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所詮中身はみんな骨




 極端な例をあげれば、一番そういうのを自覚するのは、履歴書とか、そういった類の書類を書く時だと、小磯健二は思う。
人間というものは大概、ただ漠然とした欲求は抱いているものの、いざそれを明確に言葉にしてみなさいと言われると、不思議な事に一瞬、首を傾げてしまうものだ。
たとえば、自分は数学が好きだ。好きだというより、自分のこの数学に対する迸る情熱は、最早愛といっても過言ではない。アンリ・ポアンカレの位相幾何学なんて聞くと心躍るし、日がな一日時間を自由に使っていいと言われれば、間違いなく寝食の存在も忘れて数式に夢中になることだろう。
だが、では何故数学がそんなに好きなのか。簡単且つ分かりやすく説明してみせなさい。と言われると、うまく言葉が出てこない。何故なら自分に「数学に対するその迸る愛情の理由」を尋ねる人物の聞きたいことは、単なる「数学が好きだから」というつまらない答えではなく、「何故、どうして、いつから、どのようにして数学がそこまで好きになったのか。そしてそれを以てして、何を求めているのか」という、事細かな理由だからだ。
しかし、確かに数学の事は好きだが、それでも健二はきっと口ごもってしまう。
何故なら、理由より先に直感として、また違う言い方をするならば運命的に、自分としてはそれこそ無意識なうちに、数学に魅了されてしまったのだから。
だがこのような答え方は、何故か受け取る側には納得され難い。
彼らこそ、何かに夢中になる理由は健二と同じように漠然としているのだろうに、人間という生き物は、遍く尤もらしい理屈を何事にもつけたがるようである。
健二が思うに、人間のそのよくわからない他への探究心は、おそらく己の心の安定と、情報収集のためだ。
相手が、何をどのように考えて、それゆえ何を求めているのかを知りたい。相手の中身をより多く知っている方が安心できる。相手の動向を先読みしたい。危険因子はなるべく除外したい。という、すべてそういった欲求の裏返しなのだ。
ここで話は冒頭に戻るが、つまりこういった人間の欲求が最も顕著に現れる社会的な行動が、小論文や履歴書の作成であったり、学校や職場での面接だったりするわけである。
もともと大した志もなく、いい加減であればあるほど、その類のものは不思議と簡単に済ませやすい。
好きだからこそ、余分な圧力が肩にかかったりするものだが、前々から健二はおぼろげに、こういう社会の形態はとてつもなく厄介なものだな、と思っていた。
特に、自分のように口下手で、押しが弱いような人間には尚更だ。例えコミュニケーションが不得意であっても、その筋の世界に入れば遺憾なく能力を発揮する、確固とした自信が胸中にあるにも関わらず。悲しいかな、机にじっと向かっていればいいだけでは許されないこの世間では、秘めたる能力よりも外面上辺が評価される。才能が認められるのは、多くがその後の話なのである。
とはいえ、隠れたご都合主義であるこの世界が、なるべく不都合なものを事前に省いておきたいと考えるのは、当然の事だとも思う。
ある意味、少しも包み隠すことなく己の武器を思い切り振りかざしてくるような存在は、社会では一番のアウトローではないだろうか。
つまり、健二の特質をもとにして例えるなら、「誰が何と言おうと数学が好きなだけだ。何故って数式を解いているその時が、自分にとって一番幸福な時間だからだ。そこにああだこうだととってつけた理由なんかない。ただ好きなだけだ。それが何の問題になる」とばしっと切り捨ててしまうような、そんな存在である。
健二は、これまで選ばれる立場にしか立った事がなかったからそういう状態での不平不満ばかり感じていたが、今、選ぶ立場になってみて初めて分かった。
なるほど。これは確かに、受け入れる側にしてみれば、大変やりづらい存在だ。


「…さっきから何黙ってるの健二さん。ちゃんと僕の話聞いてた?なんならもう一回最初から言ってもいいけど」
「あ、いや…聞いてたよ、ごめんね。ただちょっとその…いきなりでびっくりして、色々考えちゃって…」

今二人がいるここは、健二のアパートである。
この冬、東京にある大学へ入学を果たすために、名古屋からはるばる上京してきた池沢佳主馬が、三日間の受験期間を過ごすため、健二の元で宿泊しているのだった。
今日、二日目の試験が終了し、明日はいよいよ最終日である。
今更じたばたしてもしょうがないと本人には言われたが、それでも何かせずにいられなかった健二のはからいで、夜の食卓には定番なカツ丼と、頭がよくなると言われている食材、マグロの刺身が並べられていた。
「明らかに食べ合わせよくないよねこれ。明日お腹壊したらどうしてくれるの」と多少文句をつけられたものの、佳住馬は残さずたいらげてくれた。
こっそり奮発して普段より高い食材を用意していたから、健二にはそれがただ、純粋に嬉しかった。
そうして、さて、大事な明日のために君はもう寝よう、と、佳主馬を促した時である。
洗い物をするために椅子から立ち上がった健二をもう一度半ば無理矢理に座らせ、とてもまだ未成年だとは思えない精悍な顔つきで、佳主馬はこう言ったのだ。

「健二さん、好きだ。だから僕が大学に入ったら、恋人として付き合ってほしい」

一瞬、その言葉の意味がよくわからなかった。





















































佳主馬の主が住になってたよ馬鹿ヤロー。

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