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あおぞら(大助+大八)



 兄上を思い出すときは、いつでも。










 慶長19年の冬のことだ。大坂の陣において豊臣方につき、見事な手柄を立てている武将真田幸村の息子たちは、二人揃って城門の近くに来ていた。やや華奢なからだつきをしているが、表情は立派に『武将』の顔をしている青年は長男の大助で、当年とって十五になる。彼に肩車をしてもらっている少年の方は弟の大八は、まだ齢を四つ数えたばかりだ。

「―――ご覧、大八」
 大助はそう言って堀を指でさした。攻略不可能と名高い名城の堀は見る影もなく埋め立てられ、一部ではその作業が続行されている。
「本当はね、いちばん外側のお堀だけを埋めるという約束だったんだ」
「ぜんぶなくなっちゃったよ!」
「そう。よく覚えておくんだよ、これが戦と言うものの厳しさだ」
「いくさ、きらい!」
 いやいやと言うように首を振った大八は、大助の顔に手を回してより強く抱きつく。
「あ、こら大八。前が見えないよ」
「やぁーっ! あにうえのかたのうえがいい!」
 視界を遮られた大助が弟を肩から下ろすと、まだまだ甘え盛りの大八は半泣き状態で手を伸ばした。
「ほら、あまり滅多に泣くものじゃないよ。大八は男だろう」
 頭を撫でてやりながらしゃがみこんで弟の目の高さに己の視線を合わせると、大助は続けて言葉をつむいだ。
「大八は大きくなったら、父上のように立派な武将になるんだよ。六郎もいつも言ってるだろう?」
「あにうえも?」
「うん。私もね、父上のようになれるよう、毎日精進しているんだ。だから大八も頑張らなくてはならないよ」
 そう言って諭せば大八は目を輝かせて素直にうなずき、兄の首に手を伸ばしてぶら下がる。嬉しそうに声をあげて笑う声が、兵の行き交うその場に響いた。
「重い、重いよ。まったく、大八は甘えたがりだなあ」
「あにうえーっ」
 手で大八の身体を支えてやりながらぼやく大助だったが、弟のことが可愛くてたまらない様子だ。緩く波打つやわらかな大八の髪を、目を細めて笑みながら撫でつけている。けれどすぐにその顔から微笑が消え、後に続くのは酷く不安そうな、哀しみを含んだ声であった。
「よくお聞き、大八」
 兄の声音の変化に幼いながらも気付いた大八は、大きな目を更に見張って応える。
「きっとね、近いうちにお前は城を出ることになると思うんだ」
「どうして……?だいはちだけ?」
「堀が埋め立てられてしまっては、この城もそう長くはもたないだろうと六が言っていた。―――幼いお前は生きて、もっと沢山のことを知らなくては」
 大助の言葉に、大八は今しがた乾いたばかりの瞳をまた濡らす。
「あにうえもいっしょがいい! ちちうえも、六郎たちもいっしょがいい!!」
「分からないことを言うんじゃない。お前は、父上のようになるのだろう?」
「………っ、あにうえぇっ」
 泣きじゃくる大八を腕の中で抱き締めて、大助は、努めて優しく弟に言う。
「泣き虫大八。たとえひとりで城を出たとしても、お前はひとりじゃない。わたしはいつも大八の側にいるよ」
「ほんとうに……?」
「本当だとも。私がお前に嘘をついたことがあった?」
「…………ない、」
「だろう。きっと側にいる。約束しよう」
 大助は微笑み、弟の小さな身体を抱き上げた。
 空には一点の雲もない青空が、広がっていた。











 ふと目を開けた時には辺りはもう暗くなっていて、一体どれ程の時間うたた寝をしてしまったのだろうかと頭を振った。久々の休みだからといって朝酒などするものではないな、と苦笑する。本当は午過ぎから散歩にでも出かけようと思っていたのだ。空は雲のない真っ青な色をしていて、とても気持が良さそうだったから。
「―――父上、」
 遠慮がちな声をあげて細く開けた襖から顔を出した息子に、どうかしたかと首を傾げてみせる。優しい顔立ちをした青年に育った、―――その顔は我が兄に実によく似ていた。
「今日は槍の稽古をつけてくれる約束でした」
「ああ―――そうだったな、今からやろう」
 言ってやると本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれる。時々、どうしてもその笑顔が兄のそれにしか見えなくて、困惑する。
 二人で竹刀を手に表へと出る。日は西の空に沈みゆく所だ。

―――兄上を思い出すときはいつも、その背に青空を背負っている。

 強烈に覚えているのは、あの日の言葉。笑顔。

「父上?」
「いや……何でもない」

 兄上は約束通り、いつも私の側にいて私を、戒めている。









Story is the end...


あきゅろす。
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