その他二次創作の部屋
あなたとともに、いけるところまで(戯言シリーズ) 2
「三十分だ」
休憩室に帰ったぼくは零崎と西東天の二人にそう告げ……なんで二人して鍋突付いてんの?
それも、なんかちょっと和気藹々っぽいのが気に入らない。
ぼく、仲間外れかよ。
「俺の敵。よく考えてみろ。食材は有ったが俺にもぜろりんにも料理の腕は無い」
「おう。たかちゃんの言う通りだ、欠陥製品。俺に出来るのは材料ぶった切る事だけだしな」
ぜろりん?
たかちゃん?
西東天だから、たかちゃん?
お前ら、いつの間にそんなに仲良くなってんの?
「こういう時は切ったモンぶち込んで煮込むだけの鍋と相場が決まってるもんだ、俺の敵」
「男の料理ってヤツだな。かははははっ。体も暖まって一石二鳥だぜ、俺の敵」
……アレ? 零崎からぼくへの呼称に狐さんのものが伝染してない?
敵?
敵なの?
敵だったっけ?
いや、そりゃ、ちょっとピリピリした関係ではあったけどさ。でも、そんな中にも馴れ合いっていうか、そんな空気が有ったよね?
あれえ?
「ぼくが居ない間に――なんなんだ、お前らは?」

「なかよしさ」
「なかよしさ」
だから、そんな風にハモるのはぼくと零崎の……ああ、コイツら面倒臭え!!

「おい、ぜろりん。俺の敵も来た事だし、食材追加だ」
「あいよ、たかちゃん」
……ウゼエ。
……こいつら、一々ウゼエ。
「さあさ、お立会い。種も仕掛けも有りません、とくらァ。曲弦糸、極限の妙技だ」
そう言って零崎が右手の指を「くん」と動かす。その瞬間、鍋の横に有った皿が――跳ねた。
まるで、それ自体が生き物の様に。実はぼくが知らないだけで足が有って跳びはねたみたいに、ぼくには見えた。
野菜が、肉塊が、魚が、宙を舞う。
きらりと。それらの中を何かが疾ったのをぼくは見る。
「洗って刻んで並べて煮込んで――食してやるよ」
……過去、最低に格好悪い零崎のキメ台詞だった。
キマってないキマってない。そんな顔しても無駄。無意味。

哀川潤対策会議、再開。
「だからさ、三十分、持ち応えれば良いんだよ」
後は、玖渚が何とかしてくれる。アイツは、不可能をやってのける女。
ぼく一人の為に。たった一人だけの為に。過去、世界を壊すと脅しじゃなく、本心から言ってのけた女。
狂おしい程――訂正。狂っている。
玖渚友は、ぼくに、狂っている。
狂々。
くるくる。
狂々。
くるくる。
――狂っている。

伝染して。
ぼくも――狂っている。
週に一度、彼女の細い首を絞める夢を見るくらいには。
戯言遣いは、玖渚友に、狂っている。
「その、いーちゃんの相方は、あの人間災害を止められるような人外なのかよ?」
零崎が伊勢海老を皿によそいながら聞いてくる。ぼくは、豆腐を掬いながら、頷いた。
「ぼくが知る限りで、哀川潤に対抗出来るカードは二枚。面影真心と……玖渚友だ」
赤には青を。
紅には蒼を。
別ベクトルの力は、長さだけじゃ測れない。
「哀川さんが人類最強なら、玖渚友は人類最響だ」
彼女の小さな声は、世界の最果てまでもを巻き込んで、響き、轟く。
「そういうこと」
ぼくは口に豆腐を突っ込んで、そう締め括った。

ぼくらは、ご飯を食べて、そしてそれぞれに毛布を被って眠った。
腹が減っては戦は出来ぬ。寝不足も同様。
だから、眠った。
決戦は、およそ十時間後。
戦闘時間は、三十分。
一人十分、稼げば終わり。
十分。
頭数で割ってしまえば、たったそれだけ。
人類最強VS人類最悪。
人類最強VS人類最速。
そして――そして。
人類最強VS人類最弱。
対戦カードは、整った。

