ハルヒSSの部屋
よいこの味方は聖夜に踊る
毎年飽きもせずによくもまぁイベントを盛り上げようとするもんだと思う。
まぁ? 世界を盛り上げるのがコイツの持って産まれた使命らしいから、そういう意味では職務を遂行しているだけだとも言うが、そんなもんに何の関係も無い俺が毎度毎度巻き込まれるのは一体どうしてなんだろうね?
そんな風に俺が疑問に思うのも詮無いことだと思う。だって、そうだろ? 誰だって両手に抱え切れない品物が乗ったカートを眺めれば溜息の一つも吐こうってなもんだ。
某何でも取り揃う自称薬局(あのやたらと人名臭い看板掲げたあそこな)にて、パーティーグッズをキラキラした目で買い漁る団長様を見た後、俺は天井を見上げた。
今日も我らが涼宮ハルヒは元気一杯である。いや「今日も」だと語弊が有るな。「いつにもまして」に各自で直しておいてくれるか?
さて、そんなこんなで何を隠す訳でも無い。本日は十二月二十四日。世間様で言う所のクリスマスイブって奴だ。
まぁ、俺みたいな無気力高校生にしてみたら、そんなイベントよりも午前中につつがなく終えた終業式の方が感慨深いのだが。
だがしかし、ハルヒがそんな穏やかな思考回路なんぞ持っている訳も無く。
鶴屋さんの家の一角を借り切って行われる「二学期お疲れクリスマスどんちゃんパーティー」をどう盛り上げようかで、今のコイツは子供のように目を輝かせている。
そんなハルヒの腕には「超宴会部長」と油性マジックで書かれた腕章が巻かれており……気合い十分なのはよく分かったよ。だがな、そんなに買い込んでも俺には手は二つしかない。いわんや、お前を入れても四本だ。
どう考えても持てる量じゃない事は目に見えている。それともアレか? お前には腕をもう二本、肩口から生やす機能でも搭載されてるのか?
そんな俺の理路整然とした発言にもハルヒの奴は耳を貸しやがらねぇもんだから、必然コイツが次から次へとカートに投げ入れる商品を俺が一つ一つチェックして、棚に返す事になる訳で。
「ああっ! それはみくるちゃんに着て貰うんだから、返すんじゃない!」
……却下だ、馬鹿たれ。
「むぅ……何よ!? ミニスカサンタコスはちゃっかりカートの奥に捻じ込んでるくせにっ!! どうせまたみくるちゃんに着せる気でしょうが!?」
うおっ、バレてたのか!? ……って、いやいや。なんでこれを着るのを朝比奈さんだと決め付けているのか、お前は。失敬な。
「なら、古泉君にでも着て貰おうか? 案外似合ったりしたりして!」
脳内で瞬時に作られた映像を頭を振って吹き飛ばす。悪いが、そんなもんは見たくねぇよ。
「なら、国木田?」
お前はなぜに男限定でこんなもんを着せようとするのか。ちょっと脳味噌をお手洗いでわしわしと水洗いしてくる事をオススメする。
「だって、そっちの方が面白いじゃない!!」
ハルヒが百Wの笑顔で俺に同意を求めてくるが、そんなおどろおどろしいモンを進んで見る趣味は俺には無い。
溜息を一つ。
「何よ何よ! 辛気臭い顔しちゃってさ! 高校二年生のクリスマスは一度きりなんだから、アンタももっとやる気出しなさい!」
ああ、そうだな。日本人の平均寿命近くまで生きると仮定した場合、後六十回程クリスマスと遭遇するのは避けられないのだが。つか、高校二年の、と仮定した場合どんなイベントであろうと一度きりだろう。
しかし、ここでそんな事を言ったところでハルヒの機嫌を損ねるだけなのは、これまでの経験からさしもの俺も理解している。
こういう時は「へいへい」とか適当に生返事を返しながら、ただじっと荷物持ちに徹しているのがハルヒと付き合う術だ。
ま、俺もこういう下らないお面やら被り物やらを眺めるだけなら案外嫌いではなく。暇を持て余すといった事は無かった訳で。
少しだけワクワクしているのも、正直な所ではあったりするんだ。
そんな事をハルヒの前で口に出したらここぞとばかりに、凄まじい買い物をさせられそうだから言わんけどな。

ちなみに、長門と朝比奈さん、それに古泉の三人は食材担当で別行動中だ。俺と古泉が別々なのはくじではなく、荷物持ちとして男手が必要だろうというハルヒなりの配慮である。
そしてハルヒは当然と「自分がパーティーグッズその他諸々の買い出しをする」と一方的に言い張り、これまた当然と俺を引き摺って買い出しに出たって訳で。
……頼むから引き摺るなら襟首じゃなくて、袖にして頂きたいものだ。シャツの首周りが伸びたらどこに賠償請求すれば良いんだろうな。古泉の機関とやらに言えば良いのか?
トナカイの衣装を手にうんうんと唸るハルヒを見ながら、朝比奈さんグループは今頃何をやっているんだろうな、と思いを馳せる。
ああ、向こうは両手に花か。チクショウ、古泉め。
鼻息荒くあーでもないこーでもないと商品を吟味するハルヒを遠目に見ながら、出来れば今回のクリスマスは平穏無事に過ごしたいなんて考えていた。
……オイ、そのちょんまげカツラは誰に付けさせるつもりだ、ハルヒよ。

