オリジナルの部屋
うしみつっ! 2
さて、気付けば六人がそれぞれに二人組になって話し合っているのも矢張りよく有る事であり。この時の僕の話し相手と言えば隣に居た静間だった。
「ところでさ、面白い話といえば、知ってる? この前ちょっと聞いたんだけどウチの学校にも、やっぱり七不思議が有るんだって」
「へえ、七不思議。高校生にもなって、馬鹿なヤツも居るんだなあ」
僕でなくとも、過半数の高校生が同じ感想を抱くと思う。短くとも高校一年生、十五年を生きてきておきながら、それでもまだそんな作り話を語り継ぐなんて、今までの人生でそいつらは一体何を学んできたのだろうか。全く。
「違うよ、シオちん。逆だよ、逆」
ずずいと、顔を近付けて言う少女。僕は良いのだけれど、しかしてコイツ、人にここまで接近して恥ずかしくないのか。女の子だろ。それも多感な時期の。
もう少し恥じらいとか慎みとか持った方が良い気はする。天然だけで渡って行けるほど世の中は甘くないんだがな……。
ま、そんな事は静間がその内自分で学習する事であって、今ここで僕が言う事でも無い気がするけれど。
「何が逆なの?」
「高校生なのに、七不思議なんだよ? 高校生の間でも語り継がれちゃうような七不思議なんだよ?」
いや、力説されても意味分かりませんが。なんだ? もしかしてこの状況、地味に僕の理解力が試されているのか?
「えっと……つまり! そんだけ凄いって事だよ、シオちん!」
「はあ……そうなの……」
今一ピンと来ない。凄いとか、余りにも漠然とし過ぎていて大分反応に困る。その形容詞はまるで中身を説明出来ていない事に僕としては静間に早く気付いて貰いたい。
凄い七不思議。
……語彙が小学生です。
「二つ目、『三つ目の校舎』」
唐突なその声は対面から聞こえた。いつからか双一と瓜生は揃ってこちらの会話に耳だけで参加していたらしい。
「三つ目の校舎?」
「ウチの七不思議、俺もこれだけなら聞いた事有るぜえ。生憎、他はさっぱりだが。ホラ研(超常現象研究部。ホラー映画が常に部室で上映されている事から通称「ホラ研」)辺りが詳しいんじゃね? 俺もそこのヤツから聞いたし」
呟く瓜生は垂れ目を細くして僕と静間を見つめている。どうやら眠いらしい。
あ、欠伸した。
「ねえ、うりうり。二つ目なのに『三つ目の校舎』なの?」
「おう、青。そこがおもしれーだろ? もしかしたら他にも聞いたかも知れんけど、やっぱ聞いてないかもな。うんにゃ、どっちでも良いか。覚えてねえには違いない」
いや、多分、この少年は綺麗に忘れているのだろう。うん。
二つ目なのに三つ目、という只そのインパクト故に覚えていただけに過ぎない。僕の中の経験に裏打ちされた第六感がそう告げている。
興味の無い事は端から記憶しない。ちょっと僕には真似出来そうにない瓜生流記憶容量節約術。これで学校の定期考査では特典上位なのだから羨ましい限りだ。
「で、肝心の中身は?」
「夜中の学校敷地内に教室棟、実習棟に次ぐ三つ目の建物が建ってる、ってそんだけ」
「……そんだけ?」
「そんだけ」
言い切る瓜生に僕、しばしフリーズ。
「ちなみに。俺はそれを聞いてすぐさま『それ、体育館じゃねえの』ってツッコんだ」
三つ目の建物。
体育館の見間違い
凄い七不思議。
……しょぼっ。予想外にしょぼいぞ、七不思議! 凄くない! 決して凄くない! いや、一周して逆に凄いのか!?
