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躑躅の屋敷*2




 十蔵の疵の治りは芳しくなかった。実際、この男には疵を治そうという気がないのだろう。生きる気力を失った十蔵の姿を見ることは、その命を懸命に繋いだ伊三にとっては堪えられないことであった。
「殿ならば、恐らく俺達の存命を望んでくださるのだと思う」
「……今更、死ぬことが恐ろしくなったのかィ」
 伊三の言葉に返す十蔵の声には侮蔑の色が滲んでいた。
「違う。だが、今の俺達に一体何が出来るのかと―――考えていた、」
 豊臣は滅んだ。この場で兵をかき集め蜂起したところで、権勢を強めつつある幕府にはさしたる痛手にもならないだろう。―――そのような犬死にを、果たして主君は赦してくれるだろうか。目下、伊三の思考はその一点のみであった。
「何が出来るってェんだ?」
「伊達家の庇護下にある大八君にお仕えするとか頭丸めて殿の菩提を弔う、とか……」
「阿梅様にご迷惑はかけられねェ、おめぇはどうか知らねぇが、俺は仏門てなァ柄じゃねぇ」
 横柄な態度で言う十蔵の声には明らかな苛立ちが見えた。それを受ける伊三も次第に語気がきつくなる。
「じゃあどうすりゃいいって言うんだ」
「それが分からねぇつってんだろうよ」
 まさに八方塞がりとはこのことだ。伊三は深い息をつき、十蔵の筵の横に四肢を投げ出した。最早お手上げ、とばかりに両腕も頭上に広がっている。
「……怪我人ふたり、生き恥晒したところでどうにもなる訳がないさなァ、」
「そう言ってくれるな、俺の立つ瀬がなくなる」
 罰が悪そうに瞑目した伊三は、すぐに首を擡げた。
「あんたは矢張り、死にたいのか、」
「……此処に居ると、あの人を思い出さずにはいられねェのさ。―――お屋敷の躑躅は美しいのだと、言っていたのはあの人だ」
 庭を眺めたままで言う十蔵の表情は、横たわる伊三には見えない。少し曲がった背が一回り小さく感じられた。
「……ふ、やることがねぇと、考え過ぎちまう。これだから嫌だねィ」
「海野、か」
 十蔵は僅か言葉を噤んで、渇いた笑声をこぼした。
「坊主のおめぇの前で言うことじゃねェだろうが、俺はこの現し世が嫌いでねィ」
「……何で、」
「下らねぇだろィ? それを、面白くしてくれたのが殿とあの人だ」
 あの人、と敢えて海野の名を呼ばない十蔵に違和感を覚える。此の屋敷に来てからと言うもの、この男の様子は明らかにおかしかった。
「だから、お二人のいねェ現し世に、はなから未練なんざねぇのさ」
 それは、紛うことのない十蔵の本音なのだろう、と伊三には思えた。肩を落とす男の背は随分と頼りなげであった。
「……俺と二人じゃあ、つまらねぇ、か」
「ハ、愚問だねェ」
 腰を捻らせて伊三を振り向いた十蔵が顔を歪ませる。呆れたような、それでいて穏やかな笑みだった。この数日で、もう何度もこの表情(かお)を見たような気がする。伊三は小さく独りごちて、無理矢理笑んでみせた。











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