その他二次創作の部屋
君は玖渚友の事が本当は嫌いなんじゃないのかな?(戯言シリーズ)
ぼくたちはしあわせになった。
誰かを不幸にして、誰かを不快にして、誰かを不和にして、誰かを不遇にして。
それでも、ぼくたちはしあわせになった。
そんな中で、ぼくは考えるんだ。
ぼくたち。
ぼくたちの「たち」とは一体誰の事を指すのだろう、と。
ぼくは、今、しあわせだ。それは間違い無い。しあわせもふしあわせも、気の持ちよう。
少なくとも、ぼくは昔よりも色んな事が巧く出来るようになった。
少なからず、ぼくの周りでは人死にが減った。
少なくない回数、ぼくは笑えるようになった。
例えば、昔のぼくがそんなぼくを見たら、どう思うだろう。反吐を吐いて、戯言を遣い、後悔は無いのかと韜晦するだろうか。
後悔は、有る。
後悔ばかりだ。
後悔しない日は無いと言っていい。
後ろ向きな性格ばっかりは、どうにも変えようが無いみたい。けれど。
後ろ向きでも、前には進める。
人間の足は、前にしか歩き出せない訳じゃない。
後ろを向いて、後ろ歩きをすれば、それはきっと前進なんじゃないだろうか。
それはきっと前進なんだと、ぼくは思いたい。
一寸先は闇だと、そんな事はよく知っているし、ぼく以上にその言葉に身を抓まされる人間も少ないと思うのだけれど。
後ろを向いて、後ろに進めば、闇に向かって踏み出す事を躊躇しないで済む。
だから、ぼくは、色んな絶望を知り抜いた今であっても歩いていけるみたいだ。
それはきっと、希望とは違うのだろうけれど。
けれど、立ち止まっている訳ではないのは確かなようで。
それならそれで、別に構わないのかな、などと。そんな風に思ってしまう。
きっと、過去のぼくならそんな事は思わなかっただろう。
自分から立ち止まっている事を望んだだろう。
自分から踏み止まっている事を選んだだろう。
成長、と。それをそう呼ぶには些か問題が有るような気がするし、そんな言葉で美化するにはぼくの姿勢は余りに卑屈が過ぎる。
だけどぼくは、色んな人を笑わせられるようになった。
色んな人の、力になれるようになった――つもり。
七年も請負稼業をやってきて、それでも「つもり」だなんて付けなければならないのは悔しいけれど。
まだまだ、赤い彼女みたいには巧くいかない。
それでも。
ぼくは請負業を止めようとは、思わない。
ぼくの手がどこまで届くのか。
ぼくの手はどれだけの人の力になれるのか。
罪滅ぼし――なのかも知れない。
結局、ぼくは今も、あの頃の続きを歩いている。
ぼくは、ぼくでしかないのだから。

突然だった。部屋のドアから、黒板を爪で引っ掻いたような音がした。それも、爪は爪でも鉄爪とか鉤爪とか、そんな感じの。
人を切り刻めそうな、そんなレベルの不協和音。
次いで、喚き声。
「うぉわっ!? マジでかよ! ナイフの方が悲鳴を上げるなんざ、どういう造りしてやがるんだ、コイツは」
聞いた事の有る声。少年染みた声ではあるけれど、しかし、彼は少年と記載するには年が行き過ぎているはずだ。
正確な年齢は知らない。でも、青年の域に達している事は間違いないだろう。
そして、インターホン。連打。連打。
人類最速の反射神経をもっての連打に、十秒と持たずにそれは壊れてしまう。
このまま、居留守を続けると、恐らくぼくの住居も一時間掛からずそれと同様の顛末を辿るだろう。
そう思ったから。
「止めてくれ」
扉の向こうに向かってぼくは言った。
「住所不定無職が相手では損害請求も出せない」
「だったらさっさと出ろってんだ」
水面の向こう側からクレームが返ってきて。溜息を吐くぼく。
「インターホンを押すよりも先にドアを解体しようとするようなヤツを部屋にあげたいと思うほど、ぼくは奇特じゃない」
「なるほどな」
さらりと。特に悪びれた風も無く納得する彼は、まるで変わらない。
0=0。
零は、裂いても割いても零。
掛けても束ねても、零。
彼は、どこにも行けない。
ぼくはしかめっ面のままにドアをの鍵を外し、それを外側に開いた。
「やあ。久し振りだね、人間失格」
「よお。久し振りだな、人間失敗」
懐かしい旧友の顔が、相変わらずの顔面刺青を伴って、そこには在った。
零崎、人識。
人を識らない、殺人鬼。
「何の用かな。うん、まあ上がってよ。水で良いかい。と言うか、ぼくの部屋には飲み物の類が無いのだけれど」
コーヒーの粉はおろか、紅茶のパックすら常備していない。必要性を感じないからだ。
水の他にもう一種類だけ飲み物は無くもないけれど……あれは人に勧める類の飲み物では、無いだろう。
「だと思ってな。飲み物は持参してきた」
言って零崎は左手のコンビニ袋をぼくに差し出す。
「気が利くね」
「お前は気が利かないけどな。来客に水を勧めて悪びれないってのは、そりゃ頭が悪いのか?」
「それは可笑しな話だろう、零崎。ぼくが気の利かない人間ならば、君も同様の筈だ」
「かははは、戯言だな」
「いやいや、傑作だろ」
部屋の中にずんずんと入っていく零崎の背に向かって、家具を壊さないように言い含める事は忘れない。
「家具なんて有んの?」
「お気に入りの抱き枕なら」
「それはアレか。抱き枕カバーが大事なんだな?」
「プリントは水玉だよ。アニメ絵の少女じゃない」
ビニール袋の中身を確認しながら、ぼくは零崎の後を追う。
……チョコレート・スパークリングが二本。
今年度、初の地雷飲料。
「……良い物は決して無くならないよね」
「逆説、ソイツは恐らく再生産されない。気が利くだろ」
「ぼくは気を使って、奇を衒って貰う程に君とぎくしゃくした関係ではなかったつもりなのだけれど」
「気を回したつもりは無えけど、気が置けないとはお世辞にも口に出せない程度にはびくびくした関係にはしておこうぜ」
……なんだろう。
気を許すなという意味も込めた、あてつけだろうか。

