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20000HIT OVER
シニック(ベラ→レギュ)

―――酷い気分だ。


 無駄に豪奢なベッドの中でそう呟いて、ベラトリックスは半身を起こした。
 或いはこの寝室のせいかもしれない。あんな夢を見たのは。アズカバンでの長い獄中生活の後、戻ったかつて寝起きしていた家は当然荒れ果てていた。いかに彼女が衣食住に無頓着であっても、とても住めるような場所ではない。仕方がなく妹の家に居候をする形になったが、その、暮らしにくさはなんとも形容しがたい。
 誰の趣味かは知らないが(もちろん妹の夫であることは明白だが)、贅沢を絵に描いたような内装や家具の数々には、呆れを通り越して吐気さえ覚える。幼い時分に出入りしていたあの家もこんな感じだった、と思い起こせば、いよいよ出ていきたくなった。

―――あの家、いまはどうなっているのだろう。

 ふとそんなことを考えてしまった自分が嫌になる。非常に不愉快だ。こうなったら、ふて寝をしてしまうに限る。

 ベラトリックスは自己完結をするように頷くと、再び横になって枕に顔を埋めた。甘い洗剤の香りが鼻孔を擽る。―――まったく、吐気がする。








 先程見た夢の中で、彼女は従兄弟を殺した。多くいる親戚のなかで、従兄弟、と言って真っ先に浮かぶのは、やはりあの家の二人の息子たちだが、殺したのは兄の方だった。―――否、厳密に言えば、殺した時を夢に見た。

 黒い長髪をひとつに結わえているその男に向けて、ベラトリックスは死の呪いを放った。端正な顔立ちが少しだけ歪んで消えてゆく。途方もない悦びを感じて高笑いをあげかけたベラトリックスは、しかしすぐに息を飲まずにいられなかった。―――憎い男の最後の姿に、彼の弟を見たからだ。弟は何かを伝えようとしていたようにも見えたが、すぐに顔を背けてしまったので、彼女には彼が何を言おうとしたのかは分からなかった。

 そしてその直後に目を覚まし、今に至る。
 確かにあの兄弟は似ているとよく言われたけれど、ベラトリックスがそう思ったことは一度もなかった。二人とも人形のように整った顔立ちをしていたのは事実だが、弟の方は、兄にはないもの悲しい雰囲気が何処かにあったと、記憶している。それから、兄よりずっと礼儀正しくて、聞き分けがよくて、優しくて…………、そんなことを考えてまた、吐気を覚える。いっそ全て吐き出してしまえば楽なのだろうが、彼もまた、もうこの世にはいない。
 薄倖そうな美しい微笑でベラトリックスの名を呼んでいた、彼はもういない。







 ベラトリックスは努めて女を捨て、気丈に立ち回っていた。常に最前線に己の身を置いて『あの方』の傍らで多くの人間を殺めてきた。―――しかしそれが、自身の唯一にして最大の『女』としての感情を揺さぶるきっかけとなっているなんて、なんという皮肉だろう。小さな舌打ちを鳴らしてそう呟く。

 あの弟は、たいへんな親孝行で素直な人間であったから、左腕に誓いの刻印を受けた。だけれどたいへんな優しい人間であったから、『あの方』の元から逃走を図り、『あの方』の手にさえかからず、屍となった。
 あの弟が死ぬ少し前、ベラトリックスは『あの方』の傍で彼に会った。少し離れた所に立って、恐怖に青冷めた美しい顔を呆然と見ていた。弟は、『あの方』と一定の距離を保つように後退りながら、不意にベラトリックスの方を見たように思う。


―――レギュラス……、


 呟いたベラトリックスの声に弾かれるように、彼はもう一歩後退る。それでも彼は視線をベラトリックスにとどめたまま、口を開いた。やはり何か伝えようとしていたのだ。けれど彼女は顔を背けてしまった。その縋るような双眸を直視することが出来なかった。今と同じ酷い吐気が、彼女をさいなんでいた。

 あの気分の悪さも、あの時の記憶も、嫌になるほどまだはっきりと思い出せる。だけどひとつだけ―――彼の唇が最期につむいだのが自分の名前だった気がしたのは、本当に気がしただけだったのだろう、とベラトリックスは己に言い聞かせた。
 それもまた、たいそう皮肉なことだ。




 再び揺らいでいく意識の片隅で、従兄弟のうち兄の方の死に際、初めて彼と彼の弟が似ていると感じたことを思い出した。






 Story is the end...
(2011.11.02加筆修正)


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