「ねぇ、キョン。媚薬ってどこに置いてあるのかしら?」
……ねぇよ。こんなトコにゃ置いてない。
つか、そもそもそんなモン買ってどうする気だよ、お前。
「だって、お酒の席って言ったら目薬とか粉末状の睡眠薬とか媚薬とか、そういった物が登場するのはお約束じゃない!」
おーい、誰か金網の付いた救急車を今すぐ呼んでくれー。
「何をする気だ、この犯罪者予備軍が」
「大丈夫よ。コトに及ばなければみくるちゃんだってきっと笑って許してくれるわ!」
……被害者はコイツの頭の中で既に決まっているらしい。
いつぞやの、俺に向かって「お嫁に行けなくなったら貰ってくれますか?」と涙ながらに言う朝比奈さんの切なくも愛らしいお姿を思い出して、それも有りかな、と思ったりしないでもないが……って、待て待て、俺。犯罪は不味い、犯罪は。
「あのな、ハルヒ。媚薬は勿論だが、睡眠薬なんてのは医師の処方箋が必要な代物だから、売ってないんだよ。諦めて普通のクリスマスパーティをやろうぜ?」
「普通のなんて、つまんないじゃない! アタシ達SOS団が主催するからには、ド派手に打ち上げないといけないのよ!」
どこから来るんだ、その義務感は?
そんな疑問を持った俺を置いて、ハルヒは薬売り場へと大股で突き進む。ああ、アイツを野放しにしておいたら、次は誰に迷惑をかけるのか。
なんで俺はよく分からない品物で一杯になったカートを押してハルヒを追いかけなきゃならんのだろうね。
既に気分は子供向け体操番組に出て来るお兄さんの心境である。頼むから厄介事を次から次へと起こしてくれるなよ、団長様。

ハルヒがカートにぶち込んだ「睡眠導入剤」を棚に返す時に、少し勿体無いかも知れないと思った自分に自己嫌悪だ。
全く、我ながら俗物だと思う。

さて、一通りと言わず三度程店内を回った所でようやく我らがお姫様はご満足されたようだ。俺はと言うと倦怠感でいっぱいである。今度から、ハルヒのお守りは古泉にも半分ほど擦(ナス)り付けてやろうと思う程には疲れていた訳で。
「うん、こんなものね。さぁ、キョン。きりきりレジに向かいなさい!」
ジェンガみたいに不安定なカートを引き摺って速度が出る訳など無いのだから、急かすのはどうか勘弁して貰えないだろうか。
「結構買ったわね。幾らくらいになるのかしら?」
間違い無く諭吉さんにご登場頂く必要が有るだろう。つか、絶対買い過ぎだ。こんなに沢山のパーティーグッズ、今夜一晩じゃ恐らく使い切れねぇぞ。
「良いのよ! 余った分は来年使えば良いんだから」
そういう問題では無いのだが、ここでコイツに何を言った所で馬の耳に念仏、ハルヒに説教。
「心配しないでよ。割り勘だから」
そう言ったハルヒだったが、レジで請求金額を示された時にはさすがに真顔になっていた。無理も無い。店員さんですら金額を告げた時に引いてたぐらいだからな。
「えっと、キョン?」
慌てて振り返るハルヒは、中々見れない顔をしていた。目に「調子に乗ってやり過ぎた」って書いてあるぞ。
「……俺が出すよ。こんな事だろうと思ってちょいと多めに持ってきた」
俺は懐から過去に類を見ないほどぱんぱんに張った財布を取り出した。全く、古泉に感謝である。
はい、ちょいと回想。

