その他二次創作の部屋
君は玖渚友の事が本当は嫌いなんじゃないのかな?(戯言シリーズ) 2
眼を覚ます。眼を開ける。目玉をぐるりと一回転。状況認識。現状確認。
横になったままで速やかに、損害報告(ダメージリポート)。
「第弐話。見知らぬ、天井」
オーケー。意識は有るし戯言も吐ける。
という事はぼくは大丈夫。
意識さえ有るなら、ぼくは――大丈夫だ。
それにしたって、ここはどこだろう?
こういう場合は鴉の濡れ羽島と相場が決まっているものだけれど。
……決まっているのが癪だけど。
だけど、部屋が白一色じゃない時点で、その可能性は否定された。
眼に映るのはチープな蛍光灯。これだけでもばっちりあの孤島でない事は証明できる。照明だけに。証明。
正真正銘、今のは戯言。
更に言うならどこにでも有りそうな壁紙の張られた天井。
お世辞にも寝心地が良いとは言い難いベッド。
まるで安モーテルだ。
……っていうかさ。ここ、どこ?
「あ、眼を覚ましましたかっ!? 眼を覚ましちゃいました!? 良かったあ――すいません、わたし、気付かずにしとめちゃったかと思って焦ってしまいました!」
仰向けのままのぼくの視界の中に入ってくるのは、記憶に新しい赤いニット帽。
黒いスーツ姿の可愛らしい女性だった。針金細工の様に、手足の長い印象を受ける。けれど、よくよく見たらそんなに長い訳でもなく。
……はて?
なんでぼくは彼女に針金細工なんて言葉を抱いたのだろう?
どうも頭を打った所為で、認識能力が落ちているみたいだ。
「あ、あの、どこか痛いところはありませんか!?」
……いや、ね。
……ぼくの状態を見ればその質問は有り得ないと思うのだけれども。
このマイペースな感じはなんか久々な印象。
巫女子ちゃん系。
「うん、痛い所だらけなんだけれどね」
「うわっ! やっぱり!? ワンバンでキャッチしたからセーフかと思ったんだけど、アウトでしたっ!?」
落ちた物でも三秒以内なら食べても良しみたいな、そんな言い方をされてしまった……。
人間を食べ物と同列に扱うとか、零崎かよ、この子は(悪口)。
……大体、一度でもアスファルトでバウンドしてみたら、そんな台詞は吐けないだろうと思う。
少なくともぼくならもう絶対に吐けない。
ワンバンでキャッチしたからセーフかと思ってました。
無理。
そんな戯言、とても吐けない。
戯言で戯言遣い、大敗北だった。
恐らく歴史上初。
そうでもない気がするけれど。
「まあ、でも、多分、動けないほどじゃないよ」
「あ、ちなみにおにーさんの左腕ぽっきり折れてます。すいません」
「重体だ!!」
本人が気付いてない所で重体だった。
あ。でも、これでらぶみさんに会いに行く口実は出来たか。
災い転じて福と為す。
今度こそ、CGを回収しないとね。

「じゃないよ! そうだよ、なんで病院じゃないの!? いや、病院じゃないよね、ここ!?」
「えっと、事故現場の近くに有ったラブホテルです。きゃっ☆」
「きゃっ☆」じゃねえよ。
……可愛いけどさ。って、違う! 流されるな、ぼく!
この手の手合は流されてそのペースに巻き込まれたら試合終了ですよ!?
「安西先生、轢き逃げがしたいです」
「ぼくは安西先生じゃねえよ」
轢き逃げしたのは彼女じゃなくてぼくだし。
轢き逃げ? んん? そんなのしたっけ?
どうにも記憶が曖昧。
記憶障害だろうか。どうやら思っていた以上に頭を強く打ち付けたらしい。
「たんこぶとか、この年で作りたくはなかったのになあ」
格好悪いじゃん。いい年した大人が。
スクータで転倒とかさ。未だバイクなら有りかも、だけど。
「大丈夫ですよ。おにーさん、童顔ですから。まだまだやんちゃしても良いと思いますよ」
そんなフォローに見せ掛けた暴言は要らない……要らないんだ。
「まだまだ、高校の制服とか着ていても違和感有りません!」
「それは女子高の制服じゃないだろうな!?」
トラウマ。
心的外傷。
七年も前の事くらい忘れさせて欲しい、いい加減に。
「えっと……とりあえず、救急車呼んでくれる?」
うんざりと言うぼくに向けて、首を振る彼女。
「携帯電話を持っていません」
「あー、えっと……ぼくの使って良いから」
そう言ってぼくは、(比較的)無事な右手を使ってポケットから携帯電話を取り出す。
パカリと開いて……そして更にうんざり。
画面に映る着信報せ。「着信:256件」。
……死にたい。
……もう、本当に。こういう時で無ければ特に何も思わないのだけれど。
泣きっ面に蜂。
いっそ殺せ。
殺さずに精神崩壊を狙ってくるのが、本当に、非常に性質が悪い。
「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」
「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」「兎吊木垓輔」
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玖渚とぼくが結婚した後の、アイツのライフワーク……らしい。
イタ電。
電話番号を変えようと。
着信拒否に登録しても。
手を変え品を変え。電話番号を変え、ぼくの携帯電話のプログラムまでも変えて。
一日に256回のぼくへのイタズラ電話がライフワークの凄腕クラッカ。
……正直、どうかと思う。色んな意味で。どうかと思う。
「わあ、着信がいっぱい。お友達がたくさん居るんですね。羨ましいな、おにーさん」
無邪気な彼女の発言が、とどめ。
そんな気は無いだろうけれど、これ以上無いくらい、どどめ色。
「……覚えておくと良いよ。友達とは選ぶものだ」
ぼくはこんなヤツ、選んだ覚えは無い。細菌野郎め。死んでしまえ。

