[携帯モード] [URL送信]
逢瀬の君
 火曜日と土曜日の夜、私は彼に会う。

 塾が終わり、午後十時。
 人っ子一人いない帰り道。
 車も時折、思い出したように通り過ぎていくだけ。

 私の家から徒歩十分の公園に、彼はいる。
 ぼんやりと路面を照らす街灯。
 その下、浮かび上がる一つの影。

「よっ。今日も塾? 大変だねぇ」

「ん。……でもま、いつものことだし」

 上下のジャージにスポーツドリンク。
 錆びれた子供用のブランコに座って、窮屈そうに長い足を投げ出している。
 聞けば、毎日こうやってランニングをしているらしい。

 で、この公園で休憩をしているとのこと。
 そして私と鉢合わせ。

 ちらりと見えた、ジャージの学校名は隣町のものだった。

「鞄重そー。持とっか?」

「いいよ。テキストいっぱい入ってるから重いし」

 手を伸ばした彼に、私は頭を横に振る。
 どことなく、声が険しくなってるような気もする。
 あぁ、可愛くない。

「お前も来たし、行くか」

「……はーい」

 どうやら彼は、私を時計代わりにしているらしくて。

 家に着くまで十分間。
 とりとめのない話をしながら、私達は一緒に歩いていく。
 何でこうなったんだろう。
 そう思っても、始まりはあまりに昔過ぎてよく覚えていない。
 いつの間にか。
 そう本当にいつの間にか。

 するりと私の生活に入り込んで、今には塾の帰り道、いないと変に思ってしまうくらい。

 今日もまた、同じように時間が過ぎて。
 私の家の前で同じ、「じゃあね」とさよならの言葉。
 ――では、なかった。

「じゃあな」

「うん。……え?」

 ぐい。

 手を引っ張られた、そこまでは分かる。
 そこから一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 暗転。
 世界が変わる。

 目の前は紺色。

 バランスを崩した私を、抱きとめてくれたのは彼だった。
 吐息の音が聞こえてきそうなほど、顔が近い。 

「!」

「ねぇ、そろそろ名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?」

 何するの、って非難は彼の発言に掻き消された。

 毎週、火曜日と土曜日に会う人。
 ランニングをしていて、着ているジャージは隣町の中学校のもの。

 家に着くまでの約十分間、何となくお喋りをするようになった人。
 名前も知らない。

 どこに住んでいるのかも、何でこんな……隣町まで走ってきているのかも。
 でも、それで良いや、と。

 私は緩やかなこの状態に勝手に満足していたけれど。
 どうやら、彼の中では違っていたようで。

 きらきらと黄色く輝く街灯。
 その下、浮かび上がる二つの影。

 にやりと笑うオレンジの月だけが、私達を見ていた。


[次へ#]

1/4ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!