ハルヒSSの部屋
雲を食むもの 4
『Starry Sentimental Venus 4』


「さってと」
男子トイレに入って伸びをする。あー、面倒臭い。だがまぁ、ホンモノの未来人を逢わせる訳にはいかないしな。
俺は古泉提供、スーツに身を包んだ。耳にカフス。……アレ? 最近、こんな格好しなかったっけって妙なフィット感。オカしいな……魅惑のジェネラルパーソンとか言いたくなってきた。
……まぁ、良いさ。俺は鏡を見ながら髪の毛をちょちょいと弄ってやる。ワックスとか付けると戻る時が大変だからパス。
勿論、こんな事でハルヒを騙し通せるとは俺だって思っちゃいない。だが、別に騙す必要は無い事にも気付いていた。
未来人が居たら面白いだろうなと、そう、もう一度思わせる事さえ出来ればそれで勝利条件はクリアなんだから。
だったらギャグで構わない。アイツを笑わせてやりさえすれば良い。
大体、アイツだって本当に俺が未来人と知り合いだなんて思っている訳は無いだろう。分かってる。アイツは諦めたくないだけ。
だからこその、あのテンション。強がりだって、そんな事俺だって気付いてる。
だったら俺は夢を見せよう。夢が夢でしかないって気付かれても構わない。
夢の中で「ああ、コレは夢だ」と気付く夢。明晰夢って言ったか。そんな感じ。諦めなければ、きっといつか朝比奈さんだってアイツに未来人である事を告白出来る日も来るに違いない。
そうさ。だから、ここで終わらせさえさせなきゃ良い。
こんな格好までしたんだ。繋げてやるさ、俺が。
今と、未来を。

準備完了、トイレを出て部室棟への道をゆるりと歩きながら、心に仮面を被った。今から俺はちょっとだけ未来人。そう、自分に言い聞かせる。
横殴りの雨に晒される窓に俺の姿が映る。着せられてる感が否めないスーツ姿ではあったけれど、少しいつもの自分とは違って見えるのは……コレがコスプレの魔力ってヤツかも知れん。
魔力でも何でも良いさ。そこに力が有るなら、借りさせて貰う。たった一人の少女に夢を見させる為なら、世界だって喜んで力を貸してくれるだろうよ。
部室棟の扉の前で深呼吸。俺の役者振りに世界の未来が掛かってるなんて言うつもりはないけれど。さぁ、準備は良いかい、一般人代表、俺!?

「いやいや、ここはお前の出番と違うだろ。残念だが誰がどう見ても役者が不足してるって言うに違いない。なんせ、相手は他称神様だ」

俺とハルヒ以外誰も居ない筈の校舎。渡り廊下に俺の物でもハルヒの物でもない声が雨音と共に響く。いや、俺の物じゃない、って言うと語弊が有るか?
「久し振りに高校の制服なんか着たね。マジで、この年齢になってこんな恥ずかしい格好させられるとは思わなかった。今のお前の姿よりも恥ずかしいのは間違いない」
振り向く。視線の先には男が居た。北高の制服を着て、苦笑いをしている。
「……やれやれだ、全く。既定事項がこの年でまだ残ってるなんざ悪夢でしかない」
眼が点になってんのが分かる。口は馬鹿みたいにあんぐりと開いて閉まらない。
「良い表情だ。そうでないと、こんな格好までした甲斐が無いよな」
ソイツは笑った。少しづつ、まるでさっきまでの俺みたいにゆるりとこちらに歩いてくる。
その姿は果たして堂々と。演劇で主役が壇上に上がるそれを思わせて。
「今日の為に髪の毛まで切らされたんだぜ? ああ、床屋代は古泉に払わせたけどな」
さて、世界の為に一仕事やってきますかね。そう言って男は俺の隣を歩いて過ぎた。止められない。止められる、訳が無い。
すれ違い様に後ろからトン、と肩を叩かれる。ほのかに柑橘系の匂いがした。
「役者交代だ。未来人との邂逅を望んだんだろ、アイツは。だったら、夢くらい見せてやらないとな」
俺はその場にへたり込んだ。背後で部室棟の扉がギィと開く。
「……び、吃驚し過ぎて腰が抜けるなんて漫画の中だけだと思ってたんだけどな?」
空笑い、渡り廊下を覆う雨に掻き消される。完全に予想外にして、これ以上無いくらい最強の助っ人。なるほど、アイツに未来人の実在を信じさせるんだったら、そりゃアンタ以上の適役はいないだろうよ。
未来人だとはとてもじゃないが信じられる筈も無い。だけど完全無欠に未来人。確かに、最高の配役はここぞと言う時に持ってくるのがセオリーだったな。
下半身には力が入らない。俺は首だけで振り向いて、親指を中空に高く翳した。
「頼んだ、未来人!」
爆笑。ああ、愉快でたまらない。未来人は今回ノータッチかと思いきや、こんな所でやってくれるとはね。完全に虚を突かれたよ、ああ、チクショウ。
ドッキリカメラにものの見事に騙された爽やかな気分だ、クソッタレ!!
ソイツは後ろ手にはたはたと手を振った。
「任せろ」
座り込んだ俺を残して文芸部室へと続く方向へ踵を返す。
「よぉ、連れて来たぜ。ご指名の、未来人だ」
誰も居ない校舎を反響してここまで声が聞こえる。俺は分厚い雲に覆われた空を見上げた。
「マジモンが来たら、そりゃ俺なんかの出る幕なんざ無いよなぁ」
狂った様な笑い声は、そりゃもう綺麗に雨音に流されちまった。

