その他二次創作の部屋
君は玖渚友の事が本当は嫌いなんじゃないのかな?(戯言シリーズ) 5
今更だけど、病院でナースが携帯電話って、良いのだろうか?

前代未聞。正義の味方と世界の敵の電話会談。
とは言え。最近の戦隊モノにはどうやら悪の方にも色んなドラマが有るらしいという話。
勧善懲悪ってのは時代遅れなんだってさ。
まあ、ぼくは嫌いじゃないけどね。勧善懲悪、ってヤツも。
「もしもし。どうも。今回も『縁が合』いましたね、ぼくの敵」
「よう、また『縁が合』ったな、俺の敵」
だけど、敵も味方も見方次第。正義なんて二の次、四の前。
それは結局結論三番目。三四が無くて、っていうのは割とよく聞くフレーズで。正義だとか言ったって所詮、その程度。
大体、一口に正義と言ったって悪を一掃する正義も有るだろう。悪を改心させるのだって、それはそれで正義。
正義なんて、人の数だけ有るという話。世界の終わりと、同じように。
価値観は千差万別十人十色。
戯言だけどね。
電話に出た狐さんは声だけで判断するなら機嫌が悪そうだった。いや、彼はいつも不景気そうな低音で話すのだけれど。
しかし、数奇な事に相手の機嫌も分からないほど、彼とぼくの縁は浅くない。
何か、有ったのだろうか。
「何か有ったのだろうか、ふん。有ったな。有りまくりだ。有り過ぎて逆に無えだろってくらいだぜ、今回は」
おいこら。一応ラスボス級のキャラクタなんだから有りまくり、とか言うな。
もう威厳も何も無えよ。
「ああ、無えよ。無えよな。原作ならこんな扱いは有り得ねえよな。……俺を誰だと思っていやがる」
「どこの熱血ドリル主人公ですか、狐さん」
「誰がドリルツインテールの金髪美少女だ」
……言ってねえ。ドリルしか合ってねえ。
「幾ら探しても私立さくらんぼ小学校は実在しねえぞ、いーちゃん」
知らねー。何だ、そのどーしよーもない名前の学校。出典元を明示しないギャグは分かる人にしか笑って貰えないという事を理解して欲しい。
語り部であるぼくの身にもなってくれ。只でさえ破綻した物語を、それでも読める物語に修正するのって、これでも結構苦労が多いんだから。
思いやり、超大事。
閑話休題。
「ところで狐さん。随分と機嫌が悪そうですが、やっぱり何か有りましたか?」
「…………何……だと!?」
ふむ。どうやら何か有ったらしい。但し、電話口で絶句されても電波状態の不良を訝しむくらいしかぼくには出来ない。
事情を察しろ、なんて無理な相談だ。七年前程じゃないにしろ、それでも未だ未だ他人を理解するのは苦手なぼくだった。
「オイオイ……覚えて……ないとでも言うのかよ、いーちゃん?」
「……え? 言っちゃダメなんですか?」
どうやらぼくは忘れてはならないような事を西東さんにやったらしい。
……いや、やったっけ?
まあ、当人の知らない所で誰かに恨まれているというのはまま有るらしいし。別に珍しい事でも無いかな、と思い直す。
「あーっと……もし、ぼくが何かやったのだとしたら、すいません」
「すいません、ふん。何も覚えてないのか?」
「最近では心当たりは有りませんね」
十秒程度の気まずい沈黙。
「ならば、戯言遣い。俺が病院に居るのを何故分かったんだ?」
「貴方が病院に居るだろうな、というのは何となくそうじゃないかって程度です。虫の知らせ、ってヤツですかね。流石にそんなのに理由を付けるのは戯言遣いでも難しいかと。うん」
きっぱりと。大きな声で、記憶に御座いません。
ぼくはどうやら大人になってしまったらしい。子供のままではいられない。そんな当たり前をまざまざと自分自身に見せ付けられて一寸センチメンタルにならないでもない戯言遣い。
いや、本当に西東さんが不機嫌な理由は分からないんだけどね。