「わたし、友達少ないんですよ。その少ない友達から更に選ぶなんて、とてもとても」
悲しそうに言う彼女。アレ? ぼく、なんか地雷踏んだ?
「わたしの場合は、選ぶまでもなく、色々と終わってますから」
はにかむ。まるで姫ちゃんみたいに。
はにかむ。まるで智恵ちゃんみたいに。
切なく、笑う。
見てるこっちが切なくなる、笑い方。
「そんな笑顔は止めてくれない?」
「え?」
「うっかり惚れちゃったら、どうしてくれるの?」
そう言って。ぼくは、戯言を弄する。
泣いてるみたいな笑顔は、見たくない。
そんな笑顔はぼくの周りでは、もう、要らない。
「ぼく、不幸萌えなんだよ。不幸萌えで、薄幸萌えなんだ」
それを聞いて彼女は困惑と羞恥の絶妙なブレンドを表情で披露する。
そうだ。
その方が良い。
ミココ号にはまた振り落とされるかも知れないけれど。きっと振り落とされてしまうだろうけれど。
それも、ぼくの生き方だ。
そんなんで、ぼくは良い。そんなんが、ぼくにはお似合い。
「えっと、納豆がお好きなんですか?」
「醗酵じゃねえよ!!」
どうも、ぼくの格好良い生き方は彼女には上手く伝わっていなかった。
「えっと……おにーさん、救急って何番でしたっけ?」
ああ、たまに度忘れするよね。あるある。117(時報)押しちゃったりさ。
でも、結構忘れちゃいけないレベルでの常識では有ると思う。
「119」
多分、合ってる筈。
携帯電話を操作する音。ぼくは彼女の背中を見ながら眼を瞑る。
ちょっと眠くなってきた。
「えっと……おにーさん、火事か救急かって聞かれたんですけど?」
……。
……消防車呼ばれてもなあ。
……眠いのになあ。寝かせてくれないかなあ。
「どこも燃えてないからね。救急で」
「えっと……おにーさん、続けて住所を聞かれたんですけど?」
「そんなこと意識が無い内に運び込まれたぼくが知るはずないじゃん!?」
思わず声を荒げてしまった。
なんて事がありつつも、連絡終了。日本ではどこから連絡しても十分以内には救急車が到着するようになっている筈だ。
十分は寝るには少し短い。
救急車は寝るには少し煩いし。

