[携帯モード] [URL送信]

20000HIT OVER
シノノメ(狼+犬・鹿・鼠)


 ここ数日の身体のだるさは、確実に僕の中の『獣』が目を覚ましつつあることを物語っていた。

「ねぇ、もう満月かな?」
 部屋に入ろうとしたところでそんな言葉が耳に入ってきて、思わず足をとめる。隠れる必要などないが、一度足をとどめてしまうともう一度踏み出すことはなかなか難しい。

「ばか。あと二日もあるよ」
 先程口を開いたのはピーターで、呆れ声のジェームズがたちまちたしなめた。ジェームズは少し苛々しているような印象を受けて、不思議に思う。いつもならピーターの言動に苛々しているのは彼ではなくて、シリウスの方なのだ。ジェームズは二人のやりとりを笑って見ていることが多い。
「お前らうるさいよ。外に聞こえるだろう」
「あ……ごめん、シリウス」
 気だるそうなシリウスに、ジェームズとピーターが声を揃えた。それきり声が聞こえにくくなり、僕はドアに耳を近付けるようにしなければならなかった。―――まるで盗み聞きだ。

「それにしても、フィルチに見付かるとは思わなかったな。驚いた!」
「ワームテールがネズミなんかで驚くからだよ。これからネズミになろうってのに!」
 ジェームズの言葉を受けたシリウスが咎めるような声をあげた。慌ててピーターは弱々しく謝る。
「だけど、本が見付かってよかったね!」
 三人で囲んだジェームズのベッドの上に置かれた黒いものを手にとるピーターに、今度は二人とも嬉しそうに笑んで―――その笑顔は悪戯が成功した時というよりも、悪戯を企てている時のものだった―――互いに視線を交しあう。
 僕は目を凝らしてピーターの手の中にある『黒いもの』を見た。どうやら彼の言葉通り本であるようで、サイズも大きく随分と分厚い。古い本なのか、黒ずんだ表紙には書いてあるはずのタイトルが認められなかった。
「みんながなるまでにどのくらいかかるのかな?」
「うーん、僕とシリウスはそんなに時間はかからないだろうけど」
「要するに、ピーター、お前次第ってこと」
 意地悪く目をすがめたシリウスは、目を丸くしたピーターの額を弱く小突く。脅かさないでよ、と気の弱い親友は今にも泣きそうになった。
「ばか、泣くなよ。僕たちも手伝うし」
 何の話をしているんだろう、と僕は首を傾げる。悪戯の計画にしてはいつになくジェームズとシリウスがピーターに対して協力的だ。こんなことって今まであっただろうか。確かに一回くらいはあったかもしれないけれども。
 それにしても、完全に部屋に入るタイミングを逃してしまった、とひとり溜め息をつく。


「早いとこ『動物もどき』なってさ、リーマスについてってやりてぇよな」


 そんなシリウスの言葉に、僕は息を止めた。聞き間違いではなかったろう。
「リーマス、きっと驚くよね!」
「逆に叱られるかもな」

 楽しそうに盛り上がっている友人たちの声に、僕は、込み上げてくる『何か』を抑え込むのに苦労した。

―――ああ、何て僕は、幸せ者なんだろう。


 僕は努めて平静を装った顔を作ると、わざわざ大きな音を立てて部屋の中に入った。
「わ……、リーマス!」
「おかえり、ムーニー」
「調子はどうだ?」
 正直な反応をしたピーターを押し退けるようにジェームズとシリウスが歩み寄ってくる。その隙に背後で、本を隠したのを僕は見逃さなかった。
「ずいぶんよくなったよ。それより、君たちはまた悪戯かい?」
「ん、まあそんなとこ」
 わざとらしく肩をすくめて溜め息をつくと、含み笑いが帰ってきた。
「…………ほんとうに、」
 君たちは馬鹿だよ。
 そう言ってやろうと思ったのに、声が出てこなかった。







 頬に冷たさを覚えて目を冷ますと、口を固く引き結んでいるシリウスの顔が間近にあった。
「シリウス……、」
「おはよう、リーマス」
 冷たく感じたのは、シリウスが僕自身で作った傷に濡れタオルを置いてくれたからだった。
 外は暗くて、まだ朝の早い時間のようだ。
「お、ムーニー起きたのか!」
 奥の方から声がして、ジェームズが顔を出した。手に、何やら汚らしい布を持っている。
「こんなもんで足りるよな」
「ああ。……ジェームズ、そっち持って」
「あいよ」
 互いに頷き合ってシリウスが僕の肩を、ジェームズが僕の足を持ち上げて広げた布の上に寝かされた。当然慌ててもがこうとしたら、睨まれた。まったく理不尽である。
「じっとしてろよ。怪我、酷くなるだろ」
「ねぇ、僕、ひとりで歩けるよ!」
「学校抜けてきたから、担架を借りられなかったんだ。我慢しろ」
 口々に言う二人に、僕は黙るしかなかった。狭い通路をまさに肩身の狭い思いをしながら運ばれていく。その間シリウスとジェームズは終始無言で、小走りになっている。少し乱暴なその運ばれ方に、僕は睡魔と手を繋ぎながら意識の片隅で軋む傷に顔をしかめていた。

「遅いよぉ、二人とも!」
「るせぇ、ピーター」
 暴れ柳の側の小さな穴から出ると、柳の幹にへばりついていたピーターが泣きそうな声で抗議する。すぐに一蹴された彼が哀れに思えた。
「もうすぐだよ!」
 ピーターはめげずにシリウスとジェームズを急かす。二人は何やら了承しているようで、僕の担架―――と言うには少々お粗末だけど―――をゆっくり草の上におろした。
「……なに、」
「見てごらん」
 ジェームズが半身を起こすのに手を貸しながら、笑顔で空を指差した。

 目に染みる、眩しさ。息を飲むほど美しい朝陽が、闇を押し退けるようにその顔を覗かせていた。

「わ……、」
「ブラボー!」
 言葉にならない僕の横でジェームズとピーターとが無邪気に手を叩いた。
「リーマス」
 目を細めたシリウスが僕の隣にしゃがみこんで、笑みを見せる。
「楽しみが待っていると思えば、夜なんかすぐに明けるだろう」
 目頭が熱くなったのは、きっと眩しすぎる陽光のせいだ。もしくは、僕自身で作った傷のせい。
「君たちは……、」
「本当に馬鹿」
 顔を歪めた僕の言葉を拐って、シリウスとジェームズがにやりとした。面白がっているように。
「だろう?」
 親友たちの笑顔に、恐ろしくてたまらないはずの満月の夜が、少しだけ、楽しみになってしまった僕は、彼らに負けずに馬鹿だった。











Story is the end...


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!