たった三十分の。
世界の最果てで。
けれどそれは、世界大戦に匹敵すると、言っても決して言葉に過ぎてはいないだろう。
ヒトというイキモノの、最果てが四人。
最強。
最悪。
最速。
最弱。
一人一人が核爆弾レベルの人災。
そんなモノが一同に会すれば、どうなるか。
そんなの――ぼくにだって分からない。
卑小なる戯言遣いにはそんな事、分かる、訳も無い。

眠って。
眠って。
その夜、ぼくはやっぱり、玖渚友をこの両手で絞め殺す、そんな夢を見た。

哀川潤到着一時間前。ぼくらはお互いに声を掛ける事も無く、それぞれに起き上がり、昨日の鍋の残りを使って雑炊を朝食としていた。
「なぁ」
「うん」
「これ、旨いな」
「当然だ」
「何が?」
「俺の基地に一流でない食材など無い」
「なるほど」
ぼくらは、言葉少なに朝食を終える。
きっと三人が三人とも、四十分後の地獄を予想していた。
「狐さん」
「なんだ?」
「この基地。基地ってぐらいですから火器とか無いんですか?」
「なあ、いーちゃん。よく考えろよ。俺達殺し名ですら火器なんざ通用しないんだぜ?」
「そういう事だ。有るには有るが、あの女には無意味だ」
ぼくは溜息を吐く。
「素手、って事ですか?」
「案ずるな、俺の敵。要は時間を稼げば良いだけだろう」
西東天の言いたい事は、分かる。
時間稼ぎは、ぼくと、そしてこの男の十八番だ。
「ふん。俺に掛かれば娘の扱いなど、児戯にも等しい」
……え?
何、言っちゃってんの、この人?
「あの……格好付けている所、本当に申し訳無いんですけど……」
ぼくはおずおずと挙手する。
「狐さん、哀川さんと世界規模の親子喧嘩何回やってるんですか?」
沈黙する一同。狐さんは雑炊の器をテーブルに置いて、そして静寂を切り裂くように言った。
「スキンシップだ」
そんな時でも、どんな時でも傲慢不遜に。
ソイツはそう言い切りやがった。

「そんな事よりも、だ」
西東天はぼくと零崎のジト目にもまるで堪える所が無いかのように平然と話題を変える。
「考えなければならないのは、順番だ」
順番。
誰が最初に哀川さんにぶつかるのか。
誰が最後に哀川さんにぶつかるのか。
正直、一番手などは捨て駒でしかない。
ぼくも、零崎も、西東天も。そんな事は分かっている。
「ここはやはり、ラスボスが最後なのが王道だと俺は考える」
「……ラスボスって誰だ、いーちゃん?」
「ふん『ラスボスって誰だ、いーちゃん』か。本当に分からないのか、零崎の異端児?」
そう言って、胸を張る元ラスボス。
……うん…………うん。
知ってはいたけど、この中年、本当に人間がちっちゃいよなあ。
「この中でラスボスの風格を纏っているのは俺しか居まい」
……いや、最近の貴方は評価だだ滑りですよ、狐さん?
自覚無し?

