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忍び影(沖田+土方)




 ある意味で、誰よりも大切だった男が死んだ。
おれに頼み事を遺して。




†††忍び影†††




「近藤先生が撃たれた……?」
 総司は、歳三からもたらされた知らせに、ただただ目を見開くことしかできなかった。歳三はああ、と苦々しげに頷くと言葉を続ける。
「幸い同行していた島田たちの気転で処置が早く出来たから、命に別状はない」
「それで下手人は? もちろん捕まったんですよね?」
「いや、まだ…………。だが面は割れている。どうやら、油小路で殺り損ねた連中らしいな」
 油小路。その名に総司はハッと息を飲み、表情を変える。―――そこは忘れもしない、彼らが江戸の試衛館道場にいた時分よりの同志、藤堂平助が命を落とした場所であった。
「伊東さんは、それほどまでに魅力のある方だったんでしょうか……、」
 近藤や歳三を慕ってきた平助が、彼らの元から去るほどに?
 親友で好敵手であった総司を、負けん気の強い平助が置いて逝くほどに?
 その問いに、歳三が答えることはなかった。



「おれ、平助は伊東さんについて行かないって思ってました」
 長い沈黙を破り、総司はそう切り出した。
「『同門』より『同志』を選んでくれると思いました」
「そんなに単純な話じゃねぇだろ」
「うん―――でもおれや、左之さんなんかにとっては、その単純な選択しかなかった」
 にへらとだらしなく笑った顔は、今にも泣き出しそうに痙攣していた。歳三はそんな総司を珍しいものを見るかのようにしげしげと眺める。
「お前らの脳味噌、単純だもんなあ」
「しみじみ言わないでくださいよ、土方さん。おれ今真面目な話してるんだよ」
 総司はむうとしかめっつらを作って歳三を睨みつけた。その顔は、歳三が一瞬口を閉ざすほどに迫力があるものだった。
 元々の強い眼光はそのままに、病のため頬ばかりがこけてしまったから、目がぎょろりとして見える。
「そう言ったって、事実だろうが」
「左之さんはそうかもしれないけど、おれは色々考えてたんだから。もしかして、周りに流されるままになってしまったのかとか、平助は変わっちゃったのか、とか」
「あいつは他人に流されるような男じゃないだろう」
「うん。おれの好敵手だもん。それに、平助は―――平助のまんまで、安心したけど、だからこそ切なかったです」
 総司はひどく遠い目をして殺風景な庭を見る。それは彼にはおよそ不似合いな仕草で、彼が確実に病魔に脅かされていることを物語っていた。
「平助は『武士』だった。平助は自分の意思で出ていった。俺たちの敵となろうが、何だろうが、その決断は間違っちゃいねぇし、あいつも悔いはなかっただろうよ」
 歳三の言葉に、総司は目を丸くして彼を振り返った。
「よかった、」
「あ?」
「土方さんが、平助のことをわかっててくれて」
 再び緩んだ笑顔を見せて、総司は小さく咳き込んだ。慣れた手付きで懐から取り出した手拭いは口元にあてがわれ、直ぐに紅い染みを作る。けれども彼は安堵したように笑んだまま、よかったと繰り返した。
「馬鹿野郎、俺たちだって平助とは付き合い長ぇんだ。こんなこと、近藤さんだって知ってらあ」
 なめんじゃねぇぞ、とは土方の照れ隠しだ。
「はいはい、おれが悪うございました。まったく、可愛い人だなあ土方さんは」
「年上捕まえて可愛いたあ上等じゃねぇか」
「うわ、怒らないで下さいよ。おれ病人なんだから!」







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