「ま、体育館ではないらしいけどねえ」
「にしたって、誰が信じるんだい。階段が一段多いとかってレベルじゃないんだ」
「いやいや、シオ。見方を変えてみろって。そんな荒唐無稽な話が語り継がれてるんだから、これは逆に信憑性が有るようにも聞こえるだろ?」
瓜生の軽い物言いに、しかし双一からケチが付く。
「だが、有り得ない」
「僕も双ちゃんに同意だな。そんな馬鹿な話、信じる信じない以前じゃないか」
校舎がもう一つ建っているなんて何を見間違えたのかすら察する事が困難だ。高校生にもなって何を下らない、と僕は一蹴しようとした。
「だけど、見た人が居るとなれば話は別ですね。ワタクシ様も、聞いた事が有りますよ、その話」
予想外の方向から話題に参入。こんな話に一番興味を持ちそうに無い、現実主義者……良くも悪くも「冷めている」要からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。
「いえ、ワタクシ様の気を引こうとする為の苦し紛れの嘘であった可能性は否定出来ませんが。しかしもし、そうであったのならあの女子生徒、相当の演技派ですよ。是非、演劇部にスカウトしたい逸材ですわ」
要、君、演劇部じゃねえじゃん……。何、他人様の部活に勝手に新入部員入れようとしてんだよ……、と。まあ、いいや。
僕にだってよその部活の心配をする義理も無いし。
「ねえ、七不思議って言うくらいだからさ、他にも有るんだろう? それのリアリティ次第で三つ目の校舎、だっけ? それの信憑性も判断出来るんじゃないの?」
そもそもの怪談を信じる事が出来そうにもなかったが、しかし話題は膨らませてこそという話。他の七不思議を知ってる人は居ないのかとテーブルを見回す。
すると「我関せず」なんて顔に書いてありそうな有理と目が有った。テーブルに頬杖を突いてダルそうだけれど、彼女が倦怠感を演出するとそれはそれで魅力に思えてくるから不思議だ。
こんな時、美形って得だな、と思う。僕なんかじゃこうはいかない。有理は少しだけ口紅を載せた薄い唇をスローモーションで動かした。
「ゆうれいかいだん」
幽霊怪談? そんな漠然と「怖い話」めいたものがウチの学校の七不思議として語られているのだろうか?
「カイダンというのは上る方の階段か、葛西?」
双一の質問に有理がこっくりと頷く。ああ、カイダンってそっちですか。
「それは……ええと『十三階段』とは違うの?」
「その十三階段ってのを私はよお知らんけど、多分、亜種なんじゃねえ?」
「あ、青ちゃんも聞いた事有る! 実習棟の話だよね、有ちゃん。そっか、アレも七不思議だったっけ」
「ああ。あーっと、ほれ、実習棟って屋上に上る階段が校舎外の非常階段しか無いじゃねえか」
そう言えば。有理が言ったように、確かに第二校舎、通称実習棟には屋上へ上る階段が建物内に設置されていない。不自然には僕も思ってはいたけれど、しかし、興味を抱く程の違和感では、それは無かったから何とも思ってはいなかった。
「だから出来た話なんだろうけどよお。本来有る筈の屋上行き正規階段が校舎内を夜な夜なうろついてるってな下らない……所詮、こんなモン噂だ、噂」
言い捨てる有理から目を外し僕は思案する。階段がうろつくって……足でも生えてるのだろうか? どうにも僕の貧困な想像力ではちょっとイメージ図を浮かべる事が難しい。
「だが、さっきの校舎が増えるって話に比べれば未だリアリティが無くも無いか」
「だね。そっちは荒唐無稽も良い所だったから」
僕と双一は揃って頷く。十六年間も隣近所をやってきたからか、偶にこんな感じで所作や台詞でシンクロしてしまう僕達二人だった。
「……七不思議、かあ」
呟いてはみたものの別段そういったものに興味などは持たないし、元々ホラー映画などは率先して観る方でも無い。先程も言ったが、同じ映画館で観るならば少しでも経験値を求めて恋愛ものに手を伸ばす意地汚い僕だった。
いや、お金払うんだし、僕の中に少しでも何か残って貰わないと。うん。
貧乏性と言うなかれ。刹那主義ではないだけだ。人生、堅実に積み重ねていきたいタイプなだけなんだ。
が、人の好みは千差万別。世の中にホラーが一大ジャンルを築いている以上、そこには少なくない需要が有るという事で。
六人居れば一人は居ても何も可笑しくなど無いのだろう。
ホラー好き。
「七不思議、調べてみようよ!」
そう元気いっぱいに言い放ったのは天然優良児。無気力現代っ子へのアンチテーゼ。静間青、その人である。