「と、言う訳だ。俺は最後だ。後は勝手に決めろ」
そう言って、急激に興味を失ったようにあらぬ方向を向くラスボスかっこわらい(笑)。
――だが、そうはいかない。
そうは、させない。
貴方のシナリオ通りにしか動けなかった頃と、今のぼくは違う。
ぼくだって、成長しているのだから。
「代替可能理論(ジェイルオルタナティヴ)」
狐さんの肩がピクリと動く。
「一番手が誰であっても、物語は、変わらない。物語は、それがそうであるように、修正される。確か、狐さんの持論でしたよね」
ぼくに。戯言遣いに。
舌戦を挑もうなんて、そんな事。ぼくを少しでも知っている人間ならばやらない。
そんな事をするのは、精々、哀川さんくらいのものだ。
「ふん。確かにそんな事を言ったかも知れん。が、それはつまりお前達にも言える事だろう。なあ、俺の敵」
まあ、そう来ますよね。
でも。
返答が予想通りという事は。
それはつまり、戯言遣いの術中と、そういう事なんです、人類最悪。
「ああ、そうそう。他にもこんな事を言っていましたね……」
戯言遣いに戯言で勝とうなんて、六十億程数が少ないんじゃないですか、西東天さん。
「……時間収斂(バックノズル)」
ぼくの言葉に、狐面がずり下がった。
「時間……収斂……くっ」
起こる事は、避けよう無く起こる。起こらない事は、どう足掻いても起こせない。乱暴な意訳だけれど、それが西東天の言う、時間収斂という言葉の意味。
「つまり、狐さん。そんな持論を持っている貴方が順番に拘る理由がぼくにはどうにも分からないんですよ」
過去にぼくを煙に巻いた言葉。
その言葉達が今、創造主の首に巻き付いて、締めあげていた。
「ぼくや零崎みたいな若輩は貴方みたいに悟っていませんから、そんな話は信じられませんけれど。けれど、貴方は違うはずでしょう、人類最悪?」
「……まあな」
そう。そうだ。こう言われれば。
西東天は、頷くしかない。
物語の終わりを渇望する、この人は。
この世界が物語だと、そう信じて疑わない、この人は。
その妄想を支えている根底の理論が破綻してしまえば生きる意味を失う。
ぼくは。
――ぼくは。
この世界が物語だなんて、思わないけれど。
全ては最初から決められているなんて、思わないけれど。

世界は自分が動けばその風景を変えるのだと。
道は無く、歩いているその足元が道なのだと。
道とは、未知なのだと。
そう教えてくれた彼女が、今回のぼくの敵。
別に、後悔はしていないけれど。
ぼくは、柄にも無く怒っているから。
裏切られる事にも、横切られる事にも。
見捨てられる事にも、見下げられる事にも。
慣れていたつもりだった。
慣れていた……つもりだった。
――慣れていた……つもりでしかなかった。

哀川潤。
赤い彼女は。
戯言遣いの。
ぼくの掛け替えの無い「身内」だと。そう思っていたから。
向こうにもそう思われていると。
なんて、甘い。
なんて、甘い考え。
でも、ぼくは。
自分にもそうだけれど。
それよりも、哀川さんに、怒っていた。

彼女は「ヒーロー」でなければならないのに。


「ヒーロー」は決して誰も見捨ててはならないのに。



哀川潤は、
     戯言遣いを、
           見捨てた。


ガリンガリンと。
派手な轟音を響かせて。
派手な彼女がやってくる。
死色の真紅が、やってくる。
「来てやったぜ、いーちゃん!! クソ親父!!」
真紅と。そう形容するのが相応しい彼女は。そう形容する以外にない彼女は。
その宣言通りに真赤に塗った砕氷船に乗って。その先端に仁王立ちして。
「アタシがわざわざ来てやったんだ! 覚悟は良いな!!」
格好良いなあ。
――凄く、格好良いなあ。
その姿は、いつか憧れた、あの頃とまるで変わらず。
だけど。
彼女はもう、ヒーローじゃない。
ヒーローじゃないって事は、つまり。
哀川潤はもう、哀川潤じゃない。
正義は必ず勝つと、彼女は口癖のように言うけれど。
正義は、彼女の側に無い。
見捨てる事が出来るような人に、正義なんて有りはしない。
ぼく達の側が正義だとか、そんな事を言うつもりは決して無いけれど。
けれど、今の彼女には正義なんて無い。
だから、哀川潤は変わらずに人類最強だけれど。
最強なのに。それなのに。
正義じゃないから「必ず勝つ」ワケじゃない。
それは、今の哀川さんは負ける事も有るって、そういう意味で。
それは、勝ち目が有るって、そういう意味。

一番手――人類最悪。

結局、彼は自分の妄想理論に押し切られる形で一番手となった。
押し切られるというよりも殉ずると。こう言った方がより正しいだろうか。
羨ましい事だ。
自分の中に殉じても構わない信念が有るなんて。
羨ま……アレ? 西東天って信念を持たない事が信念、とか言ってなかったか?
……まあ、いいや。
多分、いつも通りで「何も考えてない」んだと思うし。
うん、別にどうでもいい。
心底、どうでもいい。
……只の捨て駒だし☆
「なあ、いーたん?」
窓から外を覗う零崎がぼくに話しかける。ぼくは振り返った。
「なんだい、ぜろりん?」
「あの砕氷船、凄いスピードだな……」
「ああ。哀川潤仕様になると速度が三倍になるらしい」
嘘か真かは知らないけれど。
赤く塗れば三倍速の法則。絶賛発動中。

