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想いは雪溶けのように【前編】
あれからどれくらい時が過ぎたのだろう…?

まだぼんやりとする意識の中で、ロゼは夢を見ていた。
子供の頃森の中で迷子になり、独り心細くいたあの時間。
寂しくて、悲しくて…。
心細くて泣きそうになった時、自分の心に語りかけてくれたのは祖父のマナだった。
あの頃は、まだマナと心が通じあえていなくて…祖父のマナの言葉がわからなくて。
それが何より悲しかった。
マナと仲良くなりたいと…純粋な気持ちでそう思った。

(あの時は…ジジイに見つけて貰った事よりも、そっちの方が嬉しかったな…)

迷子になって怖かったけれど。
帰り道、祖父におぶられた大きくて暖かい背中で、心の底からそう思ったのを今でも覚えている。




(だから…だから、ジジイを裏切って消えてしまったマナを、俺は…)



































「ん…」
「ロゼ、気がついたか?」
「ぁ…?」

おぼろげな意識からゆっくりと覚醒し始めたその先に。
普段は見せた事の無い少し心配そうな表情をしたユンが、自分を抱きしめるように抱えながら覗き込んでいた。

「あ…れ?ココは…?」
「なんだ、まだ意識がハッキリとしてないのか?少し前までお前は気絶していたのだぞ?」
「気絶……あっ…!?」
先ほどまでしていた行為を思い出し、ロゼは急激に頬が赤く染まる。

(そうだった…さっきまでコイツと…!)

困惑する意識の中で、ロゼはユンに抱かれかけた。
その行為自体夢かと思っていれば、今どんなに楽だっただろう。
気がつけば先ほどまでの行為の名残は無く、肌蹴られた服も元通りに着せられおり今実感できる事と言えば、ユンの腕の中に包み込まれるように自分が抱きしめられていて、触れている所からユンの温もりが伝わってくる事だけだ。
先ほどまで寒くて辛かったのに、こうやって抱きしめられているだけでソレも無くなる。

(暖かい…人肌って、こんなにも心地良いモノだったか…?)

祖父のマナが裏切ったと思ったあの日から。
自分の心がどうにかなってしまったのかと思うくらい、冷たく感じた。
思いが通じたんだと、とても嬉しくて毎日が楽しかったのに…。
その日から、自分の心は裏切られたと言う事実に…奈落の底に突き落とされたようなショックを受けたのを今でも覚えている。

(あの時からだったか…。裏切られるくらいなら、マナと…他人と心を通わせと思わなくなったのは…)

自分で意識してやっていた訳ではないけれど。
アルレビス学院に無理矢理入学させられて、しばらく経ってからだろうか。
アトリエでエトに告げられた、過去の自分。




『えっとね…ロゼは暗くてあんま喋んない子だった。あたしがいくら話しかけても無視してて、感じ悪かったなー』




(そうだな…。今だったら理解できる。子供の頃、自分がどうしてそんな態度を取っていたのかも…)

「どうした、ボーッとして。…身体の方は平気か?」
「あ、あぁ…大丈夫だ」
「そうか…。ならば、そろそろ学園に戻るぞ」
「え…?吹雪は…」
「お前が気を失っている間におさまった。これくらいの雪ならば、もう視界もだいぶクリアになっているだろう…立てるか?」
「大丈夫…って、うわっ!?」

いつまでも抱きしめられているのも恥ずかしいと思って、ユンにそう言われて立ち上がろうとした瞬間。
ロゼの膝は力なく折れ、その場に倒れそうになるのをユンが慌てて抱きとめる。

「わ、悪ぃ…」
「無理するな。…体温も少し低いようだし、指先も僅かではあるが凍傷になりかけてるな」
「あ…本当だ。気がつかなかった」
「………」
「…ユン?」
「そのまま大人しくしていろ」
「へっ?…うおぁっ!?」

ユンはそれだけ言うとロゼの身体を抱えなおし、そのまま両手で抱き上げる。

(こっ、これは俗に言う"お姫様抱っこ"と言うヤツでは…?)