「えっと……おにーさん」
「何?」
ぼくは寝転んだままで首を回す。彼女は窓ガラスに体を預けていた。
「わたし……実は国家権力とは相性が悪いのですよ」
「はあ」
……国家権力って。他に言い方は無かったのだろうか。
「なので、非常に心苦しいのですが、わたしはここで退場とさせて頂きます」
「……え?」
退場?
「……零崎に」
彼女の脚が跳ねる。ちらりと見えた太腿にはホルスタ。ぼくの眼は彼女のすらりとした脚に釘付けに――ならない。
ホルスタから飛び出した、跳ね出た、躍り出した……その凶器が視線を奪って離さなかった。
鋏。
鋏だ。
いや、果たしてそれを「鋏」と呼んで良いものなのだろうか。
その――人を殺す事を目的として造られたとしか思えないフォルムを認めながら。それでも尚それを「鋏」と呼ぶ事はぼくには出来ない。
「零崎に出会ったのが、おにーさんの運の尽きだと思って、諦めて下さい。ごめんなさい」
零崎。
零崎一賊。
それは、殺人鬼の集団。
それは、最果ての更に果て。
先も無く、戻り道も無い、終わっている人間の俗称。
賊称にして蔑称。
「ちょ、ちょっと!? 零崎って!?」
「何か問われたらこう言って下さい。加害者は『零崎舞織』と名乗った、と」
それだけで、治療費は全額免除になるはずですから。
彼女はそう言って。
窓ガラスを「切り裂いて」、針金細工の彼女はそこから跳び降りた。

「今日のためのおはようと明日のためのおやすみを言いたくて、闇口崩子通算四十三度目の戯言遣いのお兄ちゃんのお見舞いにやって参りました」
四十三という数字を告げる時に、少女の眉はへの字になったのをぼくは見逃さなかった。
四十三度目。
死んでないのが逆に奇跡な数字だ。
どんだけぼくはこの病院にお世話になっているのだろうかという話。
そして、それはそのままらぶみさんルートの攻略難易度の高さを示している。
ルート分岐がまるで見当たらない。それっぽい選択肢を選び続けているつもりなんだけど……うーん……。
攻略wikiの設立を今や遅しと待ち望んでいるぼくだった。
地球の皆、オラに知識を分けてくれ、的な。
「やあやあ、崩子ちゃん。態々足を運んで貰って悪かったね。でもお見舞いは必要なかったみたい。今回は入院は要らないってさ」
左腕の骨折のみ。後の外傷は、どうという事もないらしい。
流石、ワンバン。たんこぶ一つで済んでいる。
記憶障害については、諦められたけれども。
「いーいーの場合は記憶障害じゃなくて記憶崩壊だから、これはもうどうしようもないよね」
記憶崩壊らしかった。あの看護婦め。怪我人相手でも容赦が無い。
名探偵に甘さは要らない、とかかも。
「ああ、それにしても。入院が要らなくなったのは、進歩かな?」
「それは何のフォローにもなっていません」
怒られた。
「お兄ちゃんが傷付く事でどれだけの人が心を傷めているか、お兄ちゃんはまるで理解していないのですね」
叱られた。
「お兄ちゃんはもっとご自愛なされるべきです」
終には諭されてしまった。保護者失格だ。
負うた子に教えられ、ってヤツ?
……金言だなあ。
「うーん。だけどね、崩子ちゃん。今回ばっかりは天災というか、不慮の事故だよ」
ぼくだって、まさか運転していたらベスパの前輪が半円になるなんて夢にも思わない。と言うか、思うようならぼくはかなりヤバい。人として。
前代未聞。青天の霹靂。そんなのぶっちゃけありえない。
「……スクータ」
崩子ちゃんは無表情に言う。
「前輪、切り裂かれていましたね」
「うん」
……そこまで知られていては、煙に巻く事は、出来ないか。
戯言を遣う、隙も無い。
「真っ二つでした。あれはアマチュアでは為しえません」
「ミココ号、回収してくれたの?」
「わたしではなく、みい姉様が。今は市中見回りに出ていらっしゃいます」
きっと、今日のみい子さんのじんべえは浅葱色で背中の文字は「誠」だろう。
士道不覚悟は切腹。
「ので、お見舞いはわたしが仰せ付かりました」
「そっか……そっか。それは、マズいな」
今の京都は殺し名が闊歩している以上。
みい子さんが、危ない。彼女はぼくの関係者である以上。ぼくほどではないにしろ、そういったものに行き当たる危険性は無視出来ない。
ぼくの関係者。
それだけで、行き合う理由としては十分だ。
そして、行き合えばきっと彼女は、果たし合う。
敵前逃亡は、士道不覚悟。つまりは切腹ものだ。
だけどみい子さんは一般人。その枠を抜け出てはいない。以上、彼女を行き合わせる訳には、いかないだろう。