「でもよお……あれは砕氷船の速度じゃねえぞ?」
「あの人は何でも有りが許された唯一の登場人物なんだよ」
戯言みたいな、本当の話。
「なるほどな」
いや、そこで納得するなよ。
まあツッコまれても、ぼくだってこれ以上の説明は出来ないけどさ。
哀川さんだから。
この一文で全てが許されてしまう空気。
しょうがないんだけどさ。
そういうキャラクタだし?
でもさ。それにしたって、何でも有りとか、ぼくだってちょっとどうかと思う。
「なあ、いーたん?」
「なんだい、ぜろりん?」
「あの狐面のおっさん、玄関に陣取ってんだよな?」
「そうだね」
正々堂々、真っ向から殴りこむのが哀川潤スタイル。
だから、一番手は玄関に居なければならないのだ。
いつかのノイズ君みたいに。
……ん?
……いつかのノイズ君みたいに?
あれ? なんか、凄く嫌な予感がするけど?
あの真赤な船、全然スピード落としてないよ? もうこの建物まで眼と鼻の先だよ?
……これって?
……。
……あ。
ぼく、分かっちゃった。
読めちゃった。
この後の展開。分かり切っちゃった。
「西東天ファンの皆様、本当にごめんなさい」
「ん? いきなり何言ってんだよ、いーちゃん?」
電波さんを見つけた、とでも言いたげな眼で零崎はぼくを見据える。止めてくれ。そんな眼でぼくを見るな。
「いや、早目に謝っておこうと思って」
ぼく自身は特にあの人に思い入れは無いけれど、もしかしたら不快に思う人が居るかも知れない。
でもまあ、哀川さんのやる事だから死にはしないだろうし。
良いんじゃないの?
「零崎。そんな事より奥に避難だ」
「ああ? ……ああ、なるほど」
零崎はぼくが言わんとしている事に思い当たったらしい。多分、今頃は人類最悪も気付いているだろう。
でもさ。
時間収斂。
起こっちゃう事は、起こっちゃうんだから、仕方無いよね?
そういう運命だった、ってそれだけ。
これから引き起こされる大惨事の張本人だって――いや、彼だからこそ、誰よりもそこの所は分かってるはず。うん。
人生は諦めが肝心という話。
「はあ。……二人で三十分かよ」
「そう言うな、ぜろりん。これは多分、通過儀礼って言うか、原作へのオマージュって言うか、なんかそんな感じだ」
原作レイプと言われたら返す言葉も無いけどね。
「戯言大好き!」
「傑作だぜ!」
怒られたくないので宣伝してみた。二人して。
……ノリ良いなあ、零崎。コイツ、こんなキャラだったかなあ……。

ぼくらが基地の奥にダッシュしている、その途中で、凄まじい轟音と縦揺れが、ぼくらを襲った。
振り返る必要も無い。西東天、殉職の瞬間だった。
爆散。
南無三。
死して屍拾う者無し。いや、やっぱり死んではいないだろうけど。
「最後の台詞は『俺の屍を越えていけ』だったぜ、あのおっさん」
「聞こえたの?」
「いや、声を拾った。糸ってのは便利でよお」
そう言って零崎は指を見せる。そこには……恐らく糸が巻いてあるのだろう。細すぎてぼくにはキラキラと輝いているのしか見えない。
「糸電話の要領だ」
「なるほどね」
「俺にコレを教えてくれたヤツは山一つ囲えたんだけどな。流石に俺は専門じゃねぇから」
「今はコレが精一杯、って?」
「カリ城は傑作だよな」
「俺屍も傑作だ」
ぼくらは顔を見合わせた。それは、別れの、合図。
「じゃあな。次に会う時は殺し合いだ、欠陥製品」
「へえ、奇遇だね、人間失格。ぼくも、君が死んでくれればどれほど幸福だろうと考えていたところだったんだ」
いつか。
ぼくらはこう言って、別れた。
いつも。
ぼくらはこう言って、別れる。
道を、分かつ。
「楽しみは、後に取っとかねえとな」
「その通り」