「記憶……喪、失?」
「記憶喪失ですか? どうでしょう? まあ、都合の悪い事は忘れる都合の良い頭になりたいとは常々思っていますが」
だがしかし。残念だけど、後ろ向きな性格から、ぼくが開放される日はきっと来ないだろう。
狐さんの存在をすっかりさっぱり忘れる事が出来る境地が理想かな。だってこの人、ぼくの黒歴史を集積した様な存在だもん。
存在がトラウマ。
時宮時刻にとってのぼくみたいな感じ。
「どうやら、知らない間に俺の存在は不当に軽んじられてられているみたいだな。ふん。面白くない。おい、いーちゃん。お前に今一度思い出させてやろう」
「いえ、結構です」
傷口が化膿する前にオロナインを擦り込むのは最早常識です。ちなみに、マキロンは染みるからあんまり好きじゃない。
赤チン派。
「そう言うな。これは俺にとっては地味に死活問題だ。以前の様なインパクトの有る立ち位置を取り戻せるかどうか、のな」
その危機意識は一億年と二千年ほど遅い気がした。もう、ラスボス判定もぼく相手では通りはしないだろう。完膚なきまでに完全無欠にギャグキャラ化してしまっていて……この人も大概都合の良い頭の造りをしてるよなあ。
都合の悪い事は考えない。若さの秘訣。何も考えてないっていう処世術。
やっぱりギャグキャラだ。うん。大体、原作最終巻の時点で最早アウトじゃなかったっけか?
「ふん。人のイメージなどと言うものは案外簡単に変わるものだ。そう。たった一つの台詞でベクトルを逆転させてしまうなどは意外でも何でも無く容易い。昨日まで只の幼馴染であった少女がぽつりと零した恋心によって攻略対象と化すなど、俺達の業界では日常茶飯事だろう」
「…………」
……どこの業界だよ。
後、「俺達」とか言ってぼくを否応無しに巻き込むな。
二次元と三次元の区別くらい、きちんと付けて欲しい。本当に。お互い、良い大人なんだから。
「理解出来たか、いーちゃん。つまり、俺がギャグキャラだなどというレッテル。そんなものは実は本気を出せば簡単に払拭出来るという事だ。
忘れているようだから思い出させてやろう。人類最悪の遊び人が何故、人類最悪と呼ばれているのか。その恐怖を、魂に刻み直してやろう」
西東天。
世界の敵にして、ぼくの天敵。
彼は尊大にして不遜に。電話越しですらふんぞり返ってるその姿勢が透けて見える魂の底から震えるような凍えるような重低音で、告げる。

「俺の名を言ってみろ」

古今稀に見るやられキャラの名台詞だった。
――まだ、俺を誰だと思っていやがる、の方がマシ。
「父より優れた娘などは必要無いよなあ? うん?」
「アンタ、本当はギャグキャラから脱却する気無いだろ!!」
あ、ツッコんじゃった。
こんな見え見えの誘い受けに乗っちゃうなんて、戯言遣い、一生の不覚。
いや、一生のとか言うなら、この人と争ってた七年前がそもそも一生ものの恥辱なんだけど。
この人の相手をしてると、正直、二つ名先行の只のダメなおっさんなんじゃないかとさえ思えてくる。
人類=人として
最悪の=ダメな
遊び人=無職
ぼく、なんでこんな人と知り合いなんだろう……。
ぼく、なんでこういう類の知り合いしか居ないんだろう……どこかで生き方を間違えただろうか?
なんてね。戯言だけどさ。
生き方なら、最初から間違えてる。間違えて、曲がりくねって、五里霧中。
生まれてきた事が最大の間違いだと、今はもうそこまでは思ってないけれど。とりあえず進路修正中。