「おっ、おい!下ろせッ!!自分で歩けるから…!」
「今の姿を見た後でそれを言うか?まともに立つことすら出来なかったお前が言っても説得力がないぞ」
「うっ…!」
「こんな時まで意地をはるな。…まぁ、それがお前らしいと言えばお前らしいがな…」
「く…っ!」
「照れて所在無くしているお前のその表情も新鮮でいいな」
「いっ、いちいち口に出していうな…っ!」
「フッ…だが、そんなお前を見ているとオレは…」
「え…?」
「…何でもない。そろそろ行くぞ」
「あ…あぁ…」

何か言いかけたままはぐらかし軽く笑うとユンはロゼの頭をそっと撫で、そのまま留まっていた洞窟からロゼを抱きかかえたまま出て、学園へと歩きだす。
ユンに撫でられた所がジン…と甘く響くように、ロゼの身体に浸透していく。
ざくざくと、雪の積もった地面を踏み固めて、一歩一歩学園に近づいて行くユンに抱きかかえられたままロゼは思った。

(…出会った頃よりもコイツ、表情が柔らかくなった…?)

出会った時は、お互いに敵意丸出しで戦いもした。
自分よりも高額な価格で雇われたユンに、少なからず不満を覚えた事もあった。
金さえ貰えば、どんな仕事もこなすユンを見て変なマナもいたものだと、正直思ったりもした。
金で雇われて的確に仕事をこなしていく…逆を言えば、リリア以外の人間が雇っても同じ事をするんだろうとも取れる訳で。
金で信頼を買っているんじゃ無いと、判ってはいたけれど。

(何で俺…こいつの事がこんなにも気になってるんだ…?だってこいつは、ただお嬢様に金で雇われただけのマナだろう…?)

自分に自分で、そう問いかけた。
考えなくとも、答えはさっき出したばかりなのだけれど…。
あくまでアレは、気のせいだったとのだと思いたい。
気を失う前に、ユンに抱かれた自分を否定したかった。アレは、一種の気の迷いだったと…気分が高揚していたから、そう思いたかった。

(なんか…考えすぎてわかんなくなってきた…)

ユンに抱きかかえられたまま、ユラユラと身体を揺すられて。
ロゼは心地良く揺すられながら疲労も手伝って、いつしかユンの腕の中でそのまま眠りについた…。


































―次の日―



「おっはよー!…あれ?リリアちゃん、今日はロゼと一緒じゃないの?」

朝一番、元気よくアトリエに入ってきたエトの言葉の第一声。
部屋の奥では椅子に座ってため息を漏らしているリリアと、その傍らで何とか自分の主人に元気を取り戻してもらおうと紅茶を淹れながら励ましの言葉をかけているウィムの姿が見えるだけだった。

「あら…おはよう。ロゼは今日お休みよ」
「へっ?何でまた…」
「エトさん。ロゼさんは風邪を拗らせてしまって今日は一日お休みを取るそうですよ。まぁ…その原因を作ったのが、他でも無いお嬢様なんですけどね…」
「ウィム!いちいち余計な事言わないの!確かにわたくしがラディッシュを採ってくるようには言ったけれど…そもそもわたくしがお願いした相手はユンなのよ。ロゼを誘ったのは他でも無いユンなんだから、わたくしのせいにしないでよ!」

ロゼがいない不機嫌さも手伝って、今日のリリアの不機嫌さはいつもより悪いようで。
行き場のない怒りを、自分のマナであるウィムに当り散らしている姿は滑稽に見えて仕方が無い。

「いっ、痛い!痛いですお嬢様!」
「うるさいわね!貴女が余計なこと言うからでしょ!」
「ねーねー、リリアちゃん。ロゼが風邪で休みってのはわかったんだけど…そのロゼを風邪にしちゃった張本人のユンの姿が見えないんだけど。はっ!まさかユンまで風邪を拗らせたんじゃ…!」
「なに馬鹿な事言ってるの。マナであるユンが風邪なんて拗らせるワケないでしょ」
「じゃあ、ユンは何処に行ったの?」
「さっきまでココにいたけど何処か行ったわよ。昨日の事もあるし、ユンにも今日一日休みをあげたのよ。おかげで今日は退屈な一日になりそうだわ…」
「たまにはロゼさんから離れてすごしてみるのもいいかと思いますよ。お嬢様、いっつもロゼさんと一緒にいらっしゃいますし…いたたたた!」
「だーかーら!貴女は一言多いって言ってるでしょ!」
「朝からにぎやかだねぇ…」

自分よりも元気なリリアを見て、エトは遠くから微笑ましい視線を送りながら二人を観察しているのであった…。




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