「それにしたって、チョコレート・スパークリング、ねえ。バレンタインは過ぎたはずなんだけれど」
一人ごちるぼくに、座布団の一枚も無いフローリングそのままの床に座り込む零崎。
「気にするなよ、結構イケるぜ、それ」
「知ってる。先月の十四日に春日井さんから送られてきたから」
春日井春日。選ばない事を選んできて、これからも選んでいく彼女に有るまじきナイスチョイス。
……期待を裏切って飲めちゃうからこそ、ぼくはどうかと思うんだけれども。
黙って、二本有った内の一本を冷蔵庫に仕舞い込んだ。今度、崩子ちゃんにでもあげよう。
ぼくは冷蔵庫というよりは、もうこれは「チョコ・スパ保存庫」の気がしないでもないそれを溜息と共に閉めた。
「あ、零崎。君ってコップは使う人?」
「要らね」
「そう」
零崎にペットボトルを渡して、ぼくはコップに水を汲んだ。
この部屋に有る数少ない家具である所の卓袱台を挟んでぼくは零崎と対峙する。
「で、殺人鬼が真人間のぼくに一体、何の用? ああ、話は変わるけれど、ぼくは知人とはまめに連絡を取り合う性格でね。唐突に。本当、唐突なんだけど、君の顔を見たらなぜか佐々さんの顔が見たくなってきた」
斑鳩さんとは先日、仕事絡みで出会ったしね。
次は彼女の番なんだろう、恐らく。
「オイオイ。久々に会ったってのに、ご挨拶じゃあないのか、いーたん」
「毎回思うんだけど。そして仲良しである事に異論を挟む気は無いのだけれど。けれどこう、毎度毎度、和気藹々と再会するのもどうだろうね、ぜろりん?」
次に会う時は殺し合いだ。
その言葉は未だにぼくと彼の慣例で、しかしてその言葉は一度として真実となった例が無い。
緊張感が有るのか無いのか、分かったものじゃない。
「まあ、良いけどね」
今更、だしさ。
戯言、だし?
「用件は、無くも無いんだよ。なあ」
胡坐を組んで座る零崎がペットボトルを傾けながら聞いてくる。
「ここ最近、いーちゃんの周りで、なんっつったら良いか……変な事は起きなかったか?」
……。
……今、まさに殺人鬼とお茶をしているのだけれど。
……それは言わぬが華。
「訊く相手を間違えてないかな、零崎」
「かははは。違いない。だな。傑作に愚問だぜ」
零崎は哂った。少しだけ落ち込むぼく。
「いーちゃん相手に『変な事は無かったか』なんて、そりゃ訊くまでもないな」
訊くまでも、無かった。
言うまでも、無い事だ。
「ま、今更そんな事で悲観的になったりはしないさ。それがぼくの生活の糧でもあるし。無かったら商売あがったりだったりするからね」
今も。ぼくは二つばかりの問題を請け負っている真っ最中だったし。
請負業は右肩上がりだ。
まるで旅行に出た先で必ず殺人事件を呼び寄せてしまう探偵みたいで、気分が良いとは言えないけれど。
体質なんだから、仕方が無い。
そういう星に生まれついたのならば、これはもう「そういうものだ」と納得する以外は首を吊るしか出来はしない。
首は吊りたくないから、ぼくは納得する事にしている。
そういう、ものなんだ。
ぼくは、そういう「もの」なんだ。
「とは言え、殺し名や呪い名絡みではないのが、まだ救いかな」
「おう。それそれ。それなんだよ、いーちゃん」
我が意を得たり、と。そう言いたげにニヤリと唇の端を上げる殺人鬼。
「殺し名絡みで、俺は今日、お前に会いに来たんだ」