「おい、いーちゃん。お前、今俺について非常に失礼な事を考えただろ?」
「…………えっと……」
言葉に詰まる。失礼ってダメ人間扱いの事だろうか。いや、それにしても言うに事欠いて「失礼」って。
今更、尽くす礼なんて求められましても。ぼくとしては苦笑いしか出来ません。失笑しか出て来ません。
「おいおい、連れねえな。もっと仲良くしようぜ。戯言シリーズが一世を風靡した時代には『狐×いー』なんてのも有ったくらいだろ」
「それは幾らなんでも捏造だ!!」
「それは幾らなんでも捏造だ、ふん。何故、そんな事が言い切れる。いや、百歩譲ってそんなものは無かったとしても、しかし、俺とお前の縁は浅からぬものだと思っているんだがな。因縁浅からぬ愛憎冷めやらぬ関係だ」
違う。因縁って、こういうのを言うんじゃない。もっと、格好良いものを指す言葉だった筈だ……。
こんなんは、腐れ縁だろう。
ああ、縁切り寺とか一度行くべきかも知れない。神も仏も信じてないけど、縋るだけならそんなに嫌いじゃないぼくだった。
藁にも縋る。無論、それで浮き上がれるとは思ってないけど。
気分の問題。
「ああ、それはそうと。『すがる』って人の名前っぽくないですか? なんか、脚が速いスポーツ少女なイメージですよね」
その内、新キャラで出て来そう。神原須駆。多分、駿河って姉か妹が居るんじゃなかろうか。
武器は脚部内蔵ジェットブースタ。
「……新キャラが出て来ると、既に物語が閉じている俺達の影は薄くなるばかりだが、その辺りはどう考えてるんだ、いーちゃん」
「代替可能理論(ジェイルオルタナティヴ)、とかどうでしょう?」
担当さんから話さえ有ればこの戯言遣い、いつでも人間シリーズや化物シリーズに出向く準備と覚悟が有ります。
……なんてね。
再度、閑話休題。
えっと……何の話だっけ?
「ああ、そうそう。ぼくは狐さんと愉快な無駄話をする為に態々電話を取り次いで貰ったんじゃないんですよ」
「ほう、そうなのか。俺はてっきり寂しくなって電話をしてきたのだと思っていたのだがな」
そんな訳有るかよ。ぼくをどんなレベルの寂しがり屋だと思ってやがるんだ、この人は。大体、もしぼくの目的がそれだとしても貴方だけは相手には選ばない。
溜息。しあわせがまた一つ、ぼくの口から逃げて行く……。
「ええ、そうなんです。それで唐突ですが、狐さん、今はお一人ですか?」
聞きながら、ぼくには一つの確証が有った。
そこに彼女が居るという、確証。否。居なければ、それは設定崩壊も良い所。
ぼくの隣に友が居るように。人として最悪な彼の隣には、その世話を甲斐甲斐しく焼く彼女の姿が。
そこには無ければならない。
「一人では、ありませんよね。貴方が入院したとなれば、そこに……居らっしゃるでしょう――一里塚木の実さんが」
かつての敵。敵の味方。
空間製作者。
一里塚木の実。今回のキーカードの一枚目。
「彼女の力を、貸して下さい」
狐さんの力はぼくと同種。
物語を破綻させる能力と――物語に関われる人間を惹き付ける能力。
彼自身に力は無くとも。
ぼく自身に力は無くとも。
「木の実を、か。ふむ、そう言えば十戒(テンコマンドメンツ)の件ではお前にも借りが有ったな」
十戒。二年前に狐さんが作った十三階段の亜種だ。この迷惑なおっさんは七年経っても未だライフワークを忘れてはくれてない。
迷惑ここに極まれり。
まあ、一生付き合っていくって誓いは忘れてないけれど。しかし、それにしたって簡単に離反するような面子を揃えるなと言いたい。離反背反違反造反のオンパレード。人類最悪の尻拭いをしたのはやっぱりぼくと哀川さんだった。
ざけんな。
ちなみに。確か、現在は十二使徒とかいうのを作ってる筈。あれ? 十二糾弾、だったかな?
まあ、どっちでもいいや。

