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I've come to say goodbye.(猫→百合)


―――もういいかい。
―――もういいかい。

―――まだ、駄目なの?



 彼女の鈴の音のような声がすぐ後ろで止まる。
 禁じられた森が此方まで侵そうと闇を伸ばす木陰は、誰にも邪魔をされない場所だった。誰にも見付からない場所だった。


―――もういいかい、―――セブルス、


 彼女の声は、拡がる闇を―――すべてを蝕む闇の反対呪文のように、りん、と空を震わす。闇と一緒に払われてしまう心地がして、酷く恐ろしかった。


―――嗚呼、ねぇ、みぃーつけた。


 陽に透ける赤い髪は、生糸のようにしなやかに。
 小振りな造作をした唇は、笑みを結んでいて。
「………リリー」
「ふふ、やっぱりここにいた」
 本から顔を上げた僕の隣に腰を下ろす彼女は、そう言って僕を見る。その視線から逃れるように目を伏せた。
「どうしたんだ? 僕がここにいると、ポッターたちに教える気かい」
「あなたに伝えたいことがあって来たの。ジェームズなんかに教えたりしないわ」
 僕の穿った言葉に、彼女は少し不機嫌そうに顔をしかめてみせた。怖くはない。だけれど、僕は彼女の顔を正視することができない。
 どうしてそんなことを言うの、と詰問しながらもその声に嫌悪の色は伺えない。前はポッターの話をするだけで不機嫌になっていたというのに。名を呼ぶことひとつをとっても、以前は『ポッター』だったのが『ジェームズ』になっていて、―――だから僕は彼女との間に更に一線を引いたのだ。僕にはもうどうすることも出来ないと、気が付いてしまった。
「最近図書館にいなかったけれど、ここで本を読んでいたの?」
「うん……邪魔が入らないからね、」
 視線を本に落とすも、内容はまったく頭に入って来ない。
「そうね、ここ、すごく静か!」
「リリー。伝えたいことと言うのは? 早く言って寮へ戻った方がいい。もうすぐ暗くなるよ」
 努めて突き放すような声音を作る。彼女が側にいるのは、自分の存在をも失ってしまいそうで、ひどく恐ろしかった。
「うん、そうね。私もまだ準備が終わっていないし。―――お別れをね、言いにきたの」
「―――え、」
 そう言葉を紡ぎだした彼女の唇は、笑みを結んでいる。そこで僕は初めて彼女の顔―――双眸を真っ直ぐ、見つめた。
 アーモンド形の緑の目には慈愛が満ちていて、同じ年齢のはずなのに何処か大人びているように感じる。
「皆にはもう言ってきたの。あなたにだけ言えないのは心残りだったから」
 情けないことに何も言えない僕の手を取って、彼女は続ける。彼女の手は、とてもあたたかい。
「また会いましょう、セブ。あなたも体には気を付けて」
 僕の冷えきった心をとかす彼女の声は、やはり闇への反対呪文だった。











「―――セブルス?」
 ソファの上で半身を起こした途端に名を呼ばれて、辺りを見渡す。専門書が高々と積まれた執務机に就いた女が、安堵したような顔をして近付いてきた。
「……リリー、」
「勝手に入るのは悪いと思ったのだけれど、あなたが寝ているなんて珍しくて」
 疲れているのね、と労りを与えてくれる彼女を一瞥し、立ち上がる。少し、頭痛がした。
「それにしてもセブ、あなた、寝ている時も眉間に皺が寄っていたわ。何か嫌な夢でも見ていたのかしら」
 彼女の言葉にはっとする。『あの時』彼女が告げた別れは、確か夏休みの帰省を前にしてのものだった。今まで忘れてさえいたのに、感触まで伴う『あの時』の夢を見た理由は、分からない。―――或いはそれは、寝ていながらも彼女の存在を認識していたからかもしれない。
「こんなところまで一人で来たのか? 何か急用でも?」
「ううん、急ぎの用ではないのだけれど。今日はお別れを言いにきたの」


―――激しい、既視感。


「ちょっと遠い所に行くことになったの。もしかしたら、当分会えなくなるかもしれないから」
「わざわざ私に?」
「学生の頃、いつもあなたにもさようならを言っていたでしょう?」
 彼女は『あの時』と同じように微笑をたたえていたけれど、今はその笑みに僅かに翳があるような気がした。
「ジェームズがいるとね、―――あの人も素直じゃないから、ゆっくりお別れを言うことはできないと思って。なかなか会えない距離だけれど、きっとまた会いましょう」
 彼女は白くて美しい手を私に差し出した。
 彼女の表情に翳があるなどと、それは私の思い違いに過ぎない。闇に魅入って自らも闇に染まったのは私の方だ。―――だからこそ私は、彼女が恐ろしく、疎ましい。



 嘘だ。


 本当は、いつだって彼女が、いとおしかった。子供の頃から、初めて会った時から。闇が光に焦がれるのは、変わらぬ真理。

「………リリー、」

 彼女が『あの時』から変わっていないのと同様に私もまた変わったことなど何ひとつなくて、それでももう『あの時』のような子供ではないことを、理性が強く訴えてくる。
「無茶だけはしないでくれ」
 出来得る限りの虚勢を張った態度で言い放ち、彼女の手を取る。彼女の声音が闇への反対呪文であるならば、差し詰め私の台詞は、闇と共に払われぬ為の防御呪文。
 我がかわいい幼なじみは、とても嬉しそうな顔をして大きく頷いた。
「さようなら」







You had come to say goodbye

I also said goodbye

Because...,you were my beloved lady...













Story is the end...


あきゅろす。
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