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20000HIT OVER
シニシズム2



「―――それで、きょうも駅で喧嘩をしてたんだよ、ジェームズとセブルスたちは」
 アーサーが他愛のない話を続けるのを、聞いているのかいないのか、ルシウスは無言でスリザリン寮へ向かう。かつかつと廊下に響く足音が彼の苛立ちを具現しているようだった。
「仲が悪いように見えるけれど、ああしてあいつらは互いを理解しようとしているんだ」
「……相変わらずお前は随分と楽観的だな」
「そう聞こえるかい」
「ああ、聞こえるな。悩みが無いようで羨ましい限りだ」
「ほう、じゃあ君には何か悩みがあるんだな、ルシウス」
 わざとらしく気遣わしげな声を上げたアーサーを振り返って、ルシウスは口角を持ち上げる。一見すれば普段と変わらぬ不遜な表情だが、明らかに覇気を欠いている。憔悴しているようにも、見えた。
「その手には乗らない」
「それは残念。減るもんじゃなし、教えてくれてもいいじゃないか」
「ああ、確かに人に話したところで増減するものではないな。だからといってお前には話さない。お前に打ち明けるくらいなら、梟にでも打ち明けたほうがまだマシだ」

 ルシウスの冷ややかな態度は相変わらずだ。アーサーはふと歩みを止めて、低い位置に結われたプラチナブロンドが左右に揺れるのを眺めた。
「そうやって、君はいつも皮肉を言ってばかりだな」
 ルシウスは歩くことをやめなかった。寧ろ歩調を早めて遠ざかっていく。しかしアーサーもまた、それ以上踏み出さずに続けた。
「皮肉を言うことがスマートだとでも思っているのか? 俺に言わせればそんな態度はクレイジーでしかない」
 こんなことを言えばルシウスが激昂することは目に見えていた。けれど彼は静かに歩みを止めて、アーサーの言葉を是とするように、小さく首肯してみせた。「そうだな……まったくその通りだよ、クレイジーだ―――何もかも」
「……ルシウス?」
「お前もたまには良いことを言うじゃないか、ウィーズリー。それだ……僕が言いたかったのは、それだ」
 振り返ったルシウスは、自嘲を口元に張り付けていた。右手では、左腕を絶えず撫ぜている。―――その仕草は荒々しく、また弱き者を労る愛撫のようでもあった。アーサーは無言で思考を巡らし、彼をじっと見据える。
「どう足掻こうとも、間違いなく狂っているんだ……この世界はね。その狂った世界では、率先して狂うか狂った振りを出来る者が勝者なんだよ……頭の悪い君には分からないだろうが」

 瞬間、彼の瞳が揺れる。まるで己に言い聞かせるような声音は、微かに笑みを含んでいた。
「……だから君は、刻印を請けたのか?」
 アーサーの言葉に、ルシウスは僅かに目を見張った後、すぐに愉快そうに笑声をあげ、身体を折った。
「刻印?何のことだか皆目分からないな」
「ルシウス、君はそうやって誤魔化すのか? ―――自分のことさえ、」
「ふふ、まったく呆れたよ。…………やはりお前のその筋肉脳では僕の言葉を理解することは出来なかったようだな」
 ルシウスはひらりと肩口に流れていた髪を払う。瞬間、広がった香水の匂いがひどく鼻についた。思わずアーサーが眉根をしぼると彼は一瞥を与え、
「くれぐれも気に病んでくれるなよ? お前ごときに理解してもらおうなどという気は、僕にはさらさらないからな」
 踵を返して寮へ戻っていく足取りはどことなく上機嫌だ。―――しかしそれさえも己れに対して冷笑的であるようにしか、アーサーには見えない。

「―――君がそれを、知らないはずがないのに」

 ひとりごち、目を伏せてアーサー自身も踵を返す。不意に生まれた嫌な胸騒ぎが、なりを潜めることはなかった。








―――end


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