「良いだろう。木の実は貸してやる。だが、一つ答えろ。力を得て、才能を借りて、お前は一体何を成す、いーちゃん?」
人類最悪は物語の終わりを夢見る。ならば、正反対のぼくは。
決まってる。
「これだけ面白い物語です。これだけしあわせな世界です。狐さん、ぼくは思うんですよ」
おもしろき、こともなきよを、おもしろく。
この世界が面白くないなんて、そんな事は決してない。生涯を通じてしあわせを見つけられなかったヤツの戯言なんて、それこそぼくの知った事か。
ぼくは太陽には成れないだろう。それでも誰かを優しく照らす、月には憧れる。
ほのしろき、とものいきよを、ほのしろく。
「青」い星の周りで踊る、ぼくは「透明」な月に成りたい。
「この世界は、まだまだ終わらせるに偲びないってね」

ぼくは電話を切って、そしてまた直ぐに掛け直す。
「依頼が有ります」
「奇遇ですね。私も連絡しようと思っていました」
「ああ……ああ、なるほど。依頼主は崩子ちゃんですか。という事は京都に向かっているのですね?」
「いいえ――いいえ。既に京都上空ですわ、お友達(ディアフレンド)」
二枚目のキーカードは既に場に伏せられていた。それは願ってもない――十全。

仕掛けは上々。細工は流々。後は仕上げを御覧(ゴロウ)じろ。
さあ、同窓会の幕開けだ。
パーティ会場は殺し名闊歩する――古都、京都。

マンションから外に出た瞬間、吹いた春一番に思わず目蓋を閉じる。
盆地である京都の春は近隣よりも少し遅い。けれど、吹き抜ける風は春がもう、すぐそこまで迫っている事をぼくに告げていた。
桜も蕾を付け始めているのだろうか。桜並木を歩く時にもう少し注意深く辺りを見ていれば、そういった事にも気付けたかも知れない。
特別、桜が好きだったりはしない。けれど、ぼくの好き嫌いなんて些事だろう。ぼくに好かれる為に桜が咲いてる訳も無し。
ぼくよりも、可愛らしい娘が満開の樹の下で笑っている方が、絵にも肴にもなろうというもの。
生かすべくを、間違える勿れ。
「そういう意味じゃ、アンタなんてのは死ぬべく候の筆頭だよな。ぼくなんてのは死ぬべく候の主席だよな」
ぼくは語り掛ける。ソイツはぼくに笑い掛けた。
「俺が死ぬのは構わないが、君が死んでしまえば暴君が悲しむ。自殺幇助の依頼ならば叶わないと知るべきだ」
そのきっちりと着付けたスーツは、色こそ変わらなかったが一時間前とは仕立てが違っていた。着替えたのだろう。
「俺の眼の黒い内は。玖渚友が君を望んでいる内は。死ぬ事すら君の自由とはならんよ。世界が人質だ。君の大好きな、世界が人質だ」
「死なねえよ」
死にたくも無い。
「おや? どこで宗旨替えをしたのかな。俺の知っている君は『早く死にたい』が口癖だったんだが? 素敵滅法な教えもあるものだ。あの頑なな君をこうまで変えるとは」
生き汚く変えるとは。そう言って、ニヤニヤと笑う男。
「兎吊木」
意図せずに低い声が出た。どうやら、ぼくは怒っているらしい。
「何かな、そんな怖い顔をして?」
「アンタ、ぼくを騙したな?」
「騙した? ああ、そんな事か。下らない。もう少し気の利いた事を言ってくれるのかと期待していたのだが、そんな事か」
兎吊木は空を仰ぐ。
「なあ、戯言遣い。君は何の為に生きている?」
質問の意図が見えず、沈黙するぼくに彼は続けて言った。
「君はどうかは知らないが。俺は玖渚友の為に生きている。彼女の為に万難を排し、彼女の為に艱難を壊(カイ)す。つまり、そういう事だ」