「お断りだよ」
即答するぼく。
「そんなのに関わっていられる程、ぼくは暇じゃない」
これは本音。暇ではない。
今だって、自室でのんびりしているように見えて、実は潜入調査をしている高海ちゃんと深空ちゃんの帰還報告待ちだったりするし。
ただ寝転んでいた、ように見えるだけという話。
そういう事に、しておいて貰いたい。
「それとも君はぼくの事を君と同じく自由人だと思っていたりするの? もしもそうだったら、その認識を改めて貰う必要が有るな」
ぼくはこれでも真っ当に真っ当な真人間のつもりだ。人非人である所の零崎みたいには、なりたくないし。
なりたくないし、なれそうにもない。
水面の向こう側。ぼくと彼とを別つ一線。
踏み出せない、死線。
踏み越えられない、紙一重。
溜息を吐くぼくに、けれどせせら哂う零崎。
「まあ、聞くだけ聞いとけって」
彼はせせら哂う。チェシャ猫染みた三日月の眼をして。顔面刺青を、ぐにゃりと歪ませて。
楽しそうに。
愉しそうに。
「どうせ、いーちゃんの事だからな。きっと、この件とは『縁が合う』さ」
縁が合う。
――縁。
切っても、切れない。
切りたくても、切り捨てられない。
ぼくの体に纏わり付く、歪な赤い糸。
「どうせ、いーちゃんの事だ。関わりたくないが故に、関わっちまうだろうさ」
関わりたくないから、関わってしまう。
なるようになど、なりはしない。
その「縁」とも「体質」とも言うべきそれは。
七年経った今も、変わらずぼくを縛り続けている。
「止めろ、零崎」
水面の向こう側に、ぼくは言う。
「知れば、向こうからやって来る。知らなければ、知らないままで過ぎ去るかも知れない」
「無えな」
水面の向こう側は、ぼくに言う。
「いーちゃんがいーちゃんである以上、それは無え。なあなあ、いーちゃん。お前はこちら側だぜ。勘違いすんなよ。筋違いだろ。人違いなんじゃないか? お門違いも甚だしいとはこの事だぜ」
一気に飲み干して、中身を無くしたペットボトルを零崎は弄ぶ。
まるで、ジャグリングでもしているみたいに、変幻自在の軌道できらきらと宙を舞う、ゴミ。
中身を失った、パッケージはゴミだ。
装いは、装いでしかない。
「そちら側の振りをしている、そちら側の生活をしているように見える――だけでな。そんなのは殺し名でも呪い名でも大勢居る」
一皮剥けば。人皮剥かれたら。
突然、そのペットボトルが軌道を変えた。でも、それがそう動くであろう事がぼくには分かっていた。
ぼくの顔の、その目の前で。文字通り眼と鼻の先で。それが解体されるであろう事も。そしてやはり予測通りに解体された事も。
ぼくには零崎の動きの全てが「視え」た。
ぼくと零崎の間に、本質的に「違い」なんて無い。
双児の様に。同じぼくたち。
逆児の様に。首に紐。
「一寸先は暴力の世界。お前が俺と歓談してるのが良い証拠だろ。ようこそ、逝と死の世界へ、ってな」
かははは、と。
かははは、と。
殺人鬼は哂う。失ったペットボトルの代わりに自前のナイフを中空で踊らせて、哂う。
「ま、ようこそ、なんてーのは『七年遅い』けどな。傑作だぜ」
「……戯言なんだよ」
本当。
心の底から。
ぼくの存在こそ、傑作に戯言だった。