彼女の宣言に対して僕達は「どうぞ勝手にやって下さい」の空気を無言で垂れ流してみるものの、空気を読まない事と巻き込み癖には定評の有る静間である。
「皆で調べればすぐだよ、すぐ!」
……予想通りの台詞をどうもありがとう。
ああ、なんだ、この話の流れ。調べ物とか面倒臭い事は余り好きでは無いのだけれど。とは言え、「やってみようモード」に入ってしまった静間の興味のベクトルを逸らすのもそれはそれで面倒臭いのは前例から既に学習済み。
伊達に一年、仲良しグループをやってはいないんだ。大体、こうなってしまった場合、僕達には彼女の有り余るパワーに流される他無いのだから。
沈黙する五人の内の誰一人として、流石に「失せ物大戦」の再来は御免だろう。
「幽霊階段と三つ目の校舎だっけ? えっと、そしたら残りの七不思議は五つだから、一人一つ調べて……あれ?」
指折りながら彼女は不思議そうな顔。
僕たちは六人なのに対して残り五つの七不思議。
「八不思議になったよ?」
……なってねえよ。勝手に増やすな。明らかに一個捏造されてんじゃねえか。
「一個づつ話すとして、それだと折角調べた七不思議を披露出来ないヤツが一人出て来るな」
特に興味も無さそうに双一が言う。きっと彼としては「だからそんな非生産的な事は止めておかないか」と言いたいのだろう。しかし、そうは問屋が卸さないのが僕の所属するこのグループなのである。
「つまり……罰ゲームですわね」
美しき悪魔、要がそう言うであろう事は僕には分かっていた。だから僕や有理は何も言わず黙ってたのに……双一の余計な一言さえ無ければこの展開は無かった筈で。
ああ、もう。
気配りの人なれど、しかし他人の思考回路を先回りする能力に決定的に危機的に致命的なまでに欠如した朴念仁。金子双一。僕の幼馴染は良いヤツで、そして悲しい位に人が良い。
一緒に居ると否応無く汚い自分を直視させられて、結果自己嫌悪に陥りそうな程の、彼はアンチ癒し系お人好しなのだった。

「じゃあ、一週間後に一人一つづつ調べた七不思議発表だね」

結局、その日は静間に押し切られる形でウンザリと五人が首を縦に振り、そこで僕らの放課後活動(只の駄弁りだが)は時間的にお開きとなった。
烏が鳴くから帰宅がどうたらなんて黄昏時はとっくのとうに過ぎ去って、日は暮れ切った二十時過ぎ。
駅で他の皆と別れても、家が隣同士である僕と双一は必然的に帰り道が同じ方向だ。
雑談をしながら僕ら二人は並んで帰路に着く。そんなのはいつもの事。会話の種も使い古しで、同じタイミングで拗ね、同じタイミングで何度笑った事か。
その内「おい」と「うん」だけで会話が成立してしまいそうで、それは流石に背中が薄ら寒い。
熟年夫婦じゃないんだから。うわっ、自分で言ってみて怖気が酷い。
……どっちが夫なのかがこの場合の問題だろうか。いや、違うな。
「地下鉄、また遅れてたね」
「多分、人身事故だろうな。最近、多いから」
しかして当たり障りの無い会話。
ぼかして当たり障りの無い関係。
それは精神的にもそうだし「今となっては」物理的にもだった。
昔は、違った。僕と双一はもっと当たるし、時折障りもする間柄だったものだ。
背にのしかかったり肩を組むなどの馴れ馴れしい距離感、スキンシップといったものは中学卒業を待たずして僕らの間から消え失せて。それはしかし、気まずいと言うのとはまた違うのだろうけれど、どことなく二人きりにぎこちなさを感じるようにはなってしまっていた。
幼馴染なのに……いや、逆に幼馴染「だから」なのか。変に意識してしまう瞬間が、年を経るにつれて段々と多くなった。
高校生にもなっていつまでも子供じゃないんだし、と。そんな常套句が僕の行動を制限する様に、いつの間にかなってしまっている。
……嫌な感じだ。
けれど、双一を人として、一人の人格として尊重して扱うようになったという、ある意味ではそれも「成長」なのだろう。友人に気を置かなくても済む年頃から、友人だからこそ気を使う年頃にシフトした結果。
親しき仲にも礼儀有りを地で行くようになっただけの話。
それは決して悪い事ではないし、だから、嘆くような事じゃ決してない。
僕らはいつまでも子供じゃない。
子供じゃ……いられない。
なんて。まるでずっと子供でいたいような言い方だけれど。大人に早くなりたいとは、しかして僕は思ってはいない。
「暦上は春だけど、日が落ちるとまだまだ冷えるね」
「そうだな」