ぼくと男の間に風が吹く。それはまるで線引きのように。
こちら側とあちら側。
選ばれた者と、選ばれなかった者。
「ぼくを……利用したのは二重の意味だった、って言いたいのか?」
「ああ、そうだ。俺は殺し屋の噂を危惧して、そしてまた、利用したに過ぎない。それが玖渚友を狙っていない、他の人物を狙っているなどというのは些細な事さ。そうだろう? 俺としては君と玖渚友を引き合わせる口実が有ればそれで十分だっただけだよ。
死線の蒼はどうだったかな? 俺によろしくなどとは言っていなかったかな? いや、言っていないだろうな。彼女は本来、我侭であるべきだ。褒め言葉を望むなど、俺らしくない。済まない、今のは忘れてくれて良い。いや、率先して忘れてくれるかい?
ああ、ここまで言えば分かって貰えたと思うが、今回の一連の行動は俺にとって単なるご機嫌取りだったのだよ。ご機嫌取り。なんて卑しい響きだろうね。そんな行動に身を窶している自分がとても惨めな生き物に思えてくるというものだよ。
だが、仕方が無い。こればかりは魅せられてしまったという、その証明として甘んじて受けるとしよう。
勘違いして貰うと困るので言っておくが、俺には今回殺し屋の標的となっている人間に対して何の感慨も関心も無い。いや、また嘘を吐いたな。
どうも今日の俺は俺らしくないか。蒼に尽くせた所為か少し高揚しているのかも知れない。まあ、俺も人間だ。こんな日も有るのだろうと大目に見てくれよ。
さて、殺される彼女に関心は無いが。感慨は無くも無いというのが本心だよ。この京都に来てくれてどうもありがとう、とね。そのお陰で玖渚友を充足させる事が出来た。手柄を立てる事が出来たという訳だ。
ああ、どれだけ感謝をしてもし足りない。殺し屋に殺された折には墓参りくらいは行かなくもないくらいにはこれでも感謝しているのだよ。薄情だと、蔑むかな? だが、それこそ君にだけは言われたくはないというものだ。
もしも。仮にもしも、だ。君に馬鹿正直に敵の標的は零崎舞織という名のお嬢さんだと告げていたならば。君はどうしただろう? 今日、玖渚のマンションを訪れたかな? この程度の質問ならば俺にも分かろうというものだ。答えは否さ。
別に怒ってはいないのだよ。君が正義感などという実在もしないものに駆られようがそんな事は俺の知った事じゃない。だが、果たしてそれは『どう』なのかな? 俺がここで言いたいのは、だ。順番が違うんじゃないのかな、という事なのだよ。
俺からの箴言は、大切にする順番を、時間を割く割合を間違えているんじゃないのかい、という唯一点に尽きる。尽きるだろう。よくよく考えてもみる事だ。
君の関係者である、というそれだけで巻き込まれた人間が今までにどれだけ居ただろうか。俺が知っているだけでも零が四つじゃ足りはしない。
振り返ってみよう。今、君の関係者で、君が一番強く縁を結んでいる者は誰かな? 裏を返せば、君の関係者で一番『巻き込まれ』そうなのは誰だと思う?
俺はこう思うんだ。それは玖渚友以外に有り得ない、と。そうだ。君が、いの一番に危惧せねばならないのは玖渚友の安否なのだよ。
だから、そんな顔をされてもそれは筋違いではないのかな? 俺は先回りして保険を打っておいただけに過ぎない。標的が玖渚友だというのは騙りだがね。
しかし、君に玖渚友を護衛させようというのは強ち冗談でもない。一パーセントでも可能性が有れば潰しておきたいと思うのは人の性だろう。
それが自分が一番大切に想う者の命に関わるものだというのならば、尚更だ。いや、君の愛が足りないなどと愚弄する気は無いさ。だが、思慮は足りないのでは無いかと俺などは疑ってしまうよ。
おや、意図せず一時間前に君とした話に立ち返ってきてしまったね。丁度良い。もう一度聞いておこうか」
選ばれなかった者を突き動かすのは「何故、自分ではいけなかったのか」という強烈な嫉妬。
妬み嫉み。
「君は――」
本当はきっと、こう言いたいのだろう。
俺は玖渚友の事が本当に好きなんだ、と。
「君は玖渚友の事が本当は嫌いなんじゃないのかな?」
彼の望みは玖渚友とぼくの縁の恒久破壊。
つまり、彼は恋敵。
明確にして明白な、ぼくの敵。
なのにぼくは、想い人を手に入れる為にあらゆる手段を尽くそうとする、兎吊木のその姿勢だけはどうにも嫌いにはなれそうになくて。
それでも申し訳無く思うのは筋違いだと思うから。
思ったから。
「ああ、嫌いだ。大嫌いだ。ぼくという可能性を限りなく狭める、ぼくは玖渚友が大嫌いだ」
そう言った。
本音をきちんと言葉にするのが、その彼に対する最大限敬意を表するやり方だと、そう思った。

