オリジナルの部屋
うしみつっ! 4
僕がその掲示板を上から下まで斜め読みを終えた、その瞬間を見計らったようにケータイの画面が変わる。もう、そのタイミングの良さで僕には誰からの電話なのかが分かってしまった。
もしかして超能力でも使えるんじゃないかと思うほどの、ソイツの神懸かり的なタイミングの良さは基本、恋愛方面においてよく使われるのだが。
……余り間が良過ぎるというのも考え物だと思う。無駄におぞましい想像してしまった。
「へえ。ではワタクシ様も後でその掲示板を見てみる事にしましょう。お手柄でしたね、シオさん」
電話越しでも馬鹿丁寧な喋り方。の癖に特徴的かつ高圧的な「ワタクシ様」の一人称。
歩く色気。口を利く色香。微笑みは色恋。「艶」という一字をそのまま人間にしたようなその声音。
電話の相手は狒々里要、その人である。
「そうは言うけどね、要。元はと言えば君が『罰ゲーム』なんて言い出さなければそもそも僕はこんな調べ物をする必要すら無かったんだよ?」
「ですが、シオさん。あの場はああやって収めるのが一番の手ではなかったかと、ワタクシ様はそう思いますよ。一番の厄介者が、一番食い付きそうな単語をあの時は咄嗟に並べたに過ぎません」
まあ、確かに。青が一つの事柄に執着した場合のエネルギーと言ったらそれこそ言語を絶するというか、正直僕にはあの熱量を言い表す語彙が見当たらない。
流石はかつて学校中を巻き込んだ台風の目と……ああ、褒めてない。全然褒めてないからな、僕は。
「でもさ。もう少し穏便に済ませる事は出来なかったの、要。『罰ゲーム』なんてもう、その響きから不穏当じゃないか。それに、僕らの面子からして真っ当な『ゲーム』が待っているとはとても思えないよ」
僕がうんざり気味にそう言うと、要は電話口で笑った。
「仕方が有りません。面白い事が好きなのは、何も青さんだけではありませんから」
……つまり、愉快犯か、コイツ……。
「まあ、それは否定しないよ。否定しないさ。ウチで面倒臭がりなのは実際、僕と有理くらいだからね。双ちゃんもあれはあれで暇潰しは嫌いじゃない子だから」
なんだかんだ言って、僕の幼馴染は付き合いが良い。まあ、じゃなかったら僕の友人なんてしていないだろうけれど。
僕。
自覚が無いからこそのトラブルメーカー。たまにブレーキが利かなくなる暴走特急。双ちゃんに言わせるとどうもそんな感じらしい。
……うーん。過去の自分を振り返ると身に覚えが無いとは言えないのが痛い。
……いや、苦い思い出は捨て置くに限る、か?
「つまり、要。君は他に手を思い付いていたにも関わらず『罰ゲーム』を選択したと。そういう理解で良いのかな。いや、ここまでの文脈から鑑みるとそうとしか僕には思えないんだけどさ」
「おや。まるでワタクシ様が諸悪の根源みたいな言い方をされるのですね、シオさんは」
「……根源では無くとも道筋は付けた気がするね」
そしてそれは決して僕の気のせいではないだろう。
「いえ、ワタクシ様とてこんな事になった責任を感じていない訳では有りません。むしろ、少なからず感じているからこそ、こうやって一人一人に謝罪の電話をしている所まで、察して頂ければ……と」
え? これ、謝罪の電話だったの?
あまりに要がいつも通りの魅了ボイスで訥々と話すものだから、単なる世間話か暇潰しの相手に僕を選んだものだとばかり思ってた……。
「いいえ。ワタクシ様にだって、慎みは有りますから。こんな時間に異性へ電話を掛けたりなどは躊躇われるものなのです」
「……」
断言する。コイツに慎みなんてない。有ってたまるか。
昨年一年で要が何度恋愛関係を締結して、そしてそれを何度破棄したか。あまり学校の噂などに興味が無い淡白な僕が知っているだけでも、それでも十二人が要の餌食となっている。
一月に一人のペース。
正しく千切っては投げ、千切っては投げだ。
「いいえ、契ってはいません。唇すら許してはいないので、まだまだワタクシ様は清い身体ですよ」
「……うん」
だから何なのか、と問いたい。
ああ、もう。返答し難い発言だ。大体、それを僕に言ってどうするというのか。どう返せというのか。
もしかして、十三人目として僕が狙われているのかも知れないとか、そんな方向にしか僕には要のその発言は受け取れないんだけれど。
うわあ、重ね重ね想像するだにおぞましい。
勿論もしも、そうだったとしたら僕は謹んで辞退させて頂く所存だ。
何しろ、要の振り方と言ったら校内でも語り草になるほど壮絶である。その身に生来持つ凄惨なまでの魅惑的微笑をもって放たれた「ワタクシ様の赤い糸の先は、まるであなたではありませんでした」の迷台詞が学校で一時期流行したのも記憶に新しい。
まるであなたではありませんでした、の「まるで」の部分が秀逸過ぎ。
犠牲者はそれはもう悲惨の一語に尽きた。それこそ、僕みたいな朴念仁がフォローに駆り出される程に。
「ああ、今更ですが一応。こんな夜分に電話をして申し訳有りません、シオさん」
「……うん」
「ですが……どうやら謝罪の必要は無かったようですね。シオさんは来週執り行われる罰ゲームの餌食にはならずに済みそうですから」
「ああ、幸運な事にね。でも、その幸運ってヤツには『不幸中の』って枕詞が付く事だけは覚えておいて欲しい。しかも、その枕詞を付けたのは」
「ワタクシ様でしょう? 分かっていますよ。ですが、あまり加害者意識は無いのが本音のところです」
ソイツは素っ気なくそう言った。……そこは嘘でも神妙な振りをしておけよと思う、僕の感覚の方が間違っているような気がする程にあっけらかんと言い放った。
いや、分かってる。分かってるよ、要がこういう性格だって事は。一年の付き合いは結構ディープだったし?
友人内で一番腹黒い人間で、かつ丁寧な口調で隠してはいるけど一番の人でなしだって事くらい。
……だけどさ。
こうもきっぱりすっきり真正面からそんな事を言われたら僕、君の性格にフォローを入れてあげる事すら出来ないじゃん。
あんまり友人を悪く言いたくはないのになあ。
「ふふっ。ワタクシ様の目標は、舞一さんですから。あのように自由奔放に、悦楽主義を貫けたらどれだけ人生が楽しいだろうと、そう思います」
「一番見習っちゃダメな奴を見習ってるよね、要は!」
瓜生は僕の知っている人間の中で一番の人格破綻者だ……ああ、僕の友人って思い返すまでもなくロクなヤツがいない。
その事実に、今年度に入って何度目だろうか思い当たった僕は電話口で盛大に溜息を吐いた。
「……シオさんはそんなに舞一さんがお嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃないよ。ただね、好きだとは口が裂けても言えない感じ」


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