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足音(あぐり+鎌之助)




「姫さま、何か食べたいものとかあります?」
 鎌之助は少女の上気した頬に、白く長い指を触れさせて訊く。柔らかな頬はするすると指の腹に心地よく、若いなあ、などと胸中年寄り臭いことを考えた。
「ないよ。あの……、ごめんね由利ちゃん、せっかくのお天気なのに、」
 あぐりは実に申し訳なさそうに布団から少しだけ出した顔を曇らせた。
 二日前に熱を出したあぐりを、真田庵の住人たちの甲斐甲斐しい看病を受けていた。入れ代わり立ち代わりで男たちが普段使わない気を使っている。敬愛する主君の愛娘が風邪を引いたとなれば、それだけ一大事なのであった。
「気になさいますな! 病人は自分のことだけ考えていればいいんです。それに、水臭いですよ」
 にこりと美しい笑みを浮かべてみせると、ようやくあぐりは普段の明るい笑顔になった。
「それにしても、暇でしょうね。何か話でもして差し上げましょうか?」
「それなら、上田にいたころの話を聞かせて!」
「そうか、姫さまはご存知ないんですね」
 鎌之助はうつ伏せに首をもたげたあぐりに向き合うように寝そべり、何から話しましょうか、と遠い目をした。
「おっはーなー、おっはーなー! ひーめさまーにーおっはーなー!」
 鎌之助が話し出そうとしたまさしくその時、障子の向こうからそんな歌(にしては旋律というものがまるでない)が聞こえてきて、軽快な足音が近付いてきた。
「姫さま! 具合はいかがですか!」
 すぱーん、と勢いよく開いた障子の奥に立っていたのは佐助だった。満面の笑みをたたえた彼は、きらきらと目を輝かせながら聞くなり、答えも待たずにあぐりに小さな花束を差し出した。
「具合はいかがですか?」
「ありがとう、佐助。熱が出ているけれど他はなんともないよ」
「よかった! あ、これ、佐助がつんできたお花です」
「きれい! こんなにたくさん、大変だったでしょう?」
「全然! 早く姫さまによくなってほしいから!」
 佐助は照れ臭そうに、だけれど誇らしげに胸を張ってみせた。
「サル、お前ね、そう思うんならもっと静かにしな。そう騒がしくちゃあ姫さまも休むに休めんだろう!」
 鎌之助が至極もっともな意見を言う。呆れ顔には「早く出ていけ」とかいてある。
「まったくだ。サル、オマエうるさい、さっきから」
 不満を漏らしながら入ってきたのは、色の白い顔を不機嫌そうにしかめた才蔵だった。彼もまた手に花を持っているが、佐助の摘んだままのそれとは異なり、綺麗に輪に編まれていた。
「才蔵、それは?」
「姫、お顔の色がまだ優れませんね。シッカリ休んでください」
 首を傾げた鎌之助には答えずに、才蔵はあぐりのまえに膝をつき、つややかなその頭の上に花冠をのせてやる。たちまち顔を綻ばせた幼い姫に微笑した彼はそのつややかな黒髪を一束手に取り、早くよくなられますよう、と口付けた。
「才蔵ったら!」
「お前、海野に殺されるぞ」
 気障な伊賀忍に頬を染めたあぐりを見た鎌之助は、苦笑して肩をすくめた。
「ふん、捕まるもんか。ほらサル、いくぞ!」
「はいはい。姫さまっ、はやくよくなってくださいねっ!」









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