「ああ、憎い。とても憎い。ぼくから人生における何もかもを奪い取った、ぼくは玖渚友がとても憎い」
昔のように沈黙を貫くでも、言葉を濁すでもなく。ぼくが友をどう思っているかをきっちりかっちり言葉にする。
男はぼくの言葉を聞いて、そして口を挟もうとした。ソイツにとって戯言殺しを畳み掛けるチャンスなんて、そこしか無かったのだからそれは正しい行為だろう。
恋仲を破壊しようとしている、壊し屋にとってはこれ以上無い見せ場だっただろう。
「だけど」
でも、言葉を紡ぐのはぼくの方が早かった。
きっと、彼よりもぼくの方が友を好きだったから。
そう、自惚れる事にしよう。
「だけど」
嫌いで、憎くて。だけど……だけど。
「それがどうした」
それが、どうした。
「嫌いだから、好きになれない? 違うだろ。憎いから、愛せない? そうじゃないよな。人間はデジタルじゃないんだ。
マイナスとプラスで差し引き零とか、そんな簡単じゃない。強いから、弱くない? 厳しいから、優しくない? 人間ってのは、そこまでシンプルに出来てない」

それはまるで神様の創り出したマジカル。
破綻したロジカルを搭載したぼくたち。
割り切れないラジカルの、その狭間。
切れぬ輪幹(サイクル)の中で愛と憎のリサイクル。
誰も彼もがロマンチストのエゴイスト。
正位置でさえ逆さ吊りのクビツリ希望者が集まって。
雁首揃えて首を括りたくなる戯言(リリカル)な物語。

けれど、ぼくはこの物語に「クビククリリカル」なんて付けはしない。

一人一人が、一筋縄じゃいかない、新しい物語。
それがどうした。だからなんだ。
ぼくたちは生きているから。
デジタルなんかには、変換出来ない。
理詰めでなんて、生きられない。感情の生き物だから道だって順序だって違えよう。
だけど。
ならばせめて、格好良く。潔く。気持ち良く。
最上級(トビキリ)の詩的表現(リリカル)で啖呵(リリック)を切ろう。



ぼくはこの物語を「トビキリリリカル」と名付けようと思う。

戯言遣いは過去を見捨てて、未来を蔑ろにして、今を踏み躙る。
「愛してるに理由は要らない」
言い放つは魔法の言葉。
君が教えてくれたんだ。
真っ直ぐな恋の言葉は、一撃必殺。
それはただ心臓を射貫く一撃。
恋の全てを愛の総てを想いの凡てを重いに変えて。想いを伝える、ただそれだけに特化した。君の言葉は重量級の魔法の言葉。
乾坤一擲。愛の言葉。
くたばれ、戯言殺し。
「ぼくは玖渚友を愛している」
今だけは――くたばっちまえ、戯言遣い。
「どれだけ嫌いでも、どれだけ憎くても、どれだけ不愉快でも、どれだけ不釣合いであっても、それでも」
死ね、ぼくの理性。
「それがどうした」
理性も理解も理知も理想もかなぐり捨てて。
人間なんて結論、動物。
マルゴトアニマル。
感情論で動いちゃっても。それはそれで人間らしさの一側面。
一側面なれど。
全は一が真ならば、一は全だって真。
ぼくを突き動かすのは、唯、それだけでも構わない。
「それでもぼくは玖渚友の笑顔が、好きなんだ」