瞬間、だった。
唐突に、何の伏線も無く、屋根裏が、爆ぜた。
「おにいちゃん!!」
そこから逆さまに飛び出す、白いワンピース。引力に引き摺られて、捲れるスカート。
……今日の下着は水玉。萌太くんの遺志はまだ生きている。
ありがとう、萌太くん。ありがとう、崩子ちゃん。
ぼくはこれで今日一日、生きていける。
「たああああああああああっっっっっっ!!!!」
天井裏から躍り出た崩子ちゃんは、天井の壁を蹴って跳躍。まるで弾丸の様な勢いで零崎に迫――れない。
その小さな体躯が、零崎まで後四十センチといった所で、止まる。
網に掛かった蝶のように。
この喩えがここまでしっくり来る場面はぼくの人生で三度と無いだろうと思うほどに。
崩子ちゃんは、バタフライナイフを零崎に向けて構えた侭に中空で、何かに捕らえられていた。
見るのは、二度目。
「う、動かないっ!?」
「動かないで正解だぜ、お嬢ちゃん。無理に動こうとするとパンチラどころじゃすまねえからな。かははは!」
哂う零崎と困惑する崩子ちゃん。そして一人、凝視するぼく。
大人気無くもぼくは絡め取られた崩子ちゃんのあられもない姿に心を躍らせていた……なんてね。
……いや、戯言だよ?
「……おい、零崎。お前、いつの間にそんなえげつない技を身に付けたんだ」
じたばたと。もがく事すら出来ずに固まった崩子ちゃんに近寄りながら、ぼくは言う。
「曲弦糸(ジグザグ)、なんて」
「いや、結構前からだ。七年前にはもう使えてたぜ」
「初耳だ」
「まあ、初出しだからな」
「どうでも良いけど、彼女に傷一つでも付けたら哀川さん筆頭に黙っちゃいないぞ」
ここで筆頭にぼくが出て来ない所がミソだ。
鷹の威を借る戯言遣い。
零崎哀川さんという言葉を聞いた瞬間に、びくりと。条件反射のように身体を跳ねさせた。
どうやら、何かのトラウマに直撃したらしい。顔が見る見る青くなっていく所からも一機減ったのは間違いないようで。
だけど負けるな、零崎人識。
どうか頑張れ、零崎人識。
哀川さんの影に怯える事無く、ぼくに少女のすらりとした生足を存分に堪能させてくれ。
……。
……いや、だから戯言だってば。
思ってないよ、そんな事。
「ちっ」
舌打ちが聞こえた。
「……コイツも哀川潤の身内かよ」
なるようにならない最悪。
イフナッシングイズバッド。
もしくはサービスタイム終了。
溜息と共に零崎が左手を振った。その途端、リモコンの再生ボタンを押したみたいにすとんと。崩子ちゃんが地面に落ちる。
尻餅を着いたりはせず、猫染みた動きで両足から着地するのは、流石闇口、といった具合。
ただし、その手に握っていたバタフライナイフは、捕らえられたままで。
抜け目無く、武装解除させておくのは、流石プロのプレーヤー、といった所か。
空になった少女の右手を、零崎は握り締めた。
「女の子と手繋ぐのって、僕、初めて」
「嘘吐け」
「ヤだね。戯言はいーちゃんの専売勅許じゃねえんだよ」
「…………ぼくのアイデンティティが……」
殺し名を前にして悠長に。溜息を吐くぼくを見て、崩子ちゃんが目を丸くしていた。