ぼくらは、なかよしだ。

「戯言だけどね」
「傑作だろ?」
零崎が足を止める。ぼくは足を止めない。
彼の隣を行き過ぎる。
友達の横を走り過ぎる。
君の前から走り去る。
「――バイバイ、セリヌンティウス」
「――走れ、メロス」

背後から、声が聞こえた。
彼の十八番が。
「さて、と。俺も殺さないよう努力するのにいい加減飽き飽きしてたんだよ。こっからは全力で零崎をやらせて貰うぜ」
ぼくは、彼の言葉の、その続きに、同調した。

「殺して」
    「殺して」
「解して」
    「解して」
「並べて」
    「並べて」
「揃えて」
    「揃えて」


「晒してやるよ」
「晒してやるか」



さあ。
時間いっぱい。
思う存分。
殺りたい放題。
零崎を始めてくれ。
零崎――人識!!

建物の其処彼処で爆発音。
爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。
ぼくは階段を上る。
揺れる階段を、手摺を頼りに疾走する。
爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。
ぼくは屋上に辿り着く。
そこでじっと目を瞑る。
爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。
想像しか出来ない、二人のプレーヤーの戦い。
けれど、それは。
もぐら叩きでしかないのだろう。
きっと。
爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。
ナイフの刃の通らない相手に、零崎に何が出来ると言うのか。
逃げ回る以外に、何が出来ると言うのか。
人類最速の反射神経をもって。只……さながら爆撃の様相を呈する人類最強の拳を避け続ける事しか。
出来ない。
爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。
人類最強とは、そういう意味。
その存在を侵せないから、最強。
強いとは、腕っ節じゃない。それだけじゃ、最強まで上り詰める事は出来ない。
強いとは、存在が、強いのだ。
爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発音。爆発……音が止む。
これ以上は無理だと、そう判断して撤退したのか。
それとも、力尽きたのか。
人類最速は、最速なだけで。無尽蔵のスタミナなんてものは、持っていない。
まあ、良いさ。
死んでいないなら、ぼくと彼の事だから。
きっと、どこかでバッタリ会うんだろう。
『縁が合う』んだろう。

だから。
だから。
ここから先は、ぼくのターン。

人類最弱は、人類最強に挑む。
掛け値無しに、この身体一つで。
ぼくは無謀にも、ぼくのヒーローだった彼女と喧嘩をする。
ジェリコ941も無い。「無銘」も無い。
完全な無手。徒手空拳。
それは、戯言だけれど、実はとても正しい喧嘩の作法だった。
本当、戯言だけど。
これ以上無いくらい――傑作だ。

コツコツと。甲高い靴音を隠そうともしない。階段を上ってくる誰か。
誰か? 決まってる。こんな赤い靴音。
こんな正面から。姿を晒しながらの。大胆不敵な登場シーン。
彼女以外には、似合わない。
彼女以外には、許されない。
「……待たせたな、いーちゃん」
「……待ちましたよ、哀川さん」
彼女は、少しだけ眉を潜めただけで、ぼくの台詞を正そうとはしなかった。
自分を苗字で呼ぶのは敵だけだと。
そう、ぼくに言わない。
彼女がぼくを、敵と認識している証拠。
ぼくは――ぼくが。
この無力で無様な戯言遣いが。
この不実で不毛な人類最弱が。
人類最強の請負人に、敵と認定されている事実――現実。
震えた。
場違いだとは分かっているけれど。
勘違いだとは理解しているけれど。
お門違いも甚だしいけれど。
筋違いも良いところだけれど。
それでも――心が、震えた。
対等として、見て貰えている、状況に。
ぼくは、怯えるよりも、恐れるよりも何よりも――奮っていた。
「ふうん。悪くない。悪くないツラになってるぜ、いーちゃん」
彼女は笑う。気持ち良く笑う。見ているこっちが愉快になってくるような、爽快な笑顔を披露する。
「そりゃ、どうも」
「その顔は戦う決意を持ってるヤツの顔だ。それでこそ喧嘩のし甲斐が有るってな」
「戦う決意――ですか。ええ、腹は括っているつもりですよ。でも、哀川さん。貴女は一つ、勘違いをしているみたいですね」
言葉違いを、しているようだ。
「ぼくは貴女と殴り合いをするつもりは有りません」
「へぇ? 舌戦でもやろうってのかよ? この期に及んでか? そりゃ、いーちゃん、ちょっと虫が良過ぎるんじゃ」
ねえか、と。続く彼女の言葉をぼくは遮った。
人類最強の見せ場を、遮った。
「殺し合い、ですよ」
赤い、彼女の眉がピクリと跳ねた。
「奪い合い、でも構わない。請負人は、一人で、良い。そうは思いませんか、『哀川さん』」

