ルージュ(李/優)
一瞬だった。
痛いぐらいに掴まれた腕。
引き寄せられる躯、鼻孔を霞めるまがまがしい薫りさえも。
否定する隙もないほど圧倒的な力の差。
無理矢理に重ねられた唇をなんとか跳ね避けようともがく。
「……んっ」
強く、強く締め付けられる痛み故に漏れた吐息。
ソレを合図にするかの如く、口内にアツイ、ドロリとしたモノが侵入してきた。
――――――――血だ。
「やっ…」
吐きだそうとするも、口内に這いずり回る李土の舌に為す術はなく、鈍い音とともに降っていく。
――何故?
いいコだ、というように息を荒くする優姫の髪を掬い、頭をゆっくりと撫でる。
兄とは違う、薫り。
濃い、毒のような李土の血に刺すような胸の痛みを覚える。
油断した。
この場にいない兄に対する罪悪感という訳ではないが、血を受け入れてしまった自身に嫌悪感を覚え、更に顔をしかめる。
薄笑いを浮かべる男におもいっきり睨んだ。
「どうだ?」
「お前をどれだけ想っているか…」
――感じないか――――?
「っ、こんなこと…!」
掴まれた腕はそのままで声を挙げることしか出来ない。
「かわいい姪に悪戯してみただけさ。」
くっ、と笑う様子に怒りは増し、更に表情を険しくする。
「――あぁ、いいね。似ているよ」
―樹里のようだ―――――
「―あっ、」
グイっと再び顎を掴まれ、李土の顔が目の前に迫る。
頬に食い込む指。とがった爪は優姫の白い頬を傷つけ、じわりと赤く滲んでいく。
笑みを深くし、瞳を光らせた。
二本の指で優姫の顎を固定したまま、ゆっくりと親指を滑らせ、傷口の血を拭うと、そのまま小さな赤い唇にアカイ、線を引いた。
「お前を愛してやろう」
驚きと同時に全身が裂ける程の衝撃。
しまった、と先程の後悔は遅く、一気に躯中の感覚が失われていく。
首筋に深く埋まった牙。
ぐちゅ、ずずっという音だけがリアルに聞こえる。
―――コワイ吸血鬼ガ、ワタシヲ食ベチャウ―――――
消えていく、ぼんやりとした意識で。
あの、アカイ、雪の日を思いだした。
私はもう、彼等と同じモノなのに。
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