ハルヒSSの部屋
ボーイフレンド
最近、古泉の様子がおかしい。なんでだろうな。……ってまぁ、大方理由は分かってるんだが。
まぁ、戸惑うのも仕方が無い訳で。アタシだって戸惑ってるんだし。っつーか、戸惑わない方が無理だと思わないか?
朝、登校したらHR前にカフェテラスに呼び出されて。
そんで、指定された場所に行ってみたら見知らぬ男が居たんだぞ? 驚かない方が無理が有るだろ?
「えっと……アタシは確か古泉に呼び出された筈なんだけど……アイツの関係者か何かですか?」
「いえ、僕は古泉イツキ本人です」
は? えっと……アタシの耳がオカしくなったのだろうか。
「すんません。アタシは古泉イツキを探してるんですが……」
「はい。ですから、僕が古泉イツキです」

「一姫ですよね?」
「一樹です」

……はい、また事件勃発である。ああ、なんだか頭痛がしてきたぞ?

さて、こうなったのには勿論事情が有る。古泉……君に昨日何が有ったのかを聞かれて記憶の箱をかぱっと開けてみたら、確かに有ったよ。そんな感じのやり取りが。

「しっかし、学祭の準備とか言って俺達SOS団を駆り出しておいて、やらせる事が雑用だなんてふざけてるよな」
「黙ってやれ! それとも単なるダベり場扱いされて部室を追い出されたいのか? アタシはそれでも構わんぞ?」
「そんな事は俺だって分かってるから、こうやって材木運んでんじゃねぇか」
「なら、長門や朝比奈さんを見習え! 二人とも……いや、朝比奈さんは見習わなくても良いか」

「あーあ。せめてもう一人くらい男手が有ったら楽出来るのによぉ……」

「って事が有ったな」
「十中八九それで間違い無いですね。ほぼ鏡写しのようなタイミングで僕側の涼宮さんももう一人くらい居たらステージが華やぐ、等と言っていた気がしますので……」
そう言って溜息を吐く古泉。
「まさか、入れ替わりとはね。流石は涼宮さん、と言った所でしょうか。いやはや、彼女……こちらでは彼ですか。二人の傍に居ると退屈しなくて済みますよ」
いや、肩を落としてる所から鑑みても、面白がってるようにはどうしても見えないんだけどな?
「とりあえず、これから……少なくとも学園祭の準備が終わる頃まではこちらに居る羽目になりそうですね。よろしくお願いします、キョン君」
誰がキョン君だ。
「では、キョン子ちゃんと、そう呼ばせて頂く事にしますか」
うげ。なんでお前、こっちでのアタシの愛称を知ってるんだよ?
「分かり易い世界のようで、少し安心しました」
そう言って、古泉は疲れた顔に微笑を浮かべたのだった。

「へぇ。お前の居た世界のアタシも結構苦労してるんだな」
「はい。ですが、毎日楽しそうですよ?」
「いや、十中八九楽しんではいないだろうな……っと、チェックメイトだ」
学園祭の準備期間二日目。二時間ほど続いた雑用からようやく開放されたアタシ達は部室で寛いでいた。うん、朝比奈さんの淹れてくれるお茶は美味しい。
「いやぁ、お強い。男女が逆転した貴女ならば多少は有利に展開出来るかと思いましたが、終始劣勢でした」
「お前は弱過ぎるだけだろ」
「こちら側の僕とも、良くボードゲームをなさるんですか?」
聞かれて首を捻る。矢張り、どうにも古泉が男だというのには違和感が有るな。
「いや、アイツはアタシをコスプレ人形か何かと勘違いしてるのか……」
視線で指を差した先はアタシ用に取り揃えられた多種多様な衣装の掛かったハンガー掛けだ。
「大抵、玩具にされてるな。何でもアタシがコスプレをする事で世界が平穏無事になるらしいが、どう考えても出鱈目の嘘八百だろう」
と、ここで古泉が難しい顔をした。オイ、どうしたんだ?
「いえ。恐らく僕……いえ、彼女の言っている事も満更嘘ではないかと考えます」
どういう意味だよ?
「それはご自分で悟って下さい」
全く、謎掛けをして答えは語らないってのも一姫そっくりだな。
「まぁ、表裏一体のようなものでしょうから」
そんな会話をするアタシと古泉を、PCの向こうからじーっとハルヒコが睨んでた事に、アタシは気が付かなかったんだ。