「言うようになったじゃねえか、いーちゃん……いや……もういーちゃんって親しげに呼ぶ訳にもいかないよな」
××××。
彼女は、それを、口にした。
ぼくの名前を、口にした。
「……ぼくの前でその名前を口にした人は、三人。その三人がどうなったか、知らない訳ではないでしょう?」
「例外無く死んでるんだったか? だがな、アタシは『何でも有り』なんだよ」
「知っています……ただし、貴女には何も出来ない事も、またぼくは知っている」
何でも出来るから。
自分の意思で何かをしてはいけない。
何もしてはいけないから、哀川潤は人類最強で有りながら、請負人に身を窶(ヤツ)す。
「哀川さん。ぼくから仕事の依頼です。ぼくに、殺されて下さい」
「金額の折り合いが付かねえな、そんな依頼は」
「いいえ、付きますよ」
ぼくは――ぼくは。
「今から十分きっかり。六百秒たっぷり。貴女を人生で一番楽しませてやる」
そう言って、ぼくは駆け出す。人類最強に向かって、躍り出る。
「最高だ! いーちゃん、お前はやっぱ最高だぜ!!」
楽しそうに。心底楽しそうに。彼女はそう言って。ぼくにシンクロするように、踏み出す。
「さあ、来な、戯言遣い!!」
「貴女を! 『潤さん』を! ぼくは大好きでした!!」
叫びながら、ぼくは疾走したそのスピードを乗せて右拳を突き出した。
「ああ、知ってるよ、いーちゃん!! 愛してるぜ!!」
叫びながら、彼女は疾走したそのスピードを乗せて右拳を突き出した。
大好きでした。
過去形のぼく。
愛してるぜ。
現在進行形の彼女。
交錯する、拳。吹き飛ぶ、ぼく。そして吹き飛ぶ……哀川潤!?
「……手加減、ですか。余裕ですね、哀川さん」
「違っげえよ。アタシは、どうしても合わせちまうんだよ、相手に。アタシ程の天才になるとな、身体の強度とかまで自由自在なんだっつの」
そう、口の端から血を垂らして言う《赤い征裁》。ペロリと、赤く長く蟲惑的な舌でそれを舐め取る。
「ま、いーちゃんが武器でも持ってれば話は違ったけどな。戯言を使ってきたんなら、違っただろうけどな。徒手空拳。良いねえ。やっぱ、〆はそうじゃないとな!」
「言ったでしょう。卑怯者は、弱者は、卑怯者なりの、弱者なりの戦い方をすると」
ぼくは折れた奥歯を吐き出して答える。
そう。
哀川潤に対抗する唯一の手段とは。
正々堂々挑む事。
搦め手無し。策無し。奥の手無し。切り札無し。
そうされると、彼女は対等の条件を無自覚に自らに課してしまう。
つまり。
後は精神力。根性の勝負になるのだ。
「悪いですけど、哀川さん。ぼくは負ける気は有りません」
「アタシだってねーよ」
「無くても、負けて下さい。ぼくには……ぼくには帰る場所が有るからッ!!」
立ち上がって、走り出す。やはりシンクロするように走る人類最強。
「格好良いじゃねえか、いーちゃん! 愛する玖渚ちゃんの所に帰らなきゃならないから、負けられない、ってか!? 良いね良いね! 今日のいーちゃんは『分かってる』ッ!!」
「ええ! 今日の『分かっていない』貴女にだけは負ける訳にはッ!!」
いかないと。そう言う前に赤い彼女のハイヒールがぼくの鳩尾に決まる。
息が――止まる。