校舎のテラスには何度も来ているが、さすがに十二月も後半となれば吹きすさぶ風が身に凍みる。しかしながら、俺とコイツがのんびり歓談出来る場所なんざ数えるほども有りはしない。
安っぽい紙コップに入ったコーヒーだけが現在唯一の暖である。ソイツで両手を温めながら、俺の目は宙を泳いでいた。
「本当に……良いのか?」
そう言った俺の目の前の優男は封筒を差し出していた。中身なんざ見ないでも分かる。この厚みはプリントとか手紙とか、そういった類の物で形成されるものではないからな。
「ええ。今日はクリスマスイヴですから。何かと入り用でしょう?」
「……いや、それにしたって多過ぎるだろ」
「まぁ、一般の高校生が持つにしては確かに多い事は認めますが。しかし、貴方は『一般の高校生』ではないのですよ。そろそろ、自覚して下さいませんか?」
古泉は俺の手に強引にその封筒を握らせると、にやりと笑った。
「貴方の双肩には世界がかかっているのですから。この程度の出費で世界が平穏無事足り得るのならば、むしろ安いものです」
ずっしりと右手にかかる重み。オイオイ。冗談になってないぞ、この金額。
「ええ。僕達にとっては冗談でも何でも有りませんからね」
そんな事をさらりと言う古泉は、やはりどこか俺達「普通の高校生」とは一線を隔しているのだな、と思う。
「それは持っておいて下さい。今日使い切れなかった分も返して頂かなくても結構です。毎週の喫茶店代とか、色々馬鹿にならないでしょう?」
有無を言わさぬ口調。こいつは返そうとしても、きっと受け取ってくれねぇな。
「……分かったよ。ありがたく頂いておく。ただ、使わなかった分は卒業時に返すぞ。そういう事で良いな?」
「律儀ですね」
くすりと笑う古泉。
「俺としちゃ、ハルヒを出汁にお前らに小遣いせびってるみたいであんまり気分は良くないんだよ。……レシートとかこっちで勝手に纏めとくからな」
「分かりました。そういう事でしたら……おっと忘れる所でした」
そう言って超能力者は懐から何やら取り出す。なんだ? 今度は何が出て来るって言うんだ?
「こちらはクレジットカードです。一応、限度無制限なので、手持ちで足りないような買い物をする場合にはコレを使って下さい。それと……」
古泉が出したのは真っ黒のカード。……ブラックカードを持ち歩いてる高校生なんざ、ゲームの世界でしか見た事無いぞ……。
「そしてこちらは僕からのプレゼントになります。クリスマスという事なので、森さんに頼んでリボンを巻いて頂きました。こういった包装は女性の方がお上手ですね」
じゃらじゃらと鎖の付いた……こいつはホテルの鍵か?
「ああ、本当はカードキーなのですが、こちらの方が雰囲気が出ると思いまして。フロントでそれを見せて頂ければ正規のキーとレストランでの食事券が貰える筈です」
……コレ、都内の某高級ホテルだよな。一泊がお父さんの月収くらいするってんで有名な。
「いえ、最上階のスイートを取りましたので、もう少しします」
そう、何の戸惑いも無く口走る古泉。オイオイ。こんなもん、俺に渡してどうする気だよ?
「さぁ? どうにかするのは貴方なので、僕にはなんとも言えませんね」
手を口元に当ててくすくすと、心底楽しそうに古泉は笑う。
「では、ご武運を」
何と戦うんだよ、俺は。
「少女のプライドと、でしょうか。ああ、それはそうと……」
俺から離れていこうとした超能力少年が振り返る。そして、まるで同年代の友人にするように、微笑んだ。

「楽しい夜を。メリークリスマス、イヴ」
いつもの事だが一々芝居がかった奴である。

かくて、俺の手には封筒とカードとリボンを巻かれたホテルの鍵が残された訳だ。この寒空に、懐ばっかしが暖かいのだが、そんなモンで物理的な暖など取れる筈も無く。
空になった紙コップをゴミ箱に投げ込むと、俺は古泉の後を追うように校舎へと引き返した。

以上、回想終了。

「キョンのくせに、エラく気前が良いじゃない」
「ちょっとした臨時収入が有ったんだよ」
帰り道。俺とハルヒは両手に袋を抱えて並んで歩いていた。
「ちょっとした、って?」
「古泉に、時間に余裕の無い俺みたいな奴にも出来るバイトを紹介して貰ってな」
まぁ、この言い方で間違ってはいないだろう。うん、嘘は言っていない。
「ふーん……それにしたって、全額払う必要は無いのよ? さっきも言ったけどアタシだって半分払うし」
やけにしおらしいハルヒ。そんなにレジの前でやらかした失態が恥ずかしかったのだろうか。コイツらしくもない。
「いんや。半分なら古泉に事前に出させたからな。心配要らねーよ」
そう言って俺は……ハルヒの頭を叩こうとしたが、手がレジ袋で埋まっている事に気付く。
「でも、ほとんどアタシの買い物だったし、一円も出さない訳にもいかないじゃない?」
ふむ。ハルヒの話にも一理有る。
「なら、さ。お前は今夜、俺がびっくりするくらい着飾って来てくれよ」
俺もそうだが、この金を出した古泉も男だ。美少女が綺麗な衣装着てお酌をしてくれれば冥利に尽きようというものだろう。
「それで、チャラだ」
俺は笑った。顔を赤く染めるハルヒがやけに可笑しくて、笑うのを止められなかった。
クリスマスくらいこんな展開でも、まぁ、良いだろ?

「ところで、さっき買った中に入ってた『眠々打破』とか『無水カフェイン』とかはなんだよ?」
「決まってんじゃない! 今年こそサンタクロースの化けの皮を剥いでやるのよ!」


さて、ここまで読んで「ああ、普通の甘いSSか」とか思ったそこのアンタ。俺もその方向でお願いしたいのはやぶさかではないのだが、いかんせんこのSSを書いている書き手は根性が捻くれ曲がっちまってる。
だから真に残念ながら、コイツはクリスマスパーティーの話じゃぁ無いんだ。
なら、何の話かって?
そう問われると俺にも答えるのが難しいんだが……まぁ、一言で言うならばギャグコメディと、そう言う他無いだろう。
恋愛要素なんて、俺に期待するだけ無駄だと言うのは、周知なだけに辛い所ではある。
そろそろ京アニから主役交代の話が持ち掛けられてもオカしくないな。


十二月二十五日。午前零時。時計の長針と短針がカチリと重る音と共にソイツはやってきた。
俺はと言うとパーティーでさんざ飲まされた酒がようやく体から抜け切り、さて寝るかと布団に潜り込んだ丁度そんな時だったもんだから、口をあんぐりと馬鹿みたいに広げるしかなく。
……クリスマスパーティーでは散々遊んだだろうが。もう、十分だろ。疲れてるんだよ。あんだけ俺を振り回しておいて、まだお前は何がしたいんだ。

……長門よ?

