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20000HIT OVER
劫1(信繁+海野)



 海野が木刀を振るう度に、その黒く艶やかな髪は馬の尾のように彼の背で揺れる。信繁はそれを無言で眺めていた。
 余程集中しているのか、普段は人の気配に敏い海野が気付く様子はない。それを良いことに、信繁はやはり黙ったまま縁側に腰を下ろした。
 海野は昔からあまり物を食べぬたちで、上背はあるが如何せん各部が華奢である。それを気にして、子供の頃からこの男は身体を鍛えることを欠かさず、また着膨れするほど着込んで体裁を繕っている。それゆえ、こうして薄着で稽古をしている時はとりわけ痩身に見えた。
 信繁がそうとりとめのないことをつらつらと考えていると、不躾な視線を感じたのか、海野がふと構えの姿勢のまま背後を振り返る。目が合うと、信繁はひらひらと手を振ってみせた。従者は大きく溜め息をついて木刀を下ろす。

「主君の顔を見るなり溜め息とは、結構な態度だな、六」
「声をおかけくださいといつも言っているでしょう。……いつからそこにおいでで?」
「なに、つい先刻だ。お前がいつになったら気付くかと思ってな」
 からからと声を上げて笑う信繁を困ったように見下ろした海野は、腰に下げていた手ぬぐいで汗を拭いて信繁の足元に跪いた。





「これは、御無礼を。全く気付きませなんだ」
 気配を消しておいでで?
 首を傾げる海野に、信繁は緩く否定の意を示す。
「歳ではないか、六。昔より鈍くなった」
 意地悪く笑んで言ってやると、従者はふつと笑声をひとつ溢した。これを言ったのが信繁でなければ、激昂して抜刀のひとつでもしているところだろう。それだけ海野は信繁を敬愛しているのだが、信繁からしてみれば張り合いがないのもまた事実だ。
 信繁は態とらしく口を尖らせて、
「反論せぬのか」
「事実にございますれば」
「六も、もう四十を過ぎたからなあ」
「まだまだ不惑には及びませぬが」
 海野は何が可笑しいのか含み笑う。信繁が片眉を上げてやると、従者は肩をすくめてみせた。信繁が彼と同じ年齢であることを言いたいらしい。
「私も歳を取ったな」
 近頃、とみにそう感じる。毛髪には随分と白いものが混じるようになってきたし、先日などは歯までも抜けてしまった。九度山に蟄居しはじめて早十年以上が経つ。当時壮年であった信繁が老いを感じる年齢になったのも当然のことだが、やはり落胆は隠せなかった。











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