「崩子ちゃん。みい子さんを探して部屋に戻るように説得してくれるかな」
「嫌です。わたしはお兄ちゃんの身辺警護を言い付かっています。そして、わたしもそれを望んでいます」
「……ふう。分かったよ。だったら、ね、崩子ちゃん」
「はい、お兄ちゃん」
「命令だ。みい子さんを、守れ」
闇口にとって主の命は、絶対。
ぼくの関係者の安全は潤さんに頼んでいるとは言え。
出来る事は、しておくべきだろう。出来る手は、打っておくに越した事は、無い。
闇口であった彼女は、口答えはしなかった。ただ、ぼくの命令に唇を噛み締めて頷いた。
「どうか……ご自愛を」
そう言い残して、少女は音も無く消える。まるで闇に溶けるように、影も無く。ぼくはそれを見届けると(ぼくの動体視力じゃまるで彼女の姿は見えてはいないけど)、病室の天井に向かって呟いた。
「ああ、彼女に闇口はさせません。殺し名はさせません。今のはぼくからの純粋な『お願い』です。という事でどうか見逃してくれませんか、濡衣さん」
元より期待はしていなかったけれど、返事は無かった。だけど、沈黙は何よりも雄弁な肯定といった所だろう。
彼は、ぼくの戯言を恐れている以上。
返事は無くて、それで、当然なのだから。
濡衣さんが居ないのならば、それはそれで別に問題も無い。
「さて、と」
ぼくは左腕を固定している邪魔な三角巾を取り払った。
これから戦いに行く人間が、こんなものはするべきじゃない。
「立てば嘘吐き座れば詐欺師、歩く姿は詭道主義――」
病室の扉を歩いて抜ける。足元はしっかりしていた。それで十分。十全に上等だ。
「さあさ、皆様お立会い」
口さえ開けば、それで完成。ペテン師に、暴力は要らない。
必要なのは、口先三寸、二枚舌。
「零崎も爆弾魔も。それじゃあ、いっちょうまとめて」
戯言遣いの戯言三昧。
「殺して解して並べて揃えて、晒しに行くか」

そんなこんなで、はじまりはじまり。

病院では携帯電話の電源を切っておきましょう。じゃないと、きっと電話が来る。
それはこの日のぼくみたいに。
それは悪戯電話というには深刻な。
それは257回目の着信だった。
それはつまり、一回多かった。
「つまり玖渚友は特別変異なのだよ。特別に特別なのさ。特異の中の特異、変別の中の変別、それが彼女、玖渚友だ。
それも冗談としか思えないくらいにとびっきりの、冗談とも思えないくらいにタチの悪い、そんな類型の特別特異だ」
電話越しに兎吊木は言う。
「昔の話だがね。だがしかし、それは過去の栄光に留まらない。それはつまり未だに俺達が玖渚友に心酔して心底から心中を望んでいる事からも分かるはずだ。
けれど、だ。そこに返して見て君はどうだろう? 玖渚に死の危険を強要したあの七年前の行為は果たして好意と言えるのかな?」
電話越しに害悪細菌(グリーングリーングリーン)は言う。
「ああ、君にも反論はあるだろう。しかし俺にはそれが愛情だとはとてもじゃないが思えない。思えないんだよ。いや、俺には愛情なんてものがそもそも理解出来ないのだけれどね。
愛情。陳腐な言葉だ。愛憎ならば未だ理解出来なくはないか。独占欲、結構な事だ。とてもとても、人らしい。そして、俺には君がとても気持ち悪い。端的に言えばね。俺は君が嫌いなんだ」
喋るだけで人を壊す事が出来る、壊し屋(クラッカ)は続ける。
「君はね、玖渚友に、釣り合っているとは俺には思えないんだよ。いや、違うな。本質的には誰も玖渚友に釣り合う事なんて出来ないのだから。だから、それなのに、彼女の隣に居ようとする君が酷く滑稽に見える。
孤高とは、孤独なものだ。だが、それで正しい。頗(スコブ)る付きに正しいだろう。なぜ、なんて愚かな事を言い出さないでくれよ。それはそうであるように産まれてきただけなのだという事に、君だって異論は挟まないだろう?」
だけど、ぼくは思う。
それは、戯言でしかない。
「君はそれがそうである事が宿命付けられているそれを、それの隣を望むが故にそれをその高みから引き摺り下ろしたのだよ。これが害悪でなくてなんだろうか。本当に。俺にすら出来ない破壊だったよ。
ああ、見事だと、その手際に関してのみは喝采を送らないではない。だが。俺は許す事は出来ないし、死線の蒼は決して君を許さないだろう」
だけど、ぼくは知っている。
それは、真言の皮を被った、戯言でしかない。
「戯言遣いは、戯言を以って、死線の蒼という生き物を殺したのだよ。さあ、振り返ってみよう。君のあの行為は果たして愛かな?」
昔、ぼくは彼に言い返す術を持たなかった。けれどそれは昔の話。
昔話。
七年。七年だ。
それは成長するに決して短くなく。
それは老成するに決して長くない。