「闇口崩子と申します」
僕の隣に座った崩子ちゃんは、やや憮然としていた。まあ、無理も無いけれど。
殺し名を前にして、緊張するなと言う方が異質だし、殺し名を前にして、欠伸が出来るぼくの方こそ異常なのは理解してる。
平然と、異常。平常(ノーマル)では、それは無い事くらい、嫌ってくらいに理解してる。
「西園伸二だ」
平気な顔で嘘を吐く零崎。ここまで当然と嘘を吐かれると、なんというか、訂正するのが難しい。
難しい。訂正。馬鹿らしい。
「西園さん、ですか」
素直な良い子の崩子ちゃん。人を疑う事を知らない。
萌太くんとぼくの教育の結果だった。ちょっと誇らしい。
「聞かない苗字ですが、どこかの分家ですか? 殺し名の方ですよね?」
「ああ。えっと……うーん……なんっつーか、やりにくいな、このガキ」
首を捻るは顔面刺青。恐らくはどこの分家を騙ろうかと悩んだ末、少女の純粋な眼に困惑してしまったのだろう。
……気持ちは分かる。
ただ……後から困るんなら、無意味な嘘なんか吐かなきゃいいと思うのだけれど。
ぼくが言っても「どの口が言うんだ」って返させるのは分かっているから口には出さないけど、さ。
「それはともかく。ぼくのお気に入りの抱き枕をガキ扱いした事は訂正しろ、ぜろりん」
「あ? ああ……そりゃ、悪かったな。崩子ちゃん、とでも呼べば良いか、いーたん?」
「ちゃん付けはぼくの特権だ!」
こればっかりは、譲れない。
萌太くんの遺志は、ぼくが継ぐっ!
「崩子?」
「呼び捨てなんて許さない」
「オイオイ。だったら俺はこのガキをなんて呼べば良いんだよ? 大体、まるで所有物みたいないーちゃんの言い草こそ問題有るんじゃないのか?」
むう。確かに。零崎から崩子ちゃんへの呼称となるとぼくも頭を捻ってしまう訳だが。
闇口さん?
いやいや。意表を突いて「ほこたん」とか?
「わんこちゃん」
「『闇口崩子』のどこをどうしたらその呼称になるのかが分からないし、そもそもその呼称もぼく専用なんだよ、零崎!」
なんだろう。彼女を見てこの人間失格は「犬っぽい」とでも思ったのだろうか。
しかもちゃん付け。
「……メス犬?」
「人を呼ぶという括りではちょっと有り得ない暴言だよね!?」
少し心惹かれなくも無い響きだけど。
……今度、やってみようかとか、ちらっとでも考えてしまった自分に自己嫌悪。
……嫌だ。しかも崩子ちゃんならもしかしたら喜んでしまうかも、などと考えてしまうのが更に嫌だ……。
悩むぼくたちを尻目に、ぼくの隣で置物みたいにちょこんと座っていた少女が口を開いた。
「崩子はおにいちゃんの所有物『みたい』ではありません。所有物『そのもの』です、西園さん」
爆弾発言。
零崎、ジト目。眼を泳がせるぼく、チキン。
「……ロリコンで年下キラー……か。終わってる度じゃ零崎とどっちが上だろうな、いーちゃん」
戯言遣いには返す言葉が無かった。

チョコレート・スパークリングのペットボトルを両手で挟み、こくこくと喉を潤す崩子ちゃんは最早インテリアと言っても何の問題も無い愛らしさだと思う。
まあ、インテリアじゃなくて抱き枕なんだけどね。
それはさて置き。
「爆弾魔」
零崎の言葉にそう返したのは無論、ぼくじゃない。
「闇口に居た時に、聞いた事は有ります」
崩子ちゃんだ。
「おう。話が通じるな。そう、それ。十字炉……だったか。そんな通り名の二人組だ」
顔面刺青は崩子ちゃんから押収したバタフライナイフを手元で弄りながら応える。
ちなみに先程から崩子ちゃん、三度取り返そうとして三度失敗している。ニヤニヤ笑いの零崎に、どこか落ち着かない崩子ちゃん。
トムとジェリーみたい。
仲良くなら、存分に喧嘩して貰いたいものだ。見てるぼくとしてはそっちの方が余程微笑ましい。
血生臭いのは、ごめんだった。
「匂宮の分家だったか、本家だったか忘れたが。そいつらが京都に来てんだとよ」
「はあ」
今一要領を得ないぼく。
「空爆を遣う兄と、地雷を遣う弟のコンビだったかと記憶しています」
「縦横無残(クロスファイア)。こっちが爆撃機の兄貴。で、地雷往来(マインストリート)」
恐らく、そちらが地雷遣いの弟の二つ名だろう。
「二人合わせて縦横往来――十字路。十字炉ってな。ま、そんなヤツらは実際問題どうだって良いんだが」
言葉通りに、どうでも良さそうに伸びをする殺人鬼。
……どうでも良いなら、そんな気分の悪い二人組の話なんてすんなよな。
フラグ立っちゃったじゃん。
あーあ。
ぼくの体質上、この展開は仕方ないのかも知れないけどさ。
ヤだなあ。
関わりたくないなあ。
関わりたくない、って思っちゃうって事は、関わっちゃうんだろうなあ。
なんて……なんて戯言だ。
「まあ、そう悲観的な顔をすんなよ、いーちゃん。コイツらは所詮、三下だ」
疲れた顔を上げて、恨めしく零崎を睨み付けるぼく。
「その根拠は?」
「昔な。寸鉄殺人(ベリルポイント)っつー爆熱の殺人鬼が零崎に居たんだが」
「はあ」
「ソイツが居た頃は『爆弾魔』って言ったらいの一番にソイツの事を指した。つまり、その程度だって事だ。かはははは」
……格下。
……格下、ねえ……。
「ぼく、直接戦闘能力なんて無いに等しいんだけど」
「おうおう。ソイツはご愁傷様なこったな」
他人事。
どこまでも、他人事。
薄情と書いて、ぜろざきひとしきと読ますのかも知れない。
鏡写し。
それは、つまり。
薄情と書いて、ぼくの名前に読ます事もまた、出来るのだろう。
期せずしてカウンターパンチだった。凹むぼく。

