オリジナルの部屋
うしみつっ! 3
僕らは見えない糸で繋がっている。それは例えば「縁」と呼ばれるものであり、それは例えば「運命」なんて言う人もいるだろう。「絆」っていう呼び方もそれはそれで格好良いかもしれない。
けれど、僕は知っている。
それは結局結論、ただの「電波」で「ネット」でしかないという事も。昔は目に見える有線(オンライン)だったという事さえ。
赤い糸なんて言っても所詮その程度。
……なんてね。
携帯電話を片手に僕は自室のベッドに寝転がる。僕の年頃の高校生ならば夜の楽しみの一位にあげられるのは「これ」だろうと考える訳で、そして年頃の高校生である所の僕はその類に漏れない。
友達との通話にメール。時間潰しのゲームや読書だって携帯電話一つ有れば事足りる。万能ツールという言葉がこれほど相応しい文明の利器は他に無いだろう。
家に帰った後、夕食と入浴を終えてぽっかりと空いた無為の時間。ライフサイクルのエアポケット。一学期が始まってまだ間もないという事で予習復習もそう量が有るでもなく。
まあ、有ったとしても僕はそう真面目な学生ではないのだが。そこは置いておくとして。
結果として僕は下着姿で布団に包まるという傍若無人を満喫していた。春という季節は冷え過ぎず、けれど底冷えはするものだから布団でぐうたらするには最も適していると僕は思っている。
ああ、本当に。この時間は堪らない。思考に指向性を持たせない自由。至福というのはきっとこういう時間の事を指すのだろうと半ば本気で考えてしまう次第。
唐突に誰かから連絡が来るかも知れないという期待感。そしてプライベートを阻まれたくないという、その期待に相反した感情。そういった綯い交ぜもなぜか心地良い。
自分が割り切れないロジックな生き物である事をふと自覚する一時。理性と感情の狭間っていうのは意外とベッドの上を指す言葉なのかも知れない。
バケツに掛けられた使い古しの濡れ雑巾の様に仰向けに力無く寝そべりながら、電話の画面に映し出した学校未公認の「県立荷稲(カイナ)高等学校学生専用掲示板」を何とはなしに眺めつつ、僕は怠惰な時間を貪っていた。
怠惰な時間。とは言え、別段、何もしていない訳でもない。
……っと、有った有った。
カチカチとキーを操作して目的の内容が書かれた板に辿り着く。
「カイ高七不思議について」。
そう。僕はこう見えても静間の無茶振りに応える為に、何より罰ゲームを避ける為に最善の努力をしている真最中なのだった。
ネット文化が発達した昨今、この手の調べ物が非常に楽になったなどと偉大なる先人に感謝する事一頻り。全く、文明様々だ。
かのアインシュタイン博士は「幸福な世界は科学の進歩によってのみ実現し得る」的な事を言ったそうだが心底その通りだと思う。
さてさて、では面倒事などはサクっと終わらせるとしましょうか。
仰向けからうつ伏せに体勢を変えて右手にペンと傍に学生手帳の用意は良し。体勢を整える為にピンクの熊の縫い包み(可愛いものが好きで何が悪い)を胸の下で潰し。
そんな準備万端の僕の目に先ず飛び込んで来たのは、学生ひしめくそこには本来相応しくない、どこまでも堅苦しい警告文だった。
「警告:七不思議に近寄る事勿(ナカ)れ」
「七不思議の真偽を確かめようとする事勿れ」
「決して八つ目を暴く事勿れ」
「上記を守れぬ生徒の身の安全は保障しない」
一瞬、目が点になる。
前述の通り、僕が覗いているのはウェブ上の学生掲示板である。この掲示板は完全に学生によって維持運営されている。代々のパソコン部が一年毎にパスワードとアドレスを変えて、教員はおろかOBすら書き込みも閲覧も出来ないホームページだ。
パスワードもアドレスもパソコン部(正式名称は情報処理部)部員による口頭での伝達という厳格な仕様。つまり、どんな固定ハンドルネームであっても在学期間、三年しか見られない。
にも関わらず。
「ああ……そう言えば、これも七不思議の一つだったっけ。忘れてたな。って言うか実物を見るのは久し振りだな」
その警告文を書き込んだ人間のハンドルネームには覚えがあった。
「tender」。
カイ高七不思議の六つ目「学生板の十年監視者」だ。