「違う。今の私は長門有希ではない」
「なら、どちら様でしょうか?」
「そこは見た目で悟って欲しく思う。貴方が鈍いのは知っているが、この格好をした私を見て、私が何者か分からないのならば、脳内回路の神経伝達になんらかの障害が入っていると推測する」
そういう長門はもこもことした茶色の着ぐるみに身を包み、頭には角の付いたカチューシャ。首にはカウベルって言うのか? 大きな鈴の付いた首輪をして……極め付けはピエロがするような赤っ鼻。
そして今夜はクリスマス。もう、言わずともお分かりだろう。
「……トナカイ?」
「正解」
長門が少しだけ頷いて、首に付けた鈴がガランゴロンと鳴る。おい、深夜に近所迷惑だろうが。
「問題無い。良い子はもう寝ている時間」
そういう問題じゃなくて、だな……。
「それと私はトナカイはトナカイでも只のトナカイではない。赤鼻のトナカイ。赤鼻はサンタクロースの乗るソリを先陣を切って引く使命を与えられた、トナカイの中のトナカイにのみ許された栄誉の印。
言わば、隊長機に付いているツノと同じ」
……勝手にしてくれよ、もう。分かったから帰ってくれ。俺は寝るぞ。
「それは困る」
深夜に突然自室に現れた宇宙人相手に困ってんのはむしろ、俺の方なんだがなー。
「貴方には子供達にプレゼントを運ぶという使命が有る。貴方がここで職務を放棄した場合、たくさんの子供達が夢を失う結果となる。それは私も寂しいと感じている」
……よし、寝る前になってようやくタイトルに合点がいった。
つまり、今回のSSは俺がサンタクロースになるって話なんだな?
「そう」
長門、一つだけ言わせて貰っても良いか?
「なに?」
そう言った長門は吸い込まれちまいそうなブラックホールのあの瞳で俺を見つめてきて。ああ、柄にも無くワクワクしてるんだな、って気付いちまった。
そして、もう一つ。その瞳から気付いちまった事が有って。

コイツは……長門はサンタクロースを信じているんだって。サンタクロースは両親の仕業だなんて、知らない子供なんだって。

子供の夢を壊すなんて事は、たとえ核ミサイルの発射スイッチを押そうが絶対にやってはいけない事であって。
ならさ。俺達みたいなクリスマスの裏側に気付いちまった奴らは、夢を演出する側に回らなきゃいけないんじゃないだろうか。
だって仕方ないだろ? 俺達はその夢を見るキラキラした瞳に、なくしちまったモンを重ね合わせて少しだけしあわせを感じちまうんだから。
……だから、俺はその辺の言葉を全部飲み込んで。子供の夢と聖なる夜を守る赤服爺さんになる覚悟を決めた。

「俺の衣装はどこだ?」
長門が瞳の色を一層深くしたのを、俺は見逃さなかった。

ああ、チクショウ。なんで俺はこんな深夜に残業しなきゃなんねぇんだ。アレか。これもハルヒに関わっちまった奴の規定事項なのか。

……やれやれ。

「勘違いしないで欲しい」
サンタ服を着る俺に背中を向けた長門が話しかける。うん? 俺が何を勘違いしてるって?
「いくら私でもサンタクロースが親の演技だという事は知っている」
……オイ。知ってんなら、俺がサンタの代役をする必要なんて無いだろうが。
「一年間良い子にしていた子供にプレゼントを贈るのは親の義務と聞いた。これは言わばその時の為の予行演習」
真面目腐った声でそう言う長門。……速やかに俺の決意と今脱いだパジャマを返せ。俺は寝る。
「無理。このSSの作者が書いた他の某SSで貴方はサンタクロースになる事を決意した。それが貴方がサンタクロースに扮する理由。私がトナカイになる理由」
「いや、今回はハルヒ生きてるからな? ピンピンしてるからな?」
「……信じて」
そう言った長門の手の中で俺のパジャマがさらさらと光の粒になっていく……って何やってんだ、オマエ!!
「……情報操作?」
そう言って数ミリほど首を傾げる赤鼻のトナカイ。よく似合ってるのがまた腹立たしい。
「ちなみに先程、貴方の所有する服は今着ている物を除いて全て転送した」
長門の台詞に俺は慌ててタンスを開ける。マジかよ! 下着に至るまで一枚も残ってねぇじゃねぇか!
「……全滅……だと?」

「恐らく今夜が無事に終了すれば、自動的に衣服の類は貴方の部屋に返ってくると思われる」
いや、お前がやったんだから「思われる」じゃダメだろ。
不思議そうに俺を見てもダメだ。今すぐ返せ。
「無理」
「なぜにっ!?」
「転送する際にコマンドの中に『貴方がサンタクロースとしての使命を果たした場合』という一文を入れておいた。既に私にはどうにもならない」