「なあ、ぜろりん」
「なんだ、いーたん」
「ぼくたちって、友達だよな」
「……ハァ?」
意味が分からない、と。首を捻るぼくの友達。
「友達? 俺と、お前が? 良いな。今年聞いた中じゃ最高に傑作の戯言だぜ、いーちゃん!」
……。
……一方通行なら友情なんて言わないんだよなあ。
「おにいちゃんと、西園さんはお友達なのですか?」
心底不思議そうな崩子ちゃんの問に、ぼくたちは口を揃えた。

「なかよしさ」
「なかよしさ」

定型句にして、常套句。
名台詞にして、代名詞。
ぼくと零崎は七年経っても、こんな感じで。
互いが互いに、成長していないみたいに。
友達は友達でも、悪友だ。

「今日、お前に会いに来たのは別にそんな、くっだらねえ兄弟の話にしに来たんじゃなくってさ」
「なら、無闇にフラグを立てるんじゃねえよ」
ぼくのフラグ回収率を舐めるなよ!
この卑小なる戯言遣い。しかし、ここまでのCGは分岐を含めて全部回収してきた自負が有る!
……あ、らぶみさんルートは例外。
まるで攻略の糸口が見えないんだもん。やっぱりアレかな。お見舞いイベントとか踏んじゃいけないのかな。
むう。難しい。
「でしたら、西園さん。どうしてお兄ちゃんの所に殺し名である貴方がいらっしゃったのでしょうか?」
……そろそろ、崩子ちゃんの間違いを正してあげるべきだろうか。
でも、このままでも良い気もする。彼女は「零崎」なんかとは関わるべきじゃない。
ぼくとしては極力「闇口」とも関わらせたくは無くって。
結論。西園さんの侭でいいや。
実害は無いし。
「私としましては、お兄ちゃんには極力殺し名とは関わって頂きたくありません。出来るならば、早々に用件を告げて頂けないでしょうか」
言いながら。四回目のバタフライナイフ回収、失敗。ぐるると唸る崩子ちゃんも、それはそれで良いものだ。
「良い番犬飼ってんな、いーちゃん」
「良いだろ。あげないけどな」
三回廻ってわんと言わせた時の、あの苦渋に満ちた顔はぼくだけのものだ。
ぼくがそんな事を考えている事を知ってか知らずか、零崎は柄にも無く苦々しい顔をした。
そして漸く、本題を口にする。
「あー、まあ、言い難いんだけどな……」
「ごくり」
「……妹と逸(ハグ)れたんだよ」

ぼくが口を「は」の形にしたままに凍り付いた事は、書かずとも察して頂けると思う。
察するに、余り有ると思う。
零崎が おにいちゃんとか あるわけねえよ by戯言遣い
混乱し過ぎて戯言遣い、二文字も余らせてしまった。