さて、早いもので文化祭準備期間最終日である。とは言っても? アタシ達的には準備期間前に出し物の用意は済んでいた為に特に何をやる訳でもなかった訳で。
ちなみに出し物は映画。あろう事かアタシが主役である。それを飽きずに繰り返しPC上で再生しているのは我らが暴君である。映画の出来にはそれなりに満足しているらしいが、アタシにはその感覚が理解出来ん。
空前のシュールリアリズム映像でしかないそんなもん、頼まれたって見ないからな?

「さて、僕の出番はここまでの様ですね。終わってしまえば早かった気がします」
古泉が笑う。って、オイ。お前、もう帰っちゃうのか?
「幾分後ろ髪惹かれる思いではありますが、僕には帰る場所が有りますので。それに、ですね」
なんだよ。顔、近いぞ。
「ここ数日、貴女が僕とばかり会話していらっしゃるので、涼宮さん……涼宮君の機嫌がどんどん悪くなっていらっしゃるのですよ。恐らく、今晩がタイムリミットでしょうね。雑用も終わりましたし、彼にしてみればこれ以上僕をこの世界に留め置く理由が無いわけです」
言われてハルヒコを見る。すると、アイツはアタシの視線に気付いて顔を背ける。フン、って感じか。ああ、確かにアイツの機嫌は悪そうだな。
「でも、仕方無いだろ? アタシとしてはお前の居た世界に興味が有るし、それにお前も……その、なんて言うか他の奴とは話しづらいだろ?」
「お気を使って頂けていたとは。光栄ですね」
ああ、もう。そうじゃなくって! なんでコイツは一々遠回しに取ろうとするんだよ。
「お前は! 友達だろうが!」
アタシがそう言うと、美少年はきょとんとした顔をした。……なんだよ? アタシだって臭い台詞を吐いたって分かってるからあんまり深くツッコむんじゃない。
「いえ、そうでなくって……ですね」

「向こうのキョン君にも、面と向かって言われた事が無いもので。少し、嬉しくて驚いてしまいました」
コイツの照れる顔なんかここ五日程で初めて見たなとか、そんな事をアタシはぼんやりと考えていた。

「そうだ、古泉。お前、今からどっか行きたいトコ無いか!? どこでも良いぞ。今日が最終日なんだろ?」
「それは……デートのお誘いですか?」
古泉の言葉に自分でも顔に血が上っていくのが分かる。だけど、コイツに会えるのは今日が最終日で。明日になればきっとコイツは一姫と入れ替わっちまう。だったら……。
「……そういう事に、してやっても良い」
「哀れみならば無用ですよ? 僕達は彼女……いえ、彼の為に存在していると言っても決して過言ではないのですから。振り回されるのも、仕事の内ですし」
自嘲気味な笑みを浮かべる古泉。その横顔は、痛々しく見えて。
「そんなんじゃない。アタシがお前と純粋に一度デートしたいって言ってるんだ。ほら、時間が無いぞ。さっさと行きたい所を言ってみろ」
そんな事を口走っているアタシが居た訳だ。

「では、海に行きませんか?」
「はぁ? 今からかよ?」
「夜の海は僕のオススメのデートスポットです」
古泉はそう言ってはにかんだ。

「着きましたよ。ああ、ありがとうございました、新川さん」
アタシ達を乗せた車が遠ざかっていく。
「しかし、新川さんまで女性になっていらっしゃるとは。少し驚きでした」
「素敵なマダムだったろ?」
「ええ。振り返ってみれば、ここ五日間ほど、驚かされっぱなしでしたね……と。折角のデートだと言うのにエスコートもしないで僕は何をやっているんでしょうか」
美少年がアタシに対して恭しくひざまずいて右手を差し出す。
「よろしければ、今夜一晩、僕と付き合って下さいませんか?」
そう芝居口調で言って、ウインクを一つ。
「何やってんだよ、お前」
「違いますよ、キョン子ちゃん。『こういう場合は、特に差し許す』って言うんです」
「……っ! 分かった。今日だけはお前の趣味に乗っかってやる」
アタシは差し出された右手に、左手を乗せた。
「特に差し許す……これで良いか?」
「はい、結構です。ありがとうございます」
そう言った古泉は、心底嬉しそうな顔をしていた。まるで長い間ねだっていた玩具をようやく買って貰えた子供の様な笑顔で。
そんな顔をされたら、怒るに怒れないじゃないか。