話を進めるには規定事項で攻めるのが一番手っ取り早いという話。



さて、そんなこんなで俺は今、サンタ衣装を身に纏って長門が引くソリに乗って大空を遊泳している。……非常に寒い。
真冬の深夜の空である。しかも長門が結構なスピードを出すもんだから、風が半端無く体を襲う。
「まっかなおはっなーのー♪ とっなかっいさっんはー♪」
抑揚も何も無くそう歌いながら、宇宙人は空を走る。ああ、こいつには気温とかまるで関係無いんだっけ? 寒いのは俺だけか。チックショウ、今頃は布団の中でぬくぬくと夢の中だった筈なのに。
誰が世界をこんな非常識な物に作り変えたんだ! ってハルヒに決まってんじゃねぇか、俺。
ソリから少しだけ顔を出して眼下の宝石箱をひっくり返したようにきらびやかな街を見下ろす。そう言えばクリスマスだったかとか、まるでETみたいだなとか、そんな事を考える余裕も上下の歯が鳴らすカチカチという音が根こそぎ奪い去っちまうのが切ないね。
「おい、長門! どこへ向かってるんだ!」
俺は前方で歌い続ける運転手に声を掛ける。
「私一人がソリを引くのでは今夜のミッションは荷が重いと判断した。先ずはトナカイを調達しに行こうと考えている」
……動物園にでも行く気だろうか、この宇宙人は?

「……勘弁して頂きたいですね」
日頃見た事が無い程に不機嫌な顔をしている超能力トナカイ。スマン、古泉。文句なら全部長門に言ってくれないか?
「ふにゅぅぅ、もう朝ですかぁ? 真っ暗ですよぉ?」
同じくトナカイ姿で目を擦る朝比奈さん。そのお姿もお美しいのですが、もう、本当に何と言えば良いか……申し訳有りませんとしか言葉が出ない。
「役者は揃った」
満足気に……失礼。いつも通りに無表情な長門はそう言うと俺達に号を出した。
「……出発進行」
こうしてSOS団改めサンタクロースと愉快な仲間達は聖夜の空へと飛び出したのだった。

「一つ一つのプログラムが甘い。側面部の空間閉鎖も情報封鎖も甘い。だから私に気付かれる。侵入を許す」
孤児院の壁に大穴を空けて訥々(トツトツ)と呟く長門。……お前、帰る時にコレちゃんと直しておけよ?
「まぁ、やっている事はそれ程悪い事ではないのが救いでしょうか?」
古泉が俺に耳打ちする。朝比奈さんはうつらうつらと首から上で小船を漕いでいた。この寒空で寝たら冗談でなく命の危機ですから、起きて下さい、朝比奈さん?

とこんな感じで俺達、俄(ニワ)かサンタクロース軍団は何の問題も無くプレゼントを配っていき、ついに最後のお宅訪問と相成った!
ってか、このプレゼントどこから湧いて出たんだ、長門?
「……おもちゃ屋」
いや、それは分かるんだよ? そのおもちゃ屋で購入する為の資金の出所を聞いているんであってだな……?
まさか、宇宙的能力で盗ったんじゃないだろうな?
「そんな事はしていない。これは正当に金銭を支払って購入した物。子供達が罪に問われる事も無い」
サンタクロースの贈り物が窃盗した物なんて洒落にならんとか、そういった事はさすがに宇宙人でも理解しているらしい。
「問題無い。今の地球の技術レベルでは私が使用した紙幣を偽造と見抜く事は出来ない」
……聞かなきゃ良かった。
「その節は、機関も大変お世話になっています。長門さん、いつもすいません」
「……いい」
古泉が一人造幣局に向かって頭を下げる。……ってちょっと待て。俺、昨日の昼にお前から金を預かったぞ!?
「既に薬局で一部を使いましたよね?」
二枚目トナカイがニヤリと笑った。
こういう場合は俺も共犯になってしまうのだろうか?

さて、という訳でサンタクロースとしての仕事もコレで最後である。ああ、長かった。
で、コレは誰の家なんだ? なんで最後だけ孤児院じゃなくて一般のお宅なんだ?
……嫌な予感がするが、ぐっと飲み込んで表札を検めてみる。
「涼宮」
こんなのが俺にとってのお約束である。

時刻は午前二時半。草木も眠る丑三つ時。俺達はハルヒの家の前に居た。
サンタクロースが一人と、トナカイが三匹。他人様が見たら半分の確率で和み、また、半分の確率で通報されるであろう異様な光景がそこには展開されている。
「……部屋まで侵入しなくても、玄関辺りに置いておけば良いんじゃないのか?」
長門の侵入プランを聞いた俺が漏らした感想である。
「それではダメ」
「なんでだよ?」
「サンタクロースは枕元に置かれた靴下にプレゼントを仕込むのが定番」
「お約束、って奴ですか」
立ったまま眠っている朝比奈さんトナカイを支えたまま古泉トナカイが得心したように頷く。オイ、けだものヤロウ。どうでも良いが朝比奈さんトナカイを支える役を俺と変わらないか?
「貴方には侵入するという使命が有る。朝比奈みくるは古泉一樹に任せておくべき」
「おやおや、これは思わぬ所でフラグ発生ですね」
立ってないからな、そんなもん。