空前絶語(トビキリリリカル)。

兎吊木は言う。
「君が傷付けば玖渚友は傷付き、玖渚友が傷付けば君が傷付く。相互依存を行うには、君も玖渚友もその存在は危う過ぎるだろう。
これを機に玖渚友を見捨ててしまおう。ああ。そもそも彼女を愛しているというのならば、君は率先して見捨てるべきなんじゃないか?」
「アンタは何も分かってない」
ぼくは言う。
尊大不遜に。
「玖渚友をぼく以上にしあわせに出来るヤツが居たら連れて来い」
倣岸無礼に。
「玖渚友をぼく以上に笑顔に出来るヤツが居たら連れて来い」
傲慢磊落に。
「玖渚友とぼく以上に縁を結んでいるヤツが居たら今すぐここに連れて来い!!」
そうだ。選んだのは友だけじゃないって事。
ぼくだって、友を選んだのだから。
一方通行では、この想いは無いのだから。
「縁」は「繋」がっているのだから。
「ぼくが危うい? だったらぼくより危うくなくなって、ぼくより玖渚をしあわせにしてみせろ。よく聞け、害悪細菌。ぼくと友が傷を共有しているのはその通り。だから、ぼくは傷付かない。
だけど、共有してるのは傷だけじゃない。そこだけを抜き出されても悪質なテレビの編集にしか聞こえない。ぼくと友は幸も不幸も共有してるんだ。だから、ぼくは笑う」
少なくとも、ぼくは昔よりも色んな事が巧く出来るようになった。
少なからず、ぼくの周りでは人死にが減った。
少なくない回数、ぼくは――。
――ぼくは笑えるようになった。

風が吹く。まるでウエスタンムービィの様に。ぼくとぼくの恋敵の間を、通り抜けていく。
春の嵐。
なぜだかそんな単語が頭に浮かんだ。
「アンタがぼくに友を一番に考えて行動しろ、ってそう言うのも分からなくはないさ。玖渚友の従僕としてはぼくにそうされるのがベストだと考えて当然だろう。でも、それじゃいけないんだよ、兎吊木」
それでは、ぼくが、笑えない。
「だからぼくは今から友達の家族を救いに行く。そして、帰ってきて友に言うんだ。『友達に会ってきた』って。ぼくはヒーローじゃないけれど、それでも友達の家族の危機を見過ごしてそれでも変わらず笑っていられるほど、人でなしじゃない」
あの人が死んだ時も。
あの人が殺された時も。
あの人が死んだ時も。
あの人が殺された時も。
ぼくはそれを受け止める術を知らなくて、無関心と無感情の仮面を被って不干渉の不感症を貫いた。
あの子が死んだ時も。
あの子が殺された時も。
あの子が死んだ時も。
あの子が殺された時も。
ぼくはそれを抱き止める術を知らなくて、無理解と無気力の殻に篭って不道徳の不平等を装った。
子供、だったんだろう、結局。
童のときは。語ることも童のごとく。思うことも童のごとく。論ずることも童のごとく。
なりしが。
人と成りては童のことを棄てたり。
ぼくは今だってそれを受け止める術を知らない。
ぼくは今だってそれを抱き止める術を知らない。
涙が流れないのは、枯れ果てただけで。
いつだって、仮面の奥で、殻の向こうで、嘆いて、泣いていた。
ぼくが知ったのは一つだけ。
それは受け止めたくないものだって、それだけの事。
単純で申し訳無いけれど、ぼくは人が死ぬのが、嫌いなんだ。たったの、それだけ。
だから、七年前を境に人の死を受け止めようとする事を、止めた。
受け止めて、嘆くくらいなら、死を止めてみようと、そう決めた。
死を悼むという心を欠落させた欠陥製品。
でも、今はそこに別のパーツが嵌まってる。
生を寿ぐという、それはきっと当たり前のパーツ。誰でも生まれながらに持っているパーツ。
生きている内に、ぼくがどこかで落っことしたパーツ。
それを。
みいこさんが。
崩子ちゃんが。
姫ちゃんが。
萌太くんが。
隼さんが。
七々見が。
みんなが。
拾って届けてくれた。
だから、ぼくは大丈夫。
ぼくの欠陥(キズ)は今ではもう、大切な傷跡だ。
だから、告げる。
「ぼくは、人でなしじゃない」
一言一句で噛み砕くように告げる。
「困っている友達が居るのなら、手を貸す。それはぼくが笑うためにだ。それは友に笑顔を見せたいからだ。友と、そしてみんなと一緒に笑っていたいからだ」