そこそこの頻度で生徒専用掲示板を利用している僕であったが、そうか。こんな身近に七不思議は有ったという事か……。
「tender」。それは掲示板が大荒れに荒れた時には必ず現れて、書込み制限や閲覧制限などを適切に行う、実質この掲示板の最高管理人のハンドル。
とはいえ、名前を見るのは……二ヶ月前の「ヒステリア事件」以来となる。
「でも……彼が出て来るなんて?」
僕は知っている。「tender」はそう簡単には出て来ない。閲覧制限や書込み制限を行う権限ならばパソコン部の部員が持っているのがその理由だ。と言うか、そもそもネット掲示板の治安維持はパソコン部の(非公式だが)仕事である。
その彼らでも対処に困る事件が掲示板上で起こった時、処理能力が追いつかない状況になって初めて「tender」はネット上に姿を現す。その異常なまでの速度と公平性でもって掲示板の混乱を瞬く間に鎮めてしまう。その鮮やかな手際はさながらヒーローか……でなければ妖怪だ。
まあ、だからこそ七不思議などと呼ばれているのだが。
正体は不明でどこの誰かも分からない。一説には掲示板プログラムを組み上げた初代パソコン部部長だとか、はたまた静間の好きそうなオカルティックな噂によれば「学校の秩序を守るカイ高の守り神が情報処理室からついにネットに手を出した」などなど。
どの噂も甚だ眉唾物ではあるが、しかし一つだけはっきりとしているのは「tender」というハンドルネームを使う人間が実在するという事だ。
……その、学生掲示板の監視者が……しかし「警告」というのはどういう事だろう?
それ以降に連なっている学生の書込みを消す訳でも無く、只、警告。悪いが僕には悪戯に学生を煽っているようにしか思えない。いや、それ以外にこの書き込みをどう取れというのか。
七不思議への好奇心を。「tender」とも有ろう人間が煽っている、その事実。
正直、背筋がぞくぞくした。それは久しぶりの、とても久しぶりの感覚で。
乗せられているのが分かってはいても、それでも乗らずにはいられない、圧倒的な誘惑。
それはそうだろう。
かの「ヒステリア事件」に関わったものならば……つまり、この掲示板に出入りする学生ならば誰もが知っている「tender」の「七不思議に名を連ねるほど」の特異性。
その彼が、警告などという婉曲でかつ幼稚な手法を持って誘っているのだ。……挑発してきているのだ。
奮うなと、そう言う方がむしろ難しい。そんな風に感じたのはやはり僕だけではないようでその板には既に有象無象、相当数の書込みがなされていた。
「……へえ。これは『tender』様々だな」
実を言えば僕はこの学生掲示板で七不思議の詳細を知る事が出来るとは思ってはいなかった。ほんの片手間。家に居る間に出来る調べ物、といった程度で期待なんて露程にも抱いてはいなかった。
けれど。
「カイ高七不思議みっけたっスー! 四つ目『深夜の飛行機雲』! ヤベエ、実在するって知ってなんかワクワクしてきた俺ガイル。うは」。
「七つ目発見。『消えた南門』。そういや確かにウチって北も西も東もあって、なぜか南門だけねーな」。
「つーか、七不思議にナンバリングしてあるのがなんか不気味だよな。ん? それとも、俺が知らないだけで七不思議ってそういうモンなん? って事で『学生板の十年監視者』は六つ目だ。この数字、なんか意味でも有んのかね? 誰か知ってるヤツ希望」。

画面を片手でスライドさせながら、僕は溜息を吐く。学生用の掲示板だから無意味な書込みや煽りは有ったりもするが、それにしても……。
「それにしても皆、情報が早いな」
予想以上の収穫だったと。そう言わざるを得ないだろう。
僕がわざわざ聞き込みをして調べるまでもなく。七不思議はそこに、とうの昔に出揃っていた。

一つ目「夢映しの窓」。
二つ目「三つ目の校舎」。
三つ目「咲かずの外れ桜」。
四つ目「深夜の飛行機雲」。
五つ目「実習棟の幽霊階段」。
六つ目「学生板の十年監視者」。
七つ目「消えた南門」。

全く、好奇心というのは人間にとってなくてはならないものらしい。


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