「……しまった」
ハルヒの家を見上げながら、そう呟いたのはトナカイ隊長である。
「ん? どうしたんだ、長門?」
「たった今、涼宮ハルヒの室内をスキャンした。結論から言うと、涼宮ハルヒは起きている」
な、なんだってー!!
「キョン君。リアクションが芝居がかってますよ?」
いつも芝居してるみたいな超能力者に言われても、と。そう反論しようとして、そこで俺は昨日の昼の一幕を思い出した。

「ところで、さっき買った中に入ってた『眠々打破』とか『無水カフェイン』とかはなんだよ?」
「決まってんじゃない! 今年こそサンタクロースの化けの皮を剥いでやるのよ!」

……ハルヒの奴、眠る気ゼロだ。
これは本格的にヤバいんじゃないか? 主に俺の服の行方が、だが。
こんだけ苦労させておいて、最後の最後で手詰まりなんざ、さすがは団長様と言うか。
やってくれるぜ、涼宮ハルヒ。

「抜き足、差し足、忍び足、っと」
さて、なぜに俺は大きな袋を肩口に背負い、忍者の真似事をせねばならんのだろうか。もうお分かりだろう。現在、俺はハルヒ宅に不法侵入を試みている。その真っ最中だ。
『そこから真っ直ぐ行った所に階段が有る筈……頑張って欲しい、スネーク』
耳に付けたインカムから長門の声が届く。……誰がスネークだ。百歩譲ってもそこはサンタクロースだろ?
まぁ、とにかく長門に寄る的確な指示により、俺は何事も無くハルヒの部屋の前まで来た訳だ。
薄暗いせいで何度か足やら腕やらはぶつけたけどな。小指を打った時は悶絶しながらも声を殺すのに苦労した。
……で、どうするんだよ、これから?

『貴方に託す』
投げるな、長門。

時刻は早朝三時半。俺達はハルヒの家の庭でコタツを囲んでカードゲームなんかをやっていたりする訳だ。
しっかし、情報操作って便利だな。某四次元ポケットよりももしかしたら万能なんじゃないだろうか?
「えっと……残りが一枚になったらウノって言えば良いんですよね?」
「はい、そうです朝比奈さん。では、ドロー4で……色選択はどうすっかな?」
「必要有りませんよ。同じくドロー4です。色は……」
「……ドロー4。指定は赤。朝比奈みくる。速やかに山札から十二枚引くべき」
「ひ、ひぃ〜ん!」
「トナカイだけに『ヒヒーン』ですか」
「いや『ヒヒーン』は馬だろ」
って、俺達は他人様の庭先で何をやっているんだ?
「問題無い。光、音、風その他諸々を遮蔽するシールドを展開してある……ウノ」
ああ、道理で寒くない訳だ。じゃなくて、だな。
「……俺にそのシールドとやらを張ればハルヒに見えないし、聞こえないんじゃないのか……ドロー2」
「その方法が有りましたね……ドロー4」
「……うかつ。その方法を失念していた」
長門は山札からカードを六枚を引きながら、ぽつりと呟いた。

「実はその服には既に光学迷彩が施してある」
マジでか!?
「本当。試しに『テクマクマ○コンテクマクマ○コン透明人間になーれ』と天高く叫んでみて欲しい」
……公開羞恥プレイか。なんでそんな呪文を設定する必要が有ったんだ、長門?
「俺の正義が真っ赤に燃える! サンタレッド、推参! とかでも良くないですか?」
お前も何を口走ってんだ、古泉?
「……採用」
採用、じゃない! 大体、サンタにブルーとかピンクとかいないだろうが!! って俺のツッコミも的外れ極まりないな。
「……恥ずかしがっていては貴方の衣類は帰ってこない」
……間違いない。この宇宙人、俺をおちょくって楽しんでやがる。表情はちっとも変わらないが俺には分かる。
つか、悪意以外の何物でもないだろ。
「あーっ、チクショウ! 分かったよやれば良いんだろ、やれば! 謹んでやらせて頂きますよ!」
嬉しくて涙が出そうだね。……古泉、後で覚えてろよ。

「俺の正義が真っ赤に燃える! サンタレッド、爆☆誕!!」

「……台詞を間違えたので、もう一回」
「なんだかんだ言って、キョン君もノリノリじゃないですか?」
……地面が俺の拳の形に陥没したのは言うまでも無い。

公開羞恥プレイをどうにか済ませた俺を待っていたものは三人の奇異の視線だった。
「うかつ」
長門が呟く。おい、どうした? 俺の姿はこれで見えなくなったんじゃないのか?
「これは……ちょっとしたホラーですね……」
「キョン君……落胆しないで聞いて欲しいんだけど……」
朝比奈さんが申し訳無さそうに俺に向かって口を開く。なんだ? もしかして見えてんのか!? 服だけ透明になって素っ裸を晒してるとかそういうオチなのか!?
「ううん、体は完全に消えてるんだけど……」