「さて、ご説明頂けますか、朝比奈さん?」
足腰に力も入らない格好悪い姿勢のままに俺はそう問い掛ける。渡り廊下の校舎側からぴょこんと見た事の有る顔が現れた。
この暴風雨の中でさえ、その微笑みに何の干渉も出来ないレベルアップしたアルカイックスマイル。朝比奈さん(大)のご登場だ。
「アイツを連れて来たのは貴女ですね?」
「はい」
強い風に吹かれる髪を右手で押さえながら彼女は言う。
「既定事項なんですけど、良い仕事したと思いませんか?」
「思いますよ、ええ。素晴らしいタイミングでした。お陰で腰がダメになりそうです」
少しづつ下半身に力を入れていく。まるで生まれ立ての馬みたいにカタカタと震える俺の両足。じゃじゃ馬グルーミンかよ、ってな具合。頑張れ頑張れー。
「未来人は時間にはちょっと煩いんですよ」
知ってます。ただ、今度からは素振り程度でも入れて頂けると助かりますね。俺の下半身の為にも。
「気付いていますか、私がここに居る意味に」
ま、なんとなくで良いなら。
「……未来は閉ざされちゃいない。ここで終わっちゃいない。続いている。そういう事ですね?」
何とか立ち上がって俺は答える。ああ、尻が濡れて気持ち悪いったら無い。
「その通りです。貴方達は、私達は、続いていくんですよ、ずっと」
そうさ。最初から分かっていた。朝比奈さんが居る以上、藤原が未来からの指令を受け取っている以上。
未来は決して閉ざされてなんかいない事。
「既定事項なんです。キョン君達がここで頑張ってくれる事も、全部」
「貴女達からしてみたら、既定事項でない事なんて無いでしょうけどね」
俺の皮肉にクスリと笑う女神。
「キョン君がこれ以降、何もしなかったら既定事項から外れますよ?」
そんな事しませんよ。ただ、俺としては自分達が仕掛けたつもりで居ながら、実際は全部ハルヒの奴に仕掛けられた祭だって事が少し気に障るだけで。
「嘘吐き」
近付いて来た朝比奈さんがそんな言葉と共に俺の額を指で弾いた。
「『楽しければ、それで全部チャラにしてやるか』。今のキョン君はそう思っているって聞きましたよ、彼から」
本当に、未来人ってのは全部知っているから始末が悪い。