「君は玖渚友の事が本当は嫌いなんじゃないのかな?」

ぼくは、その言葉への返答に、二度と詰まる事は無い。
「兎吊木。ぼくはね、玖渚の事が」
それはいつか、彼女の前で誓った言葉。

「嫌ってほど好きで――憎たらしいほど愛してる」

戯言なんて、真言の前では露と消え逝く。
虚言なんて、真言の中では泡と溶け逝く。
それで、正解。
正しい、在り方。

電話の向こうから、溜息が聞こえた。
「……そうかい。残念だ。七年前の君はもっと素直な良い子だったよ。ああ、俺の問に対して返答に詰まる程度には、『知らない』などと強がる程度には、良い子だった」
「戯言遣いに、戯言を以って、戯言を封じようとする、戯言殺しの手腕は、もう飽きたんだ。兎吊木。何の用だ、なんて言わない。言ってやらない」
ぼくは不遜に、言い切る。
壊す事しか出来ない人間に、正義の味方が怯える必要なんて、どこにもない。有る訳無い。
正義は、決して負けない事を。ぼくは彼女から教わった。
「ふむ。なぜ、そう思うのかな、戯言遣い。後学の為に聞かせてくれよ。俺が君に用が有るなど、筋違いも良い所だろう?」
良いだろう。お前がそう言うんなら、だったら今度こそその鼻っ面に百点満点の回答を突き付けてやる。
「257回目だ。一回多い。つまり、この電話はプログラムじゃなく、兎吊木。アンタが自分の手で掛けている、って事だろう。話せよ、壊し屋。壊すだけじゃどうにもならない事が有るから、ぼくに電話を掛けてきたんだろ?」
兎吊木からのコールは毎日きっちり256回。二の八乗。スクリプトの関係か、そんな事は知らないが。
そのルールを自ら壊したという事は。
この男が、自分の手でイタ電をするなんて、そんな馬鹿げた事を、やるものか。
腐っても、壊れても、最壊の壊し屋が。
チームの一員が、そんなアナクロな事をするって、それは――。
「今、京都に爆弾魔がやってきている事は知っているかな、戯言遣い?」
……?
爆弾魔? いや、それは知っているけれど。
どうしてその単語が「兎吊木の口から出る」!?
棲み分けが、なっちゃいない。
そこは混ざらない場所だろう!? 混ざっちゃいけない……領域だろう!?
「……」
殺し名は。呪い名は。
「違う世界の御伽噺」でなければならない――筈なのに!?
「どうやら、知っているみたいだ。ああ、知っているものと思って離させて貰う。沈黙はこれ以上無い肯定だな」
そう言って、兎吊木は一拍溜めて、そして漸く「用件」を吐き出した。

「連中の狙いは玖渚友だ」

「……なっ!?」
「依頼人は――壊した。だが、殺し屋は依頼人が壊されようとどうやら関係ないようでね。依頼が出されてしまえば、取り消す術は無いらしい」
――壊した。
それは兎吊木にしてみれば赤子の首を捻るように簡単だっただろう。
破壊工作の専門家。自分の持つスペックのその全てを全て「破壊する」ただそれだけに費やした男。
兎吊木垓輔。
死線の蒼に。その気になれば万能の最強にすら匹敵するその能力を全部《破壊する》ためだけに費やした、ごく専門の、ごくごく専門の、専門過ぎる極まった破壊屋。とまでかつて言わせたこの男ならば。
それはコンセントを抜くように、容易いだろう。
だが。
兎吊木垓輔は……いや、兎吊木だけじゃなく。仲間(チーム)の連中は言ってしまえば所詮、プログラマだ。
どれだけ暴力的であっても。
どれだけ暴虐主義であっても。
それはネットの中だけの話。
純粋な暴力に対しては、赤子のように無力。
「ネットにさえ繋がっていれば君の手を借りるまでもないが。だが……いや、これは素直に敵の手腕を褒めるべきだろうな。俺達の手の届かない手を使う、とはね」
「仲間(チーム)は?」
「言われるまでも無い。動いている。だが、ぶつけられる駒が無い。そこで、君の出番と相成った訳だ。光栄に思ってくれよ、戯言遣い」
駒扱いは癪だったが。
事情が、事情だ。
玖渚の、危機だ。
玖渚友の危機に際してまで、それでもプライドを優先する程、ぼくは誇り高くない。
ぼくは、そんなものを誇りなんて、絶対に呼ばない。
「兎吊木。知っている事を全て話せ」
出番をみすみす見過ごして、後悔するなんてのは、もう、真っ平だから。
――真っ平、御免だから。