「髭だけ、消えてないの」
オウ、シュール。

「って事は何か? 今の俺は髭だけ宙に浮いてるびっくりどっきり人間なのか?」
「……そうなる」
いや「そうなる」じゃなくて何とかこの髭を消せ。っつーか付け髭だし邪魔なだけだから取るぞ、コレ……って痛い!
「無理。それは日の出まで貴方の皮膚に癒着するように出来ている。そう作る事にばかり気を取られて、光学迷彩を施すのを忘れていた。これは私のミス」
……長門。今からでも遅くは無いぞ? この髭を外すか見えなくさせるかしてくれないか?
「出来ない」
なんでだよ!?
「面白い、から?」
宇宙人にも情緒が芽生えてきた兆しを見て取る事が出来て嬉しい限りである。

で、ハルヒの部屋の前で立ち尽くすシーンに戻る。さて、どうすっかな。
今の俺は丸見えでは無いにしろ、宙を浮遊する白髭お化けである。そんなもんにばったり出くわした日には、あのハルヒの事だ。髭目掛けてドロップキックが飛んで来る事は想像に難くなく。
ハルヒの部屋の扉からは明かりが漏れている訳ではない。外から確認した時にも部屋の電気は消えていた事は確認済みだ。
となれば団長様は布団でも被ってサンタクロースの侵入を今や遅しと待ち構えているのだろうか?
ふむ、コイツは難儀だな。
と、考えてポケットを探る。そこに有ったのは某ホテルの鍵だった。
……こんなもん、今の状況で何の役に立つって言うんだ。と、そこまで考えて俺は思い直す。
待てよ……これをああ使えば……そうだ。上手くいけばハルヒを出し抜く事だって出来るんじゃないか?

刀に頼っているようでは剣とは言えぬ。光学迷彩に頼るばかりではサンタクロースとは言えないのかも知れない。
その手に有るもの、全てを駆使してこそ、真のサンタクロースである。ま、そんなもんになりたくもないけどな。

俺は扉が開いた時に丁度死角となる位置に潜むと、ミッションを開始した。

鎖に繋がれた其れを階段に向かって放り投げる。
ちゃりんちゃりんと音を立てて階下に落ちていく鍵。その音は寝静まった家の中によく響いて。

「来たわねっ! 今年こそ年貢の納め時よっ!!」
勢い良く扉が開いて室内からバッファローのようにハルヒが飛び出した。そのままの勢いで階下へと猛ダッシュをする少女。

まったく、行動が読みやすい奴である。が、今回ばかりはそこに救われたと言わざるを得まい。俺は速やかにハルヒの部屋へと侵入すると、その室内を物色した。
初めて入ったハルヒの部屋は、何と言うか想像よりも余程女の子らしい、整った落ち着いた部屋だった。暗いので良くは分からないが、少なくとも俺の部屋みたいに脱ぎ散らかされた制服が床を占領していたりしないし、大きな鏡も置いてある。
っと、こんな事を中継してる場合じゃないな。さっさと、用を済ませて退散するとしよう。
俺は闇に慣れた目でベッドを探す。枕元にプレゼントを置くのがセオリーなんだっけ? 枕元……枕元……っと。お、大きな靴下が置いてあるじゃないか。
クリスマス用のアレかね。へぇ、アイツにも可愛い一面が有るんだな、こんなもんをわざわざ購入するなんて。
ま、それに免じてこの中にプレゼントを入れてやるとするかね。

思えば俺は浅はかだったのだ。あのハルヒが。何の狙いもてらいも無く、こんなものを枕元に吊るしておく訳が無いのだと、気付いた時には手遅れだった。

がらんごろん!
クリスマスの夜にけたたましくカウベルが鳴った。紐でも括ってあったのだろう。靴下が動いた時点で鳴るように作られた、ごくごく単純なブービートラップ。

「こっちは囮って訳!? ちっ、サンタの分際で洒落た真似してくれるじゃないっ!!」
ハルヒが叫んでこっちに向かって引き返してくる。オイオイ、ヤバいぞ、長門!非常事態だ! 至急応援を送れ!!
『……分かった。少し待って欲しい。後、一つだけ伝え忘れていた事が有る』
何だよ! こっちは非常事態だって言ってるだろ!!
『透明になっていられる時間は三分間。大分前から貴方の姿は丸見えになっている』
オウ、ノウ。なんてこったい。

どうしようか。どうしようもない。出入り口は一つしかなくて。そしてその出入り口には今、まさにハルヒが向かっているのだから。
下手に逃げ出そうとすれば廊下でドロップキックが待ち構えている。
俺、絶対絶命。
どうする? 何て言って言い訳するんだよ、俺!?
今年一年良い子に過ごしたハルヒにプレゼントを届けに来た!? いやいや、変態の罵倒と共にぶっ殺されるのは間違いない!!
……俺だって、こんな事したくてした訳じゃねぇ、っつーの、チクショウ!
ああ、もう。どうすれば良いんだよ!