兎吊木が両手を上げた。それ以上は必要無いと、そう言うように。
「君の勝ちだ」
一方的な敗北宣言。
「どうやら、厄介な方向に育ってしまったようだよ、玖渚友の玩具に過ぎないと思っていた少年が。いや、セルロイドの人形でも魂は宿るという話だったか? ならば君はそれはもう大事にされたのだろうな」
環境は人を作る。人が人を作る。人格は人との出会いによって育まれる。
ならば、ぼくはぼく自身を誇らなければならないだろう。だってそうじゃないか?
ぼくの周りに居るのは、癖は強いし変態ばかりだけれど、それでも素晴らしい人達なんだから。
誇るべき、家族なのだから。
「言っただろう、ぼくは人でなしじゃないと。逆説、ぼくは人だ」
人と人の間に生まれるから、人間。
「七年前の子供のぼくと同じだと、そう思うからだ。そう思うからぼくを見誤る。兎吊木。人間は成長するんだよ。ぼくだって、ぼくなんかは成長なんてしないと思っていた。だけど、違った。ぼくなんかでも、いや誰だって、生きていれば成長するんだ」
生きていれば。
生きてさえ、いれば。
あんなどうしようもない人間だったぼくにさえ、誰かを救えるような人間になる未来が見つかった。
「ぼくは何も諦めない。もう何も諦めない」
壊し屋を前にして、そう断言する。
まるでイージスの盾にでもなったように。否。まるで、じゃない。ぼくは盾だ。
ぼくは平和を守る、正義の味方。
「ぼくたち」は「ぼく」が守る。
一歩、踏み出す。
一線、踏み越す。
そこに線なんて、本当は有りはしない。知っていた。
「壊し屋。玖渚友の従僕。アンタだって、例外じゃない。ぼくは、アンタと友が共に笑っている絵ですら、諦める気は無いんだ」
「なるほど。それが、『桜を見に行こう』か。ご苦労な事じゃないか」
ぼくは歩き出す。マンションの反対へと。
彼は歩き出す。マンションへと向かって。
「玖渚友の警護は俺がやろう。君が殺される、なんて可能性は否定出来ないからな」
「好きにしろよ」
「俺は生憎、君を信じていないのさ。戯言だけなら、誰にでも吐ける。違うかい?」
「信じてくれ、なんて言ってない」
「おや、これは失礼。では、俺は言われた通り、好きにするとしよう」
すれ違う。ぼくは振り向かない。兎吊木に振り向いた気配は無い。けれど、それでいい。
割と、悪くない距離感だった。
「ああ……っと、一つ、これだけは聞いておかないと」
ずっとずっと、疑問だった事。
「兎吊木。アンタ、エレベータ嫌いなのにどうやって玖渚の部屋まで行ってたんだ?」
男の背がビクリと震えた、気がした。直接見ていないから分からないが、そんな気配とも音とも言うべきものが聞こえた。
「もしかして、単なるキャラ立ての一環だったりしたの?」
立ち竦む兎吊木は沈黙を保ったままで。ぼくは返事を聞く事も無くその場を後にした。


追記:next now writing, sorry...


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あきゅろす。
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