「戯言は他所で言いな、いーちゃん! アタシには通用しないって言ってんだろうがッ!!」
息は――止まっても。だけど、身体が生命活動を止めた訳じゃない。
腕も、足も――まだ動く!
「違う! 戯言じゃない!」
ぼくの身体に埋まったままの哀川さんの右足に左肘を叩き込む。
「これは真言だ!!」
体に残っていた酸素を全て吐き出して、左肘を決めた、そこを支点にして身体を半回転。右の裏拳を、彼女の身体に打ち込んだ。
ぐらりと。揺らぐ人類最強。
だけど、彼女は人類最強。
「ウザってえっつのッ!!」
抜かり無くぼくの右腕を掴んで……そこでぼくの視点が浮いた。
右肘が、悲鳴を挙げる。
空が、見える。
空が――高い。
――裏投げ。
次の瞬間、ぼくは正面からコンクリートの床に叩きつけられていた。

「ゲームセットだ、いーちゃん!」

腕を掴んだままの彼女は、ぼくのその腕を極める。
「三分ってトコか。ま、いーちゃんにしては楽しめたぜ?」
まだ……まだだ。
まだ、こんなモノじゃ。
ぼくは痛いとすら思えないだろうが、哀川潤!!
ぼくは憎いとすら思えないじゃないか、哀川潤!!!!
「腕の一本くらいくれてやる!!」
ごきりと。
ぼくの無茶な動きで当然、右腕が軋んで折れた。思わず唇を噛む。そのまま噛み千切る。
「ぼくは、貴女を尊敬していたんだ!」
なのに。……なのに。
「ぼくは、貴女を『身内』だとそう思っていたんだ!」
左手を地面に付いて、半ば倒れたままのその姿勢から蹴りを放つ。
攻撃の為の蹴撃じゃない。ただ、距離を取るだけの、叩き付けるではない突き飛ばす蹴り。
見え見えの攻撃に後方に跳んで回避をする、その哀川潤をぼくは追い駆ける。
空中でなら、回避動作は取れないはずだ!
そして、ここは屋上!!
ぼくは突撃する。左肩から、彼女のがら空きの胸に。その腕の中に飛び込むように突進する。
その時、ぼくは見た。
ふ、と。笑う、哀川潤を。
まるで息子を愛するような眼をした、何も請負わない請負人の、素の表情を見た。気がした。
喧嘩の真っ最中だっていうのに。
抱き締められているとしかぼくには思えなかったと。
そう言ったら、笑うだろうか。
そう言ったら、笑われてしまうだろうか。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
雄叫びを挙げて。ぼくは哀川潤の身体を押し続ける。
屋上の縁まで、押し続ける。

このまま、一緒に飛び降りても、良いかも知れないと。間違って思ってしまった。
ぼくには帰る場所が有るのに。
この人と運命を共にしても良いかも、などと。
そう、思ってしまった。
哀川潤の十八番は読心術。
ぼくの浅薄な脳味噌なんて、バレバレだ。