そんな逡巡をする俺の、居る部屋の戸口に息せき切らせたハルヒが現れるのは当然で。
「さぁ、今年こそアンタの正体を白日の下に晒してやるわっ!!」
ハルヒがじりじりと詰め寄る。俺は少しづつ窓際に追いやられる。暗闇でお互い顔が確認出来ないのがせめてもの救いであるが、それも時間の問題。
とっ捕まってしま明かりを点けられてしまえば終わりであり、そして、今の俺にはこの状況から逃げ出す術が見つからなかった。
チックショウ! 長門、応援はまだか!!
窓に後ろ手を付く。ひんやりとした外気が硝子を伝って俺の手の平に届く。もう、後ろに下がる事も出来ない。

その時だった。
『少年、バックトゥザフューチャー2は好きかな?』
突然、インカムの向こうから聞いた事も無いしゃがれた声が聞こえてきたのは。

俺はその言葉の意味を自分でもびっくりするくらいに瞬時に、そして的確に悟ると、後ろ手で窓の鍵を開けた。
「何っ!?」
ハルヒが動作の意図に気付く。しかし、飛び掛ってくるよりも俺が飛び出す方が早い。

「メリークリスマス!」

なるべく低い声を作ってそう叫ぶと、ハルヒの部屋の窓を勢い良く開けてその向こう、暗闇に何の躊躇(タメラ)いも無く飛び出した! 俺の持っていた袋の裾をハルヒが掴んだが、そんなモンはくれてやるよっ!

間一髪、俺はハルヒの部屋から逃げおおせる事に成功したのだった。

しっかしね。アンタが来てくれるとは思わなかったよ。
「ほっほっほ、そうかいそうかい。グッドタイミングじゃったな、少年よ」
まぁ? アイツが実存を願っているものってのは宇宙人や未来人でさえ居るんだから、考えてみたらアンタが存在してないと断言する理由も無いんだが。
「そうじゃなぁ、ほっほっほ」
だけど、助かったよ。今回の事に関しては本気で礼を言わせて貰う。
「いやいや、助かったのはワシの方じゃよ。お前さん達のお陰で仕事が少し減ったわい」
ああ……ならそれで、俺がアンタを信じてなかったって事もチャラにして貰えませんかね?
「勿論、良いとも」
そう言って俺の頭をぽんぽんと叩く手は大きく。そして暖かかった。
「さて……ワシは太陽が出て来るまでにもう一仕事しなければならんのだが……最近は重い物を持つのが厳しくなってきてのぅ。ここで知り合ったのも多少の縁だと思うて、ワシの仕事を手伝ってくれんか?」
赤と白の服がこれほど似合う恰幅の良い爺さんは他にいないだろう。そして、ここでこの人の頼みを断れる奴も、そういないとは思うんだ。

「手伝ってくれた暁には、プレゼントも用意しとるぞぃ?」
そう言って本家本元サンタクロースは目を半月型にしてにっこりと微笑んだ。

『ちょっと、キョン!』
朝からハルヒの大声で目を覚ます。……なんだよ、こんな早朝から電話なんて。俺は今日、明け方まで起きてたんだ。頼むから、寝かせてくれないか?
『そんな事言ってる場合じゃないわ! 今年も出たのよ!!』
……何がだよ?
『サンタに決まってんじゃない!!』
ああ、お前が阿呆なのはよく分かったから耳元で怒鳴るな。サンタクロースなんて空想の産物なんだよ。
そんなものは居る訳は無い。現実を見ろ。
『いいえ、居るわっ! 今回は証拠だって有るのよ! 大きな袋とサンタが宿泊していたと思われるホテルの鍵が!!』
あ……そう言えば回収出来んかったな、アレ。
『そうと決まれば駅前に十時集合よ! 早速、そのホテルに突撃するわっ! 今日の内ならまだ引き払ってないかも知れないし、実物に会えるかもよっ!!』
テカテカとした顔のハルヒを思い浮かべる。ああ、俺は本当に睡眠不足なんで、今日ばっかりは勘弁して頂けないだろうか。
『なぁに言ってんのよ、キョン! 不思議を追い求めるSOS団とも有ろうものが、すぐ傍に転がってる不思議をこちらからみすみす見逃してどうすんのよっ! もしもSOS団が野球チームでアタシが監督なら、アンタの今の発言に対して即刻一軍落ちを通告してるわっ!』
朝からテンションの高いハルヒの相手は本当に堪える、ってもんで。俺は半自動的に生返事を返していたんだ。
『それにね……今回は驚くべき事が分かったのよ!!』
ハイハイ、驚くべき事ってなんでしょうか? 聞くだけ聞いてやるからさっさと言え。

『サンタって実は二人組だったのよ! この事はまだどこも知らない真実でしょっ! 大スクープだわっっ!!』

ハルヒは電話が音割れする程の大きさで、そう叫んだのだった。

さて、最後に。
俺はサンタクロースから約束通りにあるプレゼントを頂いた。ん? 何かって?
「お前さんの未来は波乱万丈だが、必ず満面の笑顔が待っているじゃろう。このサンタクロースが祈るんじゃから、確実じゃよ。それにな、少年……」

「お前さんのしあわせを誰よりも祈っとる女神様が居るじゃろうて。ほっほっほ」

たまにはこんな、非日常なクリスマスも悪くは無いのかも知れないと思った。
たまに、で十分だけどな?


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