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篠突く雨(清海+望月)


「うわぁ、降ってきおった!」
 急ぐぞ、と清海入道は傍らに立つ望月に目配せする。
 奥州情勢を探索していた佐助から、中間地点である信州で報告を受けた二人は、急ぎ九度山へ戻る最中であった。
 目立つことは出来ない為に山間を往くが、それゆえに突然の激しい雨におちおち雨宿りも出来ない。
「望月。何をしておるんじゃ」
 山伏姿の清海は、同じく法衣に身を包んだ望月を振り返った。望月は突き刺さるように強い雨足の中、立ちつくしたまま黒い空を見上げている。一度は歩き出した清海だったが、この相棒を置いて行く訳にもいかず、すぐに彼に駆け寄った。
「具合でも悪いのか?」
「否。―――槍が降ってきているようだ」
「槍…………?」
「雨、が。まるで槍のようだろう」
 そう言って望月はふと視線を落とした。月光の如く耀う髪の色に対して闇が住まう瞳は、凝……っ、と清海を見据える。感情の籠っていないその視線はただ見ていると言った感じではあるが、えも言われぬ力を宿していた。
「どうした、望月。儂に惚れたか」
 冗談めかして言うも、望月の表情は変わるどころか微動だにしない。
「確か入道は雨が嫌いだと言っていたな」
「あ……ああ、確かに」
「それから伊三も同じことを言っていた」
「そんなことも言っておったかのう、あやつは」
「―――何か関係があるのだろうか」
 剣呑な瞳。清海はぞくりと背を何やら冷たいものが撫ぜる心地を覚え、顔から笑みを振り払った。
「おかしなことを言うな、……何かとは、何じゃ」
「特に確かな根拠があって言ったのではないからな、それは分からん、が―――何か、はあるようだな」
「…………望月っ」
「何だ、入道。声を荒げて。―――案じずとも、無用な干渉をするつもりはない」
 望月は鋭い声で言い、口の端に冷ややかな微笑をたたえる。
「だが―――信繁さまへの働きが其れで鈍るようであれば、私がお前の闇を払う」
「そりゃあ、頼もしいな」
 軽口を叩く清海の表情は固く引き攣っていた。―――無理に笑うように。
「じゃが……これは、儂ら兄弟の問題じゃ。―――否、伊三はもう既に闇に克っておる」
―――あの慟哭を、あの恐怖を、あの惨状を、知るのは、己独りでいい。大切な仲間に、負荷を与えては、ならない。
「私たちを信用しろ」
「信じておる。だからこそ、知らせたくないこともあるだろうて」
 清海は淡く笑んで、仏頂面の望月の頭をくしゃりとかき混ぜた。
「往くぞ。儂は丈夫じゃが、お前はすぐに風邪をひくからな」





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