篝火戴空(かがりびたいくう)。爆撃機の兄。縦横無残(クロスファイア)。
篝火泰地(かがりびたいち)。地雷師の弟。地雷往来(マインストリート)。
二人合わせて縦横往来。十字炉(ブラムストリート)。
灰燼塵芥(ラッシュトゥアッシュ)の篝火兄弟。
「ソイツらの脅威は、まあぶっちゃけ火力だよな、火力」
零崎が笑いながらそう言っていたのを思い出す。
爆弾。
大型の建物を解体する時に、何が使われるのかはご存知だろうか。
大型の建物を破壊する際に、もっとも使われる手段をご存知だろうか。
そして、この京都で。
一番背の高い建物は?
「気付くのが遅いだろ、ぼく!」
引き篭もりがデフォルトである玖渚はきっと、今日も今日とてあのマンションに居る。
城咲の化物マンションで、引き篭もっている。
それは間違いない。そして、ぼくが今から避難を促したとしても。
彼女は一人では段差を越える事が出来ない。
蒼でなくなってしまった青は。
ぼくや直さん無しではあのマンションから移動する事すら出来ない。
「くそっ!」
急ぎたいのに。駆けつけたいのに。そんな時に限ってベスパは無い。
みい子さんがもう部屋に戻っているかどうかも分からない以上、フィアットを借りに行くのもダメだ。
そもそも回り道。
急がば回れ、なんて言ってられる場合じゃない。
考えろ。考えろ、ぼく!

「いや、そういう時は考えてもどうにもならないだろ、欠陥製品。『Don't think,feel.』ってな具合だ。考える前に動こうぜ、いーちゃん」
「そんな戯言を言っている暇は無いんだよ、人間失格!!」
「いやいや、戯言じゃねえし。現実を見ろって、いーたん」
「現実を見てるからこうして困って…………病院の玄関口で何やってんの、零崎?」

お約束の展開、王道のストーリー。
ピンチにはライバルが駆け付ける。
そんな――お約束。
そんな――都合の良い事ばかりも、たまには有りって事で。
不都合にだって、たまには休みが必要なのかも知れない。
なるようにならない?
違う。
違う。
赤い彼女風に言えば、それは。
なるように、していないだけ。
なら、なるようにするだけの話だろう?
正義の味方っていうのは、そういうものだったはずだから。
「ヒーロー見参、とかどうよ?」
殺人鬼はそう言って哂う。どの口が、どの口で、言っているのか。
全く、傑作に――傑作だった。

「で……えっと、実際問題、なんでここに居るの?」
「いや、怪我したって聞いてな」
零崎のネットワークも、今一つ良く分からない。
どこの誰から聞いたんだろう……ぼく、担ぎ込まれてから三時間くらいしか経ってないんだけど……。
「こうして見舞いにエロ本持ってきてやったんだが……どうやら、出番みたいじゃねえか」
人間失格は、ほくそ笑んだ。
「俺、マリオカートなら自信有るんだぜ」
「人類最速」は、チェシャ猫染みた三日月の眼で、哂う。
「ちなみに、ショートカットとか超得意」
「いや、ジャンプ出来る羽根とか落ちてないからな」
というか、SFCと同じレベルで語るんじゃねえよ。
「緑の甲羅ぶつけるのとか凄え上手い」
「だから、そんなのは落ちてねえんだよ!」
ぼくらは、なかよしだ。
――なかよしか?

スポーツカー(真っ赤なコブラではない。念の為)、接収。
「緊急事態だしな」
「緊急事態だからね」
ぼくたちは顔を見合わせる。
「大目に見てくれるよな」
「大丈夫。今更、窃盗程度のちょろい罪が増えた所で、ぼくも君も罪悪塗れだ」
ぼくたちは罰の方が追いつかないほどに、経歴は真っ黒だし。
「罪悪塗れの、大悪党だ」
運転席の零崎が違いないと哂う。
本来、生きているべきですら無い事がぼくと彼の共通点。
水面の向こう側。
だけど、ぼくらは生きている。だから。
例え、大悪党でも。
「だけど、だからと言ってしあわせになっちゃいけないって法律(ルール)は無いよ」
「だが、だからと言ってダチのピンチを見過ごさなきゃいけない道理(ルール)も無えだろうさ」
助手席のぼくは違いないねと笑った。

大悪党が改心して正義の味方に改宗する、そんな物語っていうのもさ。
それはそれで、王道っていうか、アリじゃない?