朝比奈さん(大)は北高の校舎を「懐かしい」なんて言いながら、ふらふらとどっかに歩いていってしまった。
俺はトイレで服を着替え直す事にする。ああ、このスーツ、尻を汚される為だけに用意されたのだろうか。古泉、哀れ。合掌くらいはしてやろう。
「いや、卒業したら古泉から貰うんで、あんまり無下に扱うなよ? それ着て大学の入学式に出るんだからな」
「マジかい」
振り返れば未来人。って……おお。お疲れさん。
「いや、ハルヒの相手に関しちゃ懐かしいって気持ちが勝ってあんま疲れちゃいないな。それよりも制服を着せられた事の方が疲れた。精神的に」
そんなもんかね。……ん? ハルヒとは最近会ってないのか?
「そうじゃない。この年齢のハルヒとは、って意味だ。お前にもいずれ分かるさ」
だろうな。全く、誰よりもアンタが言うと説得力が有るね。
「だろうよ。俺以上にお前を分かっているヤツなんてそう居ないさ」
「違いない」
俺は未来を映す鏡と向かい合って笑った。
「で、なんで来たんだ? アレか? やっぱり既定事項ってヤツか?」
俺の問い掛けに男は笑った。よく笑う男だと思う。俺もこんな風になるのだろうか。どうも、思っていたよりもあっけらかんとしている感が否めない。
「それも有る。お前の馬鹿面を見たかったから、ってのも有る」
忌々しい。全くもって忌々しい。ああ、コイツがコイツでなかったら脱いだズボンを投げ付けてやる所だってのに。
「だが……一番はやっぱ今日が七夕だったからだろ。うん」
はぁ? 七夕がお前と何の関係が有るんだよ?
「そりゃ、決まってる。俺はジョン=スミスだからな」
……三年前からご苦労な事だ。飴食うか? 制服のポケットになぜか転がってたヤツだが。昆布味。
「要らん。今日は七夕だからな。全国的に今日は……良く知らねぇけど『願いが叶う日』なんだろ、きっとな」
「ああ……ああ、なるほど。納得」
律儀なものだと溜息を一つ。他人の事は言えないのも憂鬱に拍車を掛けた。
「アイツの願いは一つ叶えてやったぞ。って訳で特別ゲストはこの辺で退場だ」
ソイツは笑った。手を掲げる。タクシーでも停めたいのか知らんが、どこの世界の車が高校の、それも男子トイレを走ってるっつーんだ?
「未来の車に舗装された道は必要無いんだよ。外に付けてあるのさ」
「三年で車は空を飛ぶようになるのかよ。そりゃ未来が楽しみだ」
ハイタッチ。男子トイレの濁った空気を切り裂く様に破裂音が響き渡る。自分と握手するなんて孫の代まで馬鹿にされそうな経験だ。
「それじゃ再度、役者交代だ」
「任せとけ」
俺は未来に背中を押されて男子トイレを後にした。バイバイ、ジョン=スミス。三年後にまた会おう。