瓦解誘発体質。
ぼくの持つ第一のスタンド能力。
そして、変態誘引体質。
ぼくの持つ第二のスタンド能力だ。
持ち主の意思に関係無く常時発動型なのが悩みの種。
今回は後者が求められているらしい。
「つまり、人識クンはそのいーちゃんの体質を見込んで話をしに来た、って事か。良いね良いね。頼るべきは友達だぜ、やっぱ」
「頼られていると言うよりも、馬鹿にされてる気がしますよ……ところで、哀川さん」
「潤」
彼女が睨んで、怖気付かない対象は数少ない。ぼくはその、数少ない例外だ。
「上の名で呼ぶな下で呼べ」
このやり取りはお約束。
赤髪危機一髪って感じ。楽しいけれど、遊び過ぎると首が飛ぶ。
無論、ぼくのである事は言うまでも無いと思う。
赤い彼女とぼくは駅前の喫茶店のテラスでランチと洒落込んでいた。
ちなみに。店内ではなくテラスである事には理由が有って。
曰く。赤い征裁が足を踏み入れた建物は一つの例外も無く崩壊する、から。
案外、その昔、骨董アパートが崩壊したのは彼女の所為なのかも知れない。
「アタシを苗字で呼ぶのは敵だけだ……って、そろそろいい加減にしておかないといーちゃんのかわいーかわいー崩子ちゃんを誘拐してオランダで結婚式あげちまうぜ?」
飛ぶのはぼくじゃなくて崩子ちゃんだった。
高飛び。
「それだけは勘弁して下さい」
ぼくは土下座した。
水面の向こう側。人類最速にも負けず劣らずの土下座速度だったと後に哀川さんは語ったとか語らないとか。
「いーちゃん。男なら簡単に頭を下げんじゃねえよ」
「ぼくは友達の貞操を守る為なら、こんな軽い頭幾らでも地面に叩き付けてやる」
戯言、なんかではなく。それは心からの言葉だったって……まあ、どっちにしろ戯言だ。
「で? アタシを呼んだって事は何か用件が有るんだろ、いーちゃん?」
「ええ。潤さんを人類最強の請負人と見込んで、お願いが有ります」
ぼくは切り出した。
「この件について、ぼく以外のぼくの周りの安全を、請け負って下さい」
「ふうん」
哀川潤は、死色の真紅は楽しそうに、笑った。
「カードの切り方を心得てきたじゃねえか、いーちゃん」
真赤なワインを真昼間だと言うのに豪快に飲み干して、そして愉快で堪らないと、真赤なスーツで固めた身を豪快に震わせて笑った。
「『ぼく以外』ね。良いぜ。そういうのは嫌いじゃない。どころか、大好きだ。そうだよな。男の子ってのはそうじゃないといけないよな」
「でしょうね」
真赤な彼女の好きなもの。
それは王道で構わない。
それは奇を衒う必要なんてどこにもない。
お約束の展開、王道のストーリー、どっかで聞いたことのある登場人物に、誰もが知ってる敵役。使い古された正義の味方にありふれた勧善懲悪、熱血馬鹿に理屈馬鹿。ライバル同士の友情にお涙頂戴のハッピーエンド。
それは奇しくも、戯言遣いが好きなものと同じだ。
「この街がですね。どうもぼくは好きになってしまったみたいなんですよ」
七年前のぼくにはどうしても言えなかった、その言葉。
「この街に生きる人達を、どうもぼくは好きになり過ぎてしまったみたいなんですよ」
七年前のぼくに聞かせてやりたい、紛れも無くぼくの口から出たその言葉。
「ぼくの住む街を荒らすようなら、それはぼくの敵なんじゃないかと、そう思い込むようになってしまったみたいなんですよ」

世界を殺すことも。
世界を壊すことも。
世界を終わらせることもできっこない。
でも。
世界を救うことはできる。
決めたよ。
ぼくは――ぼくは正義の味方になってやる。

七年前に決意した、その生き方。
七年前から変わっていない、ぼくの生き様。
「だから、潤さん。ぼくが戦えるように。ぼくがこの街を救えるように」
「おっと。そこまでだ。その先は要らない。アタシを誰だと思っていやがる。心得てんよ、いーちゃん」
彼女は皆まで、言わせない。
そこで言う言葉を、彼女は知っているから。
真赤な彼女の好きなもの。
「背中は、任せとけ」
それは王道で構わない。
王道に、王の道に、敵うもの無し。
人類最強の後ろ盾が有って、正義の味方に負ける道理など、どこを探しても、有るものか。
「ハッピーエンドの続きはな。しあわせでなくちゃいけないんだよ」
「同意します」
「しあわせでいる為には、しあわせを、守らなくちゃな」
「ええ」
きっと、それで正道。
ニヤリと、けれど気持ち良く朗らかに笑う彼女に、きっとぼくもニヤリと笑っていたのではないだろうか。
鏡が無いから分からないけど、どんな顔でも、笑っていたのは間違いない。
悪くない、晴天の正午だった。
「この店の勘定はぼくが持ちます。そもそも、潤さんは店内に入れないでしょう?」
というか。お気に入りの店を壊されたくないぼくだった。
建物に入れないって、日常生活を送る上でかなり高難度の縛りな気がする。
ぼくならとても無理だ。
「ああ。なら、それが今回の依頼料って事にしとこうぜ、いーちゃん」
言って、ウェイトレスを呼び付けワインのお代わりを注文する彼女。
真姫さんじゃあるまいし……哀川さんってそんなにお酒好きなイメージ無いんだけどなあ。
久方振りの再会だから、喜んでくれているのかも知れないと、そう考えているのはぼくの自意識過剰かな。
剣呑、剣呑。
「え? 依頼料?」
「なんだよ。追加くらいさせろっての。案外ケチ臭いな」
「いえ、そうではなくって、ですね」
哀川潤。
人類最強の請負人は。
人類最強の請負人だけ有って、引く手数多だ。
正直、彼女を動かすにはぼくの私財を切り崩す必要が有ると考えていた。
肩透かしも良い所。

「安過ぎませんか?」
ぼくの問い掛けに、しかしどうしてだろう? 意味が分からないと赤い彼女はぼくを見据える。
「高過ぎるくらいじゃねえの?」
哀川潤はそう言って、とても彼女らしい言葉を、続けたのだった。
「友達の友達を守るのに、本来なら金なんか受け取らねえよ、アタシは」
それが当然と。
それで平然と。
やはり、彼女には敵わない。
七年経ってもまだ、足元にも及べそうに無い。
でも、それがとても、愉快だった。
愉快で痛快で爽快な、それは京都の正午だった。
「馬鹿とハサミは痛快YO!!」
哀川さんによる姫ちゃんの物真似で、全ては台無しになったけれど。