「シートベルトはしたか、いーたん?」
「ああ。頼りにしてるよ、ぜろりん」
「飛ばすぜ」
「異論は無い。飛ばしてくれ」
「今日こそは行くぜ、スピードの向こう側によッ!」
車がエンジンを唸らせる。ぼくはシートから投げ出されないように深く、沈み込んだ。
「ベストラップ更新を期待してる」
「任せろ」
人類最速が駆る、間違い無く今、この瞬間、最速の栄光を惜しみなく捧げられた、青いフェラーリF360(命名、青の六号)は走り出した。

坂道でも無いのに揺れの酷い車内。横揺れはジグザグ走行を繰り返しているから仕方ないのだけれど。
それにしたって、この殺人鬼、有り得ない運転技術だ。殺人鬼なんか廃業して、レーサになれば良いと思う。適材適所。
半年でアイルトン超えるよ?
そんな下らない戯言を頭の隅に追いやって、ぼくは舌を噛まないように注意深く言葉を紡いだ。
「ああ、そう言えば。零崎、妹さん探しはどうなったんだ?」
「んー? ああ、適当。こういうのは、出会う時にゃ出会っちまうもんで、出会えない時には何やっても無駄だ、無駄。探し物はなんですか。見つけにくいものですか、ってな。かははは」
探すのを止めた時、見つかる事もよくある話らしい。
ちなみに、探すつもりなんかさらさら無いのに、フラグが立っていたというだけで見つけてしまう事もまま有る話。こっちは実体験。
「その妹さん、ってさ。赤いニット帽で……」
「おー、それだそれ。赤いニット帽してていーちゃんが行き会っちまうなら、その女で間違いない」
「名前は零崎舞織?」
「ビンゴ」
喋りながらも(ぼく以外が見れば)驚くくらいのハンドル捌きを披露し続けている零崎。
余裕有るなあ。
反射神経だけなら哀川さんを超えるらしいから、今更ぼくは驚かないけど。
「ああ、つかぬ事を聞くけれど。零崎。君、免許は?」
「警察に捕まった事無いから、必要に感じた事が無えな」
……違う。捕まるから必要とかじゃないんだよ、零崎……。
無免許の曲して無駄に運転技術が高いのは……いや、まあこっちは別に不思議でも何でも無いけどさ。
無免で良いなら、ぼくも戦車の運転とか出来たりするし。
どんぐりの背比べだろう。鏡の向こうの自分と張り合っても、空しいだけだ。
「で? ウチの妹はどこで何してやがった?」
「……ぼくのベスパの前輪を真っ二つにしていったよ」
「へえ」
零崎は頷く。
「人じゃなくて乗り物狙うようになったのは、進歩だな」
……ぼくには「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」に思えてならない。
……そんなのは進歩じゃない。むしろ進化だ。
順調にレベルアップしてるの間違いだろう。
殺人鬼相手に、全くもって戯言だけれど。
「なあ、いーちゃん。コレが終わったら、ウチの妹捕まえんの手伝ってくれよ」
「依頼かい? ぼくは高いよ」
「金取るのかよ?」
零崎がじろりとぼくを睨む。余所見運転、ダメ、絶対。
前を向いてないのにハンドルを右へ左へ廻すのを見て、それでもそんな事を言うほど、ぼくは律儀じゃないけどね。
法律で縛れるような存在では、ぼくも零崎も無い。
法律で縛れるようなら、とっくの昔に縛られているのは――首。
縛り首。
「本来ならね。こっちもそれが仕事だからさ。でも、事情が事情かな。うん。今回はぼくが世話になるっぽいし、君に借りを作るのも違う気がする」
そう。ぼくはぼくがなりたい人間になる。だから。
「舞織ちゃんは『危うい』んだろう?」
「まあな。つか、零崎で危険じゃないヤツが居たら、ソイツは零崎じゃねえよ」
彼女は、彼のたった一人の家族。
零崎一賊は、七年前に全滅した。
その生き残り。
たった一人の兄と、たった一人の妹。
二人きりの兄妹。
「友達の家族のピンチなら、ロハで請け負うよ」
そんなので、お金を取るようになるくらいなら、ぼくはこの仕事を辞めてやるつもり。