宇宙人に引き続き、未来人の話は終わった。さて、理解してるとは思うが後は超能力者の話だ。そう、これでこのグダグダなお話も終わりってな。

「あ、阿呆キョン、お帰り」
「帰ってくるなり阿呆呼ばわりは無いだろ、お前」
まぁ、そう言いたくなる気持ちは分かるけどさ。……ジョン=スミス、まさかとは思うがお前、失敗したんじゃないだろうな。
いや、それは無いか。未来からアイツが来た以上、この計画は成功してるって事だ。そして、それより何より、アイツは信じるに足る男だって俺は知っている。
自信過剰? 何とでも言ってくれ。
「未来人には会えたか?」
「ビミョー」
お得意のアヒル口でハルヒはそう漏らすも、満更でも無さそうに眼が笑ってるのはどういう了見だい? 思わず俺の口の端も上がっちまうぜ?
仕事はきっちりやってくれたみたいだ。流石は、未来人。俺じゃこう上手くはいかなかっただろうよ。今更届きはしないだろうが、感謝はしておく。サンクス。お疲れさん。
「大体、あんなので『自分は未来人です』って言われて納得する様な馬鹿居るの?」
少女が愚痴る。えっとな、ハルヒ。「あんなの」でも本当の本当に未来人なんだ。
当初の予定では未来人ですら無かったんだぜ? それに比べれば鯉と龍ぐらいの違いが有るとか……いや、詳細に説明は出来ないんだけどさ。
服を着替えただけの俺が未来人として登場するつもりだったんだ。馬鹿にしていた訳じゃこれっぽっちも無いんだが、当てが無かった末の苦肉の策ってな。それに比べれば破格の配役だろ、アイツは。
なんせ、お前が長年会いたがってたジョン=スミス御本人様だ。……気付いて貰っても困るが。
「……ん? あれ?」
どうした、ハルヒ? 鼻なんか鳴らしても笹の匂いしかしないぞ、此処。
「ううん、何でも無い……気のせいよ、きっと」
そうかい。ま、引っ掛かりくらいは覚えてくれないと、こちらとしても困るし言及はしないけどさ。
「宇宙人と未来人については……納得はしてないわね。キョン、超能力者はどうしたの!?」
ハルヒが俺をねめつける。声にこそ出さないものの「今度こそ本物を自分の前に用意しろ」と眼が雄弁に語っていた。右手がゆるゆるとスリッパに伸びていっているのは自重してくれ。
俺は壁に掛かっている時計を見た。時刻は八時を少し過ぎた辺り。別働隊との取り決めまでには少しばかり時間が有った。
「超能力者をお披露目しても良いんだけどな、ハルヒ。未来人はお気に召さなかったみたいじゃないか」
やれやれとオーバー気味に肩を竦める。少女はせせら笑った。
「あんなんじゃ今時、幼稚園児さえ騙せないわよ。せめてサンタの衣装でも着て来ないと」
「時期外れだろ」
「だったら平安貴族の格好して『彦星です』ぐらい言いなさい」
オイオイ。彦星はお前の話じゃ宇宙人なんだろうが。未来人で出て来たらそれこそ本末転倒も良い所……って、そんな事が言いたいんじゃないよな、コイツは。分かってるさ。
だがしかし、やられっ放しも悔しいのでちょっとだけ真実を言ってやる。
「お前が未来人に対してどんな感想を抱いたのかは知らんけどな。アイツは正真正銘、未来人だぞ。天地神明に誓っても良い。……神様なんざ信じちゃいないが」
「ふーん……何にでも誓える? 例えば……初恋の相手とか」
「親戚のねーちゃんは駆け落ちして音信普通だ」
「妹ちゃんは?」
「誓える……が、アイツに誓った所で何の束縛効果が有るってんだよ?」
相変わらずハルヒの考える事はよく分からん。この一見意味の(俺にはどう足掻いても)見出せないやり取りにもコイツ的には何か思う点が有ったようで、ふんふんと楽しそうに頷いている。
「そんなに疑わしかったかよ、未来人は?」
「まぁね。信じるのは……みくるちゃんぐらいじゃないかしら?」
ハイ、その人本物の未来人ですからっ! 残念っ!
……ネタが古いな。俺とした事が。
「ああ、もう! 過ぎた事はどうでも良いのよ! キョンっ、超能力者は用意してないの?」
「用意とか意味が分からない」
「ハァ? この流れは超能力者が扉を叩いて、『どうも、古泉一樹です』って来る流れでしょうが! 察しなさい、ニブキョン!」
……今のは冗談だよな……うん。
でも、その手の冗談は止めとけ? そんな「全部まるっとお見通しだ」的発言は、メタとかそれ以前に話の根底が崩れそうで怖い。背筋がゾクッとしたわ、マジで。
「なんだ? 古泉が良いのか?」
「そうじゃないわよ。ただ、あんな感じで颯爽と登場する超能力者は用意してないのか、って話じゃない」
