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春待つ人(才蔵+佐助)
「あ、才蔵だ!」
廊下の向こう側からそんな声がして、才蔵は無言でそちらを見た。大した距離ではないのに、大仰に手を振って、佐助が近付いてくる。才蔵は彼のあだ名を唱えて無感動に彼を見た。
「何してるの」
「考えゴトしてた」
「何を?」
真田庵の中庭はすっかり積もった雪で覆われて、冷たい陽射しを受けてきらきらと輝いていた。
才蔵は白い息を吐きながら、凍えた手足を縮めて、考えゴトを、ともう一度繰り返す。その言葉の続きを待つように、佐助は彼の隣に座り込んだ。
「今日はさむい、な」
「うん。冬だからねえ」
ヒョウ、と冷えた風が頬を容赦なく刺す中で、のんびり世間話をしているのは、なんだか妙な気分だ。けれどその場から動こうとしないのは、かじかんだ手足の先と同じように、心も冷えて感覚が麻痺しているせいかもしれない。
「いつから考えごと、してたの」
「……わすれた」
「かぜひいちゃうよ」
「そんなにヤワじゃ、ない」
才蔵は顔をしかめて応えたが、その実、無意識のうちに熱を求めながら手を擦りあわせている。さりげない風を装って両の手を離すと、佐助の手に捕まった。
「何だ」
「才蔵の手、つめてぇーっ!」
佐助は無邪気に大声を上げ、才蔵の手を強く握り締める。先ほどまで室内にいた佐助の手はもちろんまだ温かくて、才蔵はそれを払うことが出来なくなった。貴重な暖を、取らない手はない。
「雪がキライなんだ、」
「なんで。たのしいじゃんか」
「オトが聞こえなくなる」
「……音?」
「静かすぎる場所は、コワイ」
―――いつかのあの暗闇、静寂、を、思い出すから
才蔵は目を伏せて、深く息を吐く。才蔵が温かさに慣れたのか、それとも佐助の手が冷えたのか、指の芯が痺れるような感覚はもはや消えていた。
「才蔵にも、こわいものがあるんだねぇ」
佐助が嬉しそうに笑った。そういえば彼こそ、怖いものがあるなどと聞いたことがない、そんな風に考えると、何だか妙に悔しくなる。
「……だが、冬はキライじゃない」
「佐助は春のほうが好きだけどな」
だって、花見には団子が付きものだし。
才蔵はその言葉に呆れたように息を吐いた。
雪がまた、ちらつき始める。黙りこんだ才蔵の深い溜め息は瞬間、彼の視界を覆って、空に溶けていく。
「冬は息が白くなるだろう」
「ふしぎだよね! 六ちゃんが言うには、外の空気と佐助たちが吐き出す空気に温度差があるからなんだって」
「詳しくは知らないが……、」
鼻から吸い込んだ冷気は喉の奥を鋭くさした。
「白い息は、オレが生きてるコトを教えてくれる」
中庭に積もった雪を見据えたまま言った才蔵を、佐助は無言で見つめかえした。
「息が白くなくても、才蔵はいきてるよ」
「断言は出来ないだろう」
「できるよ!」
佐助は怒ったように叫ぶと、才蔵の頭にげんこつを見舞った。才蔵はその不意打ちに驚き、切長の目で彼を睨む。
「何するんだ」
「才蔵がかなしいこというからだろっ! ここは、嫌なやつばっかりの伊賀の里でも、才蔵のうまれた家でもないんだよっ! 佐助も、のぶしげさまも、みんな、いるんだからなっ!」
顔を紅潮させて歪める佐助は、まるで本物の猿のようだ、と思った。
「……泣きムシ、」
「泣いてない!」
気休め程度に才蔵が頭をなでてやると、佐助は子供扱いするな、とばかりにその手を払い除けた。
「中に入るか」
「……はいる。才蔵のせいで、さむいや」
二人で連れだって歩くと、そうは言いながらあまり寒くは感じない。
「早く春にならないかなあ」
庭を振り返って独り言のように言った佐助の言葉を、才蔵は聞き漏らさなかった。
―――だけれど、春は負けそうになるのだ。
芽吹く生命たちに。
そんなことを言ったら佐助は、また怒鳴るのだろうかと考えた。
Story is the end...
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