「……おきゃくさん、どちらまで?」


いつの間にか、ぼくの両目から涙が、流れていた。
そんなもの、ぼくに出せるとは思わなかった。
そんなもの、ぼくに流せる訳は無いと思っていた。



「あなたとともに、いけるところまで」



貴女と共に、行ける所まで。
「ぼくはいきたかった」
ぼくは行きたかった。
ぼくは生きたかった。
貴女と共に――生きたかった。

ぼくと真っ赤な彼女は、中空へと、飛び出していた。
叶わない、願い。
過ぎた、願い。
ぼくの、お願い。
なるようにならない、最悪。
イフナッシングイズバッド。



「あなたとともに、いけるところまで、ぼくはいきたかった」














「その依頼、請け負った」







哀川潤はそう言って。
人類最強の請負人はそう言って。
「愛してるぜ、いーたん」
哀川潤はそう言って。
死色の真紅はそう言って。
「身内だから、特別にロハで請け負ってやるよ」
哀川潤はそう言って。
ぼくの大切な彼女はそう言って。
「一緒に、いこうぜ、いーちゃん」
哀川潤はそう言って。
ぼくの身内はそう言って。
「一緒に、行けるところまで行ってみようぜ」
哀川潤はそう言って。
やっぱりヒーローな彼女はそう言って。
「一緒に帰ろうぜ、いーちゃん♪」

寒い寒い空の中。
無重力と勘違いしそうになる落下の最中。
ぼくは潤さんとキスをしていた。

頭から氷点下の海に落ちていくぼく達。
「なるようにならないだ? 冗談じゃねえぜ、いーちゃん。アタシみたいなのが居る以上、ソイツは何とかなるんだよ」
ぼくを抱えたままで、彼女は宙で一回転する。
「良いか、いーちゃん! 人間はな! 努力さえすれば空だって飛べんだよ!!」
哀川潤は、跳んだ。
足元には空気しかないのに。
足場なんて何も無いのに。
哀川潤はそれでも――それが当然と跳んだ。
「良いか、いーちゃん! アタシはな! 身内を見捨てた事は一度だって無えんだよ!!」
哀川潤は、更にもう一段跳んだ。
何でもあり。
そういうキャラクタ。
分かってたじゃないか、ぼく。
「確かに、アタシは身内に厳しい所は有るだろうよ。だけどな! 出来ない事はやらせてない!」
哀川潤は身内に甘い。
それと同じくらい。
彼女は身内に厳しい。
ああ……なんだ。
見捨てられた訳じゃ……無かったんだ。
ああ…………そっか。
見果てられた訳じゃ…………無かったんだ。
「いーちゃんなら、アタシの規制なんか突破して帰ってこれただろ? なあ?」
……ああ………………ああ。
なんて――ヒーローだ。

ぼくは、潤さんをもう、苗字で呼ぶ事は無いだろう。
「……無茶振りが過ぎますよ」
「そんだけ期待してるってコトだぜ。期待には、応えろよ」
「努力します」
「良いね。アタシはその努力って言葉が大好きだ。友情に次いで好きだ。勝利よりもずっと良い言葉だ」
「良い言葉は、なくなりません」
「戯言だな、いーちゃん」
「いいえ、傑作でしょう」
げらげらと。彼女は真心の声真似で笑った。
げらげらと。彼女はぼくを抱えて笑った。

こうしてぼくらは、盛大な喧嘩をして。
地球の端っこで、それはもう真っ当な喧嘩をして。
そして――そして。
「さて、帰ろうぜ、いーちゃん。そろそろぼく様ちゃんの乗ったヘリが来るはずだし」
「え? 友は上下移動が出来なくて……」
蒼ではなくなった青は。
演技でも何でもなく、段差を越える事が出来なくなっている、はずなのに。
「なあ、いーちゃん。アタシにはな、友情よりも好きな言葉が有るんだけど、なんだか分かるか?」
「ええ、分かりますよ」
言葉を操るなら、ぼくの十八番だ。

「愛、でしょう?」
「良い言葉は、決してなくならないんだよなー」
潤さんは感慨深げに空を見つめた。その方向には黒い点。

「いいいいいいいいちゃああああああああんんんんん!!!!」
彼女の声は――人類最響。
どこまでも。世界の果てまでも。
玖渚友の、ぼくを呼ぶ声は。
――響き渡る。
「助けに来たよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
そう言って、彼女は。
ぼくの帰る場所は。
ぼくらの真上に来た所でヘリを飛び降りた。
それを受け取るのは――受け取るのは。

「……ぼく、右腕折れてるんですけど」
「締まらねえなあ」

きっとそんな感じ。

今日も、ぼくの日常は。
「戯言だよな、本当に」
「最高じゃん?」
きっときっと、そんな感じ。

"No one is If nothing is bad" is closed.


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あきゅろす。
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