少女が腕を組む。どこの面接官を気取ってるのか知らないが、偉そうだな。ま、そうは言っても用意してない事も無いさ。ああ、っつーか当然に準備はしてあるとも。
「さっき、超能力者にもツテが有る的な事を言ってたわよね?」
ハルヒが「越後屋、お主も悪よのぅ」なんて今にも言いそうな顔をしていた。期待している……されている。
「待ってました」と言いたいのを堪えるのは中々難しかった。
「あ? そんな事言ったか、俺?」
「言ったわよ!」
ハルヒがこちらに近付いて来たのは、恐らく締め上げて白状させる為。抵抗はしない。時間も……そろそろ引っ張らなくても良いだろう。
「さぁ、キリキリ吐きなさい!」
「ちょ……ハル……おま、マジで締まっ……ギブ! ギブッ!!」
堪らずタップ。気が遠くなって「この道300m先を右、お花畑」って看板が見えた所でようやく解放された。
お前の馬鹿力で締め上げたら普通に人が死にますとか、そんな恨み事を言うよりも先に空気を味わうので手一杯で。ああ、生きてるって素晴らしい。
呼吸、超大事。
「ち……超能力者は色々と限定が付くんだよ」
咳き込みながら、なんとかそれだけを伝える。するとハルヒは眼に見えて輝きだした。なんだ、今の俺の台詞に食い付く所が有ったのか?
名古屋名物手羽先並に、食える部分なんざ俺には見当たらないんだが?
「限定! アレね? こう、限られた空間でしか力が行使出来ないとかそういうのね? 何よ、キョンのくせに分かってんじゃない!!」
分かっててやってるんじゃないのか、とツッコミたくなった俺を誰が責められよう。まぁ? 古泉の能力はコイツに起因するものであるのだから、コイツが思い描く超能力者像であっても何の疑問も無いのだが。
しかし、釈然としないのは俺の心が狭いからか。そうか。そうですか。
「で? キョンの知り合いの超能力者はどんな場合にその能力を発揮するのよっ? ちゃっちゃと教えないとあたしの32mm砲が火を噴くわっ!」
スリッパじゃねぇか。いや、確かに威力は折り紙付きだけどさ。止めろ。止めて下さい、お願いします。
「……次のやられ台詞は『やっくでかるちゃー』かな」
「何もロボットものに固執する事も無いでしょ。『あべし』とか『ひでぶ』とかも分かり易くて好きよ?」
何の話だ、二人揃って。話が脱線してるぞ、馬鹿。
「あー、俺の知り合いの超能力者はな」
「ふんふん」
「その力を使える時間が決まってるんだよ。パートタイマー制っつーのか? あんな感じ。今日の所は八時半過ぎだな」
「……何、その中途半端な時間設定。二十四時と零時の狭間、辺りにしておきなさいよ。夢が無いわね」
悪かったな。お前だってラノベやら漫画やらの読み過ぎだ。大体、そうじゃないといけない理由が有るんだよ。
「理由って何よ。一応聞いてあげるわ」
あたしは心が広いからね、とホザく団長様。誰を比較対象にしてるのやら。どうせ、俺は心も器も小さいですよ。だが、分相応を知ってる時点でお前よりはマシだと思うね。うん。
「……今日の台風、この街を直撃すんだとよ」
「知ってる」
「直撃、って意味分かるか?」
「……死にたいの?」
まさか。俺は平々凡々に生きて畳の上で大往生が夢なのさ。だからフロントチョークは止めて? 続き喋れなくなっちゃうから、永遠に。
「あーもう! 何が言いたいのよ?」
「窓の外を見てみろって。何か、気付かないか?」
ニヤリ、口の端が上がっていくのを止められない。台風直撃中だってのに、さっきから風雨の描写をまるでしてなかったのは決して俺の怠慢じゃないんだ。
なぁ、そこんトコには気付いたかい?
「台風にはな……」
ハルヒが窓を振り返って言葉を失っていた。背中が震えているのは歓喜か? それとも驚嘆? どっちでも良いさ。
「『目』が有るんだよ。そして、直撃ってのは、それが上空を通るって意味さ」
部室の外、雨と風はその姿を隠しひっそりと夜は静まり返っていた。
まるで、これから俺達が何をしようとしているのか分かっているように。神様も中々粋が分かるじゃないか。
「雨……止んでる」
「一時的に、だけどな」
雲は変わらず立ち込めて、渦を巻いているのだろう。暗くて確認は出来ないが、星が見えないから恐らく俺が頭の中で思い描いた図で間違いない筈だ。
「台風の目に入ったんだ」
俺はハルヒの隣まで歩き、一緒に窓の外を見つめた。
「ベガもアルタイルも見えない……か」
ハルヒが呟く。俺は首を振った。縦にじゃない。横に。少女の言葉を否定した。
「見えるさ」
「……あんた、明日にでも眼科行って来たら?」