隣合って歩いているのに、影すら重ならない僕と双一。いつか、この距離感をも僕は楽しめるようになるのだろうか。僕よりも頭一つ分大きい双一の横顔をそっと見上げるが、その表情からは何も読み取れない。
どこまでも自然体。中学の頃と何も変わらない仏頂面。
グダグダと考えている自分を少し馬鹿らしいと感じてしまうくらいには、その横顔は不変で。
多分、双一は僕みたいな事を考えてはいないのだろう。彼は元々が寡黙な性格で有ったし、誰かと二人きりで――途切れ途切れではあっても会話を交わしている事自体が彼と付き合いの薄い人間からは信じられないとクラスメイトから聞いた事が有る。
僕はきっと、これでも幼なじみとして特別扱いされている方なのだ。
それでも。昔はもっと、それこそ兄弟の如くに仲が良かった……なんて言ってみた所で時の流れと共に距離を取る様になったのは他ならぬ僕自身であるし、変わったのもまた、僕ばかりなのだから。
まるで変わらない双一のスタンスが、立ち位置が、少しばかり羨ましく、少しでは足りない程度には妬ましかった。
貴方のように、なりたかった。
貴方のようには、なれそうにもない。
「なあ、双ちゃん」
「なんだよ、シオ」
「……いや、やっぱなんでもない」
「そうか」
帰り道は正面から三日月に照らされて、街灯が堪らなく邪魔だった。
感傷的になろうとする僕を妨げるみたいに、道に並ぶ人工の灯りは否応無しに現実感に溢れていて、なんだかとても……そう、気持ち悪いという表現がしっくり来る感じ。
街灯さえ無ければ、道に落ちる影から二人の距離をこんなにも実感しないで済んだ、というのもそれに拍車を掛けた。
ぽつり、呟く。
「僕は、変わったかな?」
なんとなく口からまろび出たその問い掛けは曖昧模糊で、ともすれば正気を疑われかねない唐突さだったけれど僕の優しい友人は事も無げに返答した。
「変わったな」
「そっか。やっぱり、か」
ずっと一緒に居る双一から見ても分かるくらいに僕は……変わったのか。
「変わらないものなんか無い」
「よく聞く話だね」
声をあげて笑って見せた。なんだかよく分からないけれど、ここで笑っておかないとダメな気がして僕は笑った。
「変わらないものが無いのならば、じゃあ、双ちゃんも類に漏れず変わったのかな? 僕の目にはまるで変わり映えしていない様に映るのだけれど」
「ああ、変わった」
「へえ、どこが、どんな風に?」
「俺は人間臭くなった」
変わらぬ口調での冗談に、僕は吹き出してしまう。双一はだけど、やはり表情一つ変えないで、冗談を続けるんだ。
「あはは。何、それ」
「言葉通りの意味だ。昔はもっと、孤高だった気がする」
「酷いな。昔は今よりも余程、僕は双ちゃんに構ってあげていたじゃないか。そんな僕をカウントしないで『孤高』だなんて」
「そうじゃない。あの頃は二人だった。二人きりで、だがシオは俺の一部分みたいな感覚で、それは『群れ』じゃなかった」
首を捻る。双一の言っている言葉の意味がどうにも僕にはよく分からない。
「どういう意味?」
「なんでもない。只の、戯言だ。忘れてくれ」
言って、彷徨う視線。空を仰ぐ彼の目に何が映っているのか知りたくて、僕は視線を宙に投げる。
「何を、見てるのかな?」
「月」
三日月は僕らを照らさない。街灯の方が近くて強いから。
三日月は僕らを照らさない。
「月は……孤高だよな」
そう、感慨深そうに言う双一に、僕はようやく理解する。彼の言う「変わった」という言葉の意味を。僕は月を見ながら、囁くように問い掛けて。
「双ちゃんはあんな風に、なりたかったの?」
「どうだろうな。今はもう、よく覚えてない」
「そっか」
「ああ」
僕らは少しづつ、けれど着実に大人への階段を歩いている。
果たしてその階段が、上りか下りかなんて知らないけれど。立ち止まる事だけは許されていないらしい。
帰り道で立ち止まっても、帰る場所なんて他に無いから。
「双ちゃん」
「なんだよ、シオ」
「孤高なんて、一人なんて、暇潰しにも困るんじゃない?」
僕の言葉に双一はそうだな、とだけ言って、そしてそこから僕らは無言だった。
例えば、僕にもっと気の利いた台詞が言えたのならば、僕らの関係は変わっていたのかも知れない。昔みたいに距離を狭める事も出来たのかも分からない。
だけど、この時の僕はそんな事はしなかった。
何の根拠も無く、この関係は変わらないと、そう思っていたから。


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