で、ハルにゃんの話に戻るけどさ」
ハルにゃん……ああ、涼宮なんとかの事か。
「っつーか、いやに親しげに呼ぶじゃないか? 友達か?」
「阿良々木くんの定義で行くとちょっと友達とは呼べないにょろ」
「僕は友達の為に命を張る事をお前に強制した覚えは無い。つか、自分でもちょっと行き過ぎた表現だと思わなくもないから控えてくれ」
「うぃ、むっにょろ」
「むっにょろって何!?」
返す返す、ツッコミ所に困らないクラスメイトだった。
「そのハルにゃんって超美少女がね。超美少女を集めてサークル活動をやってるのっさ! ちなみにわたし、先刻も言ったけど重役。名誉顧問!」
えっへんとでも書き文字が躍りそうに分かり易く胸を張る鶴屋。……歩きながら胸を張るとか、バランス感覚良いな、コイツ。
「超美少女を集めて……ねぇ。眉唾だな」
「むぅ、その顔は信じてない顔だね」
「まぁな。そんなサークルが有ったらガハラさんや羽川が誘われないはず無いだろ? だけど僕はあの二人からそんな話を一度として聞いた事が無い」
彼女たちは僕が言うのもなんだけれど、校内トップクラスの美少女だ。鶴屋の話が本当ならば、彼女達が目を付けられない訳が無い。
彼女達と少なからず交流の有る僕としては、少し鼻が高い。
まぁ、単に二人が僕にそんな誘いが有った事を言わなかっただけかも知れないけれど。
「それに二人から聞かなかったとしても、それにしたって神原がそのサークルを一度も話題に出さないってのはオカしな話じゃないか?」
「みゅ?」
みゅ、ってなんだ。鳴き声か。面白い生態をしてんなー、コイツ。
「ガハラさん、って誰?」
そう言って首を傾げる鶴屋。ああ、そうか。「ガハラさん」は僕と戦場ヶ原にしか通じない呼び名だったか。
「戦場ヶ原のニックネームだよ。って言っても、僕が勝手にそう呼んでるだけだけどさ」
「阿良々木くん」
「何だ、鶴屋?」
鶴屋はいつも通りの快活な笑顔で、それが当然と。まるでそうするのが自然であるかのように、その疑問を僕に投げ掛けた。
「あのさ、戦場ヶ原さん、って誰だいっ?」
「へ?」

『代物カワリモノ語ガタリ』
はじまりはじまり。


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