「いや、俺にも流石に今は見えねぇよ?」
「明日じゃ意味が無いの」
知ってる。七夕の今日だからこそ願いも叶うんだしな。それも含めて口にしたつもりだが、そうは聞こえなかったか?
「……どんだけ楽観主義なのよ、キョン。台風が過ぎるとしても零時過ぎになるわ。今年の七夕は残念だけど……流れちゃったの」
「決め付けんのは早い」
じっと夜を見つめながら呟く。
「お前は言ったな。無いなら創れば良い、って」
「それは部活の話。流石に星を創るのは無理よ。神様の仕事ね」
ああ、だから神様に仕事をして貰おうと思ってんのさ、ハルヒ。俺達で後押しはしてやるが、星を創るのはお前の仕事だろ?
「そうでもない。人間は過去に沢山の星を創ってきたからな」
超能力者の言葉を借りると、だ。
「人間原理、って言葉が有る。観測者が居なきゃ、そもそも何も存在しちゃいないって考え方だ。だったら、星を見つけた過去の人間が、星を創ってきたと言い換えれない事も無いよな」
より質の良い望遠鏡を使って新しい星を発見する。その作業は星を創るのとまるで変わらない、ってのは自分で言っていても極論が過ぎるとは思っちゃいるが。
「だーかーらー。無理だって言ってんでしょうが。もし仮に望遠鏡をどっかから持って来たとしても、こう雲が立ち込めてたら星を見る事すら出来ないのよ?」
確かに。なら、話を変えようか。
「台風ってのは結構局地的なものだよな。今日、この街は台風にもろ晒されちゃいるが、他所じゃ晴れてる所も有るだろう。七夕花火大会なんてのを今、丁度やってる所も有るだろうさ」
「あー、確かウチの市でも今年は七夕に花火大会を企画してたのよね。この空気を読まない低気圧の所為で延期になっちゃったけど」
部室のホワイトボードに貼ってある、A4サイズのチラシをしみじみと見ながらハルヒがボヤく。ソイツの周りには「女性陣浴衣着用!」と「台風のバカ」の二文が殴り書きされていた。
「キョン……あんた、まさか他が晴れてるから良いんじゃないか、なんて考えてるんじゃないでしょうね」
「少しばっかり考えてる」
俺がそう言うとスリッパで頭を叩かれた。脳天直撃、セガサターン。
セガのゲームは世界一だ。
「馬鹿じゃないの!? 他で晴れていようが花火してようが、あたし達が願い事を吊るした笹からベガとアルタイルへの直線状に雲が掛かっていたら願い事は叶わないのよ!?」
……まぁ、織姫と彦星のラブロマンスよりは目先の願い事の方を重要視する気持ちは分からんでもない。だが、あまり人をボカスカ叩くな。頭が悪くなったらどうしてくれる?
「映りが悪いテレビは叩いて直すモノなのよ」
人を昭和生まれの電化製品みたいに言わないでくれるか。
「あたし、ああいうの直すの得意なのよね」
「ざけんな。あんまり俺の待遇が悪いと超能力を見せてやらんぞ?」
「へ?」
ハルヒが俺を見上げて馬鹿面を晒す。
「……なんだよ?」
「……聞き間違いよね。いくらあんたが馬鹿だからって、自分は超能力者だ、とか中学生みたいな事を言い出す訳無いわ」
「そう言われると同じ言葉を繰り返すのが難しくなるんだが」
可哀想な捨て猫を見る様な目を向けてくる少女。止めろ。そんな目で俺を見るな。泣けてくる。
「……キョン? エターナルフォースブリザードが使えるのは十四歳までよ?」
あー、死にたい。自分で書いたシナリオを遵守しているだけで、このリアクションも予想の範囲内なんだが……死にたい。ロープは無いか、ロープ。人一人の体重を余裕で支えられそうなヤツ。
「……疑ってんのかよ」
「信じるようなヤツが居たら連れて来なさい。笑ってあげるから」
ハルヒが溜息を吐く。キョンの頭が悪い理由がようやく分かったわ、とか勝手に人を痛い子認定しないで貰えないだろうか。
「もうすぐ、八時半だな。あー、証拠を見せてやる。だから人を指差して涙ぐむのを止めろ」
俺は大きく息を吐いて、窓の外を見つめた。俺の視線移動に釣られてハルヒも顔を横に向けたのを視界の端で確認する。上出来だ。

「今から、星を創る」

呟いた。少女が沈黙する。俺の言葉の中に本気を見出したのだろうか。ま、冗談でも何でも無いからな。
「人に創れる星だから、大きさには期待すんな。だが、数は保証する」
尻ポケットでケータイが着信を告げるバイブレータ。首尾は上々。後は仕上げをごろうじろ、ってな。

さぁ、始めるぜ、SOS団。自分から神様少女の下に集った、お人好し連中!


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