Novel
芭蕉の日!【曽芭】※過去捏造
バタバタと、芭蕉庵の廊下を駆ける音がする。
音の間隔からして、それは子供の走っている音と見て正解だ。
「師匠!ししょー!!」
すぱぁん、と音を立て、客間の襖が開かれる。
息を切らせながらそこに立っていたのは、まだ幼い曽良だった。
勢いのままに開け放たれた襖は、しかしすぐに小さい手でゆるゆると閉められた。
「・・・芭蕉さん、今日は句会がないから遊びに来てって、ゆってたのに」
若干舌足らずな言葉は、重いため息とともにこぼれ出た。
それもそのはず、曽良はこの日を指折り数えて楽しみにしていたのだから。
――――――今に限ったことじゃないけれど、芭蕉さんは人気者だ。
それは弟子の僕としても鼻が高いことだし、実際喜ばしいことだと思っている。
だけど、最近はいつにも増して句会が多く、顔を見るだけで分かってしまうくらいに、芭蕉さんは疲れ果てていた。
別にそれが心配ってわけじゃない。断じてない。
でも、ぼくとの遊びをおろそかにしているのは問題だ。
だから、だから、・・・・
がらり、と音を立てて、芭蕉庵の部屋の扉があく。
「おや?」
そこには、小さな客人の姿があった。
いや、今は客人ではなく、弟子としてそこにいるのだろう。
すやすやと安らかな寝息を立てるそれに、芭蕉はふんわりとした笑みを浮かべて近寄った。
「曽良くんったら、こんな所で寝ちゃって・・・」
紡ぐ言葉とは裏腹に、その表情は穏やか極まりなかった。
「・・・ふふ、ずっと待っててくれたんだね」
「ん、ぅ・・・」
「あ、起きちゃった?」
眠たそうに目をこすりながら上半身を持ち上げた曽良に苦笑する。
「・・・芭蕉さん?」
いつもは見せないその緩みきった顔がなんとも愛らしい。
芭蕉は自分も顔が緩むのを感じながら、曽良の頭をぽんぽんと軽くたたく。
「今日はごめんね。予定になかった句会が入っちゃってさ」
「・・・ゆるしません、断罪です」
形だけは不機嫌な顔を作って、芭蕉の腹にチョップをお見舞いする。
ぽこん、と軽い音がして、芭蕉はくすくすと笑った。
「断罪チョップだね」
「・・・師匠専用の、だんざいちょっぷです」
「せ、専用!?・・・私ってそんなに罪深いのかなぁ・・・」
曽良はその表情を見てほんの少しだけ顔が高潮するのを感じたが、そのときの自分の感情がどんなものであるかはわからなかった。
「あ、そうだ。もう夕飯時だし、食べていきなよ、晩御飯」
「え」
いいんですか。そう言うと、芭蕉は柔らかく微笑んだ。
「もちろん。昼間会えなかったからね、こんなんで申し訳ないけど、お詫び」
もうたくさん話せたので、本当は昼間に会えなかったことなどどうでもよかったが、いい口実だということで、曽良はまた不機嫌を装った。
「・・・しかたないですね、それで我慢してあげます」
「ありがと、曽良くん」
夕飯後には、芭蕉の肩を叩くトントンという音があった。
芭蕉は最初こそ遠慮したものの、曽良の気迫に負けてやってもらうことにしたのだ。
「曽良くんうまいねぇ。疲れも吹っ飛んじゃったよ」
「やっぱり疲れてたんじゃないですか」
疲れていないからいい、と芭蕉は何度も言っていたのに。
「あ、いや・・・ええと・・・」
「・・・がんばらなくていいです。ししょう、嘘つくのへただし」
・・・知らなかった。子供に言われるとこんなにショックなんだ。
肩を落として「松尾バションボリ」と呟く自分の師匠を、曽良はしかし歯牙にもかけない。
「肩が叩きにくいです師匠」
「え、あっ、ごめんね・・・でも、もう十分疲れは取れたから。ありがとう曽良くん」
肩に置かれている小さな拳に手を重ねると、曽良はしぶしぶといった体で叩くのをやめた。
「また疲れたらいつでも言ってください。するかどうかはわかりませんが」
「えぇー・・・分からないんだ・・・」
脱力した声をだしながら、芭蕉はふと違和感に気づいた。
「あれ?そうえば曽良くん、寝起きには私のこと”芭蕉さん”って呼んでなかった?
呼び方変えたんじゃないの?」
「!?」
今度は曽良が慌てる番だった。
「いえ、あの、・・・すいません」
恥ずかしいのと屈辱的なのとで顔の温度が一気に上がる。
何を口走っているんだ、寝起きの自分。
だが、芭蕉の返答は予想していたものとは大きく異なっていた。
「えー、なんで謝るの?いいじゃない、その呼び方で」
「・・・え、でも・・・芭蕉さんが師匠と呼べって・・・」
あぁ、と苦笑気味に手をひらひらと振る芭蕉。
「その時はね、ちょっと、なんていうか・・・まあ気にしなくていいから!」
実は言いたかっただけ、などと言ったら、きっとこの弟子は憤慨するのだろう。
怒られても所詮相手は弟子だし子供なのだが、芭蕉は何故か曽良には抗いがたいものを感じていた。
一方の曽良はというと、すっかり放心状態。
「曽良くん?大丈夫??」
――――――無反応。
頬をうっすらと赤く染め、遠くを見つめている。
これはこれで可愛いけれど、このままという訳にはいかないだろう。
くりくりしたつり目気味の目を覗き込み、再度名前を呼んでみる。
「そーらくんっ」
それでやっと覚醒したらしく、びくりと体を震わせて頭をブンブン振る曽良。
そして芭蕉の方を見て、そして・・・
・・・発火するかのような勢いで、耳まで赤くなった。
「っうわあ!?どどどうしたの曽良くん!!」
取り乱す芭蕉から目線を外し、ふらふらと立ち上がって襖に手をかける。
おぼつかない足取りのまま廊下に出て、顔を覗かせて一言。
「・・・また明日、・・・・・・芭蕉さん」
最後は聞こえるか聞こえないかの声量だったが、芭蕉の耳にはしっかりと聞き取れた。
寝起きの時とは違う響きを芭蕉の中に残して。
「・・・えへへー」
曽良が勢いよく閉めたせいで僅かばかり開いている襖を見つめて、芭蕉は一人、その言葉を口の中で心地よく転がした。
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芭蕉の日記念の小説でしたーヾ(*´∀`*)ノ
今年は祝えて良かった((
祝えてるのかはわからないけど・・・www
芭蕉の日おめでとう!!
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