哀川さんと別れて、城咲の化物マンションへと向かうぼく。
特に理由も無く、ぶらぶらと。
だらだらと。
気付けば城咲方面へとミココ号は向かっていた、というのが本音だった。
「まあね」
ベスパに跨ったまま、ぼくは一人ごちる。
「そろそろ、アイツが出て来ないとタイトルに偽り有りに、なっちゃうだろうし」
そんなメタ的な事を考えながら、ふらふらと。
へらへらと。
心ここに在らず的な、なんとなくうわのそらでスクータを運転をしていたからだろう。
もしくはスタンド能力一つ目が発動したのかも分からない。
いやいや。
二つ目だろうか。
いやいやいや。
多分、両方。
変態を呼び寄せて、物語はなるようにならなくなる。
ぼくの常道だ。

――その男は、決して出を外さない。
出を外さないから、ソイツはソイツだという背理証明。
まるで、出番を待っていたかのような。ここぞという時を狙い済ましたかのような。

「……縁が『合』ったな。俺の敵…………ぐふっ……」
ぼくは狐面のそのおっさんを問答無用で轢き倒していた。
……お呼びじゃねえんだよ。
出番でも無い。
出を外したら、それは単なる異様なファッションのおっさんでしかないという話。

哀川さんと別れて、城咲の化物マンションへと向かうぼく。
特に理由も無く、ぶらぶらと。
だらだらと。
気付けば城咲方面へとミココ号は向かっていた、というのが本音だった。
「まあね」
ベスパに跨ったまま、ぼくは一人ごちる。
「そろそろ、アイツが出て来ないとタイトルに偽り有りに、なっちゃうだろうし」
そんなメタ的な事を考えながら、ふらふらと。
へらへらと。
心ここに在らず的な、なんとなくうわのそらでスクータを運転をしていたからだろう。
もしくはスタンド能力一つ目が発動したのかも分からない。
いやいや。
二つ目だろうか。
いやいやいや。
多分、両方。
変態を呼び寄せて、物語はなるようにならなくなる。
ぼくの常道だ。

――使い回しじゃないよ?

彼女は、道端に居た。
赤いニット帽がやけに印象的なビジネススーツを着込んだその女性。なぜだろう。理由も分からないままに、眼を奪われるぼく。
なんか、どことなく針金細工、って感じ。そんな形容をする程細過ぎる訳じゃないのに。
なぜだろう。そう思った。
そう思った――その、数瞬。
時間にして一秒も無い。正しく一瞬で。
ミココ号の前輪が半分、無くなっていた。
唐突にそんな事を言われても全くもって意味が分からないかも知れない。言葉足らずである事も理解している。けれど、それ以外にどう言えば良いのか?
だって「無かった」のだから。
これでも出来る限り、正確に記載してるつもりだ。
がくん、と。
前に向かって倒れ込むベスパのハンドルを慌てて握り直した時には、前輪が半円型になっていたのだから。
それ以上にどうも言いようが無い。どう書きようも無い。
戯言遣いであっても、そこまで無茶振りなアドリブは、利かない。
ちなみに時速、四十キロ超。
「あちょおぉっ!?」
人間というものは面白いもので。予想外の事象には予想外の、柄でもない、キャラにも無い台詞を吐いてしまうようで。
あちょー、じゃねえ。
当然の帰結として、ぼくは為す術無く宙へと放り出された。
どうやら、他の女の子に目移りしたのがミココ号の逆鱗に触れたのだろうと、ぼくは無重力遊泳をしながら考えて。
ああ、それなら仕方ない。自業自得だ。
だけどね、巫女子ちゃん。流石に走っている最中にスクータの前輪を半円にしちゃうのはちょおっとやり過ぎじゃないかな?
智恵ちゃんにはちゃんと謝ったのかい? ねえ、思い返すまでも無くやり過ぎはよくないよ?
いや、まあ、怒らせたぼくも悪いのかも知れないけどさ。
その日、戯言遣いは空を飛んだ。
どうしようもなく、どうする事も出来ず、空を飛んだ。
ああ、太陽が眩しい。
「分かってるって。愛してるのは君だけだよ、巫女子ちゃん。だから、機嫌を直して欲しいな」
そんな戯言を言い終わると同時に、ぼくはアスファルトに叩きつけられた。
――暗転。


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