「そうこなくっちゃな」
「ま、ぼくで何の役に立つのか、って話だけどさ」
「二人で京都市内観光でもしてりゃ、あっちから寄ってくるだろ」
零崎がそっぽを向いたままで(前を向こうよ……)鼻を鳴らす。
「男とデートなんて、ぞっとしないけどな」
「奇遇だね。ぼくも君とのデートなんて真っ平ゴメンさ」
「だが、事情が事情だからな」
「事情が事情だしね」
ぼくと零崎は揃って溜息を吐く。

「最悪に傑作だよ」
「最高に戯言だな」

ぼくたちを乗せた青の六号は碁盤の目の京都市街を、疾走する。

爆弾魔にして殺し屋。
殺し屋という事は依頼人が居るという事で。
つまり、依頼人が求めたのは爆弾魔であるという事に他ならない。
爆弾魔が、必要だった。
――爆弾が、必要だった。
「ゴール地点はどこだよ?」
「城咲。京都で一番高い建物だ」
玖渚友を殺そうと画策した場合。彼女の居る建物ごと殺してしまうのが一番手っ取り早い。
玖渚の所有するビル。そしてそこに居を構えるのはその玖渚のご令嬢。
例え殺し名であっても、彼女を殺すなんて一筋縄では、行きはしない。
真っ向からそんな事が出来るのは、赤い彼女くらい。
だったら。
――だったら、どうする?
ビルに入れないのなら。
その答えが、建造物解体。まるで模範解答みたいな、美しさ。
なるほど。兎吊木じゃないけれど、その機転だけは賞賛しよう。
「ああ、アレ」
零崎にも記憶に有るらしい。
いや、目立つしね、真白なあのビル。
「そ。アレ」
「高い塔に幽閉されたお姫様、ってか。かはは。傑作だぜ」
「何が傑作かって、王子様役だよ。ミスキャストも良い所だ」
配役ミスに関しては十年以上も前の話になるけれど。
王子様、なんて柄じゃない。
だけど。
玖渚を狙う彼らはそこを間違えた。
高い塔のお姫様には、それを守る騎士が居るって事。
彼女の危機には、必ず立ち塞がる正義の味方が居るって事に、彼らは気付けなかった。
「俺が殺ってやろうか、その兄弟」
零崎の申し出を、ぼくは断る。
「いいや。ぼくが殺る」
零崎は、哀川さんとの取り決めで、殺せない。
殺さない殺人鬼は、要らない。
殺せない殺人鬼では、この場合はいけないのだろう。
場違いだ。
それこそ、致命的なミスキャスト。

「玖渚に害を為すヤツは、正義の名において、殺す」
所詮、ぼくの道は血塗られた道。生きながら真赤な道で、逝くまで真紅が続く道。
どれだけ塗り直されても、塗り潰されても、赤は赤。
何も、変わらない。
何も、変わりはしない。
一人殺した所で。
二人殺した所で。
例え百人殺したとしても――千分の一。
増えるのは、たったそれだけ。
0,1%。それは零に肉薄する。
た っ た そ れ だ け の 数 だ。
一人殺した所で。
二人殺した所で。
例え百人殺したとしても――玖渚はぼくを愛するだろう。
た っ た そ れ だ け の 事 だ。

たったの、それだけ。

「……なあ、欠陥製品」
「なんだい、人間失格」

「お前が言う『正義』ってーのは、そりゃあ一体何の事だ?」

零崎が聞いてくる。僕は答えた。何の躊躇も無く、答えた。
「玖渚友という名前の女性の安寧」
死屍累々を踏み越えて。
「あるいはぼくみたいなのを好きだと言ってくれた人たちのしあわせ」
奇々怪々を踏み抜いて。

「手を汚すのは、ぼくだけでいい」

ぼくは汚い大人になった。
正義の理由を他者に擦り付ける、汚い大人に、ぼくはいつの間にかなってしまっていた。


誰かを不幸にして。
誰かを不快にして。
誰かを不和にして。
誰かを不遇にして。
誰かを不生にして。

――ぼく は しあわせ に なった。
――しあわせ も ふしあわせ も 気 の 持ちよう で しか ない。


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あきゅろす。
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