それからアタシ達は海辺を散歩した。波打ち際を。防波堤を。ゆっくりと並んで歩いた。って、これじゃ本当にデートみたいだな。だけど、不思議とアタシは「こんなのもたまには悪くないか」って思っていたんだ。
「おい、見ろよ古泉! 星がめっちゃくちゃ綺麗だぞ!」
「ああ、本当ですね。この辺りには光源が乏しいからでしょうか。とてもよく見えます」
テトラポットに登って空を見上げた。そんなアタシの隣に寄り添うように古泉が立っている。
「危ないですから、手を繋いで下さいね」
「子ども扱いするなよ」
「いえ。ですが、女性が星に夢中になる姿は大変結構かと」
「お前、そんな事誰に対しても言ってんのか?」
「まさか。ご存知とは思いますが、任務任務の毎日でしたから。こんな事は初めてなんですよ、キョン子ちゃん」
「……それも、そうか」
今のアタシと古泉は、まるで恋人同士みたいに傍からは見えるんだろうな。……ってアタシは何を考えてるんだ!
「ほら、見えますか、キョン子ちゃん。アレが有名な夏の大三角です」
アタシに星をレクチャーしながら、恐らくは無意識にだろう、古泉が頬を寄せてくる。アタシの視点からはどこに星が見えるのか。きっと、そんな事しか考えてないんだろうな、コイツは。
子供みたいに、星を見ている。その横顔はコイツも少年だった時期が有ったのだという事を雄弁に語っていた。

まるで時間が止まったみたいな。二人きりの天体観測。
だけど、天球だけは時間の経過と共に律儀に回っていて。星の位置が観測を始めた頃とはまるで逆方向に移動した頃、「それ」はやってきた。

唐突に古泉の体が光り出す。
「おやおや、時間切れですか」
時間切れ。その言葉に我に返る。そうだった。コイツは今日で居なくなるんだ。
「古泉っ!!」
堪らずアタシはソイツの名前を呼んだ。寂しそうな、嬉しそうな。なんとも付かない顔をする、少年の名前を呼んだ。
「ああ。そんな顔をしないで下さい。今回が元々イレギュラーだったんですから。全てが元に戻るだけですよ」
そう言って優しく笑う。アタシの為に。アタシだけの為に作られた笑顔。
「今日は本当に楽しかったです。まるで一人の何者でもない少年に戻ったようでした。貴女のお陰です。ありがとう。良い土産話が出来そうですよ」
「お前……また、会えるよな! また……っ、絶対、会えるよな!!」
アタシが喉を振り絞った叫びにソイツは笑った。
「貴女に泣き顔は似合いませんね」
今にも消えそうな古泉の体が近付く。アタシは目を瞑った。

唇に来ると予想していた、感触は無かった。
目を開けると、そこにはもう、少年の姿は無くて。
「時間切れ、か。助かったのかな……ははっ」
アタシの自嘲が波音に浚われて消えた。

「さよなら、の一言も無しか、バカヤロォォッッ!!」

星を睨んで、靴を飛ばした。天に唾する、そんな感じで。だけど靴は戻って来なくて。真っ暗な海に消えていった。

「キョン子ちゃん……」
名前を呼ばれて振り返る。そこには靴を片方、失くして立つ一姫が居た。
「ただいま」
「おかえりなさい」
アタシ達は抱き合って、海辺でわんわん泣いた。
それこそ、馬鹿みたいに。満点の星の下で。


「っていう話を第二部のアニメオリジナル回に入れるのはどうでしょう? 尺は二日目から四日目の風景で調整するなどしてですね……」
「……却下だ、古泉」


「あなたもきっと同じ星空の下に」closed.
BGM 「ボーイフレンド」by aiko


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