友情カウンセリング【2】
「分かってるよ」
千尋が、世にも珍しい人間だってことも。
「――最近さあ」
聞こえなかったらそれでも良いや。
そのくらいの小さい声で呟くと、千尋は「何?」って感じに首を傾げる。
次の授業の準備か、みんなは自分の席に座り始めていた。中にはノートを出して復習してる子だっている。
私立で、それなりの進学実績を挙げてるこの高校。
服装や生活態度はかなり自由で、ちゃらけてる生徒もいるけど――基本的に真面目。
それでも、中学校とそう変わんない。一年経っただけで、男子が急に大人になるわけなかった。
「この世の男子がみんな、千尋みたいだったら良いのにって思う。強引って意味じゃなくて、色眼鏡がないとか、分け隔てなく友達付き合いしてくれるとことか」
「バカ」
「は?」
一言、そう言い捨てた千尋と目を丸くする私。
周りにいる子達も何のことかと凝視していて、千尋が言った言葉が聞き間違いじゃないことを証明してる。
……今、バカって言われたよね?
千尋は周りを気にしない。体ごと横を向いて座り、剣呑に目を細めて私を見る。
「自分から男をシャットアウトしてんだ、お前は。色眼鏡使ってんのはどっちだ」
「……ぁ」
頭を、ガツンと殴られたような気分になる。
「気付いてないだろうけど、男と話す時のお前は全く別人だ。あんな仏頂面見せられたら誰だって避けたくなる」
千尋の言う通りだ。
「構えないで、ちゃんと話せ。向き合え。俺や彼氏や女友達に見せてるのと同じ笑顔、あいつらにも向けてみろよ」
顎で男子のグループをしゃくる。彼らはちらっと私達を見て、気まずそうに視線をそらした。
中三の終わり、恋がしたいと思っても出来なかった。
教室の中で紙飛行機を飛ばしたり、キャッチボールしたり遊んでる男子がガキに見えて仕方なくて。
平気で女子の外見をからかってくる、そんな奴なんか恋愛対象にもならなかった。
付き合うなら大人が良い。いつからか、友達にもそれを求めるようになって。『男子はコドモなんだ』って勝手に決め付けて、自分から男子を避けるようになってた。
「勝手なこと言うのは、全世界の男と知り合いになってからにしろ」
皆がみんな、コドモじゃない。現に千尋が前にいる。
「……ごめん」
悪いことは悪いってちゃんと言ってくれる、頼れる友人がいるのに。
女の子は面と向かって言ってくれないこと、言葉は悪くても指摘してくれるんだ。
「ごめんじゃなくて?」
「ありがとう」
にゅっと手が伸びてきて、私の頭をぽんぽん叩く。子ども扱いされてるんだろうけど、不思議と嫌じゃなかった。
千尋が良い奴だから。
男の目の前で、緩く巻かれた黒髪が揺れる。
ふわふわ風に靡く髪は掴みたい衝動にも駆られるが、扇風機の前に陣取る少女に怒られそうなので止めておいた。
少女は一度話すのを止めると、残り少なくなったオレンジジュースを口にして結論に入る。
「とまあ、こういう会話がありまして」
艶やかに濡れた唇。
普段と違う髪型も服装も、薄っすらと施された化粧も少女によく似合ってはいる。
赤い金魚をあしらったネックレスは白い胸元に映え、いっそう輝きを増しているようにも見える。
しかし、男はどうしても気に食わなかった。
「少しずつ、男子にも普通に話そうとしているんです。表情が硬くなるのは女子や千尋にフォローして貰ったり」
はにかむように笑う、その笑顔も。
「……それは悪い傾向だ」
気付けば、そう呟いていた。あまりの迂闊さに男が米神に手をやると、少女は怪訝そうに首を捻って下から表情を覗き込む。
片方は床で正座し、もう片方は椅子に座っている。
角度に差がつくのは仕方のないことだ。
「頭でも痛いんですか?」
「いや、大丈夫」
付き合い始めて二年。そろそろ『子ども扱い』出